I don't like you.

広瀬 晶

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   そのマンションの十五階から見る眺めは、先程のバーに引けを取らなかった。どこに視線を持っていっていいか分からず、ひたすら窓の外を見続ける。
「若葉」
    呼ばれて、ソファへと移動する。身体が小刻みに震えているような気がして、僕は手のひらをきゅっと握りしめた。
「何か飲む?」
「や、大丈夫……」
    ソファに身体を沈めて、これからのことを考える。間違っている、と僕は思った。ただ、どこから間違えたのかは、いくら考えても分からなかった。
──付き合って、みる?
──ああ。
    そんな短いやりとりで、本当に僕と彼は付き合っていることになったのだろうか。全く、実感がない。
    四谷は支払いを済ませると、僕を連れて店を出た。別に、強制はされていない。けれど僕は、こうして彼の家についてきてしまった。
「いい、部屋だね」
    思ったままのことを口にすると、四谷が笑った。
「ほんと、高いところが好きだな」
「そんなこと」
    僕が口ごもると、彼がまた笑う。笑っているときの四谷は、高校のときと変わらないような気がした。笑みが消えると、僕の知る四谷も消えてしまう。後に残るのは、「男」の顔。L字型のソファの長い直線に座っていた彼が、短い直線に座る僕の前へと移動してくる。ソファに片膝をついて僕を見下ろす。彼の目には、僕しか映っていなかった。僕もまた、彼から目を離すことができない。
「ん……」
    口づけられることで、伝わる熱。高校生のときの自分は、気持ちもないのに触れ合うこの行為を受け入れられなかったかもしれない。唇から零れる声は、既に喘ぎに近い。不確かな気持ちよりも、目の前の熱にすがりたかった。
    彼はどうして、僕と付き合うことを受け入れたりしたんだろう。彼に好かれるようなことは、何ひとつしてきていない。考えたくはないが、あの夜身体を許したことで、軽い男だと思われているのだとしたら。恋人、というのが身体の関係のことでしかないとしたら。想いを伝えて、それを確かめるのが怖い。
「若葉」
    この声と体温が手に入るのなら、両想いでなくとも構わない。僕はまた、自分に対して嘘をついた。


    寝室は、微かな喘ぎと水音で満たされている。両手で口を塞いでも抑えきれない声が、行為の甘さを物語る。
「若葉、手」
    口許の手を外すように言われても、僕は首を横に振って拒否した。言葉を紡げなくなるくらいおかしくなってからでないと、余計なことを口にしてしまうかもしれない。早く彼が僕を壊してくれることを願いながら、涙目で彼と視線を合わせた。
「そんな顔されると、優しくできなくなる」
    四谷がひどく困ったように呟く。
    優しくなんて、しなくていいのに。だって、僕は狡いから。四谷の気持ちを知るのが怖くて、でも彼が欲しくて、身体の繋がりだけでも手に入れようとしている。僕は唇から手を離して、彼に告げた。
「……ひどく、していいから」
    どう扱われてもいい。僕は十分満たされている。
「早く」
    目尻に溜まった涙が零れ落ちる前に、四谷が荒々しく僕に口づけた。舌を絡め取られ、息苦しさの中で安堵する。言葉のない世界は、優しい。優しくて哀しい。
    彼は最後まで、ひどくしたりはしなかった。痛みの入る隙などないくらい感じさせられ、達する度に泣いて。もう、何も考えられなくなっていく。これが正しいことだとは思っていない。ただ、今はこれしか選べない。

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