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「若葉、待って」
「四谷……?」
四谷の表情が不意に小さなこどもみたいに見えて、僕は完全に目を奪われた。何だか、いつもの不遜な感じがない。僕の知っている四谷とは何かが違う。
「若葉、ちょっとだけ話を合わせて」
「え……?」
「合わせてくれたら、俺も若葉の言うことを聞く」
四谷が、言うことを聞く……?
妙に魅力的な響きのする提案に、僕が思わず頷くと。
「琉聖」
女性が、四谷へと呼びかけた。
「琉聖の、友達?」
間近で見ても、綺麗なひとだ。四谷とどことなく雰囲気が似ている。
「そう。同じ学校の」
僕は、四谷の友達だったのだろうか?
──話を合わせて。
なるほど、と僕は思った。状況はよく分からないが、僕は彼の友達のふりをすればいいらしい。そう判断した僕が「雪下です」と挨拶すると、彼女は長い睫毛を震わせて、衝撃の一言を口にした。
「琉聖の、母です」
「……え?」
「いつも琉聖がお世話になっています」
おそらく四谷の彼女か何かだろうと思っていたので、僕は非常に混乱した。言われてみれば、目元などは四谷とそっくりだ。しかし母親というにはとても若く見えるのが不思議だった。
そうやって僕が動揺している間に、四谷が平然と嘘をついた。
「俺、こいつと約束あるから。今日は行けない」
約束など当然していなかったのだが、僕は話を合わせるために頷いた。
「約束じゃ、仕方ないけど……」
「だから、他の日にして」
「……分かったわ」
彼女は眉根を寄せつつ、四谷の嘘に首肯した。
「じゃあ、また連絡するから」
「……ん」
四谷の無愛想な返事を聞いた後、彼女はくすっと笑って僕を見た。
「雪下君、ごめんなさいね。この子強引なところがあるから。かなり迷惑をかけてるんじゃないかと思うのだけれど」
「いえ、そんなことは……」
なくもないのだが、親御さんの前でさすがに肯定はできない。
「すみませんが、琉聖のこと、よろしくお願いします」
深々と僕に頭を下げ、またねと四谷に手を振って、彼女はその場を後にした。すっかり彼女の姿が見えなくなってから、若葉、と四谷が言った。
「付き合わせて、悪かった」
「……本当は、お母さんと何か予定があったんじゃないの?」
「大したことじゃねえし」
四谷にとってはそうかもしれないが、彼女にとってはどうだろう。
「お母さん、寂しそうだったよ」
事情が分からないまま四谷の話に乗ってしまったが、本当にそれでよかったのか分からなくて、僕まで少し切なくなる。公園の木々が風に揺られ、かさかさと乾いた音を立てた。
「うちの母親、若いだろ?」
「え? うん」
「十代で、俺を産んでるから」
「そうなんだ……」
確かに、生まれもった美しさもあるのだろうが、とても高三の息子がいるようには見えなかった。
「未婚のまま俺を産んで。一昨年、職場の上司と結婚した」
一昨年、と僕は繰り返した。
「ちょうど高校入学前だったから、その頃から一人暮らししてる」
「どうして、一人暮らし?」
「今の高校、義父の家からだと電車で一時間はかかるし。それに」
いない方がいいと思ったから。
と、四谷は小さな声で言った。
「……四谷は、それでいいの」
「何が?」
「大事なひとと、距離を置いて」
「いいも悪いもない。俺は、俺のしたいようにする」
「……」
上手く言えないが、こんなのは違う、と僕は思った。いつもの、強引で自由すぎる四谷の方が、ずっといい。
「じゃあ、僕もそうする」
僕のしたいように、する。
「四谷、行こ」
「どこに」
「僕の家」
「は?」
「僕と『約束がある』って、四谷が言ったんだよ。僕は今から家に帰るところだから、四谷も来ればいい」
何で、と四谷の目が訴えていたが、僕は見て見ぬふりをした。
「何でも僕の言うことを聞く、んでしょう」
行こ、と再度告げると、四谷が諦めたように息を吐いた。
「四谷……?」
四谷の表情が不意に小さなこどもみたいに見えて、僕は完全に目を奪われた。何だか、いつもの不遜な感じがない。僕の知っている四谷とは何かが違う。
「若葉、ちょっとだけ話を合わせて」
「え……?」
「合わせてくれたら、俺も若葉の言うことを聞く」
四谷が、言うことを聞く……?
妙に魅力的な響きのする提案に、僕が思わず頷くと。
「琉聖」
女性が、四谷へと呼びかけた。
「琉聖の、友達?」
間近で見ても、綺麗なひとだ。四谷とどことなく雰囲気が似ている。
「そう。同じ学校の」
僕は、四谷の友達だったのだろうか?
──話を合わせて。
なるほど、と僕は思った。状況はよく分からないが、僕は彼の友達のふりをすればいいらしい。そう判断した僕が「雪下です」と挨拶すると、彼女は長い睫毛を震わせて、衝撃の一言を口にした。
「琉聖の、母です」
「……え?」
「いつも琉聖がお世話になっています」
おそらく四谷の彼女か何かだろうと思っていたので、僕は非常に混乱した。言われてみれば、目元などは四谷とそっくりだ。しかし母親というにはとても若く見えるのが不思議だった。
そうやって僕が動揺している間に、四谷が平然と嘘をついた。
「俺、こいつと約束あるから。今日は行けない」
約束など当然していなかったのだが、僕は話を合わせるために頷いた。
「約束じゃ、仕方ないけど……」
「だから、他の日にして」
「……分かったわ」
彼女は眉根を寄せつつ、四谷の嘘に首肯した。
「じゃあ、また連絡するから」
「……ん」
四谷の無愛想な返事を聞いた後、彼女はくすっと笑って僕を見た。
「雪下君、ごめんなさいね。この子強引なところがあるから。かなり迷惑をかけてるんじゃないかと思うのだけれど」
「いえ、そんなことは……」
なくもないのだが、親御さんの前でさすがに肯定はできない。
「すみませんが、琉聖のこと、よろしくお願いします」
深々と僕に頭を下げ、またねと四谷に手を振って、彼女はその場を後にした。すっかり彼女の姿が見えなくなってから、若葉、と四谷が言った。
「付き合わせて、悪かった」
「……本当は、お母さんと何か予定があったんじゃないの?」
「大したことじゃねえし」
四谷にとってはそうかもしれないが、彼女にとってはどうだろう。
「お母さん、寂しそうだったよ」
事情が分からないまま四谷の話に乗ってしまったが、本当にそれでよかったのか分からなくて、僕まで少し切なくなる。公園の木々が風に揺られ、かさかさと乾いた音を立てた。
「うちの母親、若いだろ?」
「え? うん」
「十代で、俺を産んでるから」
「そうなんだ……」
確かに、生まれもった美しさもあるのだろうが、とても高三の息子がいるようには見えなかった。
「未婚のまま俺を産んで。一昨年、職場の上司と結婚した」
一昨年、と僕は繰り返した。
「ちょうど高校入学前だったから、その頃から一人暮らししてる」
「どうして、一人暮らし?」
「今の高校、義父の家からだと電車で一時間はかかるし。それに」
いない方がいいと思ったから。
と、四谷は小さな声で言った。
「……四谷は、それでいいの」
「何が?」
「大事なひとと、距離を置いて」
「いいも悪いもない。俺は、俺のしたいようにする」
「……」
上手く言えないが、こんなのは違う、と僕は思った。いつもの、強引で自由すぎる四谷の方が、ずっといい。
「じゃあ、僕もそうする」
僕のしたいように、する。
「四谷、行こ」
「どこに」
「僕の家」
「は?」
「僕と『約束がある』って、四谷が言ったんだよ。僕は今から家に帰るところだから、四谷も来ればいい」
何で、と四谷の目が訴えていたが、僕は見て見ぬふりをした。
「何でも僕の言うことを聞く、んでしょう」
行こ、と再度告げると、四谷が諦めたように息を吐いた。
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