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第22話 デッドラインの砂音
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いま俺は、巨大迷路のスタート地点に立っている。
そこは小学校の体育館ほどの大きさで、内部は約5メートルの高さの壁で仕切られている。
はるか彼方のゴールの上には、入り口から見ても分かるほどの大きな砂時計が横たわっていた。木枠に該当する部分は黒く、透明な管の片方には毒々しく赤い砂粒が詰まっている。
「よーい、スタート!」
号令とともに砂時計が立てられ、サラサラと赤い砂粒が落ち始めた。
俺のいる国の王が悪趣味な娯楽を好むおかげで、国王主催のゲームに勝てばそれまで犯した罪がすべて恩赦されるという、特別なルールが存在する。
逆に負ければゲーム終了後に処刑されるという、典型的なデスゲームだ。
つまりこの巨大迷路は、そのゲームの一環だ。
つまりここにいる俺は、そういう経歴を持つ人間だ。
「砂時計の中の砂がすべて落ちるまでに、迷路の出口から出ること」
係員の男から言われた巨大迷路のルールは、それだけだった。
号令が鳴って走り出した俺は、とにかく時間のロスを防ぐことに努めた。
二手に分かれた道のときは片方を選び、行き止まりまで確かめてから戻る。
なにがあっても立ち止まらない。余計なトラブルは回避する。
こうして正解と思われる道を全速力で駆け抜けていくと、かなり早いペースでゴールに近づいている感触があった。
「頼む! 助けてくれ!」
声のした方に顔を向けると、道の真ん中に男が這いつくばっていた。
俺と同じ囚人の服装をしている。前の挑戦者だろうか。
「腰が抜けて動けないんだ! このままだと殺される!」
男は涙を流して俺に懇願してきた。
「知るか、そんなもん」
どうせ同じ罪人だろう。間に合わなくて殺されるなら、助けるのは時間の無駄だ。
砂時計の砂の量はまだ十分残っていたが、男を助ける気にはなれなかった。
「俺の大事な時間を、お前のために使えるわけないだろ。じゃあな」
さっさとその男のそばを通り過ぎて、俺は先に進んだ。
男の泣き声が、俺の背中に嫌な後味を残した。
「お願いでふぅ!どうかたふけて!」
またしばらく進むと、今度は老女の声がそばで聞こえた。
迷路の端でうずくまっていた老女は、歯のない口で訴えかけてきた。
また俺と同じ囚人の服を着ている。
「あひが痛くて動けないんでふ。このままだと、もう無理でふぅ」
老女は涙を流して俺に懇願してきた。
「知るか、んなもん」
俺は前の男のときと同じ気持ちで、老女を見捨てて先に進んだ。
老女の恨むようなうめき声が、俺の耳について離れなかった。
その後も繰り返し、俺は似たような境遇の人間に遭遇した。
「俺には締め切りがあるんだ。お前らのために時間を無駄にするつもりはない」
老若男女問わず、俺は全員を見捨てて先に進んだ。
迷路の中を散々走り回った結果、俺は無事に出口までたどり着いた。
砂時計の砂はまだたくさん残っている。急いだかいがあった。
「これは余裕でゴールできそうだな」
意気揚々と出口を出ようとした、そのときだった。
「それでは、これから最後のゲームを行う」
俺の頭上から、係員の男の声がした。
「最後のゲームは、出口にある六面体キューブの面をすべて揃えること」
俺は、出口近くの台に置かれたカラフルなパズルキューブを手に取った。
なに、まだまだ時間はあるんだ。落ち着いてやればできるさ。
見事に色がバラバラに並んだキューブに、俺は取りかかろうとした。
その時だった。
ゴゴゴゴッと大きな音を立てて、巨大砂時計が傾き始めた。
上にあった管が底に、
底にあった管が上へと、ひっくり返されていく。
赤い砂粒の流れが逆流すると同時に、
まだたくさん残っていたはずの未来が過去に、
少ししか経っていなかった過去が未来に、
一瞬にしてひっくり返されていった。
「制限時間は、この砂時計が逆さまになった後、すべての砂が下に落ちるまでとする」
俺はここへきてようやく、自分の勘違いに気づいた。
――砂時計の中の砂がすべて落ちるまでに、迷路の出口から出ること。
「ひっくり返ることのない砂時計」とは、一言も言われなかったことを。
見捨ててきた囚人たちのことを、俺は初めて後悔した。
あいつらを助けていれば、それだけ俺の制限時間が増えていたものを。
俺は一人だけ助かろうと早まるあまり、勝負の締め切りも自らの手で早まらせてしまったのだ。
目の前が真っ暗になった俺の頭に、デッドラインの真っ赤な砂音が次々と落ちていく。
残り時間はもう、わずかしかない。
(了)
◎気付けば正月も終わり、成人式ももうすぐですね。締め切り時に後悔しないような人生を送りたいです。
そこは小学校の体育館ほどの大きさで、内部は約5メートルの高さの壁で仕切られている。
はるか彼方のゴールの上には、入り口から見ても分かるほどの大きな砂時計が横たわっていた。木枠に該当する部分は黒く、透明な管の片方には毒々しく赤い砂粒が詰まっている。
「よーい、スタート!」
号令とともに砂時計が立てられ、サラサラと赤い砂粒が落ち始めた。
俺のいる国の王が悪趣味な娯楽を好むおかげで、国王主催のゲームに勝てばそれまで犯した罪がすべて恩赦されるという、特別なルールが存在する。
逆に負ければゲーム終了後に処刑されるという、典型的なデスゲームだ。
つまりこの巨大迷路は、そのゲームの一環だ。
つまりここにいる俺は、そういう経歴を持つ人間だ。
「砂時計の中の砂がすべて落ちるまでに、迷路の出口から出ること」
係員の男から言われた巨大迷路のルールは、それだけだった。
号令が鳴って走り出した俺は、とにかく時間のロスを防ぐことに努めた。
二手に分かれた道のときは片方を選び、行き止まりまで確かめてから戻る。
なにがあっても立ち止まらない。余計なトラブルは回避する。
こうして正解と思われる道を全速力で駆け抜けていくと、かなり早いペースでゴールに近づいている感触があった。
「頼む! 助けてくれ!」
声のした方に顔を向けると、道の真ん中に男が這いつくばっていた。
俺と同じ囚人の服装をしている。前の挑戦者だろうか。
「腰が抜けて動けないんだ! このままだと殺される!」
男は涙を流して俺に懇願してきた。
「知るか、そんなもん」
どうせ同じ罪人だろう。間に合わなくて殺されるなら、助けるのは時間の無駄だ。
砂時計の砂の量はまだ十分残っていたが、男を助ける気にはなれなかった。
「俺の大事な時間を、お前のために使えるわけないだろ。じゃあな」
さっさとその男のそばを通り過ぎて、俺は先に進んだ。
男の泣き声が、俺の背中に嫌な後味を残した。
「お願いでふぅ!どうかたふけて!」
またしばらく進むと、今度は老女の声がそばで聞こえた。
迷路の端でうずくまっていた老女は、歯のない口で訴えかけてきた。
また俺と同じ囚人の服を着ている。
「あひが痛くて動けないんでふ。このままだと、もう無理でふぅ」
老女は涙を流して俺に懇願してきた。
「知るか、んなもん」
俺は前の男のときと同じ気持ちで、老女を見捨てて先に進んだ。
老女の恨むようなうめき声が、俺の耳について離れなかった。
その後も繰り返し、俺は似たような境遇の人間に遭遇した。
「俺には締め切りがあるんだ。お前らのために時間を無駄にするつもりはない」
老若男女問わず、俺は全員を見捨てて先に進んだ。
迷路の中を散々走り回った結果、俺は無事に出口までたどり着いた。
砂時計の砂はまだたくさん残っている。急いだかいがあった。
「これは余裕でゴールできそうだな」
意気揚々と出口を出ようとした、そのときだった。
「それでは、これから最後のゲームを行う」
俺の頭上から、係員の男の声がした。
「最後のゲームは、出口にある六面体キューブの面をすべて揃えること」
俺は、出口近くの台に置かれたカラフルなパズルキューブを手に取った。
なに、まだまだ時間はあるんだ。落ち着いてやればできるさ。
見事に色がバラバラに並んだキューブに、俺は取りかかろうとした。
その時だった。
ゴゴゴゴッと大きな音を立てて、巨大砂時計が傾き始めた。
上にあった管が底に、
底にあった管が上へと、ひっくり返されていく。
赤い砂粒の流れが逆流すると同時に、
まだたくさん残っていたはずの未来が過去に、
少ししか経っていなかった過去が未来に、
一瞬にしてひっくり返されていった。
「制限時間は、この砂時計が逆さまになった後、すべての砂が下に落ちるまでとする」
俺はここへきてようやく、自分の勘違いに気づいた。
――砂時計の中の砂がすべて落ちるまでに、迷路の出口から出ること。
「ひっくり返ることのない砂時計」とは、一言も言われなかったことを。
見捨ててきた囚人たちのことを、俺は初めて後悔した。
あいつらを助けていれば、それだけ俺の制限時間が増えていたものを。
俺は一人だけ助かろうと早まるあまり、勝負の締め切りも自らの手で早まらせてしまったのだ。
目の前が真っ暗になった俺の頭に、デッドラインの真っ赤な砂音が次々と落ちていく。
残り時間はもう、わずかしかない。
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