吸血鬼ですが、能力も吸血衝動もありません。

透織

文字の大きさ
6 / 15

婚約者と誘拐犯

しおりを挟む



「ああ、紗音令嬢。この子は私の甥の薫だよ。薫、この人は骨堂こつどう紗音令嬢だよ」
骨堂家?あの?純血種の家系では無いけれど、貴族院の中でも上位に入る家だった気がする。

「玖央薫様…?お会い出来て嬉しいですわ。樹央様は、紹介してくださらないみたいだけれど、一応婚約者ですのよ…」

え、婚約者!?
伯父上、婚約者いらっしゃったのか!?
いや、まあいてもおかしくない。と言うより、結婚しててもおかしくない。

玖央家は、両親が継いだから伯父上は次ぐ必要が無いため、伯父上が婿入りする形になるはずだ。
普段、伯父上自身、玖央と名乗ることは無い。そこの線引きは、伯父上はしっかりしりされているのだろう。



「薫です。お会い出来て嬉しいです」
一応、伯父上の奥様になる予定の方だから胸に手を当てて、お辞儀をした。



「紗音令嬢…その件は、お断りしている筈ですが……」
え、断ってるの?
伯父上を見るととても眉間にシワが寄っている。え、怖っ。


「樹央様、元老院もそれを望んでいますわ?」
元老院げんろういん……?
聞き慣れない言葉に頭をひねっていると、



「紗音」


声が2、3トーン低くなった叔父上の声が響いた。
周りがびくっと、身体が動き硬直した。もちろん僕の肩もびくっとなった。



「ひっ、……申し訳っありません、樹央様っ」



そっと伯父上の顔を見ると、この世のものとは思えないほどの綺麗な顔。だが、その表情は無に等しかった。
あんなに綺麗な顔だからこそ、何も感情の無い顔がとても怖い。



「二度と私の前に姿を表すな。骨堂当主にもそう伝えろ」



「しょ、承知致しましたっ」
骨堂令嬢は、涙目で身体がぶるぶると震えている。




僕に、その感情を向けられているわけでは無かったため、僕自身は身体が震えることは無かったけれど確実に僕だったら失神していると思う。




「さて薫、課題の続きを」
くるっと、伯父上は反対を向き、僕の背中に手を当てながら歩き出した。



ぐっと以外も強い力だった。
ちらっと、伯父上の顔を見ると、いつもの伯父上の顔に戻っていた。




ちらっと後ろを振り返ると、紗音令嬢は般若のような顔でこちらを見ていた。
え、怖い怖い。


慌てて、前を向いた。
僕にとばっちりは来ませんように……と願う様に本をぎゅっと抱きしめた。







「レド、あの子を連れて来なさい」
そんな物騒な事を計画されているということも知らずに僕は何を買うかを考えていた。














_________________。

「伯父上?あのご令嬢は、良かったのですか?」
さすがに無かったことには出来ないよ。伯父上……


「いつか話そうとは思っていたけれど、私は玖央家を出ているだろう?それで、元老院から宛てがわれたのがあの令嬢だよ。元々、私の意思なんか無い婚約だからね」
伯父上の表情から感情は読み取れない。
ただあの対応だと、伯父上は婚約自体したくないのだろう。

「あの、先程から元老院とはどのようなものなのですか?」

「ああ、とてもとてもねちっこくて、考えが化石の年寄りがいる組織かな?薫は、気にしなくていい。元老院からは、玖央家自体、関わりたくないから関係は、全て断ち切ってるんだよ」
なんか、さらっと悪口が入っていたような。元老院は、伯父上にとってもとても面倒臭いらしい。



「そうなんですか……なんと言うか、婚約とか大変ですね…?生きていくのに、自分のことで精一杯です」
そんな他人事のように言っていると、
「何を言ってるいるの?薫にも、縁談の話は複数上がっているんだよ?」
あれ?知らなかった?と付け加えて言う伯父上。

縁談……?誰の?え?僕?


「……冗談ですよね?」
「薫が産まれてから今でも、貴族院やら、色んなところから申し出はあるみたいだよ?全部断っているとは聞いたけれど」
なんだって?
産まれたばかりの赤ん坊に縁談って……


「薫は、添い遂げたいと思う者と結ばれるんだよ」
そう言う、伯父上はなぜか少し悲しい顔をしていた。


「先生は、そのような方はいらっしゃらないのですか?」
「はははっ、そこはもう少し聞づらそうに聞いてよ」
困ったように笑って答えてくれた。



「いたよ。けれど、もうこの世にはいないかな…どんなに言いたいことがあっても、会いたくても会えない。薫は、こんな感じになっては駄目だよ。いつか言おう、いつかいつかと思っているとある日突然言えなくなる。突然、心の中に穴が空いたように……」
その言葉を聞いていると、僕も胸がとても苦しくなった。
どんなに辛いのだろうか……会いたいと願っても会えないなんて……





「そんな顔しないで、ほらっお土産探すんでしょう?」
僕よりも、伯父上の方が酷い顔してますよ。


「はい」














_________________。





「とりあえず買えたかな?」

「はい」
手には、本と紙袋がある。



結局、家族全員分の御守り?みたいなものを買った。ちょうど、銀貨が無くなり伯父上には買い物上手だと褒められた。



「課題は、無事終了だね。素晴らしい!今日初めて外に出たにしては上出来だよ」
よしよしと頭を撫でられる。
ずっと思っていたけれど頭を撫でるのは癖なのだろうか?

「先生のお陰です。ありがとうございます」ぺこりと頭を下げると、また頭を撫でられた。



「また明日からもあるんだから、毎日お礼言ってたら私も困るよ」
確かに、それはそうだ。
ふと上を見上げると、真っ暗になっていた。けれど、星空がとても綺麗だ。








ガシッ

「え、」
「薫!!」



一瞬の出来事だった。僕自身何が起きたのか分からなかった。ただ、腕を掴まれて気づいたら視界が反対になっていた。



「薫っ!!」
ザッザッと駆けるような音とそれに交じって伯父上の声が聞こえる。


なるほど、僕は誰かに連れ去られたらしい。



視界がグラグラ揺れるけれど、頭の中はとても冷静だった。

伯父上は、能力を使ってでもどうにかするだろう。
けれど、こんな機会ない。
さっき、本で読んだ魔術を使ってみようか?



「ブルードゥジュールデェウス(願いを叶えよ)」
  これを唱えながら、願いを頭に浮べる。





ボスッ


「うわっ」
身体が宙に浮いたと思ったら、少しの衝撃があって止まった。いや、おさまった。

恐る恐る目を開けると、

「薫!?」
やはり、能力を使おうとしていた伯父上がそこにいた。
伯父上も驚いているようだ。
それもそうだろう。いきなり、僕が伯父上の腕の中に現れたのだから。

はい、お姫様抱っこと言う状態です。




ちなみに、誘拐犯は紐でぐるぐる巻きにされてあり身動きが取れないようだ。

「くそっ!!!」
ああ、舌を噛みきれないようにしておこう。
ぐっと言う言葉を最後に、喋れなくなった誘拐犯は芋虫のように転がっていた。




「薫っ、すまない怖い思いさせてしまった……」
そのまま、ぎゅっと抱きしめられた。

伯父上……嬉しいのですがさすがに恥ずかしいですと言うと、いそいそと降ろしてくれた。




「さっきのは、古代魔術だよね?」
いつ覚えたの?と言われ、
本に目線を向ける。


「本を探していた時にちらっと……」

「薫……、魔術を試したい気持ちは分かるが、初めて使う魔術は実践では使ってはいけないよ?詠唱を間違えるだけでも何が起こるかわからない。今回は、たまたま成功したのかもしれないけれど、回数を重ねて、出来るようになるまでは使っては駄目だ」その詠唱で身を滅ぼすことになるからねと伯父上から珍しく長いお説教だった。


「けれど、よかった……まさか、堂々と私の目の前から攫って行くとは思わなかったから」肝が冷えたよと言い、芋虫状態の誘拐犯のところへ足を動かした。
それに僕も着いて行く。



「言え、誰からの依頼だ」


「うっ、!ぐっ!」
ああ、紐が口に食いこんで話せないらしい。紐を取ろうと駆け寄ろうとするが、伯父上がそれを止めた。


「危ないから下がってなさい。『真実を話せ』」伯父上は、男に向かって言葉に聞こえない音で話しかけた。けれど、頭には意味が直接伝わって来た。これは、伯父上の能力……?


「舐めたことしてくれるな」
「っ!!」
「お、じっうえっ」

何かを見たのか、聞いたのか、理解したらしい伯父上は、先程とは比べ物にならない程の殺意を持って誘拐犯を見ていた。


周りにいた、数人の野次馬はバタバタと泡を吹いて倒れてしまった。


僕も膝が震えて気を抜くと倒れそうだ。






「エレナ」
「はい、ここに」
伯父上の呼ぶ声と同時に、音もなく現れた女性は忍びのような格好をしていて顔はよく見えない。



「玖央の屋敷の地下へ、運んでおけ」
屋敷の?

「ここで始末されますか?」
つまり、遺体のまま運ぶのか、生きたまま運ぶのかそういう事なのだろう。




「いや、このままだ。屋敷で吐かせたのち、研究の材料として活用する」
遺体になろうが関係ないと付け加えた伯父上は、まさに冷酷と言う言葉が似合うオーラを纏っていた。

一言で、『恐怖』





「承知致しました。我が君」
その言葉と同時に、誘拐犯とエレナと呼ばれた女性は、消えた。



そして、伯父上はこちらに近づいて来た。


「薫、すまない怖い思いさせてしまった。今日は、屋敷に戻ろう」
そう、頭を撫でながら言った。
膝の震えはいつの間にか止まっていた。

伯父上の顔を見ると、いつもの顔に戻っていた。



「はい」
僕は、なぜか悲しくてそれ以外の言葉は出なかった。












しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...