月読の塔の姫君

舘野寧依

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第二章:伝説の姫君と舞踏会

第20話 披露式典(3)

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 あれから、わたしは各国の大使や自国の貴族の人にダンスを申し込まれてその相手をしていた。けれど矢継ぎ早に来るその申し込みにちょっと疲れてきた。気のせいか、頭も痛い。

「……どうした、少し顔色が悪いな」

 カディスが心配そうに声をかけてくれる。

「うん、ちょっと疲れたかも。外の空気吸ってきていいかな」
「ああ、近衛の者を連れていけ。俺がついていきたいが、そういうわけにもいかないしな」
「うん、ありがと」

 わたしは近くにいた近衛騎士さんに護衛をお願いすると、広間に繋がるバルコニーに向かった。


 わたしはバルコニーに出ると、置いてあるテーブルセットの一つに腰を下ろした。

「イルーシャ様、大丈夫ですか?」
「……うん、ありがとう。大丈夫だよ」

 ……そうは言ったものの、頭がガンガンしてきた。完全に人に酔ったみたい。

「ですが、お顔の色がよくありません。魔術師を呼んで治癒させますので、少々お待ちください」

 そういえば近衛騎士は魔術師を呼べる手段があるとキースが言ってたっけ。ここはこの騎士さんの気遣いに甘えとこう。

「うん、お願い」

 なんとか笑ってそう言うと、近衛騎士さんは「かしこまりました」と頷いて腕輪を操作していた。
 キースに貰った腕輪と原理は同じそうだなーと思いながらその様子をわたしはぼーっと見ていた。


「おや、イルーシャ姫ではありませんか」

 聞き覚えのある声がしたのでそちらに目をやると、いるはずのないハーメイ国王ギリングが赤ら顔をして立っていた。
 キースが飲み物に細工をしたって言ってたのに、なぜここに。

「──嘘」
「なにが嘘なのですかな」
「陛下、御酒は過ごされないようにお願いしますよ」
「ウィルローか、分かっておる。今は姫とおるのだ。邪魔をするな」

 ──ウィルローがなぜここに? それも、ギリング王と一緒に。

「はい、分かりました。ああ、邪魔者は一応排除しておきましたから、どうぞごゆっくり」

 わたしがその言葉に焦って辺りを見回すと、傍にいたはずの近衛騎士さんが見あたらない。

「なにを……」

 わたしが絞り出すように言うと、ウィルローはまたあの嫌な笑い方をしてその場から消えた。

 わたしは貰った腕輪を使ってキースを呼び出そうとしたけれど、その前にギリング王に腕を取られてしまった。

「あ、あの……っ」
「本当に予想以上ですな、姫。本当に美しい、顔もその体も」

 セクハラオヤジそのもののギリング王に手を撫でられて、わたしはぞっとして手を引こうとする。けれど、王の手は緩まない。

「離してくださいっ」

 ああ、もう最悪。
 頭は痛いし、目の前の王は気持ち悪いし。
 わたしの目に涙が溜まってきたのをなにを勘違いしたのか、ギリング王はさらに身を乗り出してきた。

「姫、恥ずかしがることはないのですぞ。ここには誰の目もないのですからな」

 誰が恥ずかしがるか!

「お願いですから、離してください!」

 渾身の力を込めて掴まれた手を引き戻そうとするけれど、逆にわたしはギリング王にがっちりと抱き締められてしまった。

 うわあああ、いやだああっ!

「ほお、なんと柔らかい。いや、想像以上のお体ですな」

 気持ち悪い、想像するなーっ!

 そう叫びたいけれど、わたしの体は生理的な嫌悪感からか、硬直して動けない。
 それをよいことに、国王はわたしのお尻や太腿を撫でまくる。

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

「や……め……っ」
「イルーシャ姫、ハーメイへ参られて、わしの妾妃になりませんかな。いくらでも贅沢し放題ですぞ」
「──それは、聞き捨てなりませんね、ハーメイ国王様」
「だ、誰だ!」

 ふいにハスキーな声が聞こえてきたことで、わたしはようやくギリング王から解放された。
 陰から騎士の正装をしたヒューが姿を現すと、ギリング王はその美貌に圧倒されたようで息を飲んだ。

「……ヒュー」

 わたしがそう言うと、なんだ男かとギリング王が呟いた。どこまでも失礼な奴だ。

「イルーシャ様はこの国の王族。そして、カディス国王陛下が王妃にと望まれている方です。そのような方を妾妃になどと失礼が過ぎます」
「既に男を知っている女を王妃にだと? 正気の沙汰とは思えんわ」

 ヒューの冷静な態度とは対照的に、ギリング王が狂ったように笑いだした。

「……それは国王陛下とイルーシャ様への侮辱と受け取ってよろしいのでしょうか」
「──なに?」

 ギリング王が気色ばむと、ヒューはその美貌に冷ややかな笑みを浮かべた。

「ガルディアはハーメイとは違います。我が国ではイルーシャ様が王妃となられるのになんの障害もないのですよ、ハーメイ国王様」
「……っ」

 ギリング王が言葉に詰まると、ヒューは更に言葉を継いだ。

「それだけでなく、イルーシャ様にこのような無礼な振る舞いをなさるとは、全く信じがたいですね。この目で見たからには、このことをカディス国王陛下に報告しなければなりません」

 カディスに報告すると言われたギリング王はちっと舌打ちした。

「……覚えていろっ」

 その悪役そのものの捨て台詞に、わたしは呆れる。
 ギリング王はわたしを振り返ると、ぎらぎらした目をして言った。

「姫、わしは諦めませんぞ」

 ……いや、お願いだからいい加減諦めてよ。
 ギリング王がようやく立ち去ると、ほっとしたわたしは目眩を覚えて倒れそうになった。

「イルーシャ様っ、大丈夫ですか!?」

 駆け寄ったヒューに支えられて、わたしはなんとか返事をする。

「大、丈夫……、ありがとう、ヒュー」
「しかし、イルーシャ様、相当具合がお悪いのでは?」

 心配そうにヒューが眉を寄せる。
 彼が本気でわたしを心配してくれているのが分かって、わたしは気が緩んで涙を流してしまった。

「イルーシャ様……」
「ご、ごめんね。安心したら、つい」

 ヒューが来てくれなかったら、わたしどうなってたんだろう。そう思うと今更ながら震えがきた。

 ──怖かった、怖かったよ。

 わたし、伝説の姫君らしくもっと毅然と振る舞えたらよかったのに。こんなところは、以前と変わらない肝心な時に気が小さい由希のままだ。

「謝らなくていいです。怖かったのでしょう? ……それはそうと、付いていた近衛はどうしました?」
「ギリング王についてたウィルロー……魔術師が、移動魔法でどこかに飛ばしたみたい」
「ウィルロー? ひょっとして以前魔術師団に所属していた、あのウィルローですか?」
「うん」

 わたしが頷くと、ヒューは何事か考える仕草をした。

「……ヒュー?」
「ああ、すみません。具合がお悪いのでしたね。少しの間失礼します」

 そう言うと、ヒューはわたしの膝の裏に手を当てて、わたしを抱き上げた。

「え……まさか、このまま会場に行かないよね?」

 披露目のパーティで具合を悪くしたなんて知られたくない。

「大丈夫です、このままここで待機していますから。そのうち誰か来るでしょう」
「でも、ヒュー……重くない?」

 誰か人が来るまで待機なんてつらそうだ。

「イルーシャ様は、軽いですよ。それに俺は鍛えていますから大丈夫です。……それはそうと、少し眠られるといいですよ」

 うーん、そこまでしたら悪いような気がするんだけど。意識のない人は重くなるって聞くし。

「……ヒューは優しいね」

 何気なく言ったら、ヒューが頬を染めた。
 ……ヒューも結構照れ屋だよね。

「べ、別に俺は優しくはないです」
「……優しいよ」

 赤くなるヒューがなんとなく微笑ましくて、わたしは小さく笑った。
 あ、具合悪いのもあって、本当に眠くなって来た。

 そう言えば、キースに貰った腕輪使い損ねちゃったな。後でキースに怒られるかな……。

「──それは、あなただからですよ」

 ヒュー、わたしだからって、どういうこと?
 そう聞きたいけど、うー、駄目だ。眠すぎる。

 ……あ、そうか、わたしが伝説の姫君だからだね。
 自分の中で納得する答えが出たところで、わたしの意識はそこで途切れた。
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