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婚約者と誘拐犯
しおりを挟む「ああ、紗音令嬢。この子は私の甥の薫だよ。薫、この人は骨堂紗音令嬢だよ」
骨堂家?あの?純血種の家系では無いけれど、貴族院の中でも上位に入る家だった気がする。
「玖央薫様…?お会い出来て嬉しいですわ。樹央様は、紹介してくださらないみたいだけれど、一応婚約者ですのよ…」
え、婚約者!?
伯父上、婚約者いらっしゃったのか!?
いや、まあいてもおかしくない。と言うより、結婚しててもおかしくない。
玖央家は、両親が継いだから伯父上は次ぐ必要が無いため、伯父上が婿入りする形になるはずだ。
普段、伯父上自身、玖央と名乗ることは無い。そこの線引きは、伯父上はしっかりしりされているのだろう。
「薫です。お会い出来て嬉しいです」
一応、伯父上の奥様になる予定の方だから胸に手を当てて、お辞儀をした。
「紗音令嬢…その件は、お断りしている筈ですが……」
え、断ってるの?
伯父上を見るととても眉間にシワが寄っている。え、怖っ。
「樹央様、元老院もそれを望んでいますわ?」
元老院……?
聞き慣れない言葉に頭をひねっていると、
「紗音」
声が2、3トーン低くなった叔父上の声が響いた。
周りがびくっと、身体が動き硬直した。もちろん僕の肩もびくっとなった。
「ひっ、……申し訳っありません、樹央様っ」
そっと伯父上の顔を見ると、この世のものとは思えないほどの綺麗な顔。だが、その表情は無に等しかった。
あんなに綺麗な顔だからこそ、何も感情の無い顔がとても怖い。
「二度と私の前に姿を表すな。骨堂当主にもそう伝えろ」
「しょ、承知致しましたっ」
骨堂令嬢は、涙目で身体がぶるぶると震えている。
僕に、その感情を向けられているわけでは無かったため、僕自身は身体が震えることは無かったけれど確実に僕だったら失神していると思う。
「さて薫、課題の続きを」
くるっと、伯父上は反対を向き、僕の背中に手を当てながら歩き出した。
ぐっと以外も強い力だった。
ちらっと、伯父上の顔を見ると、いつもの伯父上の顔に戻っていた。
ちらっと後ろを振り返ると、紗音令嬢は般若のような顔でこちらを見ていた。
え、怖い怖い。
慌てて、前を向いた。
僕にとばっちりは来ませんように……と願う様に本をぎゅっと抱きしめた。
「レド、あの子を連れて来なさい」
そんな物騒な事を計画されているということも知らずに僕は何を買うかを考えていた。
_________________。
「伯父上?あのご令嬢は、良かったのですか?」
さすがに無かったことには出来ないよ。伯父上……
「いつか話そうとは思っていたけれど、私は玖央家を出ているだろう?それで、元老院から宛てがわれたのがあの令嬢だよ。元々、私の意思なんか無い婚約だからね」
伯父上の表情から感情は読み取れない。
ただあの対応だと、伯父上は婚約自体したくないのだろう。
「あの、先程から元老院とはどのようなものなのですか?」
「ああ、とてもとてもねちっこくて、考えが化石の年寄りがいる組織かな?薫は、気にしなくていい。元老院からは、玖央家自体、関わりたくないから関係は、全て断ち切ってるんだよ」
なんか、さらっと悪口が入っていたような。元老院は、伯父上にとってもとても面倒臭いらしい。
「そうなんですか……なんと言うか、婚約とか大変ですね…?生きていくのに、自分のことで精一杯です」
そんな他人事のように言っていると、
「何を言ってるいるの?薫にも、縁談の話は複数上がっているんだよ?」
あれ?知らなかった?と付け加えて言う伯父上。
縁談……?誰の?え?僕?
「……冗談ですよね?」
「薫が産まれてから今でも、貴族院やら、色んなところから申し出はあるみたいだよ?全部断っているとは聞いたけれど」
なんだって?
産まれたばかりの赤ん坊に縁談って……
「薫は、添い遂げたいと思う者と結ばれるんだよ」
そう言う、伯父上はなぜか少し悲しい顔をしていた。
「先生は、そのような方はいらっしゃらないのですか?」
「はははっ、そこはもう少し聞づらそうに聞いてよ」
困ったように笑って答えてくれた。
「いたよ。けれど、もうこの世にはいないかな…どんなに言いたいことがあっても、会いたくても会えない。薫は、こんな感じになっては駄目だよ。いつか言おう、いつかいつかと思っているとある日突然言えなくなる。突然、心の中に穴が空いたように……」
その言葉を聞いていると、僕も胸がとても苦しくなった。
どんなに辛いのだろうか……会いたいと願っても会えないなんて……
「そんな顔しないで、ほらっお土産探すんでしょう?」
僕よりも、伯父上の方が酷い顔してますよ。
「はい」
_________________。
「とりあえず買えたかな?」
「はい」
手には、本と紙袋がある。
結局、家族全員分の御守り?みたいなものを買った。ちょうど、銀貨が無くなり伯父上には買い物上手だと褒められた。
「課題は、無事終了だね。素晴らしい!今日初めて外に出たにしては上出来だよ」
よしよしと頭を撫でられる。
ずっと思っていたけれど頭を撫でるのは癖なのだろうか?
「先生のお陰です。ありがとうございます」ぺこりと頭を下げると、また頭を撫でられた。
「また明日からもあるんだから、毎日お礼言ってたら私も困るよ」
確かに、それはそうだ。
ふと上を見上げると、真っ暗になっていた。けれど、星空がとても綺麗だ。
ガシッ
「え、」
「薫!!」
一瞬の出来事だった。僕自身何が起きたのか分からなかった。ただ、腕を掴まれて気づいたら視界が反対になっていた。
「薫っ!!」
ザッザッと駆けるような音とそれに交じって伯父上の声が聞こえる。
なるほど、僕は誰かに連れ去られたらしい。
視界がグラグラ揺れるけれど、頭の中はとても冷静だった。
伯父上は、能力を使ってでもどうにかするだろう。
けれど、こんな機会ない。
さっき、本で読んだ魔術を使ってみようか?
「ブルードゥジュールデェウス(願いを叶えよ)」
これを唱えながら、願いを頭に浮べる。
ボスッ
「うわっ」
身体が宙に浮いたと思ったら、少しの衝撃があって止まった。いや、おさまった。
恐る恐る目を開けると、
「薫!?」
やはり、能力を使おうとしていた伯父上がそこにいた。
伯父上も驚いているようだ。
それもそうだろう。いきなり、僕が伯父上の腕の中に現れたのだから。
はい、お姫様抱っこと言う状態です。
ちなみに、誘拐犯は紐でぐるぐる巻きにされてあり身動きが取れないようだ。
「くそっ!!!」
ああ、舌を噛みきれないようにしておこう。
ぐっと言う言葉を最後に、喋れなくなった誘拐犯は芋虫のように転がっていた。
「薫っ、すまない怖い思いさせてしまった……」
そのまま、ぎゅっと抱きしめられた。
伯父上……嬉しいのですがさすがに恥ずかしいですと言うと、いそいそと降ろしてくれた。
「さっきのは、古代魔術だよね?」
いつ覚えたの?と言われ、
本に目線を向ける。
「本を探していた時にちらっと……」
「薫……、魔術を試したい気持ちは分かるが、初めて使う魔術は実践では使ってはいけないよ?詠唱を間違えるだけでも何が起こるかわからない。今回は、たまたま成功したのかもしれないけれど、回数を重ねて、出来るようになるまでは使っては駄目だ」その詠唱で身を滅ぼすことになるからねと伯父上から珍しく長いお説教だった。
「けれど、よかった……まさか、堂々と私の目の前から攫って行くとは思わなかったから」肝が冷えたよと言い、芋虫状態の誘拐犯のところへ足を動かした。
それに僕も着いて行く。
「言え、誰からの依頼だ」
「うっ、!ぐっ!」
ああ、紐が口に食いこんで話せないらしい。紐を取ろうと駆け寄ろうとするが、伯父上がそれを止めた。
「危ないから下がってなさい。『真実を話せ』」伯父上は、男に向かって言葉に聞こえない音で話しかけた。けれど、頭には意味が直接伝わって来た。これは、伯父上の能力……?
「舐めたことしてくれるな」
「っ!!」
「お、じっうえっ」
何かを見たのか、聞いたのか、理解したらしい伯父上は、先程とは比べ物にならない程の殺意を持って誘拐犯を見ていた。
周りにいた、数人の野次馬はバタバタと泡を吹いて倒れてしまった。
僕も膝が震えて気を抜くと倒れそうだ。
「エレナ」
「はい、ここに」
伯父上の呼ぶ声と同時に、音もなく現れた女性は忍びのような格好をしていて顔はよく見えない。
「玖央の屋敷の地下へ、運んでおけ」
屋敷の?
「ここで始末されますか?」
つまり、遺体のまま運ぶのか、生きたまま運ぶのかそういう事なのだろう。
「いや、このままだ。屋敷で吐かせたのち、研究の材料として活用する」
遺体になろうが関係ないと付け加えた伯父上は、まさに冷酷と言う言葉が似合うオーラを纏っていた。
一言で、『恐怖』
「承知致しました。我が君」
その言葉と同時に、誘拐犯とエレナと呼ばれた女性は、消えた。
そして、伯父上はこちらに近づいて来た。
「薫、すまない怖い思いさせてしまった。今日は、屋敷に戻ろう」
そう、頭を撫でながら言った。
膝の震えはいつの間にか止まっていた。
伯父上の顔を見ると、いつもの顔に戻っていた。
「はい」
僕は、なぜか悲しくてそれ以外の言葉は出なかった。
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