呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない

波崎 亨璃

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第一章

001 呪われた領地に落ちたらしい

 最初に思ったのはうるさいな、だった。

 いや、正確には逆か。
 うるさかったはずの世界が何の前触れもなく突如静かになった。
 電車の音も、人の声も、ついさっきまで見ていたスマホの画面も、全部消えたみたいに。
 次の瞬間、足元が抜けた。
 もっと正確に言うなら俺は地面から、落ちた。

「……え?は?」

 重力に引っ張られる感覚だけがやけにリアルで、視界がぐるっと回り身体が宙に投げ出される。
 落ちてる。普通に。

 ――あ、これ死ぬやつ。

 そう思ったのに不思議と怖いなんて感情はなかった。

 磯谷駆真いそやかるま、二十四歳。
 童顔と呼ばれることがコンプレックスなお年頃。
 特別なことは何もしていない。
 仕事も人間関係も可もなければ不可もない、どこにでもいる凡人代表。
 下手したらモブ扱いが似合う存在、そう自分では自負している。
 誰かに必要とされた記憶も正直あまりないので、だからこうして唐突に終わるのもまあ妥当かもしれないと思えば受け止められた。
 ……その瞬間、視界がひっくり返る。
 衝撃は思ったよりも軽く、背中に伝わったのは冷たい地面の感触と、土の匂い。

「……嘘、生きてる」

 ゆっくり目を開ける。
 そこにあったのは見たことのない夜空だった。
 星がやけに近く、しかも――大きな月が斜めに二つ並んでいた。

「いやいやいや……」

 俺は驚きのあまり思わず声が出てしまい、空を見上げたまま現実逃避したくなった。
 でも風は冷たいし身体はちゃんとここにある。
 夢じゃない。
 周囲を見渡すと、森だった。
 視界に映る植物や木に実っている果物かなにかは初めて見るものばかり。
 それに街灯もない、道路もない、人工物らしきものが何一つ見当たらない。

「……ここ、どこ、だよ」

 返事は当然なく、ただ遠くで何かの鳴き声がした。
 動物みたいな、でもちょっと不自然な音。
 背中に嫌な汗がにじむ。
 その時、ようやく理解した。

 俺、多分――異世界に来てるな、と。

 ありえない話のはずなのに妙にしっくりきてしまう自分がいて逆に怖かった。
 この世界、静かすぎる。
 人の気配がまったくない。
 まるで最初から誰も住んでいないみたいだ。
 ……いや。
 誰も住んでないというより、誰も近づかなくなった場所かなにかか。
 そんな感じがした。
 理由は分からない。
 でも胸の奥がじわっと重くなる。
 ……もう現実世界に戻れないんだろうな。
 根拠はないのにそれだけはなぜか確信してしまった。



 そしてこの場所が「呪われた辺境伯の領地」だと知るのは、もう少し後の話になる。
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