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第三章:傾国の姫君
第36話 穢れ(1)
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おかしな雰囲気の晩餐も終わり、わたしはハーメイの侍女さん達にお風呂に入れられて寝間着に着替えさせられていた。
ロアディールに手を出されるという、一番心配していたことも起こらなそうで、すっかり安心していたわたしは、ベッドの上で安堵の息をついていた。
けれど、そんなわたしの期待を裏切るようにウィルローが突然寝室に現れた。
「すっかり安心なされているようですが、残念ですね。それではイルーシャ姫、楽しみに取っておいた術を施行致しましょうか」
術ってなに!?
焦って後ろに退こうとしたら、ウィルローが短く何事かを呟き、わたしの体が動かなくなる。
「ちょっと、なにを……っ」
文句をつけようとしたら、ウィルローの手が胸元に伸びてきてわたしはぎょっとする。
……ちょっと、どこを触ってるんだあぁー!
「別に他意はありませんので安心してください。わたしがあなたに手を出すわけではないですから。……あなたにはもっとおもしろい趣向を与えましょう」
背中に手を添えられて、胸元に置かれたウィルローの手が強く押さえつけられる。ウィルローがわたしには理解不能な言語でなにかを唱えると、押さえられている胸元が急に熱くなった。
「あああっ!!」
激痛にも似た熱さを感じて、わたしは思わず体を反らせて叫んだ。
──熱い、熱い、熱い!
胸元から体の奥底までをかき混ぜられるような感じがして、わたしは身を捩った。
ウィルローに押さえつけられていた手が退けられると、わたしは胸を押さえてベッドに倒れ込む。先程感じた熱さが体中を駆け巡って、とてもじゃないけど起きていられなかった。
「……イルーシャ! どうされました!? ウィルロー、いったい彼女になにをしたんだ!」
嫌な汗をかきながら熱さに耐えていると、ここにはいないはずのロアディールの声が聞こえた。……ああ、ウィルローが召喚したのか。
「……ああっ!」
わたしはロアディールに抱き起こされて、また叫び声をあげた。彼に触れられたところがとんでもなく熱かったのだ。
「睡蓮の呪いをかけました。別名傾国の呪いと言います。その呪いで、彼女はなにもしなくても男を誘うのです。やがて、彼女に溺れた男達は争いあい、国を滅ぼすでしょう」
もっとも魔力の高い者にはその呪いは効きませんが、とウィルローは笑った。自分には呪いは効かないぞということらしい。
「なんということを! 今すぐ呪いを解け!」
「解呪の方法はありません。ロアディール様が姫君にお手を付けないなどとおっしゃられるからいけないのですよ」
全く悪びれる様子もなく、ウィルローが言った。
「ウィルロー……、おまえは……」
ロアディールがなにかを耐えるように、わたしを抱きしめて呻く。
「それでは邪魔者は退散しますよ。お二人ともこの夜をお楽しみください」
そう言って嫌な笑みを浮かべると、ウィルローは寝室から消えた。
この頃になってようやく体を巡る熱さから解放されたわたしは、ロアディールの腕から逃れようともがいた。なんというか、彼と触れているところから妙な感覚が這い上がってきて、いてもたってもいられなかったのだ。
けれど、ロアディールはわたしを離す気配はなく、それどころか更に強く抱きしめられた。
「は、離して!」
「申し訳ありませんが、それはできません」
「な、なに言って……っ」
さっきわたしを抱き起こしたのは、わたしを助けてくれようとしたからじゃないの!?
「あなたには手を出さないと言いましたが、それはもう無理のようです。わたしはまんまと呪いにかかり、あなたをどうしても手に入れたくなってしまった」
「そんな……っ」
わたしはロアディールの突然の心変わりに驚愕して彼を見る。
それはわたしを汚そうとしてるってこと? そんなの嫌だよ!
わたしはなんとかして彼から逃れようとしたけれど、なぜか力が入らずに少し身動ぎしただけだった。
「イルーシャ、愛しています」
ロアディールが覆い被さってきて、わたしにキスをする。キスされただけなのに、体の奥が打ち震えるような感じがして、わたしは愕然とした。
いやだ、怖い、怖いよ。わたしの体、どうなっちゃったの……?
「そのように怯えないでください。イルーシャ、わたしはあなたを怖がらせたくはない」
震えるわたしの頬をそっと撫でると、ロアディールは少し苦しげに言う。
「んっ、だ、だったら、こんなことやめてよ。こんなの、わたしやだ……っ」
頬を撫でられる感触にびくりとしながら、わたしは体が自由にならない悔しさに涙を溢れさす。
「すみません、わたしはこの呪いにあらがえない。ウィルローの思うつぼだと知っていても、あなたが欲しくて仕方ないのです」
ロアディールは涙が流れるわたしの頬に口づける。そしてまた唇に口づけられると、彼の舌が侵入してきた。
「ん、ぁ……っ、やあ……っ」
口腔内を舌でまさぐられる度にわたしの体はぴくんと痙攣して、甘ったるい声が漏れる。
嫌だ、こんなの恥ずかしすぎる。
わたしが真っ赤になっていると、ロアディールは唇を外して優しげに微笑んだ。
「とても可愛いですよ、イルーシャ」
ロアディールはわたしの寝間着に手をかける。抵抗するすべもなく、わたしは肌を晒され彼に触れられる。
「い、や……!」
怖い、恥ずかしい、体が変。
混乱する中で、わたしは自分の胸元に睡蓮の花のような印があるのを見つけた。……ああ、だから睡蓮の呪いというのか。
ロアディールがわたしの脚を開かせる。その手は太腿の内側を伝い、もう一方の手は胸を弄んだ。
「や、あぁ……っ」
ロアディールが胸の中央に口づける。わたしはその慣れない感覚に仰け反る。
──ハーメイに召喚された日。わたしはかけられた呪いによって、ロアディールに汚された。
何度も気を失う度にロアディールに揺り起こされ、責めぬかれたわたしはやっと彼に許されたらしい。
気がついたときには、また過去視を使っていた。
場所はガルディア城、陽の間だ。そこにわたしが初日に会ったメンバー全員が揃っている。
……わたしが突然いなくなっちゃったことで心配かけてるだろうな。すごい迷惑かけちゃって、本当にごめんなさい。
キースはわたしの魔力を辿れるから、わたしがハーメイ城にいることまでは分かっているだろうけど、今はどんな状況なんだろうか。
「……なんにせよ、イルーシャは早く取り戻さなくてはならない。あの美貌だ、既になにをされているか分からん」
「陛下、お気持ちは分かりますが、まだそうと決まったわけではありません。どうか冷静になられてください」
ダリルさんがかなりイライラしているカディスを諫めている。
「……そのことだけど、残念だけどイルーシャはもうハーメイ国王に汚されているよ」
……! キースなんでそのこと知ってるの!?
キースのその発言に、集まっていたみんなも息をのんだ。
「なんだと!? キース、どういう根拠があってそんなことを言えるんだ」
「……ハーメイから音声を再生する魔法器具が僕宛に送られてきて、その中に彼女が汚される一部始終が入ってた」
なんてこと!
あまりの羞恥に、わたしは叫び出したくなってしまった。
じゃあ、キースにはわたしの恥ずかしい声やらなにやら全部聞かれてるってこと!?
わたし、キースにこの後どんな顔して会ったらいいの? ……いや、その前にこんなことになってしまって、みんなにも顔向けできないよ。
「悪趣味な……」
ヒューがその美貌に嫌悪を滲ませて言った。他の人もその言葉に同意するように頷いた。
その魔法器具をキースに送りつけたのは間違いなくウィルローだろう。それ以外に考えられない。
「それで、その魔法器具はどうした」
「ごめん、壊した」
カディスのその質問に静かな怒りをたたえてキースが言った。……キース、もしかして相当怒ってる?
「……それから、その魔法器具を通して分かったんだけど、イルーシャは呪いにかかってる。睡蓮の……、傾国の呪いだ」
「傾国とは、穏やかでない名前だな。どんな呪いなんだ」
カディスが不快感を隠そうともせずに聞く。うう、当たり前だけどかなり怒ってる。これは会うのが怖いな。
「あれは、呪いにかかった者を目にした異性がその者に誘われ、囚われるという呪いだよ。やがて呪いにかかった者をめぐって国を巻き込んだ争いになることから、傾国の呪いと言われている」
キースの説明を受けて場が少し騒然となった。
わたしが争いの種になるなんて、本当にどうしたらいいんだろう。わたし、このままガルディアに帰らない方がいいんじゃないかって気がしてきた。
「……イルーシャはそんなものにかかっているのか。厄介だな。どうやったら呪いを回避できる」
「魔力の高い者以外はほぼ回避不可能だよ。それと呪いをかけられた者も異性が近づくとほとんど動けなくなる。おまけに媚薬を浴びているのと同じ効果が現れるから、イルーシャも手だてがないだろうね。具体的な解呪方法も確立されていないし」
媚薬効果あるのか、道理で体の様子がおかしいわけだ。ウィルローのやつ、なんて面倒な呪いをかけてくれたんだろう。
「しかし、それではこちらも手の出しようがないぞ。うっかり呪いの煽りを受けたら、こちらの同士討ちだ」
「それは呪いを防ぐ魔防具と、魔防壁でどうにかなると思う。それにはハーメイ城の結界を破るのと併せて、ヒューイ、君の協力が必要なんだけど。魔術師団にも君以上に魔力のある者はいないしね」
キースがヒューの方を向いて言うと、彼は頷いた。
「わたしがイルーシャ様のお役に立つならいくらでも力をお貸しいたします」
「そう言えばヒューイは魔力が高かったな。望めば魔術師にもなれたのに、おまえ、変わった経歴の持ち主だな」
え、そうなんだ。ヒュー、どうして魔術師にならなかったんだろ?
「でもまあ、この歳でこうして騎士団団長にまでなっているわけだし。簡単なものとはいえ、魔術が使える騎士は貴重だよね。……とりあえず僕の策を話すから、ヒューイは実行の方を頼むよ」
「かしこまりました」
……よかった、なんとかなりそうなんだ。
わたしがほっとしていると、なにか息苦しくなって急激な覚醒を余儀なくされた。
「んんん……!?」
目覚めると、わたしはロアディールのキスを受けている最中だった。
「イルーシャ、おはようございます」
ロアディールがにっこりと人好きのする笑顔で挨拶してきた。
「……おはよう」
挨拶してしまってから、別に返す必要もなかったことに気がついて、わたしは愕然とする。
わたしが頭を抱えたい思いでいると、ロアディールはベッドからするりと降りた。慌てて彼から視線を逸らしていると、ロアディールはくすくすと笑った。
「イルーシャは古の王の妃だったというのに、まるで生娘のような反応をしますね」
それはその通りなんだけど、ウィルローから中身が異世界人ってことは聞いてないんだろうか。……もっとも説明しても信じてくれるかどうか怪しいので、避けた可能性もあるか。
「わたし、あいにくその辺りの記憶がないの」
「それは嬉しいですね。それではあなたの記憶が戻るまでは、わたしがあなたの初めての男になるのですね」
「わたしは嬉しくないよ。なんで初めてが無理矢理なのよ」
……なんか言ってて悲しくなってきた。わたしが涙を浮かべていると、身支度を整えたロアディールが目元にキスしてきた。わたしはそれにびくりと身構える。
「イルーシャ、この後も朝食をご一緒しましょう」
ロアディールは唇を離すと、わたしの頬を愛しそうに撫でて言った。
「……こんな時に食欲なんてないよ」
「……それならば今またあなたを襲いますが、それでもいいですか?」
「! そんなの嫌だよ。分かった、食べればいいんでしょ?」
非情なまでのロアディールの言葉に、慌ててわたしは言い返した。
「分かればよろしいです」
ロアディールは嫌味なくらい優しげに微笑むと、寝室を後にする。
しばらくして、わたしは自分の体を隠してなかったことに気がついた。……こういうところが誘ってるって言われるんだろうな、とわたしは溜息をついてベッドから降りる。
「お目覚めとお聞きしましたので」
ちょうどよくコリーンさんが現れて、わたしは裸のままお風呂に連れていかれた。
「……妊娠とか大丈夫かなあ」
お風呂でひとごこちついていると、ふと不安が襲ってきた。わたし、思い切り何回もやられちゃったんだよね。もしガルディアに助け出されても、ロアディールの子供なんてできちゃったら目も当てられないよ。
「……もし、ご心配のようなら避妊薬をお渡ししますが」
「本当!?」
コリーンさんが無表情に出した提案に、思わずわたしは手を叩いて喜んでしまった。
「……はい」
いけない、ここは敵地だった。あからさまに喜ぶのはまずかったかな。それにわたしに二代の王が振り回されている形だし、この城にいる人のわたしの印象は最悪だろう。
お風呂から上がって支度をした後、わたしはコリーンさんに薬を数包渡された。
「避妊薬です。一日に一回飲めば大丈夫です。必要な時はお申し出ください」
「あ、どうもありがとうございます」
「……いえ」
どこまでも無表情のコリーンさんにちょっと戸惑いつつ、わたしは用意してもらった水で薬を飲もうとして、はた、と気がついた。
……もしかしてこれって、毒薬じゃないよね。
ちらりとコリーンさんを見ても、彼女はやっぱりどこまでも無表情だった。
どうせガルディアに戻っても生き恥を晒すだけだし、それでもいいか。
わたしは半ば自棄になって薬を飲んだ。……けれど毒薬なんかじゃなく、ちゃんと避妊薬だったみたいだ。
「陛下が既にお待ちです。イルーシャ様、こちらへ」
無表情にコリーンさんに告げられて、わたしは重い気分と体を引きずり、朝食の用意してある場へと向かった。
ロアディールに手を出されるという、一番心配していたことも起こらなそうで、すっかり安心していたわたしは、ベッドの上で安堵の息をついていた。
けれど、そんなわたしの期待を裏切るようにウィルローが突然寝室に現れた。
「すっかり安心なされているようですが、残念ですね。それではイルーシャ姫、楽しみに取っておいた術を施行致しましょうか」
術ってなに!?
焦って後ろに退こうとしたら、ウィルローが短く何事かを呟き、わたしの体が動かなくなる。
「ちょっと、なにを……っ」
文句をつけようとしたら、ウィルローの手が胸元に伸びてきてわたしはぎょっとする。
……ちょっと、どこを触ってるんだあぁー!
「別に他意はありませんので安心してください。わたしがあなたに手を出すわけではないですから。……あなたにはもっとおもしろい趣向を与えましょう」
背中に手を添えられて、胸元に置かれたウィルローの手が強く押さえつけられる。ウィルローがわたしには理解不能な言語でなにかを唱えると、押さえられている胸元が急に熱くなった。
「あああっ!!」
激痛にも似た熱さを感じて、わたしは思わず体を反らせて叫んだ。
──熱い、熱い、熱い!
胸元から体の奥底までをかき混ぜられるような感じがして、わたしは身を捩った。
ウィルローに押さえつけられていた手が退けられると、わたしは胸を押さえてベッドに倒れ込む。先程感じた熱さが体中を駆け巡って、とてもじゃないけど起きていられなかった。
「……イルーシャ! どうされました!? ウィルロー、いったい彼女になにをしたんだ!」
嫌な汗をかきながら熱さに耐えていると、ここにはいないはずのロアディールの声が聞こえた。……ああ、ウィルローが召喚したのか。
「……ああっ!」
わたしはロアディールに抱き起こされて、また叫び声をあげた。彼に触れられたところがとんでもなく熱かったのだ。
「睡蓮の呪いをかけました。別名傾国の呪いと言います。その呪いで、彼女はなにもしなくても男を誘うのです。やがて、彼女に溺れた男達は争いあい、国を滅ぼすでしょう」
もっとも魔力の高い者にはその呪いは効きませんが、とウィルローは笑った。自分には呪いは効かないぞということらしい。
「なんということを! 今すぐ呪いを解け!」
「解呪の方法はありません。ロアディール様が姫君にお手を付けないなどとおっしゃられるからいけないのですよ」
全く悪びれる様子もなく、ウィルローが言った。
「ウィルロー……、おまえは……」
ロアディールがなにかを耐えるように、わたしを抱きしめて呻く。
「それでは邪魔者は退散しますよ。お二人ともこの夜をお楽しみください」
そう言って嫌な笑みを浮かべると、ウィルローは寝室から消えた。
この頃になってようやく体を巡る熱さから解放されたわたしは、ロアディールの腕から逃れようともがいた。なんというか、彼と触れているところから妙な感覚が這い上がってきて、いてもたってもいられなかったのだ。
けれど、ロアディールはわたしを離す気配はなく、それどころか更に強く抱きしめられた。
「は、離して!」
「申し訳ありませんが、それはできません」
「な、なに言って……っ」
さっきわたしを抱き起こしたのは、わたしを助けてくれようとしたからじゃないの!?
「あなたには手を出さないと言いましたが、それはもう無理のようです。わたしはまんまと呪いにかかり、あなたをどうしても手に入れたくなってしまった」
「そんな……っ」
わたしはロアディールの突然の心変わりに驚愕して彼を見る。
それはわたしを汚そうとしてるってこと? そんなの嫌だよ!
わたしはなんとかして彼から逃れようとしたけれど、なぜか力が入らずに少し身動ぎしただけだった。
「イルーシャ、愛しています」
ロアディールが覆い被さってきて、わたしにキスをする。キスされただけなのに、体の奥が打ち震えるような感じがして、わたしは愕然とした。
いやだ、怖い、怖いよ。わたしの体、どうなっちゃったの……?
「そのように怯えないでください。イルーシャ、わたしはあなたを怖がらせたくはない」
震えるわたしの頬をそっと撫でると、ロアディールは少し苦しげに言う。
「んっ、だ、だったら、こんなことやめてよ。こんなの、わたしやだ……っ」
頬を撫でられる感触にびくりとしながら、わたしは体が自由にならない悔しさに涙を溢れさす。
「すみません、わたしはこの呪いにあらがえない。ウィルローの思うつぼだと知っていても、あなたが欲しくて仕方ないのです」
ロアディールは涙が流れるわたしの頬に口づける。そしてまた唇に口づけられると、彼の舌が侵入してきた。
「ん、ぁ……っ、やあ……っ」
口腔内を舌でまさぐられる度にわたしの体はぴくんと痙攣して、甘ったるい声が漏れる。
嫌だ、こんなの恥ずかしすぎる。
わたしが真っ赤になっていると、ロアディールは唇を外して優しげに微笑んだ。
「とても可愛いですよ、イルーシャ」
ロアディールはわたしの寝間着に手をかける。抵抗するすべもなく、わたしは肌を晒され彼に触れられる。
「い、や……!」
怖い、恥ずかしい、体が変。
混乱する中で、わたしは自分の胸元に睡蓮の花のような印があるのを見つけた。……ああ、だから睡蓮の呪いというのか。
ロアディールがわたしの脚を開かせる。その手は太腿の内側を伝い、もう一方の手は胸を弄んだ。
「や、あぁ……っ」
ロアディールが胸の中央に口づける。わたしはその慣れない感覚に仰け反る。
──ハーメイに召喚された日。わたしはかけられた呪いによって、ロアディールに汚された。
何度も気を失う度にロアディールに揺り起こされ、責めぬかれたわたしはやっと彼に許されたらしい。
気がついたときには、また過去視を使っていた。
場所はガルディア城、陽の間だ。そこにわたしが初日に会ったメンバー全員が揃っている。
……わたしが突然いなくなっちゃったことで心配かけてるだろうな。すごい迷惑かけちゃって、本当にごめんなさい。
キースはわたしの魔力を辿れるから、わたしがハーメイ城にいることまでは分かっているだろうけど、今はどんな状況なんだろうか。
「……なんにせよ、イルーシャは早く取り戻さなくてはならない。あの美貌だ、既になにをされているか分からん」
「陛下、お気持ちは分かりますが、まだそうと決まったわけではありません。どうか冷静になられてください」
ダリルさんがかなりイライラしているカディスを諫めている。
「……そのことだけど、残念だけどイルーシャはもうハーメイ国王に汚されているよ」
……! キースなんでそのこと知ってるの!?
キースのその発言に、集まっていたみんなも息をのんだ。
「なんだと!? キース、どういう根拠があってそんなことを言えるんだ」
「……ハーメイから音声を再生する魔法器具が僕宛に送られてきて、その中に彼女が汚される一部始終が入ってた」
なんてこと!
あまりの羞恥に、わたしは叫び出したくなってしまった。
じゃあ、キースにはわたしの恥ずかしい声やらなにやら全部聞かれてるってこと!?
わたし、キースにこの後どんな顔して会ったらいいの? ……いや、その前にこんなことになってしまって、みんなにも顔向けできないよ。
「悪趣味な……」
ヒューがその美貌に嫌悪を滲ませて言った。他の人もその言葉に同意するように頷いた。
その魔法器具をキースに送りつけたのは間違いなくウィルローだろう。それ以外に考えられない。
「それで、その魔法器具はどうした」
「ごめん、壊した」
カディスのその質問に静かな怒りをたたえてキースが言った。……キース、もしかして相当怒ってる?
「……それから、その魔法器具を通して分かったんだけど、イルーシャは呪いにかかってる。睡蓮の……、傾国の呪いだ」
「傾国とは、穏やかでない名前だな。どんな呪いなんだ」
カディスが不快感を隠そうともせずに聞く。うう、当たり前だけどかなり怒ってる。これは会うのが怖いな。
「あれは、呪いにかかった者を目にした異性がその者に誘われ、囚われるという呪いだよ。やがて呪いにかかった者をめぐって国を巻き込んだ争いになることから、傾国の呪いと言われている」
キースの説明を受けて場が少し騒然となった。
わたしが争いの種になるなんて、本当にどうしたらいいんだろう。わたし、このままガルディアに帰らない方がいいんじゃないかって気がしてきた。
「……イルーシャはそんなものにかかっているのか。厄介だな。どうやったら呪いを回避できる」
「魔力の高い者以外はほぼ回避不可能だよ。それと呪いをかけられた者も異性が近づくとほとんど動けなくなる。おまけに媚薬を浴びているのと同じ効果が現れるから、イルーシャも手だてがないだろうね。具体的な解呪方法も確立されていないし」
媚薬効果あるのか、道理で体の様子がおかしいわけだ。ウィルローのやつ、なんて面倒な呪いをかけてくれたんだろう。
「しかし、それではこちらも手の出しようがないぞ。うっかり呪いの煽りを受けたら、こちらの同士討ちだ」
「それは呪いを防ぐ魔防具と、魔防壁でどうにかなると思う。それにはハーメイ城の結界を破るのと併せて、ヒューイ、君の協力が必要なんだけど。魔術師団にも君以上に魔力のある者はいないしね」
キースがヒューの方を向いて言うと、彼は頷いた。
「わたしがイルーシャ様のお役に立つならいくらでも力をお貸しいたします」
「そう言えばヒューイは魔力が高かったな。望めば魔術師にもなれたのに、おまえ、変わった経歴の持ち主だな」
え、そうなんだ。ヒュー、どうして魔術師にならなかったんだろ?
「でもまあ、この歳でこうして騎士団団長にまでなっているわけだし。簡単なものとはいえ、魔術が使える騎士は貴重だよね。……とりあえず僕の策を話すから、ヒューイは実行の方を頼むよ」
「かしこまりました」
……よかった、なんとかなりそうなんだ。
わたしがほっとしていると、なにか息苦しくなって急激な覚醒を余儀なくされた。
「んんん……!?」
目覚めると、わたしはロアディールのキスを受けている最中だった。
「イルーシャ、おはようございます」
ロアディールがにっこりと人好きのする笑顔で挨拶してきた。
「……おはよう」
挨拶してしまってから、別に返す必要もなかったことに気がついて、わたしは愕然とする。
わたしが頭を抱えたい思いでいると、ロアディールはベッドからするりと降りた。慌てて彼から視線を逸らしていると、ロアディールはくすくすと笑った。
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それはその通りなんだけど、ウィルローから中身が異世界人ってことは聞いてないんだろうか。……もっとも説明しても信じてくれるかどうか怪しいので、避けた可能性もあるか。
「わたし、あいにくその辺りの記憶がないの」
「それは嬉しいですね。それではあなたの記憶が戻るまでは、わたしがあなたの初めての男になるのですね」
「わたしは嬉しくないよ。なんで初めてが無理矢理なのよ」
……なんか言ってて悲しくなってきた。わたしが涙を浮かべていると、身支度を整えたロアディールが目元にキスしてきた。わたしはそれにびくりと身構える。
「イルーシャ、この後も朝食をご一緒しましょう」
ロアディールは唇を離すと、わたしの頬を愛しそうに撫でて言った。
「……こんな時に食欲なんてないよ」
「……それならば今またあなたを襲いますが、それでもいいですか?」
「! そんなの嫌だよ。分かった、食べればいいんでしょ?」
非情なまでのロアディールの言葉に、慌ててわたしは言い返した。
「分かればよろしいです」
ロアディールは嫌味なくらい優しげに微笑むと、寝室を後にする。
しばらくして、わたしは自分の体を隠してなかったことに気がついた。……こういうところが誘ってるって言われるんだろうな、とわたしは溜息をついてベッドから降りる。
「お目覚めとお聞きしましたので」
ちょうどよくコリーンさんが現れて、わたしは裸のままお風呂に連れていかれた。
「……妊娠とか大丈夫かなあ」
お風呂でひとごこちついていると、ふと不安が襲ってきた。わたし、思い切り何回もやられちゃったんだよね。もしガルディアに助け出されても、ロアディールの子供なんてできちゃったら目も当てられないよ。
「……もし、ご心配のようなら避妊薬をお渡ししますが」
「本当!?」
コリーンさんが無表情に出した提案に、思わずわたしは手を叩いて喜んでしまった。
「……はい」
いけない、ここは敵地だった。あからさまに喜ぶのはまずかったかな。それにわたしに二代の王が振り回されている形だし、この城にいる人のわたしの印象は最悪だろう。
お風呂から上がって支度をした後、わたしはコリーンさんに薬を数包渡された。
「避妊薬です。一日に一回飲めば大丈夫です。必要な時はお申し出ください」
「あ、どうもありがとうございます」
「……いえ」
どこまでも無表情のコリーンさんにちょっと戸惑いつつ、わたしは用意してもらった水で薬を飲もうとして、はた、と気がついた。
……もしかしてこれって、毒薬じゃないよね。
ちらりとコリーンさんを見ても、彼女はやっぱりどこまでも無表情だった。
どうせガルディアに戻っても生き恥を晒すだけだし、それでもいいか。
わたしは半ば自棄になって薬を飲んだ。……けれど毒薬なんかじゃなく、ちゃんと避妊薬だったみたいだ。
「陛下が既にお待ちです。イルーシャ様、こちらへ」
無表情にコリーンさんに告げられて、わたしは重い気分と体を引きずり、朝食の用意してある場へと向かった。
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「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
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以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
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