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第一章:喪女ですが異世界で結婚する予定です
第13話 寿退社
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ちょっとした大混乱の後、わたしとカレヴィは主任から報告を受けた係長、課長と一緒に応接室にいた。
「ほう、それではカレヴィさんはフランスの方なんですね」
どうやっているのかは分からないけれど、わたしとカレヴィの耳元には千花の指示が随時届いている。
わたし達はそれに従って、目の前の課長と係長に結婚に至る嘘の説明をしていた。
彼らを騙していることは心が痛むけど、本当のことを言うわけにはいかないので仕方がない。ここは割り切って話を進めなきゃ。
最初にカレヴィをフランス人という設定にすると言った千花に、浅黒い肌のカレヴィははたしてそう見えるのか不安を覚えたわたしだったけれど、まったく問題なかったようだ。
フランス人といったら今まで白人のイメージしかなかったけれど、実際は色々な人種の混血が進んでいて、見た目も様々なんだそうだ。
課長と係長もそれは初耳だったようで、カレヴィのどこの国とも知れない容貌を興味深げに見ていた。
「俺の家はそこそこ格式のある旧家だ。そこで、ハルカには花嫁修業がてら、言葉を習得してもらう。その為には今すぐ日本を発たなければならない」
課長と係長相手にどこまでも偉そうにカレヴィは言う。
まあ、一国の王様だから仕方ないのかもしれないけれど、もうちょっとなんとかならないものか。
カレヴィの第一声を聞いた時から、わたしは思わず頭を抱えたくなってしまったけど、生まれながらにして王になることが決まっていた彼には臨機応変という文字はないらしい。
ちなみに、課長と係長には最初にカレヴィは教わった日本語が偏っているので、偉そうに聞こえるのは勘弁してくださいと断ってある。
でも、課長と係長もカレヴィの威風堂々とした態から、その口調もあまり気になっていないようで、むしろとても偉い人を迎えているような態度になっている。
「そうですか。只野さんは仕事もできるし、本当は抜けられると困りますが、そういう事情ならいたしかたありませんね」
おお。課長、今のはお世辞でも嬉しいよ。
カレヴィの言葉に頷きながら言った課長の言葉にわたしはちょっと感動する。
「確かに、今度から只野さんに急ぎの文書を上げてもらうことができなくなるのはちょっと厳しいな。只野さんのタイピングのスピードは貴重だったからね」
確かにキーボードと電卓の打ち込み速度だけはこの会社の誰にも負けない自信はある。
でも、こうやって認められてると思うと嬉しいな。
「すみません」
自分では駄目駄目な人間だと思ってたけど、会社の人達はこんなわたしを評価してくれてたんだ。
そう思うと本当に申し訳なくて、わたしは二人に深々と頭を下げた。
「まあ、こんな事情ならしょうがないから、只野さんは自分の幸せを優先して。慣れない海外生活、体に気をつけて頑張ってね」
「あ、ありがとうございます」
課長がわたしに激励の言葉をかけると、係長も続けて言った。
「溜まっている有給休暇はちゃんと消化するからね。仕事のことなら、みんなで分担してなんとかするから、後のことは気にせず、自分の幸せのことを考えてね」
「本当にすみません。ありがとうございます」
課長と係長、本当にいい人過ぎ。
温かい二人の言葉にわたしはつい涙腺が緩んで、ちょっとだけ泣いてしまった。
「ハルカ」
カレヴィがわたしの肩に手を置いて、心配そうに覗きこむ。
課長と係長はそんなわたし達を微笑ましそうに見ながら、心から祝福してくれた。
そしてめでたく寿退社することになったわたしは、自分のロッカーの整理をしてから、机にある私物をまとめると、事務所の人達にゼシリアに用意してもらったお菓子を配って回った。
ザクトアリアの王族用に出されるお菓子だから、その美味しさは保証済みだ。
「おめでとう、只野さん」
「まさか只野ちゃんが嫁に行くとはなあ。向こうでも頑張ってね」
「只野さん、こんな素敵な彼氏がいるなら早く言ってよ。……前に嫌なこと言っちゃってごめんね」
先週、取引先の接待にわたしをかりだそうとしていた相田さんがばつが悪そうに謝ってきた。
「本当にすみません。あの時のことは気にしてないですから、相田さんも気にしないでください」
相田さんもこうやって自分の非を認めてきちんと謝ってくるんだから、別に嫌な人ではないんだよね。ただ、物言いがちょっときついだけで。
「只野さん、いなくなっちゃうなんて淋しいですぅ~っ」
そう言って抱きついてきたのは、後輩の奈緒ちゃん。さっき主任に春山ちゃんと呼ばれていた子だ。
ちょっと頼りないところもあるけれど、きっと彼女ならわたしの代わりにバリバリ働いてくれるだろうと信じている。
「急なことで本当にごめんね。迷惑かけるけど、後のことは頼むね」
わたしがそう言うと、奈緒ちゃんは真っ赤な目をして、はい、と頷いた。
「せっかくのおめでたいことなのに、只野ちゃんにお祝いをあげられなくてごめんね」
主任が申し訳なさそうに言ってきたけれど、いきなりこんな無茶を聞いてくれただけでも充分ありがたい。
「いえ、そんなこと気にしないでください。急に無理を言ってすみませんでした。それから……、今まで本当にお世話になりました」
わたしは事務所の人達に深々と頭を下げてから、失礼しますと言って、後ろ髪を引かれつつも踵をかえす。
わたしはカレヴィに肩を抱かれて、その背に「只野さん、お疲れさま」「体に気をつけてね」「お幸せに」等々、ありがたい言葉を受けながらその場を去った。
わたしが備品倉庫まで戻ってくると、その場に待機していた千花は笑顔で迎えてくれた。
「あっ、はるか! よかったね、うまく説得できて」
「うん」
千花のその笑顔を見たら、なんだか急に泣きたくなって、わたしは彼女に抱きついてしまった。
やっぱり、みんなとそれなりに仲良くやって、一生懸命働いてた会社を辞めるのはすごく淋しいよ。
ぽろぽろ涙をこぼすと、千花は慰めるようにわたしの背を優しく撫でてくれた。
「……こういう場合は、普通、夫になる俺に抱きつくものじゃないか?」
とかなんとか、カレヴィがぼやいたらしいけれど、その時のわたしはもちろん聞いている余裕なんてなかった。
たとえあっても、たぶんカレヴィに抱きつくことはないと思うけどね。
「ほう、それではカレヴィさんはフランスの方なんですね」
どうやっているのかは分からないけれど、わたしとカレヴィの耳元には千花の指示が随時届いている。
わたし達はそれに従って、目の前の課長と係長に結婚に至る嘘の説明をしていた。
彼らを騙していることは心が痛むけど、本当のことを言うわけにはいかないので仕方がない。ここは割り切って話を進めなきゃ。
最初にカレヴィをフランス人という設定にすると言った千花に、浅黒い肌のカレヴィははたしてそう見えるのか不安を覚えたわたしだったけれど、まったく問題なかったようだ。
フランス人といったら今まで白人のイメージしかなかったけれど、実際は色々な人種の混血が進んでいて、見た目も様々なんだそうだ。
課長と係長もそれは初耳だったようで、カレヴィのどこの国とも知れない容貌を興味深げに見ていた。
「俺の家はそこそこ格式のある旧家だ。そこで、ハルカには花嫁修業がてら、言葉を習得してもらう。その為には今すぐ日本を発たなければならない」
課長と係長相手にどこまでも偉そうにカレヴィは言う。
まあ、一国の王様だから仕方ないのかもしれないけれど、もうちょっとなんとかならないものか。
カレヴィの第一声を聞いた時から、わたしは思わず頭を抱えたくなってしまったけど、生まれながらにして王になることが決まっていた彼には臨機応変という文字はないらしい。
ちなみに、課長と係長には最初にカレヴィは教わった日本語が偏っているので、偉そうに聞こえるのは勘弁してくださいと断ってある。
でも、課長と係長もカレヴィの威風堂々とした態から、その口調もあまり気になっていないようで、むしろとても偉い人を迎えているような態度になっている。
「そうですか。只野さんは仕事もできるし、本当は抜けられると困りますが、そういう事情ならいたしかたありませんね」
おお。課長、今のはお世辞でも嬉しいよ。
カレヴィの言葉に頷きながら言った課長の言葉にわたしはちょっと感動する。
「確かに、今度から只野さんに急ぎの文書を上げてもらうことができなくなるのはちょっと厳しいな。只野さんのタイピングのスピードは貴重だったからね」
確かにキーボードと電卓の打ち込み速度だけはこの会社の誰にも負けない自信はある。
でも、こうやって認められてると思うと嬉しいな。
「すみません」
自分では駄目駄目な人間だと思ってたけど、会社の人達はこんなわたしを評価してくれてたんだ。
そう思うと本当に申し訳なくて、わたしは二人に深々と頭を下げた。
「まあ、こんな事情ならしょうがないから、只野さんは自分の幸せを優先して。慣れない海外生活、体に気をつけて頑張ってね」
「あ、ありがとうございます」
課長がわたしに激励の言葉をかけると、係長も続けて言った。
「溜まっている有給休暇はちゃんと消化するからね。仕事のことなら、みんなで分担してなんとかするから、後のことは気にせず、自分の幸せのことを考えてね」
「本当にすみません。ありがとうございます」
課長と係長、本当にいい人過ぎ。
温かい二人の言葉にわたしはつい涙腺が緩んで、ちょっとだけ泣いてしまった。
「ハルカ」
カレヴィがわたしの肩に手を置いて、心配そうに覗きこむ。
課長と係長はそんなわたし達を微笑ましそうに見ながら、心から祝福してくれた。
そしてめでたく寿退社することになったわたしは、自分のロッカーの整理をしてから、机にある私物をまとめると、事務所の人達にゼシリアに用意してもらったお菓子を配って回った。
ザクトアリアの王族用に出されるお菓子だから、その美味しさは保証済みだ。
「おめでとう、只野さん」
「まさか只野ちゃんが嫁に行くとはなあ。向こうでも頑張ってね」
「只野さん、こんな素敵な彼氏がいるなら早く言ってよ。……前に嫌なこと言っちゃってごめんね」
先週、取引先の接待にわたしをかりだそうとしていた相田さんがばつが悪そうに謝ってきた。
「本当にすみません。あの時のことは気にしてないですから、相田さんも気にしないでください」
相田さんもこうやって自分の非を認めてきちんと謝ってくるんだから、別に嫌な人ではないんだよね。ただ、物言いがちょっときついだけで。
「只野さん、いなくなっちゃうなんて淋しいですぅ~っ」
そう言って抱きついてきたのは、後輩の奈緒ちゃん。さっき主任に春山ちゃんと呼ばれていた子だ。
ちょっと頼りないところもあるけれど、きっと彼女ならわたしの代わりにバリバリ働いてくれるだろうと信じている。
「急なことで本当にごめんね。迷惑かけるけど、後のことは頼むね」
わたしがそう言うと、奈緒ちゃんは真っ赤な目をして、はい、と頷いた。
「せっかくのおめでたいことなのに、只野ちゃんにお祝いをあげられなくてごめんね」
主任が申し訳なさそうに言ってきたけれど、いきなりこんな無茶を聞いてくれただけでも充分ありがたい。
「いえ、そんなこと気にしないでください。急に無理を言ってすみませんでした。それから……、今まで本当にお世話になりました」
わたしは事務所の人達に深々と頭を下げてから、失礼しますと言って、後ろ髪を引かれつつも踵をかえす。
わたしはカレヴィに肩を抱かれて、その背に「只野さん、お疲れさま」「体に気をつけてね」「お幸せに」等々、ありがたい言葉を受けながらその場を去った。
わたしが備品倉庫まで戻ってくると、その場に待機していた千花は笑顔で迎えてくれた。
「あっ、はるか! よかったね、うまく説得できて」
「うん」
千花のその笑顔を見たら、なんだか急に泣きたくなって、わたしは彼女に抱きついてしまった。
やっぱり、みんなとそれなりに仲良くやって、一生懸命働いてた会社を辞めるのはすごく淋しいよ。
ぽろぽろ涙をこぼすと、千花は慰めるようにわたしの背を優しく撫でてくれた。
「……こういう場合は、普通、夫になる俺に抱きつくものじゃないか?」
とかなんとか、カレヴィがぼやいたらしいけれど、その時のわたしはもちろん聞いている余裕なんてなかった。
たとえあっても、たぶんカレヴィに抱きつくことはないと思うけどね。
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