王様と喪女

舘野寧依

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第三章:王の婚約者として

第35話 修羅場回避

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「ハルカ、アーネスの前でその発言はなんだ。俺の婚約者として不用意すぎるぞ」

 カレヴィは不機嫌を隠そうともせずにそう言った。

 うわあ、当たり前だけど、カレヴィ怒ってるよ。
 他人の前で、なんとも思ってないなんて言われたら、彼の面目丸潰れだものね。

 でも、わたしはそういうつもりは全くなかったんだよ。
 そう言っても、カレヴィには信じてもらえないかもしれないけれど。

「ハルカ、来い」

 カレヴィが機嫌の悪さを現したままにわたしの腕を掴もうとする。
 いやだ、今までの彼の調子だと、わたしはこの後なにかされてしまうんだろうか。

 わたしが思わずびくっとして目を瞑ると、予想していたカレヴィの手には触れられなかった。
 そこでわたしが目を開けると、目の前にアーネスが立ちはだかって、カレヴィの腕を掴んでいた。

「……どういうつもりだ、アーネス」

 カレヴィはアーネスに腕を掴まれたまま、彼を睨みつける。

「どうもこうも、君はハルカ嬢に望まない行為をするつもりだっただろう。彼女が人がよいのを利用するのもいい加減にしたらどうだい」

 わたしはアーネスの煽るような言葉に思わずはらはらしてしまった。
 いや、こうなったのはわたしのせいで、アーネスはわたしを守ってくれてるんだってことは分かるんだけどさ。
 でも案の定というべきか、カレヴィが気色ばんだ。

「なんだと」

 カレヴィはアーネスに掴まれた手を振り払うと、彼を睨みつけた。
 アーネスはカレヴィの親友だから、手痛いことも言えちゃうんだろうけど、今回はわたしも悪かったんだし、二人の仲が悪くなっても困る。

「カレヴィ、ごめんね。本当にごめんなさい。わたし、配慮が足りなかったよ」

 わたしはアーネスの前に出ようとしたけれど、彼はそれを許してくれない。

 ……ひょっとして、これはわたしを守ってくれているの?
 だとしたら、ちょっと彼に感謝かも知れない。
 例の薬を飲んでるとはいえ、怒ったカレヴィはわたしになにをするか分からない。
 そんなわけで、わたしは内心びくびくものだった。

 怯えたように彼を見つめたのが悪かったのか、カレヴィは顔をしかめる。
 そんな彼は、なんだか少し傷ついたように見えた。

「ハルカ、そんなに俺を怖がるな」
「でも──」

 いつものパターンだと、キスされたり、下手すると寝室に連れ込まれたりされそうなんだけれど。

「……やれやれ、カレヴィはハルカ嬢にすることが性急すぎるようだね。可哀想にすっかり怯えてるよ」

 アーネスが両肩をすくめて気障っぽく言う。
 そんな仕草も似合っていて、つくづく絵になる人だ。
 でも、わたしがカレヴィにちょっと怯えてるってのは大正解。
 
 この後、どんなお仕置きが待ってるんだろう。
 アーネスの背の後ろでわたしが息を呑んでいると、カレヴィが仕方なさそうに、両手で頭をぐちゃぐちゃと掻いた。

「分かった。俺もきつく言い過ぎた。ハルカにはなにもしない。これでいいか」

 なかばやけくそのように、カレヴィが言ったことでわたしはほっと息を付く。
 そこでやっとアーネスもわたしの前から体をどかした。

 だけど、カレヴィはあんなに言ったのにわたしをアーネスの前で抱きしめようとしてきた。
 けれど、それをなにか壁のようなものが阻む。

「……防御壁か」

 忌々いまいましそうにカレヴィが透明な壁のようなものに触れる。

「陛下、言われている傍からハルカ様に手を出されようとしていますよ」

 その声と同時にイアスが姿を現した。
 あ、イアスがカレヴィの魔手から助けてくれたのか。ありがとう。

「陛下がハルカ様に会いたいと言われましたので仕方なく従いましたが、ハルカ様に無茶なことを強いられるなら僕はあくまでもハルカ様を守りますよ」
「イアス、余計なことをするな」

 カレヴィがむっとしてイアスを睨むけど、それはお門違いってものだと思う。
 悪いのは約束を守らなかったカレヴィでしょ。

「カレヴィ、ことこのことに関してはイアスになにかを言っても無理だよ」

 アーネスが楽しそうにそう言ったら、なぜかイアスは顔を赤らめたけど、どうしたんだろう。

 ……それにしても。

「え、そうすると、イアスはわたしの魔力を辿ってきたってこと?」

 いくら庭園にいるっていっても広い園内だ。
 それをこうも簡単にカレヴィがわたしのいる傍へ現れるのは難しいだろう。

 それに、他人の魔力を探ることが出来る魔術師は非常に稀だ。
 だとしたら、イアスは魔術師としてかなりの才能の持ち主なのだろう。

「そうです。ただでさえ、陛下は執務をさぼられてここまで来たんですよ。もう少し、陛下には自制心というものを持っていただかないと困ります」

 うわ、カレヴィ、年下のイアスにもお説教食らってるよ。
 まあ、わたしもカレヴィにまずいこと聞かれたけど、カレヴィは王としてもっとまずい。
 それ程わたしのことが好きなのは分かったけどさ、執務さぼるとか、本当に程々にしてほしい。

 カレヴィ、仕事しろ。

 わたし達三人が呆れた顔でカレヴィを見ると、彼はごまかすように咳払いをした。

「……それにしても、ハルカはエーメが好きなのか」
「うん、好き。日本の国花だし、日本人は大体の人が好きだと思うよ」
「そうか。それなら、もっと庭園に植えさせようか」

 カレヴィが提案してきたけど、もう既にこの庭園には桜の大木が何本も植わっているし、そこまでしなくてもいいかなあ。

「それより、わたし、夜桜見物したいな」
「夜桜見物?」

 わたしの言葉にカレヴィが不思議そうに聞いてくる。
 あれ、ひょっとしてここにはない習慣なんだろうか。

「夜に桜の木の傍に明かりを灯してね。それで、宴会したりするの」
「それは、なかなか楽しそうな催しのようだね」

 わたしの案にアーネスが興味深そうに微笑んだ。

「うん、楽しいよ。夜桜は綺麗だし、一見の価値はあると思うけど」
「そうか、それなら今夜の晩餐にでも用意させよう」
「本当? カレヴィ、ありがとう」

 わたしがにこにこしてお礼を言うと、カレヴィはほっとしたように息を付いた。
 あ、ひょっとしなくてもさっきカレヴィに怯えちゃったのはちょっとまずかったかなあ。

 でも、アーネスとはそんな関係じゃないっていっても、嫉妬に駆られたカレヴィは怖いし、野獣だし。
 けど、一応世話になってるんだから、人前でも頬にキスと抱擁くらいなら許容してもいいかな。一応婚約者なんだし。

 でも、その前にそれをカレヴィに了承させなくちゃいけないんだよね。
 わたしもいつまでも彼に流されっぱなしじゃいけないと思うし、昼と夜の区別は付けるべきだと思う。

「もちろん、わたしやイアスも招待してくれるんだろうね、カレヴィ」

 楽しそうにアーネスが言ってくると、カレヴィは気が向かないようだったけれども、一応承諾した。

「うん、あとシルヴィも呼ぼうよ。先王陛下や王太后様をお呼びできないのは寂しいけど」

 なんでも先王陛下や王太后陛下は各国を豪遊中らしい。
 カレヴィが言うには、その内帰って来るとは思うがとのことだったけど、はっきりはしないらしい。
 性格は二人とも破天荒なので、ハルカは全く気にすることはないぞ、と言われているので、とりあえず安心はしている。

 ああ、早くお二人にお会いしてみたいなあ。
 楽しい方らしいし、その時が楽しみだ。


 それはそうと、早速花見の準備をしなくちゃいけないよね。
 ふと見ると、イアスが球体をその手にいくつも出していて、桜の木の周りにそれを配置していた。

「これは暗くなると、自動的に明かりが灯りますから」

 ……ふうん、あっちの世界のソーラー電気みたいなものか。
 前から思ってたけど、こっちの魔法はあっちの機械の換えがきいて便利だな。
 もしかしたら、わたしが知らないだけで、かなりそういうのがあるのかもしれない。

 それに、千花っていう大魔術師がいるんだし、あちらの世界の便利なものをこちらにもいろいろ浸透させてるんだろうな。
 そう考えると、千花は文化面でも偉大な伝道師だ。

 出来れば千花やその家族もお花見に招待したいって言ったら、なぜかカレヴィに止められた。
 これ以上騒がしくなっては堪らないって言ってたけど、こういうのは人数が多い方が楽しいのに。カレヴィのけち。
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