月読の塔の姫君

舘野寧依

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第四章:華燭の姫君

第52話 婚礼の儀と決意

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 愛しくもせわしない日々が過ぎて、ようやく待ちわびた婚礼当日になった。
 白い婚礼衣装を着たわたしは侍女達に衣装を取り決めた時よりも念入りに支度されていた。
 編み込んだ横の髪だけでなく、後ろも薄い青色の少し大きめの髪飾りを差し込んだ。そしてドレスの襟元が大きく開いたところに繊細な作りの淡い青色の首飾りを飾る。
 おしろいは特にはたかなかったけれど、寒色の装飾品でも華々しく見えるように目元や頬に少し色を入れられた。口紅もそれに合わせてわたしの唇の色よりも少し華やかな色が選ばれる。
 そうすると、今まで可憐と称されることの多かったわたしの容貌が一気に華やいだ。

「まあ、イルーシャ様、ご立派な王妃様ぶりですわ」
「これでしたら陛下も見とれること間違いなしです」

 エレーンとシンシア、それにメルアリータや侍女達が褒めそやしてくれる。

「ありがとう」

 わたしもこの支度の出来映えに満足して頬を染めながら綺麗にしてくれた皆にお礼を言った。
 支度を終えたわたしはメルアリータに王族の祭儀の間の控え部屋に手を取られながら案内された。
 そこには既に品の良い紳士が控えていて、彼がわたしを養女にしてくれたアウディス公爵だと分かった。
 彼は初めて見るわたしに絶句してから、しばらくして笑顔で言った。

「……これは素晴らしく美しい姫君ですね。あなたのような方を養女に迎えられてわたしは幸運ですよ」
「今回はご無理を言って申し訳ございません。このご恩は忘れませんわ。ありがとうございます」

 そう言ってわたしはアウディス公爵に頭を下げる。
 彼がわたしを養女にしてくれなければ、この婚礼はなかっただろうと思うと、彼には感謝してもしきれない。

「あなたは王妃になられるのですから、わたしの娘になるといっても、やたらと頭を下げてはなりませんよ」

 アウディス公爵に優しく諫められて、わたしははい、と微笑んで返す。
 名ばかりの娘といっても、こういう方の養女に入れて良かった。さすがにアークが選んだ方だ。

「わたしはあなたのような方の養女になることが出来てとても嬉しいです。これからもどうかよろしくお願いいたしますね」
「……それは嬉しいお言葉ですね。ありがとうございます。わたしには姫がいなかったのでとても喜ばしいですよ」

 このアウディス公爵は、にこやかで本当に感じの良い方だ。王妃になっても、この方の姫としてこれからも良い関係を築いていこう。
 養父であるアウディス公爵と歓談しているうちにメルアリータにそろそろお時間ですと告げられた。
 わたしはアウディス公爵に手を取られて、アークが先に待っているであろう祭儀の間に入った。
 そこにはたくさんの蝋燭が立ち並び、いくつもの炎がゆらゆらと揺れてとても幻想的な雰囲気を醸し出していた。
 重厚な赤い絨毯の横には重臣達が立ち並び、その先には驚いたようにわたしを見つめるアークと祭司役の宰相のルドルフがいた。……侍女入魂の支度はどうやら成功のようらしい。
 わたしはアークに熱心に見つめられたまま、アウディス公爵に導かれてしずしずと彼の横へ進んだ。

「アウディス公爵が娘、イルーシャでございます」

 アウディス公爵がそう告げて腕を胸の前に掲げて礼をする。そして、二歩後退するともう一度礼をし、重臣達の並んでいる一番前に参列した。

「これより、ガルディア国王アークリッド・エリアス・ディレグ・ガルディアとイルーシャ・マリールージュ・レグ・アウディスの婚礼を執り行う」

 そして、ルドルフの厳かな宣言とともに婚礼の儀が始まった。

「イルーシャ・マリールージュ・レグ・アウディス、そなたは国と王と民を愛し、これに忠誠を誓えるか?」
「はい、誓います」

 簡単に思えるだろうけれど、ここは儀式で一番大事なところだ。何度も練習したおかげか、わたしは声も震えず、きちんと宣誓することが出来た。それに、アークを愛することはもちろん、国や民を愛する気持ちでいるのも本当だしね。

「アークリッド・エリアス・ディレグ・ガルディア、そなたはこの姫を妻とする事を誓うか?」

 アークの宣誓は至極簡単だ。それは彼が王に就任した時既に国や民に忠誠を誓っているからだ。

「わたしは生涯この姫だけを妻とし、愛することを誓う」

 ──アーク!

 予想外のアークのその言葉に、わたしは思わず口元を覆いそうになって、慌てて止めた。
 予定では、アークは誓うとだけ言えばいいはずだった。
 段取りの時点でもそう言っていたはずだし、まさかこんな宣誓をされるとは、わたしは夢にも思っていなかった。
 アークが一生涯わたしだけしか娶らないと言ったことで、重臣達がざわめいたけれど、ルドルフが「静粛に」と厳しく発言したことで、その場に静寂が訪れた。

 ──本当にいいの、アーク。

 わたしが涙を瞳に浮かべてアークを見つめると、わたしの気持ちが分かったかのように彼は頷いた。

「それでは婚礼誓約書に署名を」

 そう言われて、先程の宣誓が書かれた紙にアークがまず署名をし、次にわたしが署名をした。これもなんとか手が震えずに書けて、わたしはそっと安堵の息を漏らした。

「──以上で婚礼は誓約されました。……国王陛下、王妃陛下どうか末永くお幸せに」

 最後の言葉はルドルフ自身の言葉だった。それがとてもありがたくてわたしとアークは笑みをこぼす。

「ああ」
「ありがとう」



 婚礼の儀を何とか終え、わたしはアークに手を取られて、城のバルコニーに入る手前まで連れてこられた。
 既に城の周囲には国民が集まっているらしく、少し離れていても歓声が聞こえる。

「イルーシャ、とても美しいな。以前その衣装を見せられた時も思ったが、今日はそれ以上だ」

 アークに瞼や頬を口づけられて、わたしは微笑んだ。

「ありがとう。でも、アークもとても素敵よ」

 アークの見事な銀の髪に合わせ銀糸をメインに刺繍し、金糸でアクセントを付けた正装はとてもよく似合っていて格好いい。
 わたし達は二人して微笑みながら、国民への顔見せの前にしばし口づけをかわした。
 そうこうするうちに宰相のルドルフがやってきて、わたし達をバルコニーへとせき立てた。



 わたしとアークが並んで姿を現すと、バルコニーの下の集まっている国民が熱狂的な声を上げた。
 この光景を見るのは二度目だけど、何度その身に受けても高揚するような震えが来る。
 わたしはアークと一緒に国民に手を振りながら彼に言った。

「わたし、この国が好きよ。その王のあなたも民も。まだ頼りないだろうけど、王妃としてこの国の役に立ちたい」

 アークはわたしの発言を聞くと、肩を抱き寄せ優しく微笑んだ。

「その気持ちがあれば大丈夫だ。一緒に国をより良い方向に持っていこう、イルーシャ」
「ええ、アーク」

 わたし達二人は寄り添いあいながら、民の声に応えて手を振る。

 ──わたしは国王アークリッドの妃。
 その責務は五百年後にあったことを含めても、考えられないくらい重いもの。
 けれど、それにふさわしくあるよう、わたしは努力しよう。……ずっと彼の隣にいられるように。

 そう、今のわたしは、イルーシャ・マリールージュ・ディレグ・リルディア。
 ガルディア王国の正妃なのだから──
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