悪役令嬢改め隠しヒロインはグルメ異世界を満喫する

舘野寧依

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はじまりの10歳

20.王都辺境伯邸着

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「ブランシュ様、起きてください!」
「んー、もうちょっと……」

 辺境伯領を出てから四日目にして、わたし達はようやく王都の屋敷にたどり着いた。
 強行軍だったから、それはもう疲れたし、クッション敷いてたとはいえ、お尻も痛い。長時間同じ姿勢でいるのはきついんだよ。
 だから、その翌日の今日はごろごろしていたかったのに、無情にもタチアナはわたしから掛け布団を引き剥がした。……ああ、愛しのオフトゥンが!

「散歩がてら、屋敷の外を探検するとおっしゃってたのはどこのどなたですか! わたくしだって、もう少し寝ていたかったんですよ!」

 ……いやいや、侍女のあなたがそれ言っちゃ駄目だからね? ちょっと執事に言って、再教育してもらった方がいいかもしれない。
 そんなことを思って天蓋付きのベッドから降りると、ふと気になってわたしはタチアナに尋ねた。

「そういや、朝食はどうなってるの?」
「旦那様が本日は遅めに起床されるということでしたから、朝餐は九時になります」
「あー……そうなんだ」

 わたしのテンションはだだ下がりした。
 昨日もらったパンは夜中に食べ尽くしちゃったし、こんなことなら一個くらい取っておくんだった。ああ、お腹空いたなあ。
 でもまあ、既に起き出してしまった以上、このままじっとしてるのもなんだし、わたしは予定通り散策に行くことにした。



「姫様、おはようございます」

 屋敷の外を探検していたら、ベンさんの一番弟子というロベルトさんと畑で出くわした。
 辺境伯領の城では、敷地の外れに広大な畑とかいくつものガラスハウス温室があったけど、まさか王都の屋敷にまで畑があるとは。
 とことん食にこだわる辺境伯家ハンパない。

「おはよう。それ、朝食用の野菜?」

 籠に入っていた朝採りのトマトやらキュウリをわたしが指差すと、ロベルトさんは頷いた。

「ええ、ブランシュ様も収穫してみますか?」
「うん、やるやる!」

 前世、家庭菜園でナスやらプチトマトやらを作ってたことのあるわたしは、嬉々として首肯した。
 おっ、オクラだ。オクラの花って綺麗だよね。確か食べられるんだっけ。
 オクラは生で食べてもいいけど、色止めして、輪切りにしたのに鰹節載っけて醤油かけたのが好きだなあ。
 でも納豆に入れてもいいな。ねばねばしたもの同士で相性いいし。
 あれ? でも納豆ってここにもあるのかな? 豆腐もあることだし、あってもおかしくないけど、前世の世界での欧米圏では、どちらかというときわもの扱いだった記憶があるから、ここではどうかなあ。
 米があるから藁は入手できるだろうし、納豆菌はどこにでもいるっていうから、醤油なんかと比べたら、作るのはそこまで難しくないんだろうけど。

「納豆食べたいなあ」

 わたしが思わず口に出すと、ロベルトさんが反応した。

「そうですか。今日は無理ですけど、明日の朝出しましょうか」
「え、ほんと!? やったー!」

 ヒャッホーッ! あった、あったよ、納豆!
 ロベルトさんの嬉しい申し出に、わたしは飛び上がって喜んだ。
 ほかほかご飯に納豆なんて嬉しすぎる!
 いや、パンに納豆とか、納豆パスタとかのメニューもあるけど、やっぱり基本はご飯でしょ!
 基本のタレに練りがらしとかでもいいけど、それに叩いた梅干しを和えると、さっぱりしていくらでも食べられるよね!
 梅肉和え納豆は、半分に切った油揚げに入れてフライパンでカリッと焼いて食べても美味しいよ。お酒のおつまみに最適だ! あ、お揚げの口は爪楊枝とかで止めてね。

「……納豆って美味しいんですか?」

 興味津々といったていでタチアナが聞いてくる。

「わたしは好きだけど、人によっては好き嫌いが分かれるかも」

 わたしは敢えて腐った大豆だと言うのをやめた。変な固定観念を植え付けるのはよくない。
 すると、ロベルトさんが頷いた。

「そうかもしれませんね。わたしも好きですよ。健康にもいいですしね」
「そうなんですかあ……」

 タチアナが微妙な顔になったけど、もしかして彼女の中では、健康によいイコール美味しくないってイメージなんだろうか。野菜辺りと同じ認識してそうだなあ。
 確かにあのねばねばと匂いが受け入れられない人もいるから、タチアナもそうなる可能性は大いにある。
 でも、ねばねばはともかく、匂いは卵入れることで軽減するから、これにかけてみるか。卵入れるとまったりした味になって美味しいよね。……あ、ちなみに卵入れるときは、わたしは醤油を入れている。
 さらに卵をもう一個増やして、卵焼きにしてもいい。お出汁(面倒だったら顆粒だしでも)と刻んだネギ入れて焼いて食べるとご飯のおかずにぴったりだ!
 ……おっと、ちょっと脱線した。
 納豆の匂い云々は、チーズでも匂いがきついものもあるし、それが大丈夫な人はOKだとは思うけど、タチアナは……うーん、どうだろう。

「……そういや、タチアナはブルーチーズとか好き?」
「なんですか、突然。昔は匂いが駄目でしたけど、まろやかなのなら今は大好きですよ」

 きょとんとした顔で答えるタチアナに、わたしは心の中でガッツポーズした。
 ──よっしゃあ、納豆食わせたる!
 わたしは食わず嫌いお子様舌のタチアナに納豆を食べさせる算段を始めた。
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