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第三章:傾国の姫君
第31話 慰問
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梁にロープを通して一人の女の子が首を吊っている。
嘘、まさか……っ。
虚ろな瞳をして、歯の間から舌が少し出ているその顔は。
──リューシャ!
叫び出しそうになるのを堪えて、わたしは目を開ける。
わたしはいてもたってもいられなくて、キースを呼び出す。それほど時間もかからず移動してきたキースが、わたしの寝間着姿を見て溜息をついた。
「イルーシャ、君はまたそんな格好で」
キースがマントを外そうとするのをわたしは手で制す。
わたしは涙の流れるままにキースに訴えた。
「……キース、トリア村の厩で首を吊っている女の子がいるの。早く降ろしてあげて」
キースは一瞬瞳を見開くと、やがて全てを理解したように頷いた。
「……分かった。夜も遅いから、イルーシャは寝てて」
キースはそういい残してこの場から消えた。
リューシャが自殺したのは、わたしのせいだ。わたしがハーメイ国王の妾妃になるのを拒んだからあんな酷い目に遭った。
ヒルトリア砦にいた人が亡くなったのもわたしのせい。
わたしは再びベッドに沈んでしばらく泣いていたけれど、涙を掌で拭って控えているはずのリイナさんを呼び出した。
あれから慌ててドレスに着替えたわたしはカディスの執務室にいた。……カディスがまだ起きててくれて本当に助かった。
「イルーシャ、こんな夜遅くにどうした。それにキースから部屋から出るなと言われていただろう」
カディスはわたしを見るなり、少し驚いたように言う。
「……あのね、カディス。わたし、明日の朝トリア村とヒルトリア砦に慰問に行きたい」
「いきなりなにを言っている。この時期におまえが外に出るなど到底許可できない」
「無理を言っているのは分かってるよ。でもお願い、トリア村だけでもいいから行かせて。わたしのせいで酷い目にあった人がいるのに、わたしだけのうのうと安全なところにいるだなんて嫌だよ」
ぱたぱたと涙をこぼすわたしに、カディスが狼狽する。
「それでも駄目だ。おまえが村に行ったら、村人に罵倒されるかもしれないんだぞ、それでもいいのか」
「そんなの覚悟してるよ。カディスお願い、トリア村に行けるんだったら、本当にしばらくおとなしくしてるから」
願いを込めてカディスを泣きながら見つめていると、やがてカディスが溜息をついた。
「……俺もキースにどやされそうだな」
「! カディス!」
それは許可してくれたってことだよね!?
「……ただし、キースに同行してもらえ。俺も付いていきたいが、生憎俺はここを離れられないからな」
「うん、わかった。ありがとう、カディス」
わたしは泣き笑いをしながらカディスに頭を下げる。
「おまえは俺に頭など下げるな。調子が狂ってかなわん」
カディスがそっぽを向いて言う。その頬が少し赤い。……ひょっとして、カディス照れてる?
「うん、カディス」
「……しかし、こんなにいきなりおまえが言い出すということは、また過去視でなにか見たのか」
「うん、そうだけど。ごめんね、詳細はあまり言いたくない」
「なんだそれは」
案の定カディスが訳が分からないというように顔をしかめる。
でも、一人の女の子の尊厳がかかってるから、男性であるカディスにはあまり言いたくないんだよね。
「これはわたしのわがままになっちゃうけど……、本当にごめんね」
「本当にわがままだな。それを許してしまう、俺も俺だが。……イルーシャ、明日の朝行くのだろう、もう寝ろ」
「うん、カディスありがと。おやすみなさい」
「ああ」
わたしはカディスに挨拶をすると、自分の部屋に戻った。
翌朝。わたしはキースと一緒にカディスの執務室にいた。
「こんな時に国境付近の村に向かうなんて、本当に君はわがままだね。……まあ、王命だから従うけど」
キースが少し機嫌悪そうにそう言う。
う、昨夜遅く呼び出して、それからも忙しかっただろうに、早朝に呼び出しちゃって本当に申し訳ない。
「い、いろいろとごめんね、キース」
「別にいいよ。……ああ、そうだ。昨夜の件は魔術師団で処理したから」
「キースありがとう」
わたしはそれを聞いてほっとした。ブラッド絡みじゃなくてよかった。リューシャもたぶんあの姿を彼に見られたくないだろうから。
「……昨夜の件とはなんだ」
「戻ったら報告するよ。……じゃあ、イルーシャ行こう」
「うん」
わたしが頷くと、キースとわたしはトリア村へと移動した。
──のどかな村。それが実際にこの地を踏んだわたしの感想だ。
こんな村であんな酷いことがあったなんて、信じられない。
ただ、燃えた家の跡や、破壊された家屋が所々残っていて、それが唯一この地がハーメイに襲われたということを私に伝えていた。
キースの魔法で、まず駐屯地に移動したわたしは、ブラッドに声をかけられた。
「イルーシャ様、来られてすぐにこんなことを言うのはなんですが、ここに来るのは無謀です。すぐにお帰りください」
意外にもうるさくなさそうなブラッドにいきなり怒られた。……ふざけてそうに見えるけど、仕事関係には至極真面目らしい。
「カディスには許可は取ってあるよ。……なんと言われようとわたしは帰らないからね」
「ブラッドレイ、僕も君の意見に賛成だけど、ここはわがまま姫の言うとおりにしてほしい」
「わがまま姫って、キース酷い」
「あれだけ言ってるのに聞かないんだから、わがままだろう?」
うう、それを言われたらなにも言えない。
「う、それは……、ごめんなさい」
わたし今日はキースに謝り通しだ。
そんなわたし達をブラッドは笑って見ていたけど、心の中ではなにを考えているか分からないようなそんな目をしていた。
……ブラッドも昨日告白された娘が亡くなったんだもの、それは複雑だろうな。
わたしは彼になんと言っていいか分からずにブラッドから目を外す。
「ね、まず村長の家に向かった方がいいかな」
「そうだね、その後は今回の犠牲者の墓参りでいい?」
「……ねえ、犠牲者の家に行くのは駄目?」
「駄目だよ。君は王族なんだよ? そんな身分の者が気軽に民家に立ち寄っては駄目だ」
うー、無駄に高いわたしの身分って面倒だ。
「分かったよ、それはなしでいい」
彼の案で妥協してわたしが頷くと、キースが魔術師団の人を数名とブラッドを連れて、村長の家の前まで移動した。
魔術師団の人が村長の家に取り次ぎに入っていくと、村長と思わしきおじいさんが転がるように慌てて出てきた。
「こ、これはイルーシャ姫様、こんな辺鄙な村までお越しくださるとは、この歳まで生きてきてこんなに嬉しかったことはございませんっ」
……なにかよく分からないけど、ものすごく感激されているみたいだ。
そうこうするうちに、わらわらと村長の家から人が出てきた。
「本当にイルーシャ姫様だ……」
「まあ、本当にお美しくていらっしゃる」
「イルーシャひめさま、きれーいっ」
その騒ぎを聞きつけたのか、各家から人が出てくる。
「なに、あのすごい美人」
「ま、まさか、イルーシャ姫様じゃ?」
「俺、絵姿見たことあるぞっ。間違いなくイルーシャ姫様だ!」
「えええっ」
「イ、イルーシャ姫様、トリア村にいらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませーっ」
えええ、なにこの歓迎ぶり。
てっきり罵倒されるとばかり思ってたので、わたしは戸惑うというか逆に居心地が悪かった。
「あ、あの……」
とにかくなにか話さなきゃ。そう思って口を開いたそのときだった。
いきなりわたしに向かって石が飛んできて、それをキースが魔法ではじいた。ブラッドもキースと一緒に前に出てわたしを守る。
「出ていけ!」
怒鳴る子供の声に目を向けると、それは見覚えのある子だった。
「アデル! イルーシャ姫様になんてことを!」
村の男の人が怒鳴っても、その子は意に介せずにわたしを睨みつけていた。
アデル。リューシャの弟だ。
「リューシャ姉ちゃんは、おまえのせいで死んだんだ! 村から出てけ、出てけよ!」
そう言いながら、アデルは泣きそうだった。
アデルはわたしのせいでひとりぼっちになっちゃったんだ。これはきわめて真っ当な怒り。
「……アデル、ごめんね」
わたしの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「……ごめんなさい」
わたしがアデルに頭を下げると、周囲から驚きの声が起こる。
「イルーシャ姫様!」
「イルーシャ、身分の高い君が頭を下げてはいけない」
キースに怒られたけど、わたしは頭を下げたままでいた。
こんなことしても、リューシャは戻ってこないし、アデルの怒りが治まることはないのは分かってる。でも、一人の人間として、アデルには、ううん、村の人達にはきちんと謝っておきたかった。
わたしは一度顔を上げると、集まってきていた村の人たちに向けて頭を下げた。
「わたしのせいで、村に迷惑をかけてしまって本当にごめんなさい」
「……イルーシャ姫様……」
「ひ、姫様、恐れ多い。頭をお上げください」
村長さんが慌てて言うけど、わたしは頭を下げたままだった。……わたしにはこんなことしかできなくて歯痒い。わたしがこの村にできることはないんだろうか。
「なんだよ、そんなことしたって俺は騙されないからな!」
その叫びに振り返ると、アデルがその場を走り去るところだった。
「……アデル……」
少し寂しいけど、許されないのは仕方ない。これはわたしの罪だ。
「誠に申し訳ございません。あの子は姉を昨夜亡くしまして気が立っているのです。どうかお許しください」
「いいえ、彼の怒りは正当なものです。許すも許さないもありません」
「……イルーシャ姫様……」
村長さんが驚いたようにわたしを見る。
「それはそうと、今回の犠牲者の墓前に案内してほしいのだが」
あ、キースの国政での公的な話し方ってこんなのなんだ。ちょっとカディスに似てるかも。
「あ、はい、こちらです」
村人にそれぞれの家に帰るように指示すると、村長さんはわたし達を村の墓地に案内してくれた。
この村では村長さんの家を除く人々は集団で埋葬されるらしい。
わたしは魔術師団で用意してくれていた花束を新しく土が盛り上がったところに置いていく。思っていたよりもその数は多くて、わたしは気が滅入りそうだった。
「リューシャのお墓はどこですか?」
「はい、一番奥にあります」
なんでリューシャだけこんな離れた場所に? それに、日当たりの悪そうな場所だ。ちょっとじめじめしてそう。
わたしがそう言うと、村長さんは少し苦い顔をした。
「あの娘は自ら命を絶ったのでこんな場所になってしまったんです。かわいそうですが仕方ありません」
この村にとって自殺者は厄介者扱いなのか。あんなに可愛かった彼女にはふさわしい場所とは思えない。これじゃアデルも憤るだろう。
わたしは涙が出そうになるのを堪えて、彼女の墓前まで歩いていく。すると、既にその場所には花束が置かれていた。
誰だろうと思ったけれど、たぶんブラッドのような気がした。
わたしはリューシャのお墓に花を供えると、その場にひざまずく。
「イルーシャ姫様!」
村長さんはわたしの行動に心底驚いたらしくて、悲鳴のような声を上げたけれど、やがて黙り込んだ。
わたしは指を組んで祈りを捧げる。静寂だけが支配する中で、わたしは知らず涙を流していた。
若くして亡くなったリューシャ。わたしが目覚めなければもっと幸せな未来が待っていただろうに。
だから、どうか。神様お願いです。
「どうか幸せな来世を」
かなり長い間、わたしはその場で祈っていた。けれどその間、誰も声を発することはなかった。
嘘、まさか……っ。
虚ろな瞳をして、歯の間から舌が少し出ているその顔は。
──リューシャ!
叫び出しそうになるのを堪えて、わたしは目を開ける。
わたしはいてもたってもいられなくて、キースを呼び出す。それほど時間もかからず移動してきたキースが、わたしの寝間着姿を見て溜息をついた。
「イルーシャ、君はまたそんな格好で」
キースがマントを外そうとするのをわたしは手で制す。
わたしは涙の流れるままにキースに訴えた。
「……キース、トリア村の厩で首を吊っている女の子がいるの。早く降ろしてあげて」
キースは一瞬瞳を見開くと、やがて全てを理解したように頷いた。
「……分かった。夜も遅いから、イルーシャは寝てて」
キースはそういい残してこの場から消えた。
リューシャが自殺したのは、わたしのせいだ。わたしがハーメイ国王の妾妃になるのを拒んだからあんな酷い目に遭った。
ヒルトリア砦にいた人が亡くなったのもわたしのせい。
わたしは再びベッドに沈んでしばらく泣いていたけれど、涙を掌で拭って控えているはずのリイナさんを呼び出した。
あれから慌ててドレスに着替えたわたしはカディスの執務室にいた。……カディスがまだ起きててくれて本当に助かった。
「イルーシャ、こんな夜遅くにどうした。それにキースから部屋から出るなと言われていただろう」
カディスはわたしを見るなり、少し驚いたように言う。
「……あのね、カディス。わたし、明日の朝トリア村とヒルトリア砦に慰問に行きたい」
「いきなりなにを言っている。この時期におまえが外に出るなど到底許可できない」
「無理を言っているのは分かってるよ。でもお願い、トリア村だけでもいいから行かせて。わたしのせいで酷い目にあった人がいるのに、わたしだけのうのうと安全なところにいるだなんて嫌だよ」
ぱたぱたと涙をこぼすわたしに、カディスが狼狽する。
「それでも駄目だ。おまえが村に行ったら、村人に罵倒されるかもしれないんだぞ、それでもいいのか」
「そんなの覚悟してるよ。カディスお願い、トリア村に行けるんだったら、本当にしばらくおとなしくしてるから」
願いを込めてカディスを泣きながら見つめていると、やがてカディスが溜息をついた。
「……俺もキースにどやされそうだな」
「! カディス!」
それは許可してくれたってことだよね!?
「……ただし、キースに同行してもらえ。俺も付いていきたいが、生憎俺はここを離れられないからな」
「うん、わかった。ありがとう、カディス」
わたしは泣き笑いをしながらカディスに頭を下げる。
「おまえは俺に頭など下げるな。調子が狂ってかなわん」
カディスがそっぽを向いて言う。その頬が少し赤い。……ひょっとして、カディス照れてる?
「うん、カディス」
「……しかし、こんなにいきなりおまえが言い出すということは、また過去視でなにか見たのか」
「うん、そうだけど。ごめんね、詳細はあまり言いたくない」
「なんだそれは」
案の定カディスが訳が分からないというように顔をしかめる。
でも、一人の女の子の尊厳がかかってるから、男性であるカディスにはあまり言いたくないんだよね。
「これはわたしのわがままになっちゃうけど……、本当にごめんね」
「本当にわがままだな。それを許してしまう、俺も俺だが。……イルーシャ、明日の朝行くのだろう、もう寝ろ」
「うん、カディスありがと。おやすみなさい」
「ああ」
わたしはカディスに挨拶をすると、自分の部屋に戻った。
翌朝。わたしはキースと一緒にカディスの執務室にいた。
「こんな時に国境付近の村に向かうなんて、本当に君はわがままだね。……まあ、王命だから従うけど」
キースが少し機嫌悪そうにそう言う。
う、昨夜遅く呼び出して、それからも忙しかっただろうに、早朝に呼び出しちゃって本当に申し訳ない。
「い、いろいろとごめんね、キース」
「別にいいよ。……ああ、そうだ。昨夜の件は魔術師団で処理したから」
「キースありがとう」
わたしはそれを聞いてほっとした。ブラッド絡みじゃなくてよかった。リューシャもたぶんあの姿を彼に見られたくないだろうから。
「……昨夜の件とはなんだ」
「戻ったら報告するよ。……じゃあ、イルーシャ行こう」
「うん」
わたしが頷くと、キースとわたしはトリア村へと移動した。
──のどかな村。それが実際にこの地を踏んだわたしの感想だ。
こんな村であんな酷いことがあったなんて、信じられない。
ただ、燃えた家の跡や、破壊された家屋が所々残っていて、それが唯一この地がハーメイに襲われたということを私に伝えていた。
キースの魔法で、まず駐屯地に移動したわたしは、ブラッドに声をかけられた。
「イルーシャ様、来られてすぐにこんなことを言うのはなんですが、ここに来るのは無謀です。すぐにお帰りください」
意外にもうるさくなさそうなブラッドにいきなり怒られた。……ふざけてそうに見えるけど、仕事関係には至極真面目らしい。
「カディスには許可は取ってあるよ。……なんと言われようとわたしは帰らないからね」
「ブラッドレイ、僕も君の意見に賛成だけど、ここはわがまま姫の言うとおりにしてほしい」
「わがまま姫って、キース酷い」
「あれだけ言ってるのに聞かないんだから、わがままだろう?」
うう、それを言われたらなにも言えない。
「う、それは……、ごめんなさい」
わたし今日はキースに謝り通しだ。
そんなわたし達をブラッドは笑って見ていたけど、心の中ではなにを考えているか分からないようなそんな目をしていた。
……ブラッドも昨日告白された娘が亡くなったんだもの、それは複雑だろうな。
わたしは彼になんと言っていいか分からずにブラッドから目を外す。
「ね、まず村長の家に向かった方がいいかな」
「そうだね、その後は今回の犠牲者の墓参りでいい?」
「……ねえ、犠牲者の家に行くのは駄目?」
「駄目だよ。君は王族なんだよ? そんな身分の者が気軽に民家に立ち寄っては駄目だ」
うー、無駄に高いわたしの身分って面倒だ。
「分かったよ、それはなしでいい」
彼の案で妥協してわたしが頷くと、キースが魔術師団の人を数名とブラッドを連れて、村長の家の前まで移動した。
魔術師団の人が村長の家に取り次ぎに入っていくと、村長と思わしきおじいさんが転がるように慌てて出てきた。
「こ、これはイルーシャ姫様、こんな辺鄙な村までお越しくださるとは、この歳まで生きてきてこんなに嬉しかったことはございませんっ」
……なにかよく分からないけど、ものすごく感激されているみたいだ。
そうこうするうちに、わらわらと村長の家から人が出てきた。
「本当にイルーシャ姫様だ……」
「まあ、本当にお美しくていらっしゃる」
「イルーシャひめさま、きれーいっ」
その騒ぎを聞きつけたのか、各家から人が出てくる。
「なに、あのすごい美人」
「ま、まさか、イルーシャ姫様じゃ?」
「俺、絵姿見たことあるぞっ。間違いなくイルーシャ姫様だ!」
「えええっ」
「イ、イルーシャ姫様、トリア村にいらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませーっ」
えええ、なにこの歓迎ぶり。
てっきり罵倒されるとばかり思ってたので、わたしは戸惑うというか逆に居心地が悪かった。
「あ、あの……」
とにかくなにか話さなきゃ。そう思って口を開いたそのときだった。
いきなりわたしに向かって石が飛んできて、それをキースが魔法ではじいた。ブラッドもキースと一緒に前に出てわたしを守る。
「出ていけ!」
怒鳴る子供の声に目を向けると、それは見覚えのある子だった。
「アデル! イルーシャ姫様になんてことを!」
村の男の人が怒鳴っても、その子は意に介せずにわたしを睨みつけていた。
アデル。リューシャの弟だ。
「リューシャ姉ちゃんは、おまえのせいで死んだんだ! 村から出てけ、出てけよ!」
そう言いながら、アデルは泣きそうだった。
アデルはわたしのせいでひとりぼっちになっちゃったんだ。これはきわめて真っ当な怒り。
「……アデル、ごめんね」
わたしの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「……ごめんなさい」
わたしがアデルに頭を下げると、周囲から驚きの声が起こる。
「イルーシャ姫様!」
「イルーシャ、身分の高い君が頭を下げてはいけない」
キースに怒られたけど、わたしは頭を下げたままでいた。
こんなことしても、リューシャは戻ってこないし、アデルの怒りが治まることはないのは分かってる。でも、一人の人間として、アデルには、ううん、村の人達にはきちんと謝っておきたかった。
わたしは一度顔を上げると、集まってきていた村の人たちに向けて頭を下げた。
「わたしのせいで、村に迷惑をかけてしまって本当にごめんなさい」
「……イルーシャ姫様……」
「ひ、姫様、恐れ多い。頭をお上げください」
村長さんが慌てて言うけど、わたしは頭を下げたままだった。……わたしにはこんなことしかできなくて歯痒い。わたしがこの村にできることはないんだろうか。
「なんだよ、そんなことしたって俺は騙されないからな!」
その叫びに振り返ると、アデルがその場を走り去るところだった。
「……アデル……」
少し寂しいけど、許されないのは仕方ない。これはわたしの罪だ。
「誠に申し訳ございません。あの子は姉を昨夜亡くしまして気が立っているのです。どうかお許しください」
「いいえ、彼の怒りは正当なものです。許すも許さないもありません」
「……イルーシャ姫様……」
村長さんが驚いたようにわたしを見る。
「それはそうと、今回の犠牲者の墓前に案内してほしいのだが」
あ、キースの国政での公的な話し方ってこんなのなんだ。ちょっとカディスに似てるかも。
「あ、はい、こちらです」
村人にそれぞれの家に帰るように指示すると、村長さんはわたし達を村の墓地に案内してくれた。
この村では村長さんの家を除く人々は集団で埋葬されるらしい。
わたしは魔術師団で用意してくれていた花束を新しく土が盛り上がったところに置いていく。思っていたよりもその数は多くて、わたしは気が滅入りそうだった。
「リューシャのお墓はどこですか?」
「はい、一番奥にあります」
なんでリューシャだけこんな離れた場所に? それに、日当たりの悪そうな場所だ。ちょっとじめじめしてそう。
わたしがそう言うと、村長さんは少し苦い顔をした。
「あの娘は自ら命を絶ったのでこんな場所になってしまったんです。かわいそうですが仕方ありません」
この村にとって自殺者は厄介者扱いなのか。あんなに可愛かった彼女にはふさわしい場所とは思えない。これじゃアデルも憤るだろう。
わたしは涙が出そうになるのを堪えて、彼女の墓前まで歩いていく。すると、既にその場所には花束が置かれていた。
誰だろうと思ったけれど、たぶんブラッドのような気がした。
わたしはリューシャのお墓に花を供えると、その場にひざまずく。
「イルーシャ姫様!」
村長さんはわたしの行動に心底驚いたらしくて、悲鳴のような声を上げたけれど、やがて黙り込んだ。
わたしは指を組んで祈りを捧げる。静寂だけが支配する中で、わたしは知らず涙を流していた。
若くして亡くなったリューシャ。わたしが目覚めなければもっと幸せな未来が待っていただろうに。
だから、どうか。神様お願いです。
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