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第四章:対決
第26話 所有の証
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──従順であれ、アイシャ。
ルドガーがアイシャに命じた言葉。
だがその命を発した当人は、意識のないアイシャを見下ろして苦々しい気分に陥っていた。
ルドガーは本当は従属など望んではいなかった。ただ、アイシャの愛が欲しかっただけだ。
だが、今まで酷く彼女に当たっていたことと、無理矢理ハーメイに嫁がせたことが彼の足枷となり、素直にそう告げられなかった。
ハーメイに手を出さないという条件の元、ルドガーの命に従ったアイシャ。
今まで体を求める度に抗っていたというのに、彼に身をまかせる彼女は悲壮でさえあった。
それほどかの国が、その王であるカルラートが大事かと、ルドガーは嫉妬に身を焦がす。
確かにハーメイに手を出さないと約束はした。──だが。
「……やつを愛しているのか?」
アイシャはその問いには答えなかったが、その可能性は充分にある。
なんといっても、カルラートはアイシャの初めての男なのだ。
ならば、今の内にその芽を摘んだ方がいいのではないか。そう、ルドガーは思っていた。
「──陛下」
かなり遅れてルドガーが執務室に行くと、宰相は既に書類の整理までしていた。
後はルドガーが書類に目を通して決裁をしていくだけだ。
「……なあ、ディルス」
ふいにルドガーは宰相に言った。それに、先王時代から仕えている宰相は「はい」と答えた。
「もうそろそろ、わたしはハーメイからかの地を返してもらうつもりだ。……おまえの意見はどうだ」
思ってもいなかったルドガーの言葉に、ディルスは息をのんだ。まさか自分の代でそういうことがあるとは思っていなかったのだろう。
長い間平穏を保ってきたこの大陸。
トゥルティエールがハーメイを取り返そうとすれば、いくつかの国を巻き込むことは必至だろう。
「……しかし、ガルディアがそれを黙って見ているとは到底思えません」
ガルディアとはハーメイが建国されるまでは、しばしば国境付近の小競り合いをしていた。
よって、今回トゥルティエールがハーメイに侵攻する際には、ガルディアが関わってくる可能性が非常に高い。
「そうだな……。だが、ガルディアは自分の身に火の粉が降りかからない限り沈黙を続けるだろう。あれはそういう国だ」
ようは、なるべくガルディアを挑発せずに、ハーメイだけを滅ぼせばいいのだ。
ハーメイとガルディアは隣接しているため、かなり困難かも知れないが、これはガルディアにこまめに親書を送ってかの国には敵意がないことを示せばいいだろう。
「陛下、どうしてもハーメイを滅ぼさなければなりませんか」
「──ハーメイは目障りだ。この先もこの国に抗議し続けてくるだろう」
「ハーメイに攻め込めば、アイシャ様が悲しまれますぞ」
宰相には、この件に無理矢理正妃としたアイシャが絡んでいるのを充分承知しているようだった。
宰相に苦言を呈されて、ルドガーは一瞬黙り込んだ。
確かに、アイシャは泣くだろう。
そして、約束を破った自分を詰るのは目に見えていた。
それでも、アイシャの心を占めるハーメイの存在がルドガーは疎ましかった。
あの国が滅んでしまえば、アイシャの婚礼の誓約など気にせずに、晴れて自分の妻とすることができる。
それが非常に自分勝手な考えだと気づいてはいたが、ルドガーは既に自分自身を止められなかった。
「ハーメイの国境沿いを攻めろ。侵略したところは火を放て」
その容赦のない言葉に、宰相のディルスは息をのんだ。
どう言っても、既にルドガーの考えを変えることは不可能だとディルスは理解したらしかった。
……これでしばらくは、カルラートはアイシャのことにかまけていられなくなる。
ルドガーは皮肉気に笑うと、ハーメイとの国境沿いの侵略について、事細かな指示を出した。
宰相はそれに頷いて礼をすると、将軍達に指示をするために執務室から出ていった。
ふと、開け放った窓から爽やかな風が吹く。
ルドガーは執務室の窓からアイシャが庭園を散策しているのを見つけ、先程まで非情な指示を出していたのも忘れて微笑んだ。……しかし、それはどこか暗い感情を含んだ笑みだった。
アイシャ、待っていろ。
もうすぐおまえはわたしだけのもの。
しかし、アイシャはそんなルドガーの思惑に気づくこともなく、相変わらず可憐で美しい姿で、庭園に吹く風に髪を乱されるままに、しばらくそこにたたずんできた。
ルドガーがアイシャに命じた言葉。
だがその命を発した当人は、意識のないアイシャを見下ろして苦々しい気分に陥っていた。
ルドガーは本当は従属など望んではいなかった。ただ、アイシャの愛が欲しかっただけだ。
だが、今まで酷く彼女に当たっていたことと、無理矢理ハーメイに嫁がせたことが彼の足枷となり、素直にそう告げられなかった。
ハーメイに手を出さないという条件の元、ルドガーの命に従ったアイシャ。
今まで体を求める度に抗っていたというのに、彼に身をまかせる彼女は悲壮でさえあった。
それほどかの国が、その王であるカルラートが大事かと、ルドガーは嫉妬に身を焦がす。
確かにハーメイに手を出さないと約束はした。──だが。
「……やつを愛しているのか?」
アイシャはその問いには答えなかったが、その可能性は充分にある。
なんといっても、カルラートはアイシャの初めての男なのだ。
ならば、今の内にその芽を摘んだ方がいいのではないか。そう、ルドガーは思っていた。
「──陛下」
かなり遅れてルドガーが執務室に行くと、宰相は既に書類の整理までしていた。
後はルドガーが書類に目を通して決裁をしていくだけだ。
「……なあ、ディルス」
ふいにルドガーは宰相に言った。それに、先王時代から仕えている宰相は「はい」と答えた。
「もうそろそろ、わたしはハーメイからかの地を返してもらうつもりだ。……おまえの意見はどうだ」
思ってもいなかったルドガーの言葉に、ディルスは息をのんだ。まさか自分の代でそういうことがあるとは思っていなかったのだろう。
長い間平穏を保ってきたこの大陸。
トゥルティエールがハーメイを取り返そうとすれば、いくつかの国を巻き込むことは必至だろう。
「……しかし、ガルディアがそれを黙って見ているとは到底思えません」
ガルディアとはハーメイが建国されるまでは、しばしば国境付近の小競り合いをしていた。
よって、今回トゥルティエールがハーメイに侵攻する際には、ガルディアが関わってくる可能性が非常に高い。
「そうだな……。だが、ガルディアは自分の身に火の粉が降りかからない限り沈黙を続けるだろう。あれはそういう国だ」
ようは、なるべくガルディアを挑発せずに、ハーメイだけを滅ぼせばいいのだ。
ハーメイとガルディアは隣接しているため、かなり困難かも知れないが、これはガルディアにこまめに親書を送ってかの国には敵意がないことを示せばいいだろう。
「陛下、どうしてもハーメイを滅ぼさなければなりませんか」
「──ハーメイは目障りだ。この先もこの国に抗議し続けてくるだろう」
「ハーメイに攻め込めば、アイシャ様が悲しまれますぞ」
宰相には、この件に無理矢理正妃としたアイシャが絡んでいるのを充分承知しているようだった。
宰相に苦言を呈されて、ルドガーは一瞬黙り込んだ。
確かに、アイシャは泣くだろう。
そして、約束を破った自分を詰るのは目に見えていた。
それでも、アイシャの心を占めるハーメイの存在がルドガーは疎ましかった。
あの国が滅んでしまえば、アイシャの婚礼の誓約など気にせずに、晴れて自分の妻とすることができる。
それが非常に自分勝手な考えだと気づいてはいたが、ルドガーは既に自分自身を止められなかった。
「ハーメイの国境沿いを攻めろ。侵略したところは火を放て」
その容赦のない言葉に、宰相のディルスは息をのんだ。
どう言っても、既にルドガーの考えを変えることは不可能だとディルスは理解したらしかった。
……これでしばらくは、カルラートはアイシャのことにかまけていられなくなる。
ルドガーは皮肉気に笑うと、ハーメイとの国境沿いの侵略について、事細かな指示を出した。
宰相はそれに頷いて礼をすると、将軍達に指示をするために執務室から出ていった。
ふと、開け放った窓から爽やかな風が吹く。
ルドガーは執務室の窓からアイシャが庭園を散策しているのを見つけ、先程まで非情な指示を出していたのも忘れて微笑んだ。……しかし、それはどこか暗い感情を含んだ笑みだった。
アイシャ、待っていろ。
もうすぐおまえはわたしだけのもの。
しかし、アイシャはそんなルドガーの思惑に気づくこともなく、相変わらず可憐で美しい姿で、庭園に吹く風に髪を乱されるままに、しばらくそこにたたずんできた。
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