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第三章:傾国の姫君
第34話 敵地への召喚
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「どうやら召喚は成功したようですね」
どこかで聞いたような声がして、わたしはそちらを向く。
「ウィルロー!」
わたしは信じられない事実に愕然とした。ウィルローがいるということは、きっとここはハーメイ城だ。
まんまと敵地に召喚なんてされる羽目になってしまったわたしは、歯ぎしりしたい気持ちでいっぱいだった。返す返す、さっきキースを呼び出すのをためらってしまったことが悔やまれる。
わたしが召喚されたのは、赤い絨毯が敷かれた重厚な広々とした広間。たぶん謁見の間なんだろう。
王座には淡い金髪に茶がかった緑の瞳の端正な顔をした穏やかそうな人物が座っている。
ただし、私を喚びだしたのがこの人物ならただそう見えるというだけだろう。
「イルーシャ姫、ようこそハーメイへ。お初にお目にかかります。わたしはハーメイ国王、ロアディールです」
──ロアディール。以前、カディスが言っていた王太子だ。
ギリング王にはあまり似ていない。たぶん母親似なんだろう。
「わたしを妾妃にって言っていたギリング王は亡くなったじゃない。だとしたら、わたしに用はないはずでしょ。今すぐわたしを帰してっ」
わたしは目の前の二人を挑戦的に睨みつけて言った。
ギリング王の時は、わたしに執着する理由にまだ納得がいったけれど、この新王の場合は全く予想がつかない。
わたしの厳しい視線にも意に介さず、ウィルローは肩を竦めて言った。
「馬鹿なことをおっしゃいますね。せっかく喚び出したのに帰す訳がないでしょう。それに、ロアディール様があなたを喚ぶことを望んだんですよ」
「なぜ、わたしを?」
ロアディール王が喚びだした理由が分からずにわたしは眉をひそめる。その様子がおかしかったのか、ロアディール王がくすくす笑う。
「ガルディアの重要人物達に求婚されているというあなたをぜひこの目で拝見したかったのですよ、姫」
そこまで知っていて、ただわたしを見たかったなんて理由でこんな愚にもつかないことをするなんて信じられない。
もしかしたら、わたしが一般的な姫のような性格であると勘違いされているなら、ここは是非ともわたしに対する認識を改めてもらう必要があるのかもしれない。
「……言っておくけど、わたしはたおやかな姫じゃないわよ」
「その点はウィルローから聞いています。伝説の姫君は、がさつで口が悪い、でしょう?」
それが分かってて、わたしを喚びだすってどういうこと?
わたしは不信気に目の前のロアディール王を見返す。それに対して、彼はにっこりと人好きのするような笑みを浮かべた。
「けれども、それを差し引いても充分すぎるほど美しい。あなたはとても魅力的ですよ、イルーシャ姫」
「それはどうも、と言いたいところだけど、わたし容姿だけを褒められるのは好きじゃないの」
なんかその言い方だと、おまえのいいところはその容姿だけだと喧嘩を売られてるような気がするんだよね。まあ、わたしは自分の性格がいいとは思ってはいないけど、それでもこの王の言い方はムカつく。
「お気に触ったのなら失礼。姫君はお気の強い方のようですね」
おかしそうにロアディール王が口に手を当てて笑いを堪えている。
「ええ、そうですね。わたしを見て満足したなら、とっととガルディアに帰して。今ならまだ先の所業はギリング王のせいということで説明がつくはずだわ。……ただし、それなりに賠償責任は出てくるだろうけど」
砦や、トリア村の被害は相当なものだ。ハーメイ側がなんの責任も取らずに済むということはありえないだろう。第一、カディスがそれを許すとも思えない。
「賠償責任ですか。そんなことを言う姫は初めてです。あなたはおもしろい方ですね。実際にあなたにお会いして、余計に帰したくなくなりましたよ」
帰したくないって、冗談じゃない! こいつに、なにをされるのかも分からないのに。
それにわたしが戻らないことで、ガルディア側にも迷惑がきっとかかっている。大事になる前にわたしは帰らなくちゃいけない。
「なに言ってるの? うぬぼれる訳じゃないけれど、わたしは伝説の姫君としての価値だけはあるわ。それをカディス……ガルディアの国王が易々と見逃すはずはない。あなたはこの国を滅ぼす気なの?」
「ガルディアに攻め込まれたならば、その時はその時でなんとかします。わたしはあなたに興味がある。ですからこの国が戦火に巻き込まれようとあなたは帰しません」
「単なる興味で、国民を犠牲にしてもいいってことなの? ……あなた、おかしいわよ!」
なんなの、こいつ。
イザトさんは、ロアディールは思慮深いと言っていたけど、とてもそうは思えない。被害に遭うだろう国民のことを考えない自分勝手な人間だ。
「それでも簡単にはやられはしませんよ。もしガルディアが我が国に攻め込んだら、先の王の死を含めて、周辺諸国はそれをかの国の侵略行為と取るでしょうしね」
こともなげにウィルローが言う。そもそも企んだのはそっちじゃないか。
「よく言うわよ、ウィルロー。あなたがギリング王を殺したんじゃない。王の首の後ろに操りの呪いの紋があったって聞いたわよ」
「それでもそれを証拠とするのは弱いですよ。周辺諸国にきちんと説明できる確たる証拠がなにかあるんですか?」
そう言われて、わたしは黙ってしまう。
わたしは過去視でウィルローがギリング王を殺したところを見たけど、そんなのわたしの妄想だと言われてしまえばそれで終わってしまう可能性が高い。
唯一の能力の証明もできないわたしにはできることがない。まったくの役立たずだ。
それどころか、自分のせいでガルディアの評判が落ちるかもしれないと知って、わたしは唇を噛んで俯いた。
「まあ、そう気を落とさないでください、姫。我が城に滞在中はゆったりとなさってください」
……この状況でどうやってゆったりしろと? わたしは目の前の王を睨んだ。
「わたしの処遇もどうなるか分からないのに、それは無理でしょ、ロアディール王」
「どうぞ、ロアディールとお呼びください。あなたの扱いは悪いようにはしませんよ。無体な真似もするつもりもありませんからその点は安心してください」
ロアディールのこの言葉には、先のギリング王の件もあったからわたしは驚いた。
わたしが信じられない気持ちでロアディールをじっと見つめると、彼はくすくすと笑った。
「信じられないというような顔ですね。しかし、わたしは先の王とは違いますから」
「どうだか」
自国民を犠牲にしてもいいと平気で言うような人物の言葉なんて信じられないよ。
「あなたがどうしてもわたしに手を出してほしいと言われるなら、わたしも考え直しますが」
「そんなこと、言うわけないでしょ!」
冗談めかして言われた言葉に、わたしは慌てて首を振る。もし気が変わられたりしたらすごく困る!
「あなたは本当におもしろい方ですね」
くうっ、完全におもしろがられている。く、悔しい。
ともあれ、彼の言葉を信じるなら、身の危険がないことだけは助かった。
わたしが少しだけほっとしていると、ウィルローが余計なことをのたまった。
「ロアディール様、せっかく伝説の姫君を召喚したのにお手をつけないとはどういうことですか。王を含むガルディアの重要人物達を虜にしている姫ですよ。それではわたしが喚びだした意味がありません」
ちょっと、その点だけは穏便に済ませそうだったのに、変なこと焚き付けないでよ!
「ウィルロー、わたしは姫と実際に会って、こうして話すことができるだけでも満足だ。それに姫には無理強いをしたくない」
「あなた様までこの姫の求婚者達のようなことを言われるとは。この後、国の状況は厳しくなります。その前に汚してしまったらよろしいのです」
ウィルローの冷たい視線とその言葉の内容に、わたしはびくりと震えた。
──怖い。
ウィルローのわたしに対する悪意。それに底知れぬ恐怖を感じた。
キースへの対抗心もあるんだろうけど、もしかしたらガルディアという国自体への憤懣があるのかもしれない。
「くどいぞ、ウィルロー。わたしにはその気はない。このことは姫の前で二度と口にするな」
「……かしこまりました。それではわたしはこれでひとまず失礼します」
未だ不満げにわたしを見やると、ウィルローは魔法でどこかへ移動した。
「……まったくあいつは。姫、失礼しました。普段はとても有能な男なのですが」
「……有能であろうとなかろうと、平気で人を切り刻むような人間は好きになれないから」
ウィルローがヒルトリア砦でガルディア兵にした行為は忘れたくてもそう簡単にできるもんじゃない。
わたしは敵愾心を露わにしながら、ロアディールの言葉を否定する。
「姫の耳にはそんなことまで入っておられましたか。できれば姫には知られたくはなかったですが、残念なことです」
──よくも、いけしゃあしゃあと。
命じたのはギリング王だけれど、それでもロアディールに全く責任がなかったわけじゃないだろう。王太子という立場にいた彼なら、ギリング王を諫めることは可能だったはずなのだから。
やっぱり、この人物は好きになれない。
わたしは目の前の優しげな顔立ちのロアディールを無言で睨みつけながら、この先に起こるであろう戦争の予感に気が滅入りそうになる自分を無理矢理奮い立たせていた。
どこかで聞いたような声がして、わたしはそちらを向く。
「ウィルロー!」
わたしは信じられない事実に愕然とした。ウィルローがいるということは、きっとここはハーメイ城だ。
まんまと敵地に召喚なんてされる羽目になってしまったわたしは、歯ぎしりしたい気持ちでいっぱいだった。返す返す、さっきキースを呼び出すのをためらってしまったことが悔やまれる。
わたしが召喚されたのは、赤い絨毯が敷かれた重厚な広々とした広間。たぶん謁見の間なんだろう。
王座には淡い金髪に茶がかった緑の瞳の端正な顔をした穏やかそうな人物が座っている。
ただし、私を喚びだしたのがこの人物ならただそう見えるというだけだろう。
「イルーシャ姫、ようこそハーメイへ。お初にお目にかかります。わたしはハーメイ国王、ロアディールです」
──ロアディール。以前、カディスが言っていた王太子だ。
ギリング王にはあまり似ていない。たぶん母親似なんだろう。
「わたしを妾妃にって言っていたギリング王は亡くなったじゃない。だとしたら、わたしに用はないはずでしょ。今すぐわたしを帰してっ」
わたしは目の前の二人を挑戦的に睨みつけて言った。
ギリング王の時は、わたしに執着する理由にまだ納得がいったけれど、この新王の場合は全く予想がつかない。
わたしの厳しい視線にも意に介さず、ウィルローは肩を竦めて言った。
「馬鹿なことをおっしゃいますね。せっかく喚び出したのに帰す訳がないでしょう。それに、ロアディール様があなたを喚ぶことを望んだんですよ」
「なぜ、わたしを?」
ロアディール王が喚びだした理由が分からずにわたしは眉をひそめる。その様子がおかしかったのか、ロアディール王がくすくす笑う。
「ガルディアの重要人物達に求婚されているというあなたをぜひこの目で拝見したかったのですよ、姫」
そこまで知っていて、ただわたしを見たかったなんて理由でこんな愚にもつかないことをするなんて信じられない。
もしかしたら、わたしが一般的な姫のような性格であると勘違いされているなら、ここは是非ともわたしに対する認識を改めてもらう必要があるのかもしれない。
「……言っておくけど、わたしはたおやかな姫じゃないわよ」
「その点はウィルローから聞いています。伝説の姫君は、がさつで口が悪い、でしょう?」
それが分かってて、わたしを喚びだすってどういうこと?
わたしは不信気に目の前のロアディール王を見返す。それに対して、彼はにっこりと人好きのするような笑みを浮かべた。
「けれども、それを差し引いても充分すぎるほど美しい。あなたはとても魅力的ですよ、イルーシャ姫」
「それはどうも、と言いたいところだけど、わたし容姿だけを褒められるのは好きじゃないの」
なんかその言い方だと、おまえのいいところはその容姿だけだと喧嘩を売られてるような気がするんだよね。まあ、わたしは自分の性格がいいとは思ってはいないけど、それでもこの王の言い方はムカつく。
「お気に触ったのなら失礼。姫君はお気の強い方のようですね」
おかしそうにロアディール王が口に手を当てて笑いを堪えている。
「ええ、そうですね。わたしを見て満足したなら、とっととガルディアに帰して。今ならまだ先の所業はギリング王のせいということで説明がつくはずだわ。……ただし、それなりに賠償責任は出てくるだろうけど」
砦や、トリア村の被害は相当なものだ。ハーメイ側がなんの責任も取らずに済むということはありえないだろう。第一、カディスがそれを許すとも思えない。
「賠償責任ですか。そんなことを言う姫は初めてです。あなたはおもしろい方ですね。実際にあなたにお会いして、余計に帰したくなくなりましたよ」
帰したくないって、冗談じゃない! こいつに、なにをされるのかも分からないのに。
それにわたしが戻らないことで、ガルディア側にも迷惑がきっとかかっている。大事になる前にわたしは帰らなくちゃいけない。
「なに言ってるの? うぬぼれる訳じゃないけれど、わたしは伝説の姫君としての価値だけはあるわ。それをカディス……ガルディアの国王が易々と見逃すはずはない。あなたはこの国を滅ぼす気なの?」
「ガルディアに攻め込まれたならば、その時はその時でなんとかします。わたしはあなたに興味がある。ですからこの国が戦火に巻き込まれようとあなたは帰しません」
「単なる興味で、国民を犠牲にしてもいいってことなの? ……あなた、おかしいわよ!」
なんなの、こいつ。
イザトさんは、ロアディールは思慮深いと言っていたけど、とてもそうは思えない。被害に遭うだろう国民のことを考えない自分勝手な人間だ。
「それでも簡単にはやられはしませんよ。もしガルディアが我が国に攻め込んだら、先の王の死を含めて、周辺諸国はそれをかの国の侵略行為と取るでしょうしね」
こともなげにウィルローが言う。そもそも企んだのはそっちじゃないか。
「よく言うわよ、ウィルロー。あなたがギリング王を殺したんじゃない。王の首の後ろに操りの呪いの紋があったって聞いたわよ」
「それでもそれを証拠とするのは弱いですよ。周辺諸国にきちんと説明できる確たる証拠がなにかあるんですか?」
そう言われて、わたしは黙ってしまう。
わたしは過去視でウィルローがギリング王を殺したところを見たけど、そんなのわたしの妄想だと言われてしまえばそれで終わってしまう可能性が高い。
唯一の能力の証明もできないわたしにはできることがない。まったくの役立たずだ。
それどころか、自分のせいでガルディアの評判が落ちるかもしれないと知って、わたしは唇を噛んで俯いた。
「まあ、そう気を落とさないでください、姫。我が城に滞在中はゆったりとなさってください」
……この状況でどうやってゆったりしろと? わたしは目の前の王を睨んだ。
「わたしの処遇もどうなるか分からないのに、それは無理でしょ、ロアディール王」
「どうぞ、ロアディールとお呼びください。あなたの扱いは悪いようにはしませんよ。無体な真似もするつもりもありませんからその点は安心してください」
ロアディールのこの言葉には、先のギリング王の件もあったからわたしは驚いた。
わたしが信じられない気持ちでロアディールをじっと見つめると、彼はくすくすと笑った。
「信じられないというような顔ですね。しかし、わたしは先の王とは違いますから」
「どうだか」
自国民を犠牲にしてもいいと平気で言うような人物の言葉なんて信じられないよ。
「あなたがどうしてもわたしに手を出してほしいと言われるなら、わたしも考え直しますが」
「そんなこと、言うわけないでしょ!」
冗談めかして言われた言葉に、わたしは慌てて首を振る。もし気が変わられたりしたらすごく困る!
「あなたは本当におもしろい方ですね」
くうっ、完全におもしろがられている。く、悔しい。
ともあれ、彼の言葉を信じるなら、身の危険がないことだけは助かった。
わたしが少しだけほっとしていると、ウィルローが余計なことをのたまった。
「ロアディール様、せっかく伝説の姫君を召喚したのにお手をつけないとはどういうことですか。王を含むガルディアの重要人物達を虜にしている姫ですよ。それではわたしが喚びだした意味がありません」
ちょっと、その点だけは穏便に済ませそうだったのに、変なこと焚き付けないでよ!
「ウィルロー、わたしは姫と実際に会って、こうして話すことができるだけでも満足だ。それに姫には無理強いをしたくない」
「あなた様までこの姫の求婚者達のようなことを言われるとは。この後、国の状況は厳しくなります。その前に汚してしまったらよろしいのです」
ウィルローの冷たい視線とその言葉の内容に、わたしはびくりと震えた。
──怖い。
ウィルローのわたしに対する悪意。それに底知れぬ恐怖を感じた。
キースへの対抗心もあるんだろうけど、もしかしたらガルディアという国自体への憤懣があるのかもしれない。
「くどいぞ、ウィルロー。わたしにはその気はない。このことは姫の前で二度と口にするな」
「……かしこまりました。それではわたしはこれでひとまず失礼します」
未だ不満げにわたしを見やると、ウィルローは魔法でどこかへ移動した。
「……まったくあいつは。姫、失礼しました。普段はとても有能な男なのですが」
「……有能であろうとなかろうと、平気で人を切り刻むような人間は好きになれないから」
ウィルローがヒルトリア砦でガルディア兵にした行為は忘れたくてもそう簡単にできるもんじゃない。
わたしは敵愾心を露わにしながら、ロアディールの言葉を否定する。
「姫の耳にはそんなことまで入っておられましたか。できれば姫には知られたくはなかったですが、残念なことです」
──よくも、いけしゃあしゃあと。
命じたのはギリング王だけれど、それでもロアディールに全く責任がなかったわけじゃないだろう。王太子という立場にいた彼なら、ギリング王を諫めることは可能だったはずなのだから。
やっぱり、この人物は好きになれない。
わたしは目の前の優しげな顔立ちのロアディールを無言で睨みつけながら、この先に起こるであろう戦争の予感に気が滅入りそうになる自分を無理矢理奮い立たせていた。
応援ありがとうございます!
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