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第1話「Siren’sTower」
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俺、神代裕也と幼馴染である綾瀬奏は東京の城ノ上高校の2年生に上がりたてであった。
奏は小さい頃から家が近いこともあってよく2人で遊んでいた。そしてそのまま同じ幼稚園、小学校、中学を一緒に登校しては過ごし、今ではまさかの同じ高校で今は同じクラスである。
さすがに高校では離れると思ったのだが、志望校が偶然同じということでどちらも受験に合格しいつも通り家から駅まで一緒に歩き、電車に乗って高校まで歩く日々となっている。
「(俺の日常変化なさすぎだろ……)」
若干呆れつつもそれを隣で一緒に歩いている奏に気付かせないように表情に出さないでいた。
「ねぇ裕也~見て見て!今日ね友達とここの美味しいスイーツが置いているお店に行くんだ~。裕也も1ついる?」
奏は俺にスマホで新宿の有名スイーツ店であろう写真を見せてきた。そして次々と写真をスライドしていき、色々なスイーツを俺に見せ自慢してくる。もちろん俺は甘いものが大好物なため
「1ついる?」と言われてはしゃぎそうになったのを全力で抑えた。無論馬鹿にされるからだ。
だから俺は落ち着いた態度と口調で極めて冷静に対処をした。
「せっかくだから1つ……」
「え~なんかそんな欲しくなさそう。やっぱりあげるなら喜んでほしいのにこれじゃあテンション下がるな~、やっぱりやめとこうかな……」
いやいやふざけるな……!俺が甘いもの好きなの知ってんだろ!?何でそんな意地悪な対応してくるんだよ!いや何でかは分かる、奏は俺の反応を見て楽しみたいのだ……。
いつもそうだ、ことあるごとに俺の好きなモノや性格を知ってはそれにつけ込んで意地悪をしてくる。俺をからかって何がそんなに楽しいのかが全く分からない……。
そして意地悪をされる俺はいつも通り決まって拗ねてしまうだ……。
「じゃあ別に平気だ。勝手に行ってこい、後で家来ても入れさせねーから」
「ま~た拗ねた、本当にいつまで経っても子供ねぇ~」
「お前が言うなお前が……」
俺も子供だが、そんな俺に対し意地悪してくるこいつもよっぽど子供だと思う。
「私が子供?一体どこをどう見てそう言ってるのかしらね?」
「どこがって……」
言いかけた言葉が途中で詰まる。何故なら奏は自分の胸を両腕で寄せて強調してきたからだ。その寄せた豊満な胸は非常に艶やかで、俺はその膨らみと見える谷間に目が釘付けになる。
確かにとても子供とは思えない大きな胸であった……、おそらくE……いやFかもしれない……。
「ぷふっ……あはははは!もう裕也ったら目がガチすぎるんだけどぉ~」
俺の本気すぎる顔が余程面白かったのか、胸を寄せることを止めて腹を抱えて笑い出した。腹を抱えて上半身を少し前屈みにしたため先ほどよりも魅惑な谷間が見えるようになった。
バカにされたけど結果的には良かったかもしれない……。というか俺も男なんだ、胸に釘付けになってしまうのは当たり前だろ!
「ふん、確かにそこだけは子供ではないな……」
「えぇ~?まだ足りないってこと?」
まだ笑い足りないのかシャツのボタンを1つ外そうとする。俺はさすがにそれには耐えきれなくなって先を歩き始めた。さすがにこれ以上は俺が羞恥心で耐えきれなくなり、後でクラスで話すときに目を合わせづらくなる……。
「もうー!先行くの禁止~」
「知るか」
奏は走って俺の後ろを追いかける、シャツのボタンを直しながら。本当に見せる気だったのかよ……、こいつの貞操観念どうなってんだよ。
他の男にもこんなことしてるんだとしたらとっくに襲われてるぞ、俺は幼馴染だから手は出していないが……。いや幼馴染じゃなかろうが、俺が奏に手を出すことはないな。想像してみたがありえない。魅力的な胸ではあるがそれだけだ、散々弄られ過ぎてまともな女として見れなくなってるのかもな。
「まったく……そんなことばっかするから俺があいつに睨まれるんだよな……」
「ん?なんか言った?」
「なんでもねーよ」
俺はそう言ってやや早歩きで学校に向かった。
学校に着いた。俺の学校、城ノ上高校は家から学校まで電車の時間も込みで約30分である。HRのチャイムが8:30のため余裕を持っていくなら8時前に出なければいけないのだが、俺はぎりぎりまで寝ていたいため8時ちょうどの出るようにしている。
今まで無事遅刻はしていないのだが、遅刻しそうなときは走っているため汗だくで学校に来るときもある。
「おはよう!奏!」
「あ、おはよう瑞希!今日もギリギリね」
「奏もでしょ?いっつも時間ギリギリまで神代君と仲良さそうに歩いてるし。ほんと何回もう付き合っちゃえよって思ったことか……」
下駄箱でばったり会ったのが奏の友人である井沢瑞希さん。井沢さんはやれやれと言った感じでため息をつく。
俺たちが付き合っているだって?俺たちの会話を知ればそんなことは口を避けても言えないだろう、どう考えても付き合ってるカップルの会話でもなければ付き合う前の初々しい感じの会話でもない。一方的に俺が攻められ続けているだけだ。
「もお~そんなんじゃないって!裕也からも何か言ってよ」
「奏の言うとおりだ。俺なんかのような男と奏が付き合っていても全然お似合いじゃないしな」
俺は奏の否定に便上しつつ思っていたことを口にした。あんなに俺に意地悪をしてくる奏だが、学校では元気で明るく誰にでも優しいというまるで太陽のようなイメージで通っており、それでいて芯がしっかりしていて周りに流されない意志を持っているのだ。
実際奏を悪く言う人は男女ともにいないと言っていいほど聞かないのだ。それに加えてあのスタイルと顔だ、髪の毛も金髪で非常に目立つためかなりの有名人であり、結構モテる。
サッカー部のイケメンキャプテンに告白されたこともあるとか……、しかしそれほどの好条件でありながら全く彼氏を作ろうとしないのである。なぜ作らないのか……、それは俺にもわからない。
興味がないという感じでもなさそうなんだよな……、むしろ時々カップルを見て「いいな~」と言い羨ましそうにしている。「なら作ればいいじゃないか」と言うと何故か不機嫌になるんだよな……。
たまに奏は唐突に不機嫌になるのは本当にやめてほしい、なんというかあれは心臓に悪い。
まあ少し脱線したが、分かりやすく例えるなら奏と俺は月とスッポンみたいな感じ。釣り合うわけが全くないのだ……。
「おれなんかってどういうこと……?」
明らかに奏の目つきが変わる……これはあれだ時々出る唐突のやつだ。また俺は奏が気に入らないことを言ってしまっていたらしい。俺は多少驚きつつもいつも通りに応えた。
「どういうことってそのまんまだよ。俺と奏じゃ釣り合わないだろ……」
「釣り合わない?それは自分自身から出た言葉?それとも誰かに言われたの?」
そんなの両方だよ……、俺自身の本心でもあるし周りが言っていた言葉でもある。別に悔しいとかそういう感情は無い。俺が俺自身のことをよく分かっているんだから。
しかしこの場合の答えとして周りが言っていたと言うとどこの誰かと問い詰められるだろう、なら俺自身と答えるしかなかった。
「俺自身が思っていることだよ……なんだよ悪いかよ……」
「うん悪いよ。私と一緒にいる時は常にそんな風に思っていたんだと思うとすごいムカつく」
「別に常に思っているわけじゃない……少なくとも2人きりでいる時は思わない」
「じゃあやっぱり裕也の周りの人間がそんなことを言ってたのね」
「違う!いや……違わないこともないが、俺の本心であることも真実だ……」
俺のせいで周りに矛先が向くのは嫌だった。俺自身が奏の幼馴染としてふさわしくなれるような努力をしていればこんなことにならなかった……、なら結局は俺が悪い。それで周りが攻められるなど納得がいかない。
「そっか……」
奏はより一層悲しそうな顔をした。もしかしたら俺が本心で思っているよりも周りの人間が言っていた方が奏にとっては都合が良かったのかもしれない。
そしてそこで会話に集中して忘れていた存在がいることに気付く。
「はぁ……すまん。俺が悪かった、なるべく自分を卑下するような言葉は慎むようにするからこれで終わりにしよう。HRが始まるってのもあるが、なにより井沢さんが困っている」
井沢さんは俺たちの会話を聞いておどおどしていたが、やっと自分に気付いてもらえて安心した様子を見せていた。隣にいた奏もそこで井沢さんの存在を思い出し、すぐさまそっちの方を向き申し訳なさそうな顔をして謝る。
「あっ……ごめん瑞希、困らせちゃったよね……?」
「ううん!私がきっかけみたいなもんだし謝んないで!むしろ私が謝るべきことだし……!」
「それは違うよ瑞希。こんなことになっちゃったのは完全に私の個人的な感情のせいだから」
「奏……」
俺は辛気臭い空気に息苦しさを感じ始め、その空気を変えるべく俺の性分では無いのだが新しい話題を探しては提供することにした。
「奏」
「なに……?」
まださっきの件が気にかかっているのか、俺の目を見ようとしない。朝っぱらからこんな空気で帰りまで過ごしたくはないので、あるお願いをすることにする。
「新宿にあるおいしいケーキ」
「え?」
「2つ……いや3つだ!俺の分と妹の分、あと1つは奏の分だ。いらないならその分も俺が食う。だから買って来て欲しいんだ、もちろんお金は後払いで返す」
「それはもちろんいいけど……どうしたの急に?」
「急じゃない、俺は朝からお前のせいでとにかく甘いものが欲しくなっているんだ。糖分は頭を使うのに必須だ、お前と話すときは特に頭を使うしな……」
俺はついついいつもの調子で皮肉交じりのことを言ってしまう。これはいけないと一瞬思ったが、別にそれが気に障った様子もなく、むしろ呆れられている顔をしていた。
「……はいはい、買ってこればいいんでしょう。……まったく調子崩れるんだから……」
俺の目を見ながらそう言った。呆れてはいたが不機嫌ではなく、なんなら表情に硬さはなくなっていた。、いつも通りの奏に戻った感じで一安心した。そうそう、奏にはその顔が似合っているよ。
「じゃあ俺は教室に行くからな」
「なんでよっ……一緒に行けばいいじゃない」
奏はそう言い、小走りで俺の隣に並んだ。
「あの……私また忘れられてない!?一応同じクラスなんですけど……」
そういえばまた同じ人を忘れている気がした、誰かは思い出せないけど……。
俺は奏と教室へ入り左前に位置している自分の席に着いた。俺は決して目立つキャラではない、話す人とかは普通にいるが親友と呼べる存在はおろか友人と呼べるはいない。席が近いから話すくらいだ。だから俺が席についても誰も俺に話しかけてはこないし、目にすら留めることはない。
それに比べ奏は後ろにある席に着くと人が寄ってくる。それはこのクラスでもトップクラスに女子に人気な男子、天宮拓海である。見た目はとても爽やかであり高身長で男女ともに好かれるキャラで、奏と同様妬みや嫉みなどは聞かない。とても紳士で優しいと聞くが俺は全くそんな風には思わない。
何故なら俺が奏とクラスで話しているときや一緒に帰っているときなどに俺のことを見かけたらすごい目つきで睨んでくるのだ。おそらくではあるが、奏のことが好きなのだろう。だから幼馴染である俺と一緒に話しているのがたまらなく気に食わないでいる。他の人は天宮が奏のことを女性として好いているのは気づいているらしく、ショックを受ける女子も多くいたが相手が奏ということで納得や諦めの感情になり2人がカップルになることを密かに応援しているだとか……。
なんで俺が周りの事情に詳しいかと言うと普通に盗み聞きだ。俺が窓を見ながらボウっとしているだけで周りの人は俺を空気のように扱ってくれる。そして俺は暇なときにちゃっかり話を聞いていたりする。俺を空気のように扱うから悪いのだ、俺は悪くない……よな?
まぁ悪くないことが分かったところで、俺はたまに想像してしまうのだ。もし奏の幼馴染だったのが俺ではなく天宮拓海のようなハイスペックな男子であったなら……、それはそれは今よりも断然楽しくて周りから憧れられて幸せだったのではないかと。考えても仕方のないことであるはずなのにどうしても考えてしまう……。
無駄なことをあれこれ考えていた時、ここで俺に異変が起きる。
「っ!?」
その異変というのは例のいつもの偏頭痛だった……。小さい頃から偏頭痛持ちの俺は時々偏頭痛に襲われる。その偏頭痛のタイミングはまったくわからない、食事中に来ることもあれば体育の時間中だったり、こういったなんでもない時間に来るときもある。
「うぅっ……くっ……!」
前までは一瞬で痛みが引いていたのだが、最近になってからはこの偏頭痛の痛みが段々と長くなってきている気がする……。俺はこの偏頭痛を周りの人に見せたことも教えたことも無いため近くで頭を抱えてうずくまる俺を見て、困惑する。
「か、神代君だい……」
「裕也っ!!」
このクラスの中で唯一俺が偏頭痛持ちだと知っている奏が急いで俺の方へ駆け寄ってくる。そして俺の体に寄り添いながら「大丈夫?ちょっと待ってね」と言い俺のバッグから頭痛止めを探し始める。その行動にありがたいと思う同時に申し訳なさも感じてしまう。
「(こんなのっ……痛みさえ我慢……してれば……)」
しかし痛みは一向に治まることを知らず、それでいて痛みの方も膨れ上がっていく。以前までなら自分で対処できたのだが、高校2年生に上がった時くらいだろうか……、自分で対処ができず奏に頼るようになってしまったのは……。
奏は俺がいつもしまっているポケットの中の頭痛薬を即座に見つけ出し、俺の机に俯せている状態から上体を起こして、「薬入れるよ?」と言って俺が頷いたのを確認したのち薬を口の中に入れてペットボトルの水をゆっくりと俺の中に流し込み薬と一緒に飲み込ませていく。
そうすることで段々と頭痛が癒えていくのを感じる、また奏に助けられてしまった……。俺は奏に介護してもらわないと生きていけないのだと思うと本当に……
「本当に情けない……」
俺は小声で奏に絶対聞こえないように言った。本当に情けない……情けなすぎて内でその言葉をとどめることができずに口にそれをする。これはある種自分への戒めのためでもあった……またこの時が来たらちゃんと自分で対処ができるようにという戒め。
奏は俺がそんなことを思っていると当然知らなく、険しい顔から幾分マシになった俺の顔を見て胸を撫でおろして安堵していた。
「裕也調子はまだ悪そう?」
「もう、大丈夫。奏……本当にありがとう……」
「何てことないって!危ない時はお互い様でしょ?」
奏は本当になんてことのないような目一杯の笑顔で俺にそう言う。しかしそれで俺の罪悪感が消えることはない。危ない時はお互い様なんて嘘だ……、俺はずっと助けられっぱなしだ。
だからせめて奏が本当に命の危険にさらされたときは、……その時は俺が自分の命を捨ててでも助けようと思った。たとえ刺し違えてでも……そんな時は来るかは誰にもわからない。だが奏への恩返しはそれくらいでもしなければ一生返せそうにないのだ。奏は俺の命の恩人なのだから。
「綾瀬さん、神代君は平気なの?」
「うん、もうばっちし!皆も驚かしちゃってごめんね!」
奏は俺が本来言うべきことを代わりに言ってくれている。その言葉に俺の異変を見て声をかけようとしてくれた隣の女子が、固まった口を動かし始めた。それに周りも便乗し始める。
「い、いやいやそれは平気だけど……、やっぱり綾瀬さんってすごいね!」
「うんうん!神代君がピンチの時にすぐさま駆け寄るところとか本当にヒーローみたいでかっこよかったし!」
「そうだよ奏。君はすべきことをしたんだ、謝る必要は決して無い」
徐々に奏のことを称賛する人が増えていき、先ほどまでの凍り付きそうで静かな空間が賞賛の嵐にって瞬く間に温かく溶け始めた。人望の塊のような存在である奏は少し気恥しそうに照れる。
「も、もう……大袈裟だよ!」
温かい空気に包まれる教室、しかし俺は素直に笑えないでいる。それは俺が招いた結果だからという理由もあるが、暖かい空気の中にポツンと冷たい目線を送ってくる人がちらほらいた。奏にではなく俺に、その目は俺を侮蔑する目。その目はこう告げていた。
奏さんの足を引っ張るなよ金魚のフン君
「ふう……」
今は午後6時半、俺は既に3時半に1人で下校しており家でダラダラとしてたらいつの間にか眠っていたらしくこの時間になっていた。別にいつも夜遅くまで起きているわけでは無いのだが、やはりだらけてしまう性分らしく、学校帰りはやることが無ければたいてい寝てしまうのだ。俺の家は一軒家ではあるが親は基本的に遅くまで働いているため顔を合わせることは少ない。妹でまだ中学生の沙耶さやも部活で帰ってくるのが遅い。だから必然的に俺が自炊をしなければならないのだが……、何故か今はその必要は無くなっている……。
「裕也~起きてる~?」
それは奏が毎日俺の家で俺の代わりに料理をしてくれるからだ。もちろん通い妻とは言わせない。客観的に見たらそう捉えられていてもおかしくはないが、俺が最近やけに酷くなっている偏頭痛のことがどうやら心配であり2年生に上がってからは俺の家で家事をするようになった。沙耶も俺が心配で大好きな部活を辞めるとまで言いだしてきたが、ありがたいことに奏が来てくれることによって沙耶も部活を辞めずに済んでいる。
本当にありがたいことではあるのだが、その弊害もある。
「(奏のやつまた勝手に家に上がり込んで……)」
勝手に上がり込むのではなく、インターホンを鳴らして欲しいと言っているのだがそれではもしもの時に危険だということで勝手に上がり込まれている。いや、言いたいことは十分に理解はできるのだがやはり年頃の男子ということもあって勝手に上がり込まれるのは心臓に悪いのだ……。別に現在進行形で年頃の男子っぽいことを本当にしているわけではなく、もしもの時の話だ……。
今のところその予定は全くないというのが虚しくはあるが。
「奏」
「あ、裕也いた」
「何度も言っているだろうインターホンを鳴らせって」
「だからそれじゃあ心配だから上がり込んでるんでしょう。なに?勝手に上がり込まれたらまずいことでもあるわけ?」
奏はキッとさせた目つきでこちらのことを見定めるかのように見てくる。本当に俺が家でそのまずいことをしているのかを俺の表情や仕草で確認をしているのだろう…。
「い、いやないけども……」
もちろんそんな恥ずかしいことを死んでも口にすることはできない。しかし察してほしいところもある、幼馴染で付き合いが長いとはいえ俺も1人の男なのだから。
「じゃあいいじゃない」
「せめてインターホンを鳴らして反応が無かったらでもいいだろ」
「嫌よ。めんどくさい」
「おいそれが本音だろ……」
「あーもううるさい。ケーキ買ってきたんだから静かにしてなさい」
「仕方のないやつだ」
俺はしっかりと誤魔化される。そして朝の時に言っていた新宿にあるおしゃれなお店のケーキが入っている箱を渡されて、俺はゆっくりと丁寧に落とさないことを心掛けて冷蔵庫の中に運んだ。その必死な様子を見て奏が若干の呆れ顔でため息を吐く。
「まったく……甘いものが大好きな私でもそんな誤魔化されかたしないわよ。本当に裕也は甘いものに目が無いわね」
「当たり前だ。俺は甘いものを食べるために日々生きていると言ってもいい」
「甘いものが1日でも食べられなかったらどうなってしまうのよ……」
「間違いなく野垂れ死ぬな…」
「それが割とマジそうなのが怖いところね……」
奏は先ほどよりも深い溜息を吐く。なぜそんな反応をされないといけないのだ。甘いものが世界を救うなんて歴史の教科書に載ってるくらい常識の範疇だろう。俺のストレスの9割は甘いもので解消していると言ってもいいくらいだしな。だからプリンや羊羹などの比較的安価で衝撃的に甘いものは冷蔵庫に常備している。これらがないほうが偏頭痛よりも命の危険があるのだ。
「ケーキは夕飯の後でいいでしょう?」
「ああ。今日は何を食べるんだ?」
「オムライスでも作ろうかなって。裕也そろそろ食べたそうだし……」
何気ない顔で奏はそう言う。
なんと俺がそろそろオムライスを食べたいと分かっていたらしく、オムライスという単語を聞くだけでテンションが上がってくる。なぜ俺が食べたくなるタイミングだと気付けたのだろうか……?もしかしたら奏はエスパーか何かなのかも知れないな。
しかし嬉しいことは嬉しいのだが、わざわざ俺が食べたいものをチョイスするのは毎日作ってもらう身としては中々に抵抗があるものだった。
「確かに食べたくはあるが、別に無理して俺に合わせる必要もないんだぞ?奏の作りやすいものでも食べたいのでも。俺は作ってもらうだけでもありがたいし……」
そう言うと奏の調理を始めようとする手が止まった。そしてこっちのことを目を細めながらジッと睨んできたのだ。俺は唾をごくりと飲み込む、どうやらまた何か気に障ることを言ってしまったのだろうか……。しかし奏は何も言わず本日何度目かもわからない溜息を吐き調理の手を再び開始する。
俺は一体何度奏に溜息を吐かせただろうか……、正直数えきれないくらいには吐かせている気がする。最近気づいたのだが奏が俺に対して溜息を吐くのは呆れた時だけであり、ほとんどが俺のせいである。
「奏、そんな溜息を吐いていると幸せが逃げるぞ」
「誰のせいかしらね」
「申し訳ありません……」
「お、めずらしい。裕也に自覚があったなんて」
「さすがにそんな溜息を何回も見ればわかる」
「ふーん……」
奏は会話をしながらも冷蔵庫から次々と食材を取り出しキッチンの上に置いていく。その作業の手際は非常によく、テキパキと作業が進んでいく様は圧巻だ。迷うことなく次々の食材に手を出しては切って下ごしらえをすまし、フライパンも用意して油を入れて温めているうちに別の作業も同時に行うという効率の良さ。
そのハイスピードな作業をただ立ち尽くして茫然と見つめる俺。何回も見ている光景のはずなのに全く慣れないでいる。奏の料理に対する意識は非常に高く、プロ顔負けの技術とアイデアを持っている。どの料理もとても美味しくて良いのだが、意識が高すぎるせいで料理をしているときは真剣な顔で集中するため無口になってしまい、とても話しかけづらいのだ。
それでも勇気を振り絞って俺が「できることは無いか」と尋ねたことはあるのだが、「危ないから座ってて」とか「立っていると気が散る」と言われて渋々言うとおりにしている。俺が料理できないことを知っているのもあるが、過去に自分が料理でケガをしてしまったことも影響しているのだろう。なるべくそういったリスクを避けるためにも俺を自分の料理スペースには入れないようにしているのだ。
だから俺はまた注意をされないように呆けるのをやめてテーブルとテレビの間にあるソファに座るのだった。しかしやることも特にないため俺はテレビをつけることにした。テレビでは明日の天気予報や時事ニュースを取り上げているところもあったが、最近よく聞くニュースはこれだった。
「最近東京都心部での地震が本当に多いですよね~」
「そうですね。震度はそこまで高くは無いのですが頻度がとても多く、1日の最多がなんと7回もあったそうなんですよ」
「ここまで多いと不穏な何かを感じずにはいられませんよね……」
「そうですね……不自然なまでに多いですからね。大きな地震または津波の予兆なのか……」
「テレビを見ている皆さんも十分な警戒をして過ごしていただくようお願いたします」
「ではこれで本日のニュースのお知らせを終了します」
ニュースが終わったところで俺はテレビを切る。実は今日も12時くらいに地震があったのだ。震度はニュース番組の人が言っていた通り3くらいが平均で、比較的大きな揺れではないためクラスの生徒も気づかない人が多くいるが、頻度が明らかにおかしいせいで地震が来るたびにただならぬ恐怖を感じるようになってしまった。それは俺だけではなく他の人も徐々に異常だと気付き始めている節がある。地震には基本恐怖を感じるものだが、これはそのいつものとは全く異なる。
何かを予兆させる恐怖なのだ。これからいつとんでもない災厄が来てしまうのか、それが気が気でなかった。もしその災厄が来た時に俺は奏と沙耶を守ることができるのだろうか、そこが俺の懸念点でもあった。
俺は静かに願う……このまま何も起きないでくれと。
「や…。裕也っ!」
「え、あ痛っ……なんだよ奏?」
俺は自分の名前を呼ばれて意識が戻るとその瞬間奏が後ろから俺の右耳を引っ張りだした。何のつもりなのかを耳を引っ張った件も含めて聞いた。
「何って裕也が何度読んでも反応ないからこうしているんでしょう?」
なんだそういうことか……なら引っ張られても仕方ない、……というわけにもいかなかった。
「反応しなかったのは謝るけど引っ張ることは無いだろ」
俺がそう言うと「そっか、ついつい」と言い俺の耳から手を離した。俺は人の耳を引っ張といてその態度と発言に少々苛立ちを覚えたが、ケーキの件を思い出しここは心を落ち着かせることにした。
「で、なんだよ?」
「夕飯出来たから呼んだのよ」
「相変わらず早いな……、じゃあ冷める前に食べるか」
今から夕飯を食べるために席に着こうとした瞬間、玄関の方からドタバタと騒がしい物音がした。やっと帰ってきたというべきかなんというか……、夕飯ができたタイミングで丁度家に帰ってくるなんて運のいいやつだな。
「はぁ~疲れた~。あ、カナ姉今日も来てくれたんだ!本当いつもいつもあり……あー!もしかして今晩の夕飯はオムライスぅ!?すごい美味しそう!早く早く食べよう!」
勿論帰ってきたのは絶賛お騒がししている俺の妹である沙耶であった。さっきまで疲れたとか言っていたのにオムライスを見た途端元気になりやがって……、いや気持ちは確かに分かるんだが。しかし部活帰りということできっと汗だくであろう、先に風呂に入ってきてもらった方が良いだろうと思い風呂を勧める。
「沙耶お前は先に風呂に入ってこい。飯はその後だ」
「ええ~!?それじゃあ出来立てが食べれないじゃない!無理無理、こんな美味しそうなオムライスが目の前にあるのにそれを我慢してお風呂に行くなんて溺れ死んだらどうすんのお兄!」
まぁ当然拒否してくることは分かっていたが本当に口だけじゃなく挙動までもが騒がしい妹だ。じっとしていられないのか足踏みをしながら腕を前後に振っており、早く席に着いてオムライスを食べたいアピールをする。
「温め直せばいいだろう……」
「あー!お兄分かってないよぉ!出来立てを食べることに意味があるんだよ!」
「分からなくもないんだがな……お前部活帰りで匂うだろうし……」
俺は沙耶を思って出た言葉なのだが、沙耶はその匂うという言葉が余程恥ずかしかったのか顔を赤くしながら俯き、小声でぶつぶつと「お兄のばかばか……ほんっと最低!」とつぶやいているのを耳にする。小声と言っても元からうるさいためあまり小声としての役割を成していなく、しっかりと聞き取ってしまう。なんならこのくらいの方が丁度いいまである。
「もう……例え妹でも女の子に匂いのこと言うなんてありえないわよ……。それに匂うって言っても全然そんなことないわよ、沙耶ちゃんからは良い匂いしかしないし」
黙って聞いていた奏がさすがに沙耶のことを気の毒に思ったのか、沙耶の味方をし始める。汗をかいて良い匂いがするってどういうこと何だとも思ったが、これ以上匂いについて質問するとまたデリカシーがない行動認定をされそうなので追及はしないことにした。
「カナ姉……!大好き!」
あまりの感激を受けて思いっきり奏に抱き着こうとする沙耶。そしてそれを紙一重で避ける奏。
「けどくっつくのは禁止」
「そんなぁ……」
さすがに汗のベタベタは気にするのか、抱き着かれるのを拒んだ奏。こいつ意外とサバサバしてるんだよな……、気を許している相手でも女子でも自分が嫌なことにはとことん断固拒否をする感じ。周りに流されなくて自分をしっかり持っている奏に対して、憧れにも似た感情を持つことが少なくない。
「後で一緒にお風呂に入ってあげるから今は我慢して」
「やったぁ!」
それでいてちゃんと相手のことも考えてくれている。仮に俺が女だったとしたら惚れていたかもしれない。それほどカッコよくて優しくもあり強い女の子だ。俺もいつかそんな人間になれるのだろか……、いや今考えることじゃないな。今日は特にセンチな気分になってしまうな……。
「奏がそういうなら良いけど。じゃあ席に着いて食べますか」
「うん!」
「は~い!」
「「「ご馳走様」」」
全員がオムライスを完食したため、最後に息を合わせてご馳走様をした。
「はぁ~美味しかったぁ~!やっぱりカナ姉のオムライスは最高だよ!もちろん他の料理もだけど大好物のオムライスだから特に!卵はトロトロで口の中でとろけるし、そのとろけた卵と丁度いい塩気具合のチキンライスが合わさって1口1口が上品でもう本当にこれ以上言葉が出ないよぉ!」
沙耶は大好物のオムライスを食べられてご満悦なのかハイテンションで奏の料理を饒舌に絶賛し始める。もちろんいつも絶賛はしているのだがやはりオムライスを食べた後の饒舌の方が大きい。よっていつもより多少は騒がしくなっているのだが、このオムライスへの賞賛は自分も全くの同感だったため特にとやかく言うことは無い。
なにより奏も非常にうれしそうだ。
「ありがとうね、沙耶ちゃんはいつも美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるよ」
「いや~本当に美味しいからついつい顔に出ちゃうんですよぉ!お兄もすごい幸せそうな顔だったし」
「まぁ美味しいのは事実だからな」
俺は基本甘いもの以外の食べ物への感想は美味しいか美味しくないかの2択であるのだが、オムライスに限ってだけはいささか味に厳しいのである。しかし奏の作るオムライスは本当に1級品で、まさに沙耶の言っていた通りの美味しさで卵も俺好みの甘さに調整してあるためもう言うことなしだ。だが沙耶のように饒舌に褒めることは苦手だし恥ずかしく、今の褒め方が俺の精一杯であった。
「もう……素直にもっと褒めればいいのに~」
「いいのよ沙耶ちゃん。饒舌に褒める裕也もそれはそれで気持ちが悪いしね」
「おい……」
やっぱりこれくらいに留めて褒めるほうが良いじゃないか。というか饒舌の褒める俺は気持ちが悪いのか……甘いものを食べているときの俺はおかしなことを言っていないだろうか。あの至福の時間だけは日々の疲れを癒すため無心で食べており、美味しかったという記憶しか残らないため自分がその時に喋っていたことも覚えてないのだ。
今日を機に少しは気を付けていこうと思った。特に奏の前では……。そして風呂へ入るまでの間に皿洗いを済ませる。いつも料理を作ってもらっているため俺は皿洗いを率先してやろうとしているのだが、奏は自分も洗うと言って聞かない。さすがに皿洗いまでさせるのは気が引けるのだが、奏は「自分がしたいことだから」と言って譲ろうとしない。なのでやむを得ず皿洗いは俺がして皿の水気を拭く担当を奏に任せた。
そして皿洗いが終わり3人でソファに座って20分くらい談笑したところで奏と沙耶の2人は一緒に風呂場へ向かった。俺は全くその気が無いのだが、奏は俺に「覗いたら分かっているわよね?」と満面の怖い笑顔で警告してきた。笑顔のはずなのになんであんなに俺は怖いのか分からない……。
「(てか奏が俺たちの家の風呂場を使うなんて久しぶりだな……)」
いつも料理を作ってくれ後はしばらく談笑した後9時になる前に隣の家に帰るのだが、今日は沙耶と久ぶりに風呂に入りたくなったということだろうか。今は8時少し過ぎたあたりか……、実は俺も奏が来るまでずっと眠っていたためまだ風呂に入れていないのだ。だから何だというわけでは無いのだが、俺が奏が入浴した後の風呂に入ることをなんとなくためらってしまう。小学生になるくらいまでは一緒に入っていた記憶も多少あるのだが、ほんとそれ以来である。
なので奏たちが先に入ると言い出した時は少し焦った。俺が先に入りたかったから。しかし当然それを口にすることは憚れるため俺はそれを止めることはできなかった。あの時に止めておけばと強く思ったが、部活後の沙耶が先に入るのは普通のことなので一緒に入る2人を止める理由が見当たらなかった。
「これはあれだな……すぐに出るしかない」
入らないという選択は勿体ないためもちろん入る。ちなみに勿体ないというのはせっかく温めたもらった風呂だから入らないのはもったいないという意味で、他意は無い……無いはず。ということで4、5分経ったら出ることにするか。いつもは10分くらい入浴するのだがたまには早く出る日もあって良いだろう……。
「まぁ今そんなこと考えてても持たないか。あいつら多分長いし……」
奏はわからないが沙耶のやつは必ず30分以上は入浴している。家の風呂は2人くらいなら余裕で入れるほどの大きさのため一緒の湯船につかることだろう。なら交代で入るわけでも無いため1時間はかからないだろう……。
問題はその間俺は何をしているかについてだ。寝てても良いのだがさすがにそれはだらしなさすぎる気がする……何回寝るんだって話だ。しかしすることがないし寝てた方が時間も早く過ぎて奏たちが上がった時に起こしてもらって風呂に入れば体感的にはとても効率が良い。
「よし、寝てもいい理由が見つかったし寝るか」
なにより覗いていたとも疑われないため俺の社会的信用も下落しない。寝るって素晴らしいな……誰にも迷惑かけないしとても気持ちが良いためやはり昼寝はやめられない。正確には昼寝ではないのだが……そこはどうでもいだろう。
「ほわぁっ……、おやすみ」
そして俺は眠りについた。わずか5秒足らずで……、飯を食った後だしこの遅い時間とやることがない現状を見ても、寝るにはベストの環境であった。
深い深い眠りについているのがわかる。どんどん海の底へ仰向けで落ちていく感じ……。ちなみに本当に眠りの海の底へ着いてしまったらもう全く起きないためそこまで落ちないようにすることもできる。俺は眠ることについてはある種の達人である、この眠りの底に着かなければすぐ起きれるのだ。
もわもわとした何かが見えてくる。それはとても高い塔であった。塔といっても東京タワーとかスカイツリーとかの比ではない。何倍も大きく高い。まるで空にくっついてしまうんじゃないかと思うくらいに……。
「ファンタジーの世界にありそうだな」
夢の中でなんとなく思ったことを呟く。なんでこんなのが夢に出てくるのだろう……、一体どこから俺はこんな塔を見かけたんだ。現実じゃまずありえないし漫画でもそうそうこんなに大きいのは見たことがない。見たことは無いはずだった……しかし
「確かに見覚えはある気がするんだよな……」
確証はなくこれもまたぼんやりとした曖昧なものである。でも何故だろう……何故か思い出さないといけない気がしてくる。ただの夢の中の虚像でこんな塔は無いと言われたら「はいそうですか」と納得できるくらい儚く簡単に消え去りそうな俺の心の中にある何か。
どうせ夢なため特に気にしないようにするのが正しいのに、それができない。こんな経験初めてだ……、俺はどうしてしまったんだろう。もしかして俺に何かを訴えかけようとしているのか?夢にはそんな力があると聞くけど俺は到底信じられなかった。だって人は孤独な生き物だから……、そこにはほかの誰かとのつながりなんてのは全く無い。つながり何てただの幻想でありつながりがあるとそう思いたい人が作り出した紛い物。だから予知夢なんてものもあり得ないと思っているし、誰かから俺の脳へ想念を送っているというのも無い。
ならこの夢はどう説明が付くか。1番可能性が高いのは俺の脳が勝手に作り出して見せている虚像、見たことがあるものを継ぎ接ぎでつなぎ合わせて出来た映像。もしくは……
「俺が忘れてしまった記憶……」
しかし0%に近い。俺はまだ17でそんな大して年をとっていないわけで、それでこんなにでかい塔を忘れる筈が無いのだ。だからただの夢であり虚像、ただの紛い物だ……俺はそう結論付けた。
そこで突然謎の男の奇妙な声がする……
『思い出せ……でなければお前は後悔する』
「だ、誰だ……?」
突然聞こえてきた声。夢の中のはずなのにまるで現実で話しかけられているかのような妙なリアル感。現実だと錯覚してしまうようなはっきりした声。しかし惑わされることは無い、所詮ただの夢……
『思い出せ……何のためにお前はここにいる……』
「何のため?俺がどこにどういう理由でいようが勝手だろ」
『ダメだ。思いださなければ……俺の計画が崩れてしまう……』
「お前の計画なんて俺にはどうでもいいことだ」
俺はしっかり対話ができていることに違和感を覚えたが、そういうこともあるだろうと思った。
『思い出さなければお前は明日……死ぬ。それは絶対だ』
「はいはい死んじゃうね」
明日死ぬって告げられて信じられるわけないだろ。急に胡散臭さが増したな……元々胡散臭さ満載だったが今の一言で急に体の力が抜けてしまった。力なんて入れる必要が無いのに。
『Siren`sTower』
「へ……?」
サイレンズタワー?何だそれ?あのでっかい塔の名前のことか?言ったどういう名前の由来なのだろうか……。でもその言葉をきいた瞬間俺は何故か妙な高揚感を覚えた。この訳の分からない確かな高揚感はなんだ……俺は一体何に高揚しているというのだ?
『ふっ……どうやら取り越し苦労だったようだな……』
その謎の声の主が笑ったことに対して俺は強い苛立ちを感じた。馬鹿にされたような笑いではないということは分かっている。ならなぜ笑ったのか……、俺の中にある正体不明の塔の既視感と謎の高揚感の秘密を謎の声の主が知っている気がしたから。最初からすべて理解しているような口ぶり……、俺の夢の中にいるのが虚像の何者かだとしても俺の中にいることは間違いない。なら俺の知らない俺を知っていてもおかしくはない。だから質問をすることにした。
「お前は何を知っている、俺の秘密を教えろ!」
『俺が言う必要は無い。お前は明日思い出すことになるからだ……』
「明日?お前さっきも明日って言ってたけど明日何があるんだよ?」
明日何があるかを聞くということ……、それはもう予知夢と同義であった。しかしもう聞かずにはいられなかった。
『……時間切れだ』
「は?待てよそれは無いだろ!」
『最後に一言だけやる……』
「な、何だよ……?」
俺は時間切れの意味が分かりだした。水中にいる俺が下からの圧力によって上へと押し出されていたから。俺は誰かに起こされているのだろう……。だから最後の言葉に耳を澄ました。これが重要な一言になると思ったから。
『お前……』
「(お前?)」
『さっきからずっとにやけているぞ……』
「……は!?」
そして俺は目まぐるしく水上へと押し出されだ、不完全燃焼のまま……。
「(俺はにやけいた?何故……?)」
そして俺はゆっくりと目を覚ます。夢の中の出来事を全て忘れて……。
「へ……!?」
「え……?」
目を覚ました先に居たのは奏であった。どうやら奏が起こしてくれていたらしい。しかしこれはどういう状況なのだろうか……、何故か奏の顔が起きた瞬間至近距離にあったのだ。しかも目の前にいる奏はじわじわと顔を赤くしている。分かりやすく耳も赤くして……、というか珍しいな耳にある髪を耳の後ろに掻き上げるなんて。まるでナニカをするのに耳にある髪が邪魔だったかのように……。
どういう状況か……、それはおそらく第3者の目線で見てみたら誰もがこう言うかもしれない。
キスをしようとしていると……。
「きゃーーーーーーーー!!」
「何でぇぇーー!?」
なんと俺は起きて間もなく、まだ寝ぼけてもいるのに寝起きビンタを食らわされた。というかビンタされるいわれが全くないのだ……。俺は寝ていたただけでお風呂を覗いたわけでもなのにこれではあまりに理不尽だ。
「あ、ごめん。つい……」
「お前はもうついで行動するな……」
「ううっ……」
珍しく俺に言われてたじろぐ奏。おそらくちゃんと自分が悪いとわかっているからだろう。反省しているのがわかったのでこれ以上は追及しないでおく。ビンタに関してはな……
「で、さっきのはどういうことなんだ?」
「!?」
体を大きく震わしてまた一層顔を赤くする。なんだその反応は……実は俺が寝ぼけていて見ていないとでも思ったのか?残念ながらしっかり見たしまだ脳に焼き付いている。後1歩起きるのが遅ければ俺と奏の唇が……。うん、これはやはり由々しき事態だ。俺がビンタをされる前のあの恥ずかしそうな奏の顔、俺が起きた瞬間に見た右手で耳元の髪をかき上げながら至近距離で俺を見つめていたあのほんのり赤い奏の顔……。
一瞬のことであったが、シャンプーのいい香りがしてきて、それでいて微かに鼻を擽る奏特有の甘くていい香り。まつ毛も長く綺麗で透き通る鮮やかな青紫色をした瞳。それらが相まってとても女子高生とは思えない色っぽさを醸し出していた。普段一緒にいるだけでは見せてこない1面を見せられ、体中に妙な熱さを感じた。
「や、やっぱり覚えてるの……?」
俺は必死に頭を切り替えようとする。さっきの奏を思い出して顔を赤くしているなんてバレたら一生の恥だ。すぐにでも自分のベッドに潜りたくなる。
「覚えてるに決まってるだろ。さっきのビンタの衝撃で忘れるとでも思ったのか?」
「う、うん……」
こんにゃろう……。そういう打算もあってあんなことしやがったのか。本当に抜け目ないやつだ。まあビンタのことはもう気にしないと決めたから良いとして、俺はキス未遂ではあったがあんなことをしていたのかを恥ずかしながらも問い詰めることにした。
「まあいい……。問題は何でキスをしようとしてたということだ」
「!?……べ、べべべ別にキスをしようとしてたわけじゃないし……!」
キスという単語が出た瞬間先ほどと比べ物にならないくらいに顔を真っ赤にしており、湯気が出るかもしれないと思わせる程であった。そして真っ向から否定してきてはいるが分かりやすいくらいに焦っているためなんとも怪しい。
「本当かよ?じゃああれは何だったんだ?」
あれがキスをしようとしていたわけでは無いのだとしたら何なのか。俺はそれを聞くことにした、わざとではなければすぐに答えは返ってくるだろう。
「あ、あれは……」
少し考える素振りを見せる奏。いつもは堂々としているのに今は子犬みたいに可愛らしくもじもじしている。いや……別に可愛いと思っているわけではない、断じてだ。世間一般的に第3者の目線で見るとそうだというだけである。だから俺は全く可愛いとは思っていない、うん。
「うう……」
なかなか答えようとしない。普通に考えればこれはクロなんだろうが、よくよく考えてみれば奏が俺にキスをしたいと思うわけが無いのだ。ならあのキス未遂は何だったのか?おそらく推理をするに、俺を起こそうとしてソファの前で躓いてしまったのだろう。そしてたまたま俺の顔に近くなってしまったのだろう。それなら辻妻が合うし、キスをしようとしていたわけでは無いのに勘違いされそうになってあんな反応をしたのもまあ頷ける。それならそうと言えばいいと思うのだが、なかなか言おうとしないというのはどういう事なのだろうかと思ったが、もうそれしか思い浮かばないため奏に俺の推理を告げる。
「どうせ俺を起こそうとしてドジでソファの前で躓いたとかだろう?」
俺が自分の推理を告げると奏は一瞬ぽかんとした顔をして、すぐに顔をパァっと明るくしすこぶる元気を見せるようになった。
「そう!そうなのよ!いや~本当にあれは災難だったわ……」
どうやら俺は正解していたらしい。最初のぽかんとして何のことか分かって無さそうな反応は少し気にかかったが、気にする必要もない。おそらく俺が助け舟を出すと思わなかったとかだろう。
「まったく……危ないから気を付けてくれよ」
「ごめんって。でもまさか躓いてあんなドラマみたいなシチュになると思わなかったわ」
「確かにそれはそうだな。お前のドジなところも珍しいし本当にツイテないな」
「そ、そうね……。でも裕也的にはキスをしてもらった方が良かったんじゃない?」
奏は急に意地悪そうな顔を向けてくる。しかしいつもと違い、顔はまだ赤い。
「どういうことだ?」
「だってぇ、裕也ってばキス童貞でしょう?そしてこのまま一生キス童貞なわけじゃん?」
こいつ……おとなしいと思えばすぐ調子乗って俺をからかおうとしやがる。というかなぜ俺がキス童貞ってわかる!しかも一生キス童貞って決定事項なのか!?
「何が言いたい……?」
俺は悔しそうに歯を食いしばりながらそう言う。間違っていないからこそ、反論できない。
「なら私が童貞奪ってあげた方が不名誉な称号も無くなるし、自信が付くから裕也的にはその方がいいのかなって」
「心配してくれるのはありがたいがそんなのは有難迷惑だ」
「ふーん……」
奏は腕を組んでこちらを見ている、真偽を確かめるためにじっと……。そしてやや不機嫌になる。
「せっかくこんな美女がもらってあげるって言うのに……。裕也はもっと堂々としないと女子と付き合うなんて夢のまた夢よ?」
「だから余計なお世話だ。それにキスなんてしたところで自信なんかつかないだろう」
「なんでそんなこと分かるのよ」
「俺がそもそも童貞を卒業しているからだ」
「へ……」
奏がきょとんとした顔をする。今までで1度も見たことがない顔が見れて俺は内心気付かれずに喜ぶ。もちろんさっきの童貞卒業の件はただの嘘だ。なんでキス童貞も卒業できていない俺が真の童貞を卒業できていることになるんだ。これは奏を驚かせるための嘘で、その作戦は成功したのだ。
「嘘でしょ?」
「本当だよ」
すぐにバラすのはつまらないため、まだネタ晴らしはしない。てか、なんならしなくてもいいかもしれない気がしてきた。またからかわれるのは勘弁だしな。問題は俺がどこまでポーカーフェイスをできるか。
「だ、誰と……?」
「言うわけないだろう?」
「う、嘘!絶対に嘘!一体いつどのタイミングで卒業できたって言うのよ!」
「実は昨日保健室で休んでいるときにな……。隣の子に誘われて流れで」
「初体験がそれってアブノーマルすぎない?」
「そうか?」
「うん……」
よくもまあこんな嘘がぺらぺらと出てくるものだと自分に感心する。さすがにもうこれ以上聞かれるとぼろが出る可能性があるためここで話を終わらることにする。すると奏の表情がじわじわと暗くなり、急に無言となる。
「か、奏……?」
俺は予測してなかった反応に少し戸惑う。奏の瞳を見てみるとうるうると揺らいでるのが見えた。
そして奏の瞳から一筋の涙が流れ星のようにスゥっと流れる。
俺はあまりの出来事に言葉を出せずにいた。小さい頃は何度か見たことある奏の涙。中学に上がってからは2度と見ることが無かった奏の涙。俺は何故こんなことになったのかも分からず、なんて声をかければいいのかも分からずにいた。ただ名前を呼ぶことしかできない……。
「奏……」
「ごめん、私もう帰る。沙耶ちゃんによろしく伝えといて」
「お、おい!」
奏は俺の呼びかけに応じず、すぐに玄関へ向かい家を出ていった。
「なになに?どうしちゃったの?カナ姉帰っちゃったの?」
奏が家を出たタイミングで沙耶が上から階段で降りてきた。おそらく奏が家を出た時の物音に気付いてそのタイミングで降りてきたのだろう。
「いや俺にも何にがなんだかさっぱり……」
「はぁ……どうせお兄が悪いんだから明日謝っておきなよ?」
いや俺が悪いのか?まあ完全に俺しかいないんだろうけどだ。しかし一体何が理由で奏を悲しませてしまったんだろうか……。やっぱり話題的に俺が嘘をついてしまった話なのだろうか。もしそうなのだとしたら謝るしかないよな……、一応嘘はついてるわけだしそれに関しては俺が悪いか。
よし、明日ちゃんと謝ろう。
「分かったよ……」
そして俺は明日を迎えた。
「これもしかして相当やばい……?」
なんと家を出ても奏は家の前で待っていなかった。いつもなら俺の家に入り込んでいるのだが、今日はいなくてもしかして外で待機をしているとも思ったがそういうわけでも無かった。これは明らかに昨日のことが尾を引いているとしか思えない。別にいつも奏と一緒に学校に行っているわけではないのだが、朝予定があるときはいつも必ず事前にそれを伝えてくれる。しかし今日は何も事前に言われていないため、予定はないはずはずだった。
「寝坊しているとか?いや奏に限ってそれは無いか……」
100%無いというわけでは無いのだが、ほぼほぼ無いと言い切れる。なら意図的に俺を置いて学校へ行ったということになる。別に約束をしているわけではないので置いていったという表現の仕方はおかしいと思うが……。
「このままだと遅刻するしとりあえず向かうか」
いつも時間ギリギリのため立ち止まっている余裕は無かった。
「今日も何とか遅刻は免れそうだな……」
不測の事態は何も起きず、通常通りの時間帯に学校の下駄箱前に着いた。一応奏の下駄箱も確認しておこうと思い見てみることにした。
「(あった……)」
実は無いことを期待していたのだが、これでは事前に予定を伝えるのを忘れていたか昨日のことが尾を引いているかの2択しかないということになった。そしてこの時間帯になっても何もメッセージが無いということは実質1択だ。
一緒に通学しているときに謝ろうと思っていたので、学校で謝る想定をしていなかった。学校ではそもそも俺から話しかけることが少なく、大体が奏から話しかけられることが多い。なので話しかけ辛いというのもあるのだが、昨日の件を謝罪するにしても学校で話す話題ではないと思うのでどうしようかと悩んでいた。
「とりあえず教室の席に着いて考えるか」
俺は考えを先延ばしにした。そしてきっとなんとかなるという甘い考えで教室に向かう。教室に向かっているときに廊下でいつもと違ったざわつき方をする。男女ともに浮足立っているというか……、男子も女子も少数ではあるが嫉妬心のようなものが混ざっている者もいたがほとんどが羨望の表情をしていた。少し気になったため歩みを遅くして気づかれないように盗み聞きをした。俺を仲間外れにするのが悪いのだ……、元から仲間はいないけど。
「ねえ知ってる?今日ねあの2人が一緒に通学してたの!」
あの2人?
「え、あの2人ってまさか綾瀬さんと天宮君のこと!?」
「そうそう!いつもはあの暗い感じの人と一緒に来てたのに、今日はあの天宮君と!これはね確実にあの2人の中で特別な何かができているに違いないわ!」
「まさかもう付き合っちゃってるとか……?」
「ある!というかあの2人が今までデキていなかったことの方がおかしいんだから!」
なるほどな……、そういうことか。要するに天宮と一緒に学校へ行きたかったから俺とは一緒に行かなかったわけか……。それならそうと早く言ってほしかったんだがな。別に俺は奏が他の誰と学校へ行こうと知ったことでは無い。しかしこんな置いて行かれ方は初めてだな……。
俺はそのことに少しショックを受けた……。
そして教室の前に着く。そこから奏の席で天宮と奏が仲睦まじい様子で話していた。俺はその様子に心の中であられもない嫉妬心とどす黒い感情を滲ませる……ということは全くなかった。それは俺が奏のことが好きな場合の話であり、俺は奏のことが性的な意味で好きではない。友人として、幼馴染として好きであるのは間違いない。ならその仲睦まじい様子を見て俺が感じたことといえば、やっと奏に彼氏ができそうという喜ばしい感情しかなかった。今まで俺という幼馴染が邪魔で他の男と付き合いづらいというのは確実にあっただろうから。もちろん奏がそれを口にしたわけではなく、周りの声を聴いた結果だ。
だから俺は単に応援をするだけ。独立する日が来たというだけの話だ。
俺は教室へと入って行く。奏はこちらに気付いたような反応をしたのを視界の端で捉えた。しかし反応をしただけで話しかけるとまでは行かなかったらしい。昨日の件で気まずそうにしているのか、何も言わずに俺を置いていったことに気まずそうにしているのかは分からなかった。
それよりも気になるのは周りの反応。それは……俺という存在が奏から引き離されたと思っている者たちが俺に向ける哀れみの視線、そして「いい気味だ」という侮蔑にも似た感情を向けてきた。それを奏に気付かれない範疇で俺に分かるようにやっているというのだから実に巧妙である。
おそらくは俺が奏といつもいることで散々嫉妬やらの負の感情をどこにも発散できずに溜まっていたのだろう。それが奏と天宮がデキているということを知り、ただの金魚のフンであった俺を見下して気持ちよくなっているのだ……。
「(なるほど……、これは中々に息苦しい空間だな)」
俺はゆっくりと席に着いた。誰にも目線は合わせることはなく、左にある窓の外をじっと眺めながらただ早く学校が終わるのを願う。
「(俺も奏離れができるようにしないとな……)」
奏はいつでも俺から離れようと思えば離れることはできるが、幼馴染と家が隣というつながりがある以上離れることは難しいだろう。俺が料理をできるようにして、偏頭痛も自分で対処できるようにしてやっと奏が俺から離れることができるようになる。
奏のためにも早くしなければならない。俺は1人の人間として奏を尊敬しており、命の恩人だとも思っている。だから感謝をしたいし今までの行いに報いたいとも思っている。だから奏のためにも俺は奏とまだ一緒に居たいという気持ちを押し殺して行動しなければならない。一緒にいれなくなるわけではない、その時間帯が極端に減るだけ。幼馴染からご近所さんに変わるだけだ。
色々想いを巡らせているときに後ろから足音がする。
「ちょっと拓海!?」
奏が後ろで大きな声で天宮の名前を呼ぶ。俺はその声の大きさに驚き後ろを振り向いた。
「!?」
なんと奏が呼び止めていた天宮は奏と話すことを止めて俺の目の前に来ていた。
今まで睨まれてしかしてこなかった天宮が今俺の前に来て何かを言いたそうにしていた……。
「話がある、後で校舎裏に来てくれ」
「拓海何を……」
「わかった」
「裕也!?」
俺は何の話をされるのかが分かり、それを了承することにした。それに対して驚きを露わにする奏。される話は1つしかない、邪魔者を排除しようとしているのだろう。
「大丈夫だよ、俺がなんとかするから任せといて」
「なんとかって何をする気なのよ……?」
「それは言えない。けど奏のためであることは間違いないんだ、信じてくれ」
そして天宮は席に戻っていく。その様子を見て俺も席に着く。多くの注目を浴びせられて若干の面倒くささはあったが、これも仕方のないことだと思い割り切ることにした。
HRが終わりに15分休憩が始まる、しかし今日の俺にとっては休憩ではなかった。
「時間は無いからすぐに終わらす、ついて来い」
俺はどうせ返事をしても意味は無いと分かり、黙って頷き後ろをついていく。そして俺は教室を出る前に1回奏の前を通り過ぎることになる、奏は心配したような顔で俺の顔をじっと見ていたのが一見えた。しかし俺は目を合わせることはしなかった、目を合わしてしまえば俺は立ち止まってしまうだろうと思ったから。だから俺は目も合わせずに黙って前を通り過ぎた。
そして周りに注目されていた中、無事に校舎裏にたどり着いた。おそらくギャラリーがどこかには潜んでいるだろうけどそんなことを俺が気にすることでは無かった。
「話ってのは?」
俺は分かっていながらも早く終わらしときたかったため、催促をした。天宮は俺の生意気な言葉が気に障ったのか少し眉間にしわを寄せたが、誰が見ているのか分からなかったため特に大きく顔には出さなかった。
「お前奏を悲しませただろう」
天宮の言葉が想定通り過ぎて少し笑ってしまう。しかしそのことが気に食わなかったのかイライラして俺の反応に突っかかる。
「何がおもしろいんだ?お前は奏を悲しませたことに何も感じないのか?」
「いや申し訳ないとは思っているんだ。まさかあんなことになるなんて思わなかったんだ、悪気はないんだよ」
俺は笑うのを止め真剣な表情で質問に答える。
「悪気が無くても悲しませたという事実は変わらない……」
「まぁそうだな」
暫しの沈黙……、俺はわざと相手をイラつかせながら話している。そして順調に俺にイラついてくれている、ほら早く切り出してくれ。俺は待っているんだ、お前の「奏にお前はふさわしくない」という言葉を……。それでお前は俺から奏を引き離しカップルになるための楽しい道のりを歩んでいけばいい。俺は奏のためにやっているんだ、俺は悪くない、お前が全部悪いんだ。そう思ってくれていい……。
「お前に奏はふさわしくない!」
「ならどうする?誰が奏にふさわしい?」
「……俺だ。俺だけだ!奏にふさわしいのは!」
その言葉を待っていた。それを聞ければ俺が奏から距離をおいても良い理由ができた。奏と仲良くするためや付き合うためなど、どんな理由であれ俺が奏の近くにいては不都合でしかないからな、これは奏のためにでもあるし俺以外の男子のためでもある。
あいつは何故か俺と一緒で、恋人ナシ=年齢だったからな。これで俺という邪魔者は排除されてより一層恋人になりやすくなる。俺みたいな男とずっと一緒に居たりしたらそりゃ他の男子は嫉妬しまくりだろうからな。
「お前さえいなければ……。お前さえ……」
ここで段々と自分の感情を露わにしていく……、もはや隠れて見ているかもしれないギャラリー
のことなど頭には残っていないのかもしれない。
「俺がいなかったら奏と付き合えるのにとでも言うつもりか?」
頷きもしないが否定もしない、天宮がとった行動は沈黙。つまり暗にそうだと肯定したということである。確かにその可能性はあるが、奏がお前を好きだと限らないだろうに……。お似合いではあるし付き合う男子の中ではベストと言える天宮。しかしそれは端から見てる第3者だからそんな無責任なことを言えるだけでそこに奏の気持ちは一切汲まれていない。
天宮が奏を好きなのは普段の態度から見ても明らかに他の女子と比べて奏を特別扱いしているが、
奏はわからない。一緒に話しているときに天宮の話は全然でてこないからどう思っているのかも検討がつかない。少なくとも嫌いではない普通以上の感情は持っていると思う……。
「お前は奏が好きなのか?」
好きではない。……だが大切な存在ではある。しかしわざわざそれを答える必要もない。だから俺は今まで散々されてきた同じ質問に対し定型文で返した。
「ただの幼馴染だ」
そもそも俺が奏を仮に好きだとしてもこいつの行動は変わらないだろう……、もしくは今まで以上に恨まれるかもしれいないが今日のような校舎裏に呼ばれるイベントは避けれなかっただろう。今日はたまたま奏を悲しませたというきっかけがあっただけ。
「本当に運が良いやつだ。幼馴染でもなければ奏に見向きもされなかっただろうに……。俺がそのポジションだったら絶対に奏を悲しませないし今よりも笑顔にさせていたんだ!」
いつもの爽やかな雰囲気の天宮とは思えないくらい今日は棘がある言葉ばかりだ。いや俺に対してだけは爽やかな一面を一度も見せたことはないんだけども……。しかし言っていることはあながち間違いではなかった、俺のような暗くて目立たない人間よりもこいつのようなハイスペックな人間が隣にいた方が遥かに楽しいだろうと。
「奏とお前に幼馴染という関係がある以上、お前は一生俺にとって邪魔者なんだ……!」
天宮は今まで見たことがないような鋭い目つきで俺を睨む。逆に今までのはセーブしていた方なのだろう……。そして俺は少し考えこむ……。
「(こいつの言う通り幼馴染という関係が残っている以上、俺がわざと離れようとしても奏は話しかけてくるかもしれない。そしたら結局今までと変わらない。)」
ここは幼馴染という関係を塗りつぶす新たなつながりを奏とこいつに作ってやれば良いと思った。俺といちゃいけない口実をこいつに作るべきだと……。
「なぁ……」
「なんだ……」
「俺はなにも幼馴染だからという理由で奏と一緒にいるわけじゃないんだ」
「じゃあ一体どんな理由で一緒にいるんだ?」
俺が今から何をするか……それは……
「俺はあいつの身体目当てで一緒にいるんだ」
「!?」
俺はクズで最低な幼馴染を演じることが幼馴染というつながりを塗りつぶすのに最適だという結論に至った。そしてその言葉を聞いた天宮は自分の正義感のもと、俺を奏のためを思って殴り痛めつけていい理由ができた。
「このっ……クズ野郎がぁーーー!」
俺は天宮が思いっきり振りかぶろうとする拳を避けることもせず受けた。
「(裕也のやつ大丈夫かな……)」
私は教室で瑞希と世間話などをしながらも意識は完全に廊下の方へ向いていた。校舎裏で話しているらしいけど、とても気が気じゃなかった。私のせいで裕也が拓海に問い詰められているのだと容易に推測できる。拓海は任せてと言っていたがそれで私が救われても裕也に迷惑がかかるのがとても耐えられなかった。
「(はぁ……、拓海に言うべきじゃなかったのかな……)」
そもそも裕也は何も悪いことはしていない、私がただ気にしすぎているだけのこと……。でも、そりゃあんなこと知ったら気にするに決まっているじゃない……、好きなんだから。
私は神代裕也が好きだ。それはもう……友達だとか幼馴染としてではなく、1人の男として。
最初は本当にただの幼馴染だった、中学3年生の夏の時期までは……。中学生の私たちは幼馴染ではあったけどそこにお互い何の恋愛感情の無かった。よく一緒に学校へ行ってたものだから付き合っていると噂されたりからかわれることもあって、カップルと勘違いされるのが嫌でもあった。けど私は考えたことも無かったんだ……、高校へ上がったら裕也と離れ離れで生活していくということに。10年以上も一緒に学校へ行ったり一緒に家で遊んだり、一緒に怒られたりしてた。そういうことが当たり前になりすぎて離れ離れになるかもしれないって分かった時にはもう……この想いは止まらなかった。
だから私は裕也と同じ高校へ入学することを決めた。この城ノ上高校に。
けどそこまでしても未だになあなあの関係でお互いに恋人を作れずにいる。想いを伝えなきゃいけないということは分かっている、だけどこの関係が崩れるのが怖いのだ……。伝えなきゃ伝えなきゃと思い続けて1年……、結局私は普段気丈に振舞っているが臆病なのだ。
その募りに募った想いが、まさかあんなことで爆発しちゃうなんて……。
「(あっ……だめ。考えちゃいけないのに……)」
そもそも爆発したタイミングも悪い。あんな童貞卒業したっていう卑猥な話で積年の想いが爆発しちゃうなんて……それだけ聞いたら私凄いエッチな女みたいじゃない!しかもそれが一昨日の保健室なんて!体調悪いから保健室に行くって言ってしばらく戻ってきていないと思ったらそんなことしてたなんてありえない……アブノーマルすぎるわよ!私なんてまだ処女なのに……。
「ん?どしたの奏」
私は再び涙を流しそうになり、それを隠すように顔を隠すように俯く。友達と話しているのに他の人のことを考えていたなんて思われたくなかったから……。
「……っ!?」
けど瑞希はそんな私の頭を何も言わずに優しく撫でてくれた。
「もう……さっきから強がっちゃって……。奏が全然会話に集中していないなんて気づいてたよ」
「強がってないもん……」
「隠さないでいいよ……、奏は普段は強くて可愛い女の子だけど神代君のことになるとすーぐか弱い女の子みたいになるんだから……まぁそこも可愛いんだけどね!」
「……うっさい……」
「えへへ」
私が裕也のことで悩んでいるときそんな風に思われてたんだ……。なにそれすごい恥ずかしいんだけど。それならそうと早く言ってほしかった……。けど瑞希がそばにいてくれて良かった、1人だったらもっとおどおどして恥ずかしい姿を見せていたのかもしれない。だから……
「ありがと(ぼそっ)」
「え、なんて?」
「なんもないわよっ」
こんな恥ずかしいこと堂々と言えるわけもなかった。私は弱い人間だ、裕也の前では意地悪をしたりして強くあろうとするけど、ただ強がっているだけ。裕也といると楽しいから私は強くいれるのだ。
「拓海のやつ何話してるのかな~?」
「さぁ……」
まだ10分経ってもまだ帰ってこないのでしびれを切らして瑞希がそう切り出してきた。確かに何を話しているのか気になる、なんなら今すぐ廊下に飛び出して校舎裏へ行って盗み聞きをしたいくらいだ。拓海は優しいから裕也に変なことはしていないと思うけど……。
大丈夫よね……?
「痛ってぇ……」
殴られてしまった……。
生まれて初めて殴られたので、中々情けない言葉を口にしてしまった。殴られるのはもう金輪際無しにしていこうという方針を決め、俺は天宮の方を見る。天宮はというと俺の顔を殴っても尚その怒りは収まっておらず、下手を言えば2発目も来そうな勢いがあった。さすがに2発目は本当に倒れるかもしれないので勘弁してほしいと思った。
「お前は何てクズなんだ!奏の身体目当で一緒にいたなんて……」
説教をされても仕方ないことである。幼馴染として遊んでいた人間が実は自分の身体目当てで一緒にいたと知ってしまえば、さすがに今後も2人で居づらくなるだろう。むしろ避けられていく可能性の方が高い。
後はこいつが奏にそのことをチクってくれたら俺と奏に幼馴染としての絆は完全になくなる。そしてさらに悲しむであろう奏を優しく慰めてやるのもこいつの仕事だ。傷心中の女性は優しくされたらイチコロだと聞いている。奏も例外でなければ間違いなく惚れる筈だ。言うならば俺はこいつらの恋のキューピッドだな……、さすがに気持ちが悪いからやめておこう。
「あんなにエロい体をしているのが悪い」
「え、エロいだと!?お前奏のどこまでを見たんだ!」
「えーと……裸体?」
子供の時にな。そんなことも知らないこいつは先ほどと同様に殴りかけてくる。もうこれ以上挑発をしない方針だったのだがさらに怒らせてしまったようだ……さすがにこれは怒るか。
「この変態がっーー!」
俺はさすがにこれ以上拳のダメージを受ける訳にはいかなかったので、腕を使い顔を防御しようとする……その瞬間だった。
「なっ!?」
「!?」
グラグラと大きく地盤が揺れる。その揺れの正体はもちろん地震ではあったが、それはいつもの地震とは違った。
「な、なんだこの揺れは……!」
天宮は自分の身体を支えることができず非常に苦しそうな顔をしていた。をに膝を地面につける。つまりそれほどの地震の強さというわけだ。いつもの震度3とは違いこの強さ……6か7はあるぞ。このままでは建物内にいる人たちは……。
「(奏!沙耶!)」
俺は真っ先に奏と沙耶の顔を思い浮かべる。助けに行かないといけないと思い揺れで倒れそうになる体を必死に立たせようとする。しかし揺れが強すぎるためうまく立てずにいた。仕方ないと思い、地面に膝をつきながら四つん這いで行くことにした。
「早く……早くっ!」
未だに揺れが強いため四つん這いでもバランスを保つのは難しいが、それでも行くしかないため少しずつでも倒れないように進む。
だが突然と揺れは治まる。今の強い地震がまるで幻だったかのように……。治まったのだろうか?いやなんでもいい、今はとにかく奏の方へ向かいその後は沙耶の無事を……
「奏!」
そう口にしたのは俺ではなく俺の後ろにいた天宮であった。地震が止まったことで不自由が無くなり急いで校舎裏を抜け出し教室の方へ行こうとする。そこで俺は先ほどまで何がったのかを思い出す。
「(俺が奏に合わす顔なんて無いのに……)」
天宮の必死さをみてそう思った。あんなに心配をしてくれる人がもう奏にはいるのだ、だから俺が会いに行って無事を確かめる必要もない。俺は自分で奏の隣にいる権利を捨てたんだ……。
そうだ……もう俺は幼馴染ではなく、最低なご近所さんなんだな……。
「なんだか変態が隣の家にいるってだけで奏が可愛そうに思えてくるな」
俺は1人で少し笑いながらそうつぶやいた。
「ん?」
俺が1人でポツンと胡坐をかいて座っていると、偶然光っているものを視界にとらえた。焦点をその白い光に定める。その白い光は地上にあるわけではなく、空という遥か遠い場所に存在していた。ただそこにずっと留まっているわけではなく、流れ星かのように綺麗な線を残して流れていく。
「流れ星をこの時間帯に見れるなんてラッキーなことも……は?」
その白い光はただの流れる星では無かった。白い光は段々と大きく膨れ上がっていき、スピードも増して行っていた。最初は右の方に気づかないほどの小ささであったのに、今では段々と右から左に流れながらこちら側に近づくように大きくなっていく。それは明らかに大気圏の外ではなく中にある光であった。行く先は城ノ上高校の上を通って遥か先の方だった。
俺は心臓を激しくバクバクさせていた。先ほどまで震度6,7であろう程の地震があったにも関わらず俺はこっちの白い光の方が危険だと察知していた。昨日のニュース番組を思い出す。
近々大きな厄災が起きるかもしれないという話を……。
俺は確信する。それはこの大きな地震のことではなく、あの白い光のことだと。
厄災は起きてしまった。防ぎようもない流れ星のせいで。あの白い光が地面に衝突するとどうなるのか……それはまだ分からない。しかし今日この時から俺たちの暮らしはあの流れ星によって大きく変えられてしまうのだろうと悟る。
その白い光はここから見えるある街の中へ入っては消えた。そこは方角的に渋谷の駅があるところであった。
「渋谷の中にあの白い光が……」
何も起きない?と思ったがそんな都合のいい話は無く、数秒経つと地響きがした。
ゴゴゴという地響きが鳴り続け、地面も大きな揺れというわけではないが大きな振動が伝わってくるような感覚であった。あの白い光を見た者たちは正体を知ることになるだろう。この地響きの正体と今までの地震の理由も……。
渋谷の街から真っ白で膨大な量の光の粒子が空へ向かって溢れ出す。それは綺麗な白色で一寸の濁りも無かった。その光の粒子は雲を貫通し空をも貫通し始める。最初に見たあの小さい光がこんなにも大きな光の柱になるとはだれも思わないだろう……、実際に見た人間以外は。
光の粒子が中心へと集まっていきどんどん凝縮されていく。膨大な光の粒子だったものが形を作り始める。それは徐々に完成へと近づいていく。
そして光がパァンという音をたてて弾ける。四方八方に。その弾けた光はあまりにも眩しく直視することはできなかったため目を閉じることを余儀なくされた。周りにあの眩しい光が無くなったことが分かると目を開ける。
「な……!?」
そして俺は驚愕する。目の前の光景に。
その光の柱があった場所、もとは渋谷があった場所には……
神々しいほどの輝きをもった鋼色で覆われている天空をも超える高さの塔であった。
それは高いだけでははなく、塔だけあって直径も大きい。その大きさはおそらく渋谷を丸々覆うほどの大きさだろう……。渋谷にいた人は考えるまでもなくもうそこにはいないはずだ。
しかし何故だろう……衝撃的なことであるはずなのに驚くほど冷静な自分がいる。何故か考えた時に俺はスッと心の隙間に丁度はまる、すでに分かり切っていた理由に気付いた。
見たことがあったのだ……それがどこで見たかは思い出せないのに。
名前は……
「Siren`sTower」
残り30日……
奏は小さい頃から家が近いこともあってよく2人で遊んでいた。そしてそのまま同じ幼稚園、小学校、中学を一緒に登校しては過ごし、今ではまさかの同じ高校で今は同じクラスである。
さすがに高校では離れると思ったのだが、志望校が偶然同じということでどちらも受験に合格しいつも通り家から駅まで一緒に歩き、電車に乗って高校まで歩く日々となっている。
「(俺の日常変化なさすぎだろ……)」
若干呆れつつもそれを隣で一緒に歩いている奏に気付かせないように表情に出さないでいた。
「ねぇ裕也~見て見て!今日ね友達とここの美味しいスイーツが置いているお店に行くんだ~。裕也も1ついる?」
奏は俺にスマホで新宿の有名スイーツ店であろう写真を見せてきた。そして次々と写真をスライドしていき、色々なスイーツを俺に見せ自慢してくる。もちろん俺は甘いものが大好物なため
「1ついる?」と言われてはしゃぎそうになったのを全力で抑えた。無論馬鹿にされるからだ。
だから俺は落ち着いた態度と口調で極めて冷静に対処をした。
「せっかくだから1つ……」
「え~なんかそんな欲しくなさそう。やっぱりあげるなら喜んでほしいのにこれじゃあテンション下がるな~、やっぱりやめとこうかな……」
いやいやふざけるな……!俺が甘いもの好きなの知ってんだろ!?何でそんな意地悪な対応してくるんだよ!いや何でかは分かる、奏は俺の反応を見て楽しみたいのだ……。
いつもそうだ、ことあるごとに俺の好きなモノや性格を知ってはそれにつけ込んで意地悪をしてくる。俺をからかって何がそんなに楽しいのかが全く分からない……。
そして意地悪をされる俺はいつも通り決まって拗ねてしまうだ……。
「じゃあ別に平気だ。勝手に行ってこい、後で家来ても入れさせねーから」
「ま~た拗ねた、本当にいつまで経っても子供ねぇ~」
「お前が言うなお前が……」
俺も子供だが、そんな俺に対し意地悪してくるこいつもよっぽど子供だと思う。
「私が子供?一体どこをどう見てそう言ってるのかしらね?」
「どこがって……」
言いかけた言葉が途中で詰まる。何故なら奏は自分の胸を両腕で寄せて強調してきたからだ。その寄せた豊満な胸は非常に艶やかで、俺はその膨らみと見える谷間に目が釘付けになる。
確かにとても子供とは思えない大きな胸であった……、おそらくE……いやFかもしれない……。
「ぷふっ……あはははは!もう裕也ったら目がガチすぎるんだけどぉ~」
俺の本気すぎる顔が余程面白かったのか、胸を寄せることを止めて腹を抱えて笑い出した。腹を抱えて上半身を少し前屈みにしたため先ほどよりも魅惑な谷間が見えるようになった。
バカにされたけど結果的には良かったかもしれない……。というか俺も男なんだ、胸に釘付けになってしまうのは当たり前だろ!
「ふん、確かにそこだけは子供ではないな……」
「えぇ~?まだ足りないってこと?」
まだ笑い足りないのかシャツのボタンを1つ外そうとする。俺はさすがにそれには耐えきれなくなって先を歩き始めた。さすがにこれ以上は俺が羞恥心で耐えきれなくなり、後でクラスで話すときに目を合わせづらくなる……。
「もうー!先行くの禁止~」
「知るか」
奏は走って俺の後ろを追いかける、シャツのボタンを直しながら。本当に見せる気だったのかよ……、こいつの貞操観念どうなってんだよ。
他の男にもこんなことしてるんだとしたらとっくに襲われてるぞ、俺は幼馴染だから手は出していないが……。いや幼馴染じゃなかろうが、俺が奏に手を出すことはないな。想像してみたがありえない。魅力的な胸ではあるがそれだけだ、散々弄られ過ぎてまともな女として見れなくなってるのかもな。
「まったく……そんなことばっかするから俺があいつに睨まれるんだよな……」
「ん?なんか言った?」
「なんでもねーよ」
俺はそう言ってやや早歩きで学校に向かった。
学校に着いた。俺の学校、城ノ上高校は家から学校まで電車の時間も込みで約30分である。HRのチャイムが8:30のため余裕を持っていくなら8時前に出なければいけないのだが、俺はぎりぎりまで寝ていたいため8時ちょうどの出るようにしている。
今まで無事遅刻はしていないのだが、遅刻しそうなときは走っているため汗だくで学校に来るときもある。
「おはよう!奏!」
「あ、おはよう瑞希!今日もギリギリね」
「奏もでしょ?いっつも時間ギリギリまで神代君と仲良さそうに歩いてるし。ほんと何回もう付き合っちゃえよって思ったことか……」
下駄箱でばったり会ったのが奏の友人である井沢瑞希さん。井沢さんはやれやれと言った感じでため息をつく。
俺たちが付き合っているだって?俺たちの会話を知ればそんなことは口を避けても言えないだろう、どう考えても付き合ってるカップルの会話でもなければ付き合う前の初々しい感じの会話でもない。一方的に俺が攻められ続けているだけだ。
「もお~そんなんじゃないって!裕也からも何か言ってよ」
「奏の言うとおりだ。俺なんかのような男と奏が付き合っていても全然お似合いじゃないしな」
俺は奏の否定に便上しつつ思っていたことを口にした。あんなに俺に意地悪をしてくる奏だが、学校では元気で明るく誰にでも優しいというまるで太陽のようなイメージで通っており、それでいて芯がしっかりしていて周りに流されない意志を持っているのだ。
実際奏を悪く言う人は男女ともにいないと言っていいほど聞かないのだ。それに加えてあのスタイルと顔だ、髪の毛も金髪で非常に目立つためかなりの有名人であり、結構モテる。
サッカー部のイケメンキャプテンに告白されたこともあるとか……、しかしそれほどの好条件でありながら全く彼氏を作ろうとしないのである。なぜ作らないのか……、それは俺にもわからない。
興味がないという感じでもなさそうなんだよな……、むしろ時々カップルを見て「いいな~」と言い羨ましそうにしている。「なら作ればいいじゃないか」と言うと何故か不機嫌になるんだよな……。
たまに奏は唐突に不機嫌になるのは本当にやめてほしい、なんというかあれは心臓に悪い。
まあ少し脱線したが、分かりやすく例えるなら奏と俺は月とスッポンみたいな感じ。釣り合うわけが全くないのだ……。
「おれなんかってどういうこと……?」
明らかに奏の目つきが変わる……これはあれだ時々出る唐突のやつだ。また俺は奏が気に入らないことを言ってしまっていたらしい。俺は多少驚きつつもいつも通りに応えた。
「どういうことってそのまんまだよ。俺と奏じゃ釣り合わないだろ……」
「釣り合わない?それは自分自身から出た言葉?それとも誰かに言われたの?」
そんなの両方だよ……、俺自身の本心でもあるし周りが言っていた言葉でもある。別に悔しいとかそういう感情は無い。俺が俺自身のことをよく分かっているんだから。
しかしこの場合の答えとして周りが言っていたと言うとどこの誰かと問い詰められるだろう、なら俺自身と答えるしかなかった。
「俺自身が思っていることだよ……なんだよ悪いかよ……」
「うん悪いよ。私と一緒にいる時は常にそんな風に思っていたんだと思うとすごいムカつく」
「別に常に思っているわけじゃない……少なくとも2人きりでいる時は思わない」
「じゃあやっぱり裕也の周りの人間がそんなことを言ってたのね」
「違う!いや……違わないこともないが、俺の本心であることも真実だ……」
俺のせいで周りに矛先が向くのは嫌だった。俺自身が奏の幼馴染としてふさわしくなれるような努力をしていればこんなことにならなかった……、なら結局は俺が悪い。それで周りが攻められるなど納得がいかない。
「そっか……」
奏はより一層悲しそうな顔をした。もしかしたら俺が本心で思っているよりも周りの人間が言っていた方が奏にとっては都合が良かったのかもしれない。
そしてそこで会話に集中して忘れていた存在がいることに気付く。
「はぁ……すまん。俺が悪かった、なるべく自分を卑下するような言葉は慎むようにするからこれで終わりにしよう。HRが始まるってのもあるが、なにより井沢さんが困っている」
井沢さんは俺たちの会話を聞いておどおどしていたが、やっと自分に気付いてもらえて安心した様子を見せていた。隣にいた奏もそこで井沢さんの存在を思い出し、すぐさまそっちの方を向き申し訳なさそうな顔をして謝る。
「あっ……ごめん瑞希、困らせちゃったよね……?」
「ううん!私がきっかけみたいなもんだし謝んないで!むしろ私が謝るべきことだし……!」
「それは違うよ瑞希。こんなことになっちゃったのは完全に私の個人的な感情のせいだから」
「奏……」
俺は辛気臭い空気に息苦しさを感じ始め、その空気を変えるべく俺の性分では無いのだが新しい話題を探しては提供することにした。
「奏」
「なに……?」
まださっきの件が気にかかっているのか、俺の目を見ようとしない。朝っぱらからこんな空気で帰りまで過ごしたくはないので、あるお願いをすることにする。
「新宿にあるおいしいケーキ」
「え?」
「2つ……いや3つだ!俺の分と妹の分、あと1つは奏の分だ。いらないならその分も俺が食う。だから買って来て欲しいんだ、もちろんお金は後払いで返す」
「それはもちろんいいけど……どうしたの急に?」
「急じゃない、俺は朝からお前のせいでとにかく甘いものが欲しくなっているんだ。糖分は頭を使うのに必須だ、お前と話すときは特に頭を使うしな……」
俺はついついいつもの調子で皮肉交じりのことを言ってしまう。これはいけないと一瞬思ったが、別にそれが気に障った様子もなく、むしろ呆れられている顔をしていた。
「……はいはい、買ってこればいいんでしょう。……まったく調子崩れるんだから……」
俺の目を見ながらそう言った。呆れてはいたが不機嫌ではなく、なんなら表情に硬さはなくなっていた。、いつも通りの奏に戻った感じで一安心した。そうそう、奏にはその顔が似合っているよ。
「じゃあ俺は教室に行くからな」
「なんでよっ……一緒に行けばいいじゃない」
奏はそう言い、小走りで俺の隣に並んだ。
「あの……私また忘れられてない!?一応同じクラスなんですけど……」
そういえばまた同じ人を忘れている気がした、誰かは思い出せないけど……。
俺は奏と教室へ入り左前に位置している自分の席に着いた。俺は決して目立つキャラではない、話す人とかは普通にいるが親友と呼べる存在はおろか友人と呼べるはいない。席が近いから話すくらいだ。だから俺が席についても誰も俺に話しかけてはこないし、目にすら留めることはない。
それに比べ奏は後ろにある席に着くと人が寄ってくる。それはこのクラスでもトップクラスに女子に人気な男子、天宮拓海である。見た目はとても爽やかであり高身長で男女ともに好かれるキャラで、奏と同様妬みや嫉みなどは聞かない。とても紳士で優しいと聞くが俺は全くそんな風には思わない。
何故なら俺が奏とクラスで話しているときや一緒に帰っているときなどに俺のことを見かけたらすごい目つきで睨んでくるのだ。おそらくではあるが、奏のことが好きなのだろう。だから幼馴染である俺と一緒に話しているのがたまらなく気に食わないでいる。他の人は天宮が奏のことを女性として好いているのは気づいているらしく、ショックを受ける女子も多くいたが相手が奏ということで納得や諦めの感情になり2人がカップルになることを密かに応援しているだとか……。
なんで俺が周りの事情に詳しいかと言うと普通に盗み聞きだ。俺が窓を見ながらボウっとしているだけで周りの人は俺を空気のように扱ってくれる。そして俺は暇なときにちゃっかり話を聞いていたりする。俺を空気のように扱うから悪いのだ、俺は悪くない……よな?
まぁ悪くないことが分かったところで、俺はたまに想像してしまうのだ。もし奏の幼馴染だったのが俺ではなく天宮拓海のようなハイスペックな男子であったなら……、それはそれは今よりも断然楽しくて周りから憧れられて幸せだったのではないかと。考えても仕方のないことであるはずなのにどうしても考えてしまう……。
無駄なことをあれこれ考えていた時、ここで俺に異変が起きる。
「っ!?」
その異変というのは例のいつもの偏頭痛だった……。小さい頃から偏頭痛持ちの俺は時々偏頭痛に襲われる。その偏頭痛のタイミングはまったくわからない、食事中に来ることもあれば体育の時間中だったり、こういったなんでもない時間に来るときもある。
「うぅっ……くっ……!」
前までは一瞬で痛みが引いていたのだが、最近になってからはこの偏頭痛の痛みが段々と長くなってきている気がする……。俺はこの偏頭痛を周りの人に見せたことも教えたことも無いため近くで頭を抱えてうずくまる俺を見て、困惑する。
「か、神代君だい……」
「裕也っ!!」
このクラスの中で唯一俺が偏頭痛持ちだと知っている奏が急いで俺の方へ駆け寄ってくる。そして俺の体に寄り添いながら「大丈夫?ちょっと待ってね」と言い俺のバッグから頭痛止めを探し始める。その行動にありがたいと思う同時に申し訳なさも感じてしまう。
「(こんなのっ……痛みさえ我慢……してれば……)」
しかし痛みは一向に治まることを知らず、それでいて痛みの方も膨れ上がっていく。以前までなら自分で対処できたのだが、高校2年生に上がった時くらいだろうか……、自分で対処ができず奏に頼るようになってしまったのは……。
奏は俺がいつもしまっているポケットの中の頭痛薬を即座に見つけ出し、俺の机に俯せている状態から上体を起こして、「薬入れるよ?」と言って俺が頷いたのを確認したのち薬を口の中に入れてペットボトルの水をゆっくりと俺の中に流し込み薬と一緒に飲み込ませていく。
そうすることで段々と頭痛が癒えていくのを感じる、また奏に助けられてしまった……。俺は奏に介護してもらわないと生きていけないのだと思うと本当に……
「本当に情けない……」
俺は小声で奏に絶対聞こえないように言った。本当に情けない……情けなすぎて内でその言葉をとどめることができずに口にそれをする。これはある種自分への戒めのためでもあった……またこの時が来たらちゃんと自分で対処ができるようにという戒め。
奏は俺がそんなことを思っていると当然知らなく、険しい顔から幾分マシになった俺の顔を見て胸を撫でおろして安堵していた。
「裕也調子はまだ悪そう?」
「もう、大丈夫。奏……本当にありがとう……」
「何てことないって!危ない時はお互い様でしょ?」
奏は本当になんてことのないような目一杯の笑顔で俺にそう言う。しかしそれで俺の罪悪感が消えることはない。危ない時はお互い様なんて嘘だ……、俺はずっと助けられっぱなしだ。
だからせめて奏が本当に命の危険にさらされたときは、……その時は俺が自分の命を捨ててでも助けようと思った。たとえ刺し違えてでも……そんな時は来るかは誰にもわからない。だが奏への恩返しはそれくらいでもしなければ一生返せそうにないのだ。奏は俺の命の恩人なのだから。
「綾瀬さん、神代君は平気なの?」
「うん、もうばっちし!皆も驚かしちゃってごめんね!」
奏は俺が本来言うべきことを代わりに言ってくれている。その言葉に俺の異変を見て声をかけようとしてくれた隣の女子が、固まった口を動かし始めた。それに周りも便乗し始める。
「い、いやいやそれは平気だけど……、やっぱり綾瀬さんってすごいね!」
「うんうん!神代君がピンチの時にすぐさま駆け寄るところとか本当にヒーローみたいでかっこよかったし!」
「そうだよ奏。君はすべきことをしたんだ、謝る必要は決して無い」
徐々に奏のことを称賛する人が増えていき、先ほどまでの凍り付きそうで静かな空間が賞賛の嵐にって瞬く間に温かく溶け始めた。人望の塊のような存在である奏は少し気恥しそうに照れる。
「も、もう……大袈裟だよ!」
温かい空気に包まれる教室、しかし俺は素直に笑えないでいる。それは俺が招いた結果だからという理由もあるが、暖かい空気の中にポツンと冷たい目線を送ってくる人がちらほらいた。奏にではなく俺に、その目は俺を侮蔑する目。その目はこう告げていた。
奏さんの足を引っ張るなよ金魚のフン君
「ふう……」
今は午後6時半、俺は既に3時半に1人で下校しており家でダラダラとしてたらいつの間にか眠っていたらしくこの時間になっていた。別にいつも夜遅くまで起きているわけでは無いのだが、やはりだらけてしまう性分らしく、学校帰りはやることが無ければたいてい寝てしまうのだ。俺の家は一軒家ではあるが親は基本的に遅くまで働いているため顔を合わせることは少ない。妹でまだ中学生の沙耶さやも部活で帰ってくるのが遅い。だから必然的に俺が自炊をしなければならないのだが……、何故か今はその必要は無くなっている……。
「裕也~起きてる~?」
それは奏が毎日俺の家で俺の代わりに料理をしてくれるからだ。もちろん通い妻とは言わせない。客観的に見たらそう捉えられていてもおかしくはないが、俺が最近やけに酷くなっている偏頭痛のことがどうやら心配であり2年生に上がってからは俺の家で家事をするようになった。沙耶も俺が心配で大好きな部活を辞めるとまで言いだしてきたが、ありがたいことに奏が来てくれることによって沙耶も部活を辞めずに済んでいる。
本当にありがたいことではあるのだが、その弊害もある。
「(奏のやつまた勝手に家に上がり込んで……)」
勝手に上がり込むのではなく、インターホンを鳴らして欲しいと言っているのだがそれではもしもの時に危険だということで勝手に上がり込まれている。いや、言いたいことは十分に理解はできるのだがやはり年頃の男子ということもあって勝手に上がり込まれるのは心臓に悪いのだ……。別に現在進行形で年頃の男子っぽいことを本当にしているわけではなく、もしもの時の話だ……。
今のところその予定は全くないというのが虚しくはあるが。
「奏」
「あ、裕也いた」
「何度も言っているだろうインターホンを鳴らせって」
「だからそれじゃあ心配だから上がり込んでるんでしょう。なに?勝手に上がり込まれたらまずいことでもあるわけ?」
奏はキッとさせた目つきでこちらのことを見定めるかのように見てくる。本当に俺が家でそのまずいことをしているのかを俺の表情や仕草で確認をしているのだろう…。
「い、いやないけども……」
もちろんそんな恥ずかしいことを死んでも口にすることはできない。しかし察してほしいところもある、幼馴染で付き合いが長いとはいえ俺も1人の男なのだから。
「じゃあいいじゃない」
「せめてインターホンを鳴らして反応が無かったらでもいいだろ」
「嫌よ。めんどくさい」
「おいそれが本音だろ……」
「あーもううるさい。ケーキ買ってきたんだから静かにしてなさい」
「仕方のないやつだ」
俺はしっかりと誤魔化される。そして朝の時に言っていた新宿にあるおしゃれなお店のケーキが入っている箱を渡されて、俺はゆっくりと丁寧に落とさないことを心掛けて冷蔵庫の中に運んだ。その必死な様子を見て奏が若干の呆れ顔でため息を吐く。
「まったく……甘いものが大好きな私でもそんな誤魔化されかたしないわよ。本当に裕也は甘いものに目が無いわね」
「当たり前だ。俺は甘いものを食べるために日々生きていると言ってもいい」
「甘いものが1日でも食べられなかったらどうなってしまうのよ……」
「間違いなく野垂れ死ぬな…」
「それが割とマジそうなのが怖いところね……」
奏は先ほどよりも深い溜息を吐く。なぜそんな反応をされないといけないのだ。甘いものが世界を救うなんて歴史の教科書に載ってるくらい常識の範疇だろう。俺のストレスの9割は甘いもので解消していると言ってもいいくらいだしな。だからプリンや羊羹などの比較的安価で衝撃的に甘いものは冷蔵庫に常備している。これらがないほうが偏頭痛よりも命の危険があるのだ。
「ケーキは夕飯の後でいいでしょう?」
「ああ。今日は何を食べるんだ?」
「オムライスでも作ろうかなって。裕也そろそろ食べたそうだし……」
何気ない顔で奏はそう言う。
なんと俺がそろそろオムライスを食べたいと分かっていたらしく、オムライスという単語を聞くだけでテンションが上がってくる。なぜ俺が食べたくなるタイミングだと気付けたのだろうか……?もしかしたら奏はエスパーか何かなのかも知れないな。
しかし嬉しいことは嬉しいのだが、わざわざ俺が食べたいものをチョイスするのは毎日作ってもらう身としては中々に抵抗があるものだった。
「確かに食べたくはあるが、別に無理して俺に合わせる必要もないんだぞ?奏の作りやすいものでも食べたいのでも。俺は作ってもらうだけでもありがたいし……」
そう言うと奏の調理を始めようとする手が止まった。そしてこっちのことを目を細めながらジッと睨んできたのだ。俺は唾をごくりと飲み込む、どうやらまた何か気に障ることを言ってしまったのだろうか……。しかし奏は何も言わず本日何度目かもわからない溜息を吐き調理の手を再び開始する。
俺は一体何度奏に溜息を吐かせただろうか……、正直数えきれないくらいには吐かせている気がする。最近気づいたのだが奏が俺に対して溜息を吐くのは呆れた時だけであり、ほとんどが俺のせいである。
「奏、そんな溜息を吐いていると幸せが逃げるぞ」
「誰のせいかしらね」
「申し訳ありません……」
「お、めずらしい。裕也に自覚があったなんて」
「さすがにそんな溜息を何回も見ればわかる」
「ふーん……」
奏は会話をしながらも冷蔵庫から次々と食材を取り出しキッチンの上に置いていく。その作業の手際は非常によく、テキパキと作業が進んでいく様は圧巻だ。迷うことなく次々の食材に手を出しては切って下ごしらえをすまし、フライパンも用意して油を入れて温めているうちに別の作業も同時に行うという効率の良さ。
そのハイスピードな作業をただ立ち尽くして茫然と見つめる俺。何回も見ている光景のはずなのに全く慣れないでいる。奏の料理に対する意識は非常に高く、プロ顔負けの技術とアイデアを持っている。どの料理もとても美味しくて良いのだが、意識が高すぎるせいで料理をしているときは真剣な顔で集中するため無口になってしまい、とても話しかけづらいのだ。
それでも勇気を振り絞って俺が「できることは無いか」と尋ねたことはあるのだが、「危ないから座ってて」とか「立っていると気が散る」と言われて渋々言うとおりにしている。俺が料理できないことを知っているのもあるが、過去に自分が料理でケガをしてしまったことも影響しているのだろう。なるべくそういったリスクを避けるためにも俺を自分の料理スペースには入れないようにしているのだ。
だから俺はまた注意をされないように呆けるのをやめてテーブルとテレビの間にあるソファに座るのだった。しかしやることも特にないため俺はテレビをつけることにした。テレビでは明日の天気予報や時事ニュースを取り上げているところもあったが、最近よく聞くニュースはこれだった。
「最近東京都心部での地震が本当に多いですよね~」
「そうですね。震度はそこまで高くは無いのですが頻度がとても多く、1日の最多がなんと7回もあったそうなんですよ」
「ここまで多いと不穏な何かを感じずにはいられませんよね……」
「そうですね……不自然なまでに多いですからね。大きな地震または津波の予兆なのか……」
「テレビを見ている皆さんも十分な警戒をして過ごしていただくようお願いたします」
「ではこれで本日のニュースのお知らせを終了します」
ニュースが終わったところで俺はテレビを切る。実は今日も12時くらいに地震があったのだ。震度はニュース番組の人が言っていた通り3くらいが平均で、比較的大きな揺れではないためクラスの生徒も気づかない人が多くいるが、頻度が明らかにおかしいせいで地震が来るたびにただならぬ恐怖を感じるようになってしまった。それは俺だけではなく他の人も徐々に異常だと気付き始めている節がある。地震には基本恐怖を感じるものだが、これはそのいつものとは全く異なる。
何かを予兆させる恐怖なのだ。これからいつとんでもない災厄が来てしまうのか、それが気が気でなかった。もしその災厄が来た時に俺は奏と沙耶を守ることができるのだろうか、そこが俺の懸念点でもあった。
俺は静かに願う……このまま何も起きないでくれと。
「や…。裕也っ!」
「え、あ痛っ……なんだよ奏?」
俺は自分の名前を呼ばれて意識が戻るとその瞬間奏が後ろから俺の右耳を引っ張りだした。何のつもりなのかを耳を引っ張った件も含めて聞いた。
「何って裕也が何度読んでも反応ないからこうしているんでしょう?」
なんだそういうことか……なら引っ張られても仕方ない、……というわけにもいかなかった。
「反応しなかったのは謝るけど引っ張ることは無いだろ」
俺がそう言うと「そっか、ついつい」と言い俺の耳から手を離した。俺は人の耳を引っ張といてその態度と発言に少々苛立ちを覚えたが、ケーキの件を思い出しここは心を落ち着かせることにした。
「で、なんだよ?」
「夕飯出来たから呼んだのよ」
「相変わらず早いな……、じゃあ冷める前に食べるか」
今から夕飯を食べるために席に着こうとした瞬間、玄関の方からドタバタと騒がしい物音がした。やっと帰ってきたというべきかなんというか……、夕飯ができたタイミングで丁度家に帰ってくるなんて運のいいやつだな。
「はぁ~疲れた~。あ、カナ姉今日も来てくれたんだ!本当いつもいつもあり……あー!もしかして今晩の夕飯はオムライスぅ!?すごい美味しそう!早く早く食べよう!」
勿論帰ってきたのは絶賛お騒がししている俺の妹である沙耶であった。さっきまで疲れたとか言っていたのにオムライスを見た途端元気になりやがって……、いや気持ちは確かに分かるんだが。しかし部活帰りということできっと汗だくであろう、先に風呂に入ってきてもらった方が良いだろうと思い風呂を勧める。
「沙耶お前は先に風呂に入ってこい。飯はその後だ」
「ええ~!?それじゃあ出来立てが食べれないじゃない!無理無理、こんな美味しそうなオムライスが目の前にあるのにそれを我慢してお風呂に行くなんて溺れ死んだらどうすんのお兄!」
まぁ当然拒否してくることは分かっていたが本当に口だけじゃなく挙動までもが騒がしい妹だ。じっとしていられないのか足踏みをしながら腕を前後に振っており、早く席に着いてオムライスを食べたいアピールをする。
「温め直せばいいだろう……」
「あー!お兄分かってないよぉ!出来立てを食べることに意味があるんだよ!」
「分からなくもないんだがな……お前部活帰りで匂うだろうし……」
俺は沙耶を思って出た言葉なのだが、沙耶はその匂うという言葉が余程恥ずかしかったのか顔を赤くしながら俯き、小声でぶつぶつと「お兄のばかばか……ほんっと最低!」とつぶやいているのを耳にする。小声と言っても元からうるさいためあまり小声としての役割を成していなく、しっかりと聞き取ってしまう。なんならこのくらいの方が丁度いいまである。
「もう……例え妹でも女の子に匂いのこと言うなんてありえないわよ……。それに匂うって言っても全然そんなことないわよ、沙耶ちゃんからは良い匂いしかしないし」
黙って聞いていた奏がさすがに沙耶のことを気の毒に思ったのか、沙耶の味方をし始める。汗をかいて良い匂いがするってどういうこと何だとも思ったが、これ以上匂いについて質問するとまたデリカシーがない行動認定をされそうなので追及はしないことにした。
「カナ姉……!大好き!」
あまりの感激を受けて思いっきり奏に抱き着こうとする沙耶。そしてそれを紙一重で避ける奏。
「けどくっつくのは禁止」
「そんなぁ……」
さすがに汗のベタベタは気にするのか、抱き着かれるのを拒んだ奏。こいつ意外とサバサバしてるんだよな……、気を許している相手でも女子でも自分が嫌なことにはとことん断固拒否をする感じ。周りに流されなくて自分をしっかり持っている奏に対して、憧れにも似た感情を持つことが少なくない。
「後で一緒にお風呂に入ってあげるから今は我慢して」
「やったぁ!」
それでいてちゃんと相手のことも考えてくれている。仮に俺が女だったとしたら惚れていたかもしれない。それほどカッコよくて優しくもあり強い女の子だ。俺もいつかそんな人間になれるのだろか……、いや今考えることじゃないな。今日は特にセンチな気分になってしまうな……。
「奏がそういうなら良いけど。じゃあ席に着いて食べますか」
「うん!」
「は~い!」
「「「ご馳走様」」」
全員がオムライスを完食したため、最後に息を合わせてご馳走様をした。
「はぁ~美味しかったぁ~!やっぱりカナ姉のオムライスは最高だよ!もちろん他の料理もだけど大好物のオムライスだから特に!卵はトロトロで口の中でとろけるし、そのとろけた卵と丁度いい塩気具合のチキンライスが合わさって1口1口が上品でもう本当にこれ以上言葉が出ないよぉ!」
沙耶は大好物のオムライスを食べられてご満悦なのかハイテンションで奏の料理を饒舌に絶賛し始める。もちろんいつも絶賛はしているのだがやはりオムライスを食べた後の饒舌の方が大きい。よっていつもより多少は騒がしくなっているのだが、このオムライスへの賞賛は自分も全くの同感だったため特にとやかく言うことは無い。
なにより奏も非常にうれしそうだ。
「ありがとうね、沙耶ちゃんはいつも美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるよ」
「いや~本当に美味しいからついつい顔に出ちゃうんですよぉ!お兄もすごい幸せそうな顔だったし」
「まぁ美味しいのは事実だからな」
俺は基本甘いもの以外の食べ物への感想は美味しいか美味しくないかの2択であるのだが、オムライスに限ってだけはいささか味に厳しいのである。しかし奏の作るオムライスは本当に1級品で、まさに沙耶の言っていた通りの美味しさで卵も俺好みの甘さに調整してあるためもう言うことなしだ。だが沙耶のように饒舌に褒めることは苦手だし恥ずかしく、今の褒め方が俺の精一杯であった。
「もう……素直にもっと褒めればいいのに~」
「いいのよ沙耶ちゃん。饒舌に褒める裕也もそれはそれで気持ちが悪いしね」
「おい……」
やっぱりこれくらいに留めて褒めるほうが良いじゃないか。というか饒舌の褒める俺は気持ちが悪いのか……甘いものを食べているときの俺はおかしなことを言っていないだろうか。あの至福の時間だけは日々の疲れを癒すため無心で食べており、美味しかったという記憶しか残らないため自分がその時に喋っていたことも覚えてないのだ。
今日を機に少しは気を付けていこうと思った。特に奏の前では……。そして風呂へ入るまでの間に皿洗いを済ませる。いつも料理を作ってもらっているため俺は皿洗いを率先してやろうとしているのだが、奏は自分も洗うと言って聞かない。さすがに皿洗いまでさせるのは気が引けるのだが、奏は「自分がしたいことだから」と言って譲ろうとしない。なのでやむを得ず皿洗いは俺がして皿の水気を拭く担当を奏に任せた。
そして皿洗いが終わり3人でソファに座って20分くらい談笑したところで奏と沙耶の2人は一緒に風呂場へ向かった。俺は全くその気が無いのだが、奏は俺に「覗いたら分かっているわよね?」と満面の怖い笑顔で警告してきた。笑顔のはずなのになんであんなに俺は怖いのか分からない……。
「(てか奏が俺たちの家の風呂場を使うなんて久しぶりだな……)」
いつも料理を作ってくれ後はしばらく談笑した後9時になる前に隣の家に帰るのだが、今日は沙耶と久ぶりに風呂に入りたくなったということだろうか。今は8時少し過ぎたあたりか……、実は俺も奏が来るまでずっと眠っていたためまだ風呂に入れていないのだ。だから何だというわけでは無いのだが、俺が奏が入浴した後の風呂に入ることをなんとなくためらってしまう。小学生になるくらいまでは一緒に入っていた記憶も多少あるのだが、ほんとそれ以来である。
なので奏たちが先に入ると言い出した時は少し焦った。俺が先に入りたかったから。しかし当然それを口にすることは憚れるため俺はそれを止めることはできなかった。あの時に止めておけばと強く思ったが、部活後の沙耶が先に入るのは普通のことなので一緒に入る2人を止める理由が見当たらなかった。
「これはあれだな……すぐに出るしかない」
入らないという選択は勿体ないためもちろん入る。ちなみに勿体ないというのはせっかく温めたもらった風呂だから入らないのはもったいないという意味で、他意は無い……無いはず。ということで4、5分経ったら出ることにするか。いつもは10分くらい入浴するのだがたまには早く出る日もあって良いだろう……。
「まぁ今そんなこと考えてても持たないか。あいつら多分長いし……」
奏はわからないが沙耶のやつは必ず30分以上は入浴している。家の風呂は2人くらいなら余裕で入れるほどの大きさのため一緒の湯船につかることだろう。なら交代で入るわけでも無いため1時間はかからないだろう……。
問題はその間俺は何をしているかについてだ。寝てても良いのだがさすがにそれはだらしなさすぎる気がする……何回寝るんだって話だ。しかしすることがないし寝てた方が時間も早く過ぎて奏たちが上がった時に起こしてもらって風呂に入れば体感的にはとても効率が良い。
「よし、寝てもいい理由が見つかったし寝るか」
なにより覗いていたとも疑われないため俺の社会的信用も下落しない。寝るって素晴らしいな……誰にも迷惑かけないしとても気持ちが良いためやはり昼寝はやめられない。正確には昼寝ではないのだが……そこはどうでもいだろう。
「ほわぁっ……、おやすみ」
そして俺は眠りについた。わずか5秒足らずで……、飯を食った後だしこの遅い時間とやることがない現状を見ても、寝るにはベストの環境であった。
深い深い眠りについているのがわかる。どんどん海の底へ仰向けで落ちていく感じ……。ちなみに本当に眠りの海の底へ着いてしまったらもう全く起きないためそこまで落ちないようにすることもできる。俺は眠ることについてはある種の達人である、この眠りの底に着かなければすぐ起きれるのだ。
もわもわとした何かが見えてくる。それはとても高い塔であった。塔といっても東京タワーとかスカイツリーとかの比ではない。何倍も大きく高い。まるで空にくっついてしまうんじゃないかと思うくらいに……。
「ファンタジーの世界にありそうだな」
夢の中でなんとなく思ったことを呟く。なんでこんなのが夢に出てくるのだろう……、一体どこから俺はこんな塔を見かけたんだ。現実じゃまずありえないし漫画でもそうそうこんなに大きいのは見たことがない。見たことは無いはずだった……しかし
「確かに見覚えはある気がするんだよな……」
確証はなくこれもまたぼんやりとした曖昧なものである。でも何故だろう……何故か思い出さないといけない気がしてくる。ただの夢の中の虚像でこんな塔は無いと言われたら「はいそうですか」と納得できるくらい儚く簡単に消え去りそうな俺の心の中にある何か。
どうせ夢なため特に気にしないようにするのが正しいのに、それができない。こんな経験初めてだ……、俺はどうしてしまったんだろう。もしかして俺に何かを訴えかけようとしているのか?夢にはそんな力があると聞くけど俺は到底信じられなかった。だって人は孤独な生き物だから……、そこにはほかの誰かとのつながりなんてのは全く無い。つながり何てただの幻想でありつながりがあるとそう思いたい人が作り出した紛い物。だから予知夢なんてものもあり得ないと思っているし、誰かから俺の脳へ想念を送っているというのも無い。
ならこの夢はどう説明が付くか。1番可能性が高いのは俺の脳が勝手に作り出して見せている虚像、見たことがあるものを継ぎ接ぎでつなぎ合わせて出来た映像。もしくは……
「俺が忘れてしまった記憶……」
しかし0%に近い。俺はまだ17でそんな大して年をとっていないわけで、それでこんなにでかい塔を忘れる筈が無いのだ。だからただの夢であり虚像、ただの紛い物だ……俺はそう結論付けた。
そこで突然謎の男の奇妙な声がする……
『思い出せ……でなければお前は後悔する』
「だ、誰だ……?」
突然聞こえてきた声。夢の中のはずなのにまるで現実で話しかけられているかのような妙なリアル感。現実だと錯覚してしまうようなはっきりした声。しかし惑わされることは無い、所詮ただの夢……
『思い出せ……何のためにお前はここにいる……』
「何のため?俺がどこにどういう理由でいようが勝手だろ」
『ダメだ。思いださなければ……俺の計画が崩れてしまう……』
「お前の計画なんて俺にはどうでもいいことだ」
俺はしっかり対話ができていることに違和感を覚えたが、そういうこともあるだろうと思った。
『思い出さなければお前は明日……死ぬ。それは絶対だ』
「はいはい死んじゃうね」
明日死ぬって告げられて信じられるわけないだろ。急に胡散臭さが増したな……元々胡散臭さ満載だったが今の一言で急に体の力が抜けてしまった。力なんて入れる必要が無いのに。
『Siren`sTower』
「へ……?」
サイレンズタワー?何だそれ?あのでっかい塔の名前のことか?言ったどういう名前の由来なのだろうか……。でもその言葉をきいた瞬間俺は何故か妙な高揚感を覚えた。この訳の分からない確かな高揚感はなんだ……俺は一体何に高揚しているというのだ?
『ふっ……どうやら取り越し苦労だったようだな……』
その謎の声の主が笑ったことに対して俺は強い苛立ちを感じた。馬鹿にされたような笑いではないということは分かっている。ならなぜ笑ったのか……、俺の中にある正体不明の塔の既視感と謎の高揚感の秘密を謎の声の主が知っている気がしたから。最初からすべて理解しているような口ぶり……、俺の夢の中にいるのが虚像の何者かだとしても俺の中にいることは間違いない。なら俺の知らない俺を知っていてもおかしくはない。だから質問をすることにした。
「お前は何を知っている、俺の秘密を教えろ!」
『俺が言う必要は無い。お前は明日思い出すことになるからだ……』
「明日?お前さっきも明日って言ってたけど明日何があるんだよ?」
明日何があるかを聞くということ……、それはもう予知夢と同義であった。しかしもう聞かずにはいられなかった。
『……時間切れだ』
「は?待てよそれは無いだろ!」
『最後に一言だけやる……』
「な、何だよ……?」
俺は時間切れの意味が分かりだした。水中にいる俺が下からの圧力によって上へと押し出されていたから。俺は誰かに起こされているのだろう……。だから最後の言葉に耳を澄ました。これが重要な一言になると思ったから。
『お前……』
「(お前?)」
『さっきからずっとにやけているぞ……』
「……は!?」
そして俺は目まぐるしく水上へと押し出されだ、不完全燃焼のまま……。
「(俺はにやけいた?何故……?)」
そして俺はゆっくりと目を覚ます。夢の中の出来事を全て忘れて……。
「へ……!?」
「え……?」
目を覚ました先に居たのは奏であった。どうやら奏が起こしてくれていたらしい。しかしこれはどういう状況なのだろうか……、何故か奏の顔が起きた瞬間至近距離にあったのだ。しかも目の前にいる奏はじわじわと顔を赤くしている。分かりやすく耳も赤くして……、というか珍しいな耳にある髪を耳の後ろに掻き上げるなんて。まるでナニカをするのに耳にある髪が邪魔だったかのように……。
どういう状況か……、それはおそらく第3者の目線で見てみたら誰もがこう言うかもしれない。
キスをしようとしていると……。
「きゃーーーーーーーー!!」
「何でぇぇーー!?」
なんと俺は起きて間もなく、まだ寝ぼけてもいるのに寝起きビンタを食らわされた。というかビンタされるいわれが全くないのだ……。俺は寝ていたただけでお風呂を覗いたわけでもなのにこれではあまりに理不尽だ。
「あ、ごめん。つい……」
「お前はもうついで行動するな……」
「ううっ……」
珍しく俺に言われてたじろぐ奏。おそらくちゃんと自分が悪いとわかっているからだろう。反省しているのがわかったのでこれ以上は追及しないでおく。ビンタに関してはな……
「で、さっきのはどういうことなんだ?」
「!?」
体を大きく震わしてまた一層顔を赤くする。なんだその反応は……実は俺が寝ぼけていて見ていないとでも思ったのか?残念ながらしっかり見たしまだ脳に焼き付いている。後1歩起きるのが遅ければ俺と奏の唇が……。うん、これはやはり由々しき事態だ。俺がビンタをされる前のあの恥ずかしそうな奏の顔、俺が起きた瞬間に見た右手で耳元の髪をかき上げながら至近距離で俺を見つめていたあのほんのり赤い奏の顔……。
一瞬のことであったが、シャンプーのいい香りがしてきて、それでいて微かに鼻を擽る奏特有の甘くていい香り。まつ毛も長く綺麗で透き通る鮮やかな青紫色をした瞳。それらが相まってとても女子高生とは思えない色っぽさを醸し出していた。普段一緒にいるだけでは見せてこない1面を見せられ、体中に妙な熱さを感じた。
「や、やっぱり覚えてるの……?」
俺は必死に頭を切り替えようとする。さっきの奏を思い出して顔を赤くしているなんてバレたら一生の恥だ。すぐにでも自分のベッドに潜りたくなる。
「覚えてるに決まってるだろ。さっきのビンタの衝撃で忘れるとでも思ったのか?」
「う、うん……」
こんにゃろう……。そういう打算もあってあんなことしやがったのか。本当に抜け目ないやつだ。まあビンタのことはもう気にしないと決めたから良いとして、俺はキス未遂ではあったがあんなことをしていたのかを恥ずかしながらも問い詰めることにした。
「まあいい……。問題は何でキスをしようとしてたということだ」
「!?……べ、べべべ別にキスをしようとしてたわけじゃないし……!」
キスという単語が出た瞬間先ほどと比べ物にならないくらいに顔を真っ赤にしており、湯気が出るかもしれないと思わせる程であった。そして真っ向から否定してきてはいるが分かりやすいくらいに焦っているためなんとも怪しい。
「本当かよ?じゃああれは何だったんだ?」
あれがキスをしようとしていたわけでは無いのだとしたら何なのか。俺はそれを聞くことにした、わざとではなければすぐに答えは返ってくるだろう。
「あ、あれは……」
少し考える素振りを見せる奏。いつもは堂々としているのに今は子犬みたいに可愛らしくもじもじしている。いや……別に可愛いと思っているわけではない、断じてだ。世間一般的に第3者の目線で見るとそうだというだけである。だから俺は全く可愛いとは思っていない、うん。
「うう……」
なかなか答えようとしない。普通に考えればこれはクロなんだろうが、よくよく考えてみれば奏が俺にキスをしたいと思うわけが無いのだ。ならあのキス未遂は何だったのか?おそらく推理をするに、俺を起こそうとしてソファの前で躓いてしまったのだろう。そしてたまたま俺の顔に近くなってしまったのだろう。それなら辻妻が合うし、キスをしようとしていたわけでは無いのに勘違いされそうになってあんな反応をしたのもまあ頷ける。それならそうと言えばいいと思うのだが、なかなか言おうとしないというのはどういう事なのだろうかと思ったが、もうそれしか思い浮かばないため奏に俺の推理を告げる。
「どうせ俺を起こそうとしてドジでソファの前で躓いたとかだろう?」
俺が自分の推理を告げると奏は一瞬ぽかんとした顔をして、すぐに顔をパァっと明るくしすこぶる元気を見せるようになった。
「そう!そうなのよ!いや~本当にあれは災難だったわ……」
どうやら俺は正解していたらしい。最初のぽかんとして何のことか分かって無さそうな反応は少し気にかかったが、気にする必要もない。おそらく俺が助け舟を出すと思わなかったとかだろう。
「まったく……危ないから気を付けてくれよ」
「ごめんって。でもまさか躓いてあんなドラマみたいなシチュになると思わなかったわ」
「確かにそれはそうだな。お前のドジなところも珍しいし本当にツイテないな」
「そ、そうね……。でも裕也的にはキスをしてもらった方が良かったんじゃない?」
奏は急に意地悪そうな顔を向けてくる。しかしいつもと違い、顔はまだ赤い。
「どういうことだ?」
「だってぇ、裕也ってばキス童貞でしょう?そしてこのまま一生キス童貞なわけじゃん?」
こいつ……おとなしいと思えばすぐ調子乗って俺をからかおうとしやがる。というかなぜ俺がキス童貞ってわかる!しかも一生キス童貞って決定事項なのか!?
「何が言いたい……?」
俺は悔しそうに歯を食いしばりながらそう言う。間違っていないからこそ、反論できない。
「なら私が童貞奪ってあげた方が不名誉な称号も無くなるし、自信が付くから裕也的にはその方がいいのかなって」
「心配してくれるのはありがたいがそんなのは有難迷惑だ」
「ふーん……」
奏は腕を組んでこちらを見ている、真偽を確かめるためにじっと……。そしてやや不機嫌になる。
「せっかくこんな美女がもらってあげるって言うのに……。裕也はもっと堂々としないと女子と付き合うなんて夢のまた夢よ?」
「だから余計なお世話だ。それにキスなんてしたところで自信なんかつかないだろう」
「なんでそんなこと分かるのよ」
「俺がそもそも童貞を卒業しているからだ」
「へ……」
奏がきょとんとした顔をする。今までで1度も見たことがない顔が見れて俺は内心気付かれずに喜ぶ。もちろんさっきの童貞卒業の件はただの嘘だ。なんでキス童貞も卒業できていない俺が真の童貞を卒業できていることになるんだ。これは奏を驚かせるための嘘で、その作戦は成功したのだ。
「嘘でしょ?」
「本当だよ」
すぐにバラすのはつまらないため、まだネタ晴らしはしない。てか、なんならしなくてもいいかもしれない気がしてきた。またからかわれるのは勘弁だしな。問題は俺がどこまでポーカーフェイスをできるか。
「だ、誰と……?」
「言うわけないだろう?」
「う、嘘!絶対に嘘!一体いつどのタイミングで卒業できたって言うのよ!」
「実は昨日保健室で休んでいるときにな……。隣の子に誘われて流れで」
「初体験がそれってアブノーマルすぎない?」
「そうか?」
「うん……」
よくもまあこんな嘘がぺらぺらと出てくるものだと自分に感心する。さすがにもうこれ以上聞かれるとぼろが出る可能性があるためここで話を終わらることにする。すると奏の表情がじわじわと暗くなり、急に無言となる。
「か、奏……?」
俺は予測してなかった反応に少し戸惑う。奏の瞳を見てみるとうるうると揺らいでるのが見えた。
そして奏の瞳から一筋の涙が流れ星のようにスゥっと流れる。
俺はあまりの出来事に言葉を出せずにいた。小さい頃は何度か見たことある奏の涙。中学に上がってからは2度と見ることが無かった奏の涙。俺は何故こんなことになったのかも分からず、なんて声をかければいいのかも分からずにいた。ただ名前を呼ぶことしかできない……。
「奏……」
「ごめん、私もう帰る。沙耶ちゃんによろしく伝えといて」
「お、おい!」
奏は俺の呼びかけに応じず、すぐに玄関へ向かい家を出ていった。
「なになに?どうしちゃったの?カナ姉帰っちゃったの?」
奏が家を出たタイミングで沙耶が上から階段で降りてきた。おそらく奏が家を出た時の物音に気付いてそのタイミングで降りてきたのだろう。
「いや俺にも何にがなんだかさっぱり……」
「はぁ……どうせお兄が悪いんだから明日謝っておきなよ?」
いや俺が悪いのか?まあ完全に俺しかいないんだろうけどだ。しかし一体何が理由で奏を悲しませてしまったんだろうか……。やっぱり話題的に俺が嘘をついてしまった話なのだろうか。もしそうなのだとしたら謝るしかないよな……、一応嘘はついてるわけだしそれに関しては俺が悪いか。
よし、明日ちゃんと謝ろう。
「分かったよ……」
そして俺は明日を迎えた。
「これもしかして相当やばい……?」
なんと家を出ても奏は家の前で待っていなかった。いつもなら俺の家に入り込んでいるのだが、今日はいなくてもしかして外で待機をしているとも思ったがそういうわけでも無かった。これは明らかに昨日のことが尾を引いているとしか思えない。別にいつも奏と一緒に学校に行っているわけではないのだが、朝予定があるときはいつも必ず事前にそれを伝えてくれる。しかし今日は何も事前に言われていないため、予定はないはずはずだった。
「寝坊しているとか?いや奏に限ってそれは無いか……」
100%無いというわけでは無いのだが、ほぼほぼ無いと言い切れる。なら意図的に俺を置いて学校へ行ったということになる。別に約束をしているわけではないので置いていったという表現の仕方はおかしいと思うが……。
「このままだと遅刻するしとりあえず向かうか」
いつも時間ギリギリのため立ち止まっている余裕は無かった。
「今日も何とか遅刻は免れそうだな……」
不測の事態は何も起きず、通常通りの時間帯に学校の下駄箱前に着いた。一応奏の下駄箱も確認しておこうと思い見てみることにした。
「(あった……)」
実は無いことを期待していたのだが、これでは事前に予定を伝えるのを忘れていたか昨日のことが尾を引いているかの2択しかないということになった。そしてこの時間帯になっても何もメッセージが無いということは実質1択だ。
一緒に通学しているときに謝ろうと思っていたので、学校で謝る想定をしていなかった。学校ではそもそも俺から話しかけることが少なく、大体が奏から話しかけられることが多い。なので話しかけ辛いというのもあるのだが、昨日の件を謝罪するにしても学校で話す話題ではないと思うのでどうしようかと悩んでいた。
「とりあえず教室の席に着いて考えるか」
俺は考えを先延ばしにした。そしてきっとなんとかなるという甘い考えで教室に向かう。教室に向かっているときに廊下でいつもと違ったざわつき方をする。男女ともに浮足立っているというか……、男子も女子も少数ではあるが嫉妬心のようなものが混ざっている者もいたがほとんどが羨望の表情をしていた。少し気になったため歩みを遅くして気づかれないように盗み聞きをした。俺を仲間外れにするのが悪いのだ……、元から仲間はいないけど。
「ねえ知ってる?今日ねあの2人が一緒に通学してたの!」
あの2人?
「え、あの2人ってまさか綾瀬さんと天宮君のこと!?」
「そうそう!いつもはあの暗い感じの人と一緒に来てたのに、今日はあの天宮君と!これはね確実にあの2人の中で特別な何かができているに違いないわ!」
「まさかもう付き合っちゃってるとか……?」
「ある!というかあの2人が今までデキていなかったことの方がおかしいんだから!」
なるほどな……、そういうことか。要するに天宮と一緒に学校へ行きたかったから俺とは一緒に行かなかったわけか……。それならそうと早く言ってほしかったんだがな。別に俺は奏が他の誰と学校へ行こうと知ったことでは無い。しかしこんな置いて行かれ方は初めてだな……。
俺はそのことに少しショックを受けた……。
そして教室の前に着く。そこから奏の席で天宮と奏が仲睦まじい様子で話していた。俺はその様子に心の中であられもない嫉妬心とどす黒い感情を滲ませる……ということは全くなかった。それは俺が奏のことが好きな場合の話であり、俺は奏のことが性的な意味で好きではない。友人として、幼馴染として好きであるのは間違いない。ならその仲睦まじい様子を見て俺が感じたことといえば、やっと奏に彼氏ができそうという喜ばしい感情しかなかった。今まで俺という幼馴染が邪魔で他の男と付き合いづらいというのは確実にあっただろうから。もちろん奏がそれを口にしたわけではなく、周りの声を聴いた結果だ。
だから俺は単に応援をするだけ。独立する日が来たというだけの話だ。
俺は教室へと入って行く。奏はこちらに気付いたような反応をしたのを視界の端で捉えた。しかし反応をしただけで話しかけるとまでは行かなかったらしい。昨日の件で気まずそうにしているのか、何も言わずに俺を置いていったことに気まずそうにしているのかは分からなかった。
それよりも気になるのは周りの反応。それは……俺という存在が奏から引き離されたと思っている者たちが俺に向ける哀れみの視線、そして「いい気味だ」という侮蔑にも似た感情を向けてきた。それを奏に気付かれない範疇で俺に分かるようにやっているというのだから実に巧妙である。
おそらくは俺が奏といつもいることで散々嫉妬やらの負の感情をどこにも発散できずに溜まっていたのだろう。それが奏と天宮がデキているということを知り、ただの金魚のフンであった俺を見下して気持ちよくなっているのだ……。
「(なるほど……、これは中々に息苦しい空間だな)」
俺はゆっくりと席に着いた。誰にも目線は合わせることはなく、左にある窓の外をじっと眺めながらただ早く学校が終わるのを願う。
「(俺も奏離れができるようにしないとな……)」
奏はいつでも俺から離れようと思えば離れることはできるが、幼馴染と家が隣というつながりがある以上離れることは難しいだろう。俺が料理をできるようにして、偏頭痛も自分で対処できるようにしてやっと奏が俺から離れることができるようになる。
奏のためにも早くしなければならない。俺は1人の人間として奏を尊敬しており、命の恩人だとも思っている。だから感謝をしたいし今までの行いに報いたいとも思っている。だから奏のためにも俺は奏とまだ一緒に居たいという気持ちを押し殺して行動しなければならない。一緒にいれなくなるわけではない、その時間帯が極端に減るだけ。幼馴染からご近所さんに変わるだけだ。
色々想いを巡らせているときに後ろから足音がする。
「ちょっと拓海!?」
奏が後ろで大きな声で天宮の名前を呼ぶ。俺はその声の大きさに驚き後ろを振り向いた。
「!?」
なんと奏が呼び止めていた天宮は奏と話すことを止めて俺の目の前に来ていた。
今まで睨まれてしかしてこなかった天宮が今俺の前に来て何かを言いたそうにしていた……。
「話がある、後で校舎裏に来てくれ」
「拓海何を……」
「わかった」
「裕也!?」
俺は何の話をされるのかが分かり、それを了承することにした。それに対して驚きを露わにする奏。される話は1つしかない、邪魔者を排除しようとしているのだろう。
「大丈夫だよ、俺がなんとかするから任せといて」
「なんとかって何をする気なのよ……?」
「それは言えない。けど奏のためであることは間違いないんだ、信じてくれ」
そして天宮は席に戻っていく。その様子を見て俺も席に着く。多くの注目を浴びせられて若干の面倒くささはあったが、これも仕方のないことだと思い割り切ることにした。
HRが終わりに15分休憩が始まる、しかし今日の俺にとっては休憩ではなかった。
「時間は無いからすぐに終わらす、ついて来い」
俺はどうせ返事をしても意味は無いと分かり、黙って頷き後ろをついていく。そして俺は教室を出る前に1回奏の前を通り過ぎることになる、奏は心配したような顔で俺の顔をじっと見ていたのが一見えた。しかし俺は目を合わせることはしなかった、目を合わしてしまえば俺は立ち止まってしまうだろうと思ったから。だから俺は目も合わせずに黙って前を通り過ぎた。
そして周りに注目されていた中、無事に校舎裏にたどり着いた。おそらくギャラリーがどこかには潜んでいるだろうけどそんなことを俺が気にすることでは無かった。
「話ってのは?」
俺は分かっていながらも早く終わらしときたかったため、催促をした。天宮は俺の生意気な言葉が気に障ったのか少し眉間にしわを寄せたが、誰が見ているのか分からなかったため特に大きく顔には出さなかった。
「お前奏を悲しませただろう」
天宮の言葉が想定通り過ぎて少し笑ってしまう。しかしそのことが気に食わなかったのかイライラして俺の反応に突っかかる。
「何がおもしろいんだ?お前は奏を悲しませたことに何も感じないのか?」
「いや申し訳ないとは思っているんだ。まさかあんなことになるなんて思わなかったんだ、悪気はないんだよ」
俺は笑うのを止め真剣な表情で質問に答える。
「悪気が無くても悲しませたという事実は変わらない……」
「まぁそうだな」
暫しの沈黙……、俺はわざと相手をイラつかせながら話している。そして順調に俺にイラついてくれている、ほら早く切り出してくれ。俺は待っているんだ、お前の「奏にお前はふさわしくない」という言葉を……。それでお前は俺から奏を引き離しカップルになるための楽しい道のりを歩んでいけばいい。俺は奏のためにやっているんだ、俺は悪くない、お前が全部悪いんだ。そう思ってくれていい……。
「お前に奏はふさわしくない!」
「ならどうする?誰が奏にふさわしい?」
「……俺だ。俺だけだ!奏にふさわしいのは!」
その言葉を待っていた。それを聞ければ俺が奏から距離をおいても良い理由ができた。奏と仲良くするためや付き合うためなど、どんな理由であれ俺が奏の近くにいては不都合でしかないからな、これは奏のためにでもあるし俺以外の男子のためでもある。
あいつは何故か俺と一緒で、恋人ナシ=年齢だったからな。これで俺という邪魔者は排除されてより一層恋人になりやすくなる。俺みたいな男とずっと一緒に居たりしたらそりゃ他の男子は嫉妬しまくりだろうからな。
「お前さえいなければ……。お前さえ……」
ここで段々と自分の感情を露わにしていく……、もはや隠れて見ているかもしれないギャラリー
のことなど頭には残っていないのかもしれない。
「俺がいなかったら奏と付き合えるのにとでも言うつもりか?」
頷きもしないが否定もしない、天宮がとった行動は沈黙。つまり暗にそうだと肯定したということである。確かにその可能性はあるが、奏がお前を好きだと限らないだろうに……。お似合いではあるし付き合う男子の中ではベストと言える天宮。しかしそれは端から見てる第3者だからそんな無責任なことを言えるだけでそこに奏の気持ちは一切汲まれていない。
天宮が奏を好きなのは普段の態度から見ても明らかに他の女子と比べて奏を特別扱いしているが、
奏はわからない。一緒に話しているときに天宮の話は全然でてこないからどう思っているのかも検討がつかない。少なくとも嫌いではない普通以上の感情は持っていると思う……。
「お前は奏が好きなのか?」
好きではない。……だが大切な存在ではある。しかしわざわざそれを答える必要もない。だから俺は今まで散々されてきた同じ質問に対し定型文で返した。
「ただの幼馴染だ」
そもそも俺が奏を仮に好きだとしてもこいつの行動は変わらないだろう……、もしくは今まで以上に恨まれるかもしれいないが今日のような校舎裏に呼ばれるイベントは避けれなかっただろう。今日はたまたま奏を悲しませたというきっかけがあっただけ。
「本当に運が良いやつだ。幼馴染でもなければ奏に見向きもされなかっただろうに……。俺がそのポジションだったら絶対に奏を悲しませないし今よりも笑顔にさせていたんだ!」
いつもの爽やかな雰囲気の天宮とは思えないくらい今日は棘がある言葉ばかりだ。いや俺に対してだけは爽やかな一面を一度も見せたことはないんだけども……。しかし言っていることはあながち間違いではなかった、俺のような暗くて目立たない人間よりもこいつのようなハイスペックな人間が隣にいた方が遥かに楽しいだろうと。
「奏とお前に幼馴染という関係がある以上、お前は一生俺にとって邪魔者なんだ……!」
天宮は今まで見たことがないような鋭い目つきで俺を睨む。逆に今までのはセーブしていた方なのだろう……。そして俺は少し考えこむ……。
「(こいつの言う通り幼馴染という関係が残っている以上、俺がわざと離れようとしても奏は話しかけてくるかもしれない。そしたら結局今までと変わらない。)」
ここは幼馴染という関係を塗りつぶす新たなつながりを奏とこいつに作ってやれば良いと思った。俺といちゃいけない口実をこいつに作るべきだと……。
「なぁ……」
「なんだ……」
「俺はなにも幼馴染だからという理由で奏と一緒にいるわけじゃないんだ」
「じゃあ一体どんな理由で一緒にいるんだ?」
俺が今から何をするか……それは……
「俺はあいつの身体目当てで一緒にいるんだ」
「!?」
俺はクズで最低な幼馴染を演じることが幼馴染というつながりを塗りつぶすのに最適だという結論に至った。そしてその言葉を聞いた天宮は自分の正義感のもと、俺を奏のためを思って殴り痛めつけていい理由ができた。
「このっ……クズ野郎がぁーーー!」
俺は天宮が思いっきり振りかぶろうとする拳を避けることもせず受けた。
「(裕也のやつ大丈夫かな……)」
私は教室で瑞希と世間話などをしながらも意識は完全に廊下の方へ向いていた。校舎裏で話しているらしいけど、とても気が気じゃなかった。私のせいで裕也が拓海に問い詰められているのだと容易に推測できる。拓海は任せてと言っていたがそれで私が救われても裕也に迷惑がかかるのがとても耐えられなかった。
「(はぁ……、拓海に言うべきじゃなかったのかな……)」
そもそも裕也は何も悪いことはしていない、私がただ気にしすぎているだけのこと……。でも、そりゃあんなこと知ったら気にするに決まっているじゃない……、好きなんだから。
私は神代裕也が好きだ。それはもう……友達だとか幼馴染としてではなく、1人の男として。
最初は本当にただの幼馴染だった、中学3年生の夏の時期までは……。中学生の私たちは幼馴染ではあったけどそこにお互い何の恋愛感情の無かった。よく一緒に学校へ行ってたものだから付き合っていると噂されたりからかわれることもあって、カップルと勘違いされるのが嫌でもあった。けど私は考えたことも無かったんだ……、高校へ上がったら裕也と離れ離れで生活していくということに。10年以上も一緒に学校へ行ったり一緒に家で遊んだり、一緒に怒られたりしてた。そういうことが当たり前になりすぎて離れ離れになるかもしれないって分かった時にはもう……この想いは止まらなかった。
だから私は裕也と同じ高校へ入学することを決めた。この城ノ上高校に。
けどそこまでしても未だになあなあの関係でお互いに恋人を作れずにいる。想いを伝えなきゃいけないということは分かっている、だけどこの関係が崩れるのが怖いのだ……。伝えなきゃ伝えなきゃと思い続けて1年……、結局私は普段気丈に振舞っているが臆病なのだ。
その募りに募った想いが、まさかあんなことで爆発しちゃうなんて……。
「(あっ……だめ。考えちゃいけないのに……)」
そもそも爆発したタイミングも悪い。あんな童貞卒業したっていう卑猥な話で積年の想いが爆発しちゃうなんて……それだけ聞いたら私凄いエッチな女みたいじゃない!しかもそれが一昨日の保健室なんて!体調悪いから保健室に行くって言ってしばらく戻ってきていないと思ったらそんなことしてたなんてありえない……アブノーマルすぎるわよ!私なんてまだ処女なのに……。
「ん?どしたの奏」
私は再び涙を流しそうになり、それを隠すように顔を隠すように俯く。友達と話しているのに他の人のことを考えていたなんて思われたくなかったから……。
「……っ!?」
けど瑞希はそんな私の頭を何も言わずに優しく撫でてくれた。
「もう……さっきから強がっちゃって……。奏が全然会話に集中していないなんて気づいてたよ」
「強がってないもん……」
「隠さないでいいよ……、奏は普段は強くて可愛い女の子だけど神代君のことになるとすーぐか弱い女の子みたいになるんだから……まぁそこも可愛いんだけどね!」
「……うっさい……」
「えへへ」
私が裕也のことで悩んでいるときそんな風に思われてたんだ……。なにそれすごい恥ずかしいんだけど。それならそうと早く言ってほしかった……。けど瑞希がそばにいてくれて良かった、1人だったらもっとおどおどして恥ずかしい姿を見せていたのかもしれない。だから……
「ありがと(ぼそっ)」
「え、なんて?」
「なんもないわよっ」
こんな恥ずかしいこと堂々と言えるわけもなかった。私は弱い人間だ、裕也の前では意地悪をしたりして強くあろうとするけど、ただ強がっているだけ。裕也といると楽しいから私は強くいれるのだ。
「拓海のやつ何話してるのかな~?」
「さぁ……」
まだ10分経ってもまだ帰ってこないのでしびれを切らして瑞希がそう切り出してきた。確かに何を話しているのか気になる、なんなら今すぐ廊下に飛び出して校舎裏へ行って盗み聞きをしたいくらいだ。拓海は優しいから裕也に変なことはしていないと思うけど……。
大丈夫よね……?
「痛ってぇ……」
殴られてしまった……。
生まれて初めて殴られたので、中々情けない言葉を口にしてしまった。殴られるのはもう金輪際無しにしていこうという方針を決め、俺は天宮の方を見る。天宮はというと俺の顔を殴っても尚その怒りは収まっておらず、下手を言えば2発目も来そうな勢いがあった。さすがに2発目は本当に倒れるかもしれないので勘弁してほしいと思った。
「お前は何てクズなんだ!奏の身体目当で一緒にいたなんて……」
説教をされても仕方ないことである。幼馴染として遊んでいた人間が実は自分の身体目当てで一緒にいたと知ってしまえば、さすがに今後も2人で居づらくなるだろう。むしろ避けられていく可能性の方が高い。
後はこいつが奏にそのことをチクってくれたら俺と奏に幼馴染としての絆は完全になくなる。そしてさらに悲しむであろう奏を優しく慰めてやるのもこいつの仕事だ。傷心中の女性は優しくされたらイチコロだと聞いている。奏も例外でなければ間違いなく惚れる筈だ。言うならば俺はこいつらの恋のキューピッドだな……、さすがに気持ちが悪いからやめておこう。
「あんなにエロい体をしているのが悪い」
「え、エロいだと!?お前奏のどこまでを見たんだ!」
「えーと……裸体?」
子供の時にな。そんなことも知らないこいつは先ほどと同様に殴りかけてくる。もうこれ以上挑発をしない方針だったのだがさらに怒らせてしまったようだ……さすがにこれは怒るか。
「この変態がっーー!」
俺はさすがにこれ以上拳のダメージを受ける訳にはいかなかったので、腕を使い顔を防御しようとする……その瞬間だった。
「なっ!?」
「!?」
グラグラと大きく地盤が揺れる。その揺れの正体はもちろん地震ではあったが、それはいつもの地震とは違った。
「な、なんだこの揺れは……!」
天宮は自分の身体を支えることができず非常に苦しそうな顔をしていた。をに膝を地面につける。つまりそれほどの地震の強さというわけだ。いつもの震度3とは違いこの強さ……6か7はあるぞ。このままでは建物内にいる人たちは……。
「(奏!沙耶!)」
俺は真っ先に奏と沙耶の顔を思い浮かべる。助けに行かないといけないと思い揺れで倒れそうになる体を必死に立たせようとする。しかし揺れが強すぎるためうまく立てずにいた。仕方ないと思い、地面に膝をつきながら四つん這いで行くことにした。
「早く……早くっ!」
未だに揺れが強いため四つん這いでもバランスを保つのは難しいが、それでも行くしかないため少しずつでも倒れないように進む。
だが突然と揺れは治まる。今の強い地震がまるで幻だったかのように……。治まったのだろうか?いやなんでもいい、今はとにかく奏の方へ向かいその後は沙耶の無事を……
「奏!」
そう口にしたのは俺ではなく俺の後ろにいた天宮であった。地震が止まったことで不自由が無くなり急いで校舎裏を抜け出し教室の方へ行こうとする。そこで俺は先ほどまで何がったのかを思い出す。
「(俺が奏に合わす顔なんて無いのに……)」
天宮の必死さをみてそう思った。あんなに心配をしてくれる人がもう奏にはいるのだ、だから俺が会いに行って無事を確かめる必要もない。俺は自分で奏の隣にいる権利を捨てたんだ……。
そうだ……もう俺は幼馴染ではなく、最低なご近所さんなんだな……。
「なんだか変態が隣の家にいるってだけで奏が可愛そうに思えてくるな」
俺は1人で少し笑いながらそうつぶやいた。
「ん?」
俺が1人でポツンと胡坐をかいて座っていると、偶然光っているものを視界にとらえた。焦点をその白い光に定める。その白い光は地上にあるわけではなく、空という遥か遠い場所に存在していた。ただそこにずっと留まっているわけではなく、流れ星かのように綺麗な線を残して流れていく。
「流れ星をこの時間帯に見れるなんてラッキーなことも……は?」
その白い光はただの流れる星では無かった。白い光は段々と大きく膨れ上がっていき、スピードも増して行っていた。最初は右の方に気づかないほどの小ささであったのに、今では段々と右から左に流れながらこちら側に近づくように大きくなっていく。それは明らかに大気圏の外ではなく中にある光であった。行く先は城ノ上高校の上を通って遥か先の方だった。
俺は心臓を激しくバクバクさせていた。先ほどまで震度6,7であろう程の地震があったにも関わらず俺はこっちの白い光の方が危険だと察知していた。昨日のニュース番組を思い出す。
近々大きな厄災が起きるかもしれないという話を……。
俺は確信する。それはこの大きな地震のことではなく、あの白い光のことだと。
厄災は起きてしまった。防ぎようもない流れ星のせいで。あの白い光が地面に衝突するとどうなるのか……それはまだ分からない。しかし今日この時から俺たちの暮らしはあの流れ星によって大きく変えられてしまうのだろうと悟る。
その白い光はここから見えるある街の中へ入っては消えた。そこは方角的に渋谷の駅があるところであった。
「渋谷の中にあの白い光が……」
何も起きない?と思ったがそんな都合のいい話は無く、数秒経つと地響きがした。
ゴゴゴという地響きが鳴り続け、地面も大きな揺れというわけではないが大きな振動が伝わってくるような感覚であった。あの白い光を見た者たちは正体を知ることになるだろう。この地響きの正体と今までの地震の理由も……。
渋谷の街から真っ白で膨大な量の光の粒子が空へ向かって溢れ出す。それは綺麗な白色で一寸の濁りも無かった。その光の粒子は雲を貫通し空をも貫通し始める。最初に見たあの小さい光がこんなにも大きな光の柱になるとはだれも思わないだろう……、実際に見た人間以外は。
光の粒子が中心へと集まっていきどんどん凝縮されていく。膨大な光の粒子だったものが形を作り始める。それは徐々に完成へと近づいていく。
そして光がパァンという音をたてて弾ける。四方八方に。その弾けた光はあまりにも眩しく直視することはできなかったため目を閉じることを余儀なくされた。周りにあの眩しい光が無くなったことが分かると目を開ける。
「な……!?」
そして俺は驚愕する。目の前の光景に。
その光の柱があった場所、もとは渋谷があった場所には……
神々しいほどの輝きをもった鋼色で覆われている天空をも超える高さの塔であった。
それは高いだけでははなく、塔だけあって直径も大きい。その大きさはおそらく渋谷を丸々覆うほどの大きさだろう……。渋谷にいた人は考えるまでもなくもうそこにはいないはずだ。
しかし何故だろう……衝撃的なことであるはずなのに驚くほど冷静な自分がいる。何故か考えた時に俺はスッと心の隙間に丁度はまる、すでに分かり切っていた理由に気付いた。
見たことがあったのだ……それがどこで見たかは思い出せないのに。
名前は……
「Siren`sTower」
残り30日……
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