月読の塔の姫君

舘野寧依

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第三章:傾国の姫君

第27話 急変(4)

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 ハーメイ国王死亡の報を受けて、わたしはカディスの執務室に急いだ。
 カディスはどちらかというと夜型の人間なので朝は遅い。だけど、今日は既に起きてきていて、わたしが行ったときには執務室にはキースとヒューもいた。

「イルーシャ」
「あ、キース、おかえりなさい」

 トリア村はどうだったの? と聞こうとした途端、彼に腕を取られて抱きしめられた。

「君が襲われたこと聞いたよ。無事でよかった、イルーシャ」
「……キース、心配かけてごめんなさい」

 わたしがそう言うと、キースはわたしから体を離した。

「君にはどうしようもなかったことだろう? むしろ、魔術の気配に気づかなかった僕が悪い」

 顔をしかめて言うキースにわたしは首を横に振る。

「……そんなこと。キースはトリア村のことでそれどころじゃなかったでしょ? キースは全然悪くないよ」
「……しかし、敵はキースがトリア村に向かうのを見越して、ハーメイ国王をイルーシャの寝室に移動させたのか。なかなか姑息なことをするな」

 カディスがおもしろくなさそうな顔をして机に頬杖をつく。
 ハーメイ国王の名が出たことで、わたしは当初の目的を思い出した。

「あ、そうだ。ハーメイ国王が急死したって聞いたんだけど、死因はなんなの?」

 一瞬カディスは口ごもったけど、観念したらしく再び口を開いた。

「……早朝、見回りに行った騎士が発見したんだが、首を切断されていた。既に体は冷たくなっていたそうだ」

 わたしは思ってもいなかったギリング王の凄まじい死に方に息をのんだ。

「な、なんで?」
「遺体を調べたところ、首の後ろに呪いの痕があったらしいが」

 カディスの言葉を引き継いでキースが説明する。

「操りの呪いの紋があって、それを通して魔術を施行されたみたいだね」
「……遠隔操作みたいなもの?」
「そうだね。十中八九ウィルローの仕業だろうけど、ハーメイ国王は君への想いを体よくやつに利用されたってところかな」
「そう言えば、イルーシャ様が襲われたときにハーメイ国王は『ウィルローはなにをやっている』と言っていました」

 ヒューが思い返すようにこめかみに指を当てる。

「しかし、ほかの死因ならまだともかく、首を切るとは嫌なやつだな」
「え……なんで?」

 確かに嫌な死に方ではあるけど、わたしはカディスの言ってる意味が分からなくて首を傾げた。

「ハーメイに送り返すにしても首を切られた死体など、こちらが処刑したと言われるのが関の山だ。周辺諸国にもそのように触れ回るだろうな」

 うわ、なにその嫌らしいやり方。思わずわたしは眉を顰める。

「それに、ハーメイ国王が直前までこちらに国賓として滞在していたのもまずかったね。ハーメイに砦や村を襲われたと周辺諸国に説明しても、それもこちらの奸計かんけいと思われる確率が高い」
「周辺国に、ハーメイを侵略するための狂言だと思われるってこと?」
「そういうこと」

 こちらの被害を説明するにしても、全てが一日足らずの出来事では信じてもらうのは難しいってことか。でも、そんなの納得できないよ。こっちは実際に被害を受けてるのに。

「そういえば、トリア村はどうなったの?」
「とりあえず今は落ち着いてる。騎士団が到着した時は村人への暴行や略奪がひどかったけど、ハーメイ軍は追い返した」
「そこに、ウィルローはいた?」

 たぶんいなかったとは思うけど、一応確認してみる。

「いなかった。……初めからやつはこうするつもりだったんだろうね。今回はまんまとやられたよ」

 悔しそうにキースが言う。対決するつもりで行ったんだろうから、キースにしてみれば余計悔しいだろうなあ。

「君が襲われたって聞いたから、あとをブラッドレイに任せて僕はいったんこっちに戻ってきたけど、砦のこともあるからすぐに帰るつもりだよ」

 キースがこうも慌ただしいのは、たぶん、村の方もかなり被害を受けたんだろうな。わたしになにか出来ることがあればいいんだけど、過去視くらいしか取るところないんだよね。

「……忙しそうだね。過去視の訓練、かなり先になっちゃいそうかなあ」
「ああ、簡単なものなら今教えられるよ」

 え、本当!?
 キースから予想外の答えが返ってきて、わたしは一気に色めきたった。

「まず、なんでもいいからカードを用意して裏返した状態で自分に見えないようにめくる。……これは自分の反対側から見えるようにしてめくるといいね。で、それを反対側から見ている自分を心に思い浮かべる。そうしてるうちにだんだんカードの図柄を当てることが出来ると思うよ。……ざっと説明したけど、これで分かったかな?」

 わたしはキースの説明を反芻はんすうしてから頷いた。

「うん、分かった。反対側から見るつもりでカードをめくるんだね」
「うん、そう」
「ありがと、キース。早速今日から始めてみるね」

 わたしが両手の拳を握って言うと、キースはちょっと苦笑した。

「うん、頑張って。僕としては、あまり君にあの能力を使ってほしくないんだけど」

 ああ、またカディスに続いてキースにも言われちゃったよ。
 二人に無理矢理訓練をすること取り付けたけど、まだ渋ってるんだなあ。

「……イルーシャ様の能力はやっかいなものを見てしまうそうですね。だとしたら、わたしも使ってほしくはないですね」

 ううう、ヒューまで。

「でもわたし、この国の役に立ちたいんだよ。だっていろいろとお世話になりっぱなしなんだもん」
「そんなことはない」「そんなことはないよ」「そんなことはありません」

 うわ、三人同時に同じ答えが返ってきたよ。

「……そういえば、城内をうろうろしないって言ったのに、イルーシャ、早速破ったね」

 キースが笑顔で言うけど、目が笑ってない。

「ええっ、ここに来るのも駄目なの?」

 まさかこんな近くに来るのにも反対されるとは思わなくてわたしはびっくりした。

「駄目」
「俺は大歓迎だが」
「事情は分かりませんが、陛下の傍に近寄られるのは遠慮していただきたいですね」

 わたしの質問に三者三様の返事が返ってきた。

「ヒューイ、それは思い切り個人的な事情だろうが」
「先程陛下が大歓迎と言われたのも個人的事情かと思われますが」

 ……ちょっと、二人とも大人げないよ。

「あーもう、喧嘩しないでよ。分かったよ、部屋でおとなしくしてるよ」
「うん、そうして」

 多数決に従ったわたしの答えに、カディスは目に見えてがっかりしていた。

「では、俺がおまえの部屋を訪ねるということでいいな?」

 うーん、カディスとしては折衷案なんだろうな、これ。……でもなんかずれてる気が。


「カディス、仕事して」

 冷たくあしらったら、今度こそカディスがいじけた。ちょっと、いい大人がみっともないよ。



「うーん、うまくいかないもんだねー……」

 部屋に戻ったわたしは、シェリーにタロットに似たカードを持ってきてもらって、早速過去視の訓練を始めた。
 裏返したカードをめくってみるけど、つい、目の前の模様を凝視してしまって反対側から見る、という意識付けが出来ないでいる。

 ああ、目を開けているからいけないのか。今度は目を瞑ってカードをめくってみる。

「うー……」

 カードの反対側、反対側。……うん、やっぱり分からない。

 うう、力みすぎて、なんだか頭が痛くなってきた。
 わたしは痛むこめかみを軽く揉むと、長椅子に座ったまま延びをした。

 そういえば、過去視が発現するのはいつも寝てるときなんだよね。とすると、リラックスしてる状態の方がいいのかもしれない。
 わたしはユーニスにもらったサシェを寝室から持ち出して、目の前のテーブルに置く。
 うん、ここからでも充分香りは届く。

 わたしは肘掛けにもたれてリラックスした状態で、カードをめくって目を瞑る。
 反対側、反対側、反対側……。
 昨日変な時間に寝たり起きたりしたのがいけなかったのか、そうしてるうちにわたしはだんだん眠くなってしまった。
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