月読の塔の姫君

舘野寧依

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第二章:伝説の姫君と舞踏会

第15話 披露式典へ向けて(2)

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 わたしはいつもの通り、キースにダンスを教わっていた。
 もう全部のダンスを教えてもらったので、今は復習がてら練習している。

 ここまできたら、カディスに無理に練習相手になってもらうこともないんじゃないかなあ。あまり時間取らせるのも悪いし。

「イルーシャ、随分上達したね。これなら、どこに出てもすぐ通用するよ」
「本当? 嬉しいな」

 キースの言葉にわたしは素直に喜んだ。そう言ってもらうと、頑張った甲斐があるってものだ。

「そういえば、イルーシャ、カディスに練習相手になってもらってるんだって?」
「あ、聞いたの? 執務で忙しいだろうから一応断ったんだけど、どうしてもって言うから」
「カディスはかなり遅くまで執務してるみたいだね。体調崩さないといいけど」
「……ええっ、本当? だったらすぐ練習やめさせないと、カディス倒れちゃうよ」
「カディスは鍛えてるから、そうそう倒れないとは思うけど、そろそろ休ませた方がいいかもね」
「うん、今日、わたしカディスに休むように言ってみるよ」
「僕も言ってみるよ。君には強がって練習を強行するかもしれないし」
「うん、そうしてくれると助かる」

 お茶を飲みながら二人でカディスを待っていると、やがてその本人がやってきた。

「なぜキースがここにいるんだ」

 キースの顔を見て、カディスが露骨に嫌そうな顔をする。

「だって、カディス、遅くまで執務で無理してない? カディスの気持ちはすごくありがたいけど、もうダンスもなんとかなりそうだから無理して相手してくれなくてもいいよ」
「無理などしていない」
「だけどね、カディス。これ以上は執務に影響するよ。君に倒れられたら元も子もないよ」
「俺はそんなにやわじゃない。キース、俺の邪魔をするな」
「……わかったよ、じゃあ、僕は見ているだけにするよ」

 キースがそう言ったら、カディスは思い切り顔をしかめた。

「イルーシャとの時間を邪魔するんじゃない。どこかへ行っていろ」

 カディスの冷たい言葉に、キースは肩をすくめるとその場から姿を消した。

「ちょっと、キースはカディスを心配してくれてるのに、そんな言い方ないじゃない」
「イルーシャ、俺といる間は他の男のことを話すのはやめろ。今は俺のことだけ考えていろ」

 カディスはわたしの頬をそっと撫でる。

「そんなの、無茶だよ。カディス、どうかしてるよ」

 わたしの友達はカディスだけじゃない。カディスのことだけ考えろなんて無理に決まってるじゃない。

「無茶を言ってるのは自分でも分かっている。おまえが俺が想うほど、俺を好いてないこともな」

 カディスが自嘲的に笑った。

「……カディス……」

 わたしはどうしていいか分からなくて、カディスの顔を見返す。

「カディス、わたし、好きとかそういう気持ちよく分からない。……でも、カディスはわたしにとって大切な友達だと思ってるよ」
「……友達か。俺はそんなものになりたいわけじゃない。イルーシャ、俺はおまえを俺だけのものにしたいんだ」

 カディスの瞳の中に狂おしいものをみた気がして、わたしはびくりと震えた。

「……イルーシャ」

 カディスがわたしの手を引く。
 わたしは慌てて周りを見回すけど、こんな時に限って誰もいない。

 ──どうしよう、どうしよう。
 誰かに助けてほしいのに、どうしたらいいの?

「イルーシャ、愛している」

 強い力で抱きしめられて、わたしは身動きもできない。

「カディス……ごめん、わたしあなたの気持ちに応えられないよ」

 そう言ったら、カディスは苦しそうに笑った。

「……分かっている」

 カディスの気持ちに応えられないのが心苦しい。でもこればかりはどうにもならない。

「どうして、こんなにおまえに惹かれるのだろうな。口は悪いし、やることは突飛だし」
「……ちょっと……」

 本人を前にして、それは酷いんじゃない? わたしは頬をひきつらせた。

「だが、それがおまえの魅力でもある。おまえは考え方も面白いし、時々すごく可愛いしな」
「……カディス……」

 カディスはわたしを買いかぶり過ぎだよ。わたし、そんなに想われるほどできた人間じゃない。

「どうしたら、おまえの気持ちをおれに向かせることができるのだろうな」

 カディスの顔が近づいてきて、わたしの頬にキスをした。

「カ、カディス、離して……」
「駄目だ」

 カディスがわたしのおとがいに手をかけると、今度は瞼にキスを落とす。

「や、やだ、カディス、やめてよ……っ」

 わたしは泣きそうになりながら、訴えた。怖くて震えが止まらない。

「……俺が怖いのか?」

 怖いよ。だから、離してよ。

「だ、ダンスの練習するんでしょう? こんなことしてる場合じゃないんだから……っ」

 言葉を無理矢理絞り出して言うと、カディスがちょっと笑った。

「……そういえば、そう、だったな……」

 口調がすごく怪しいと思ったら、カディスの膝が折れると、わたしの方へ倒れてきた。

「ええっ、ちょっと……っ」

 カディスの下敷きになったわたしは焦って彼の下から脱出しようと試みたけれど、わたしをがっちり抱えていて無理だった。

「ちょ、どうしちゃったの、カディス!?」

 よく見ると、カディスは寝息を立てている。
 普通、この状況で寝るか!?
 わたしは両手が利くなら、カディスをものすごく殴りたかった。

「重いーっ、ちょっと誰か助けてえ……っ!」

 わたしの叫びを聞きつけた近衛騎士とブラッドが駆けつけてくれて、カディスを退けてくれた。

「陛下、床の上はちょっとどうかと思いますよ」

 この状況で、なに言ってるんだ、ブラッド。
 カディスはこの騒ぎにも関わらず眠ったままだ。

「ああ、やっぱりこうなったんだ」

 キースが移動魔法で現れて、呆れたように言った。

「ブラッドレイ、ちょっと、それ貸して」

 キースはブラッドから報告書の束を受け取ると、それでカディスの頭をはたいた。
 紙の束とは思えない音がしたけど、どういうことなんだろう。
 だけど、それでカディスが意識を取り戻して身を起こした。

「ああ……、俺はどうしたんだ? とてもいい夢を見ていたような気がするが」

 カディスは顔を覆って首を横に振る。

「……それはいい夢だろうね。イルーシャを下敷きにしていたんだから」

 唇の端をひくつかせながらキースが嫌味を言った。

 下敷きどころか、キスされたりしたんだけど、それは言わない方がいいよね……。
 わたしは真っ赤になった頬を隠した。

「とにかく、カディスは休養が必要だから今すぐ休むこと。イルーシャの練習には僕が付き合うから」
「……なんだと」

 カディスに皆まで言わせず、キースは手のひらをカディスに向ける。
 カディスはそのまま倒れると、その場から消えた。

「え……、あれ?」
「寝室に送ったんだよ。しばらく目覚めないと思うよ」
「あ、そうなんだ。なら、安心だね。カディスにはしっかり休養とってもらわなきゃ」
「まあ、その後に、山のような報告書が待ってると思うけどね」

 ……うわあ、大変そうだなあ。
 やっぱりダンスの練習、無理にでも断ればよかった。

 キースはブラッドに報告書を返すと、近衛騎士さんとブラッドにねぎらいの言葉をかけた。
 彼らが部屋を去ると、わたしはキースと二人きりになる。

「……それで、舞踏の練習はできたのかい?」
「それが、できてないんだよね……」

 ダンスの練習するはずが口説かれて、キスされて……。
 あれこれ思い出してかあぁっと赤くなっていると、キースがわたしの手を取った。

「……ふうん。察するに、カディスに口説かれたってところかな?」
「え、えっと……」
「イルーシャは、本当に分かりやすいね。ちょっと妬けるな」

 キースがわたしの手を引いて抱きしめると、わたしの唇にキスを落とした。

「ちょっと、キース酷い。わたし、そこまでされてないよ!」
「ああ、ごめん、ごめん。ちょっと嫉妬にかられて、つい」
「つい、じゃないよ、キースの馬鹿ーっ!」


 ……もう、この二人、どうにかしてほしい。
 とりあえず、今日のダンスの練習は中止となったのは言うまでもない。
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