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記憶喪失ですが、夫に復讐いたします 3

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継母が戻ってきてから、婚姻の書類にサインをし、その足でヴェルティエ家に出発する。



生まれたときから、暮らしてきたお屋敷。

継母が来てから、使用人もみんな変わり、居心地はわるかったけど、それでも幸せな思い出もあったシュンドラー家。



エレオノーラは、馬車に乗る前に振り返って、じっと玄関を見つめた。



「もう、ここに戻ることはないのね。」



もう少し、この家で幸せになりたかった。お母さま、お父様が生きているときのように・・・。



継母のことを考えると、一秒でもはやくここを離れたほうがいい。



それでも、エレオノーラは一歩をふみだせず、屋敷を見つめたまま、じっとそこにたたずんでいる。



幸せだったころの記憶が胸によみがえる。

思わず目を閉じると、様々な思い出が押し寄せた。















(突然のことだものな、離れがたいだろう)

シルビオは黙ってエレオノーラを待っていた。



事情があるとはいえ、突然来た人間に連れていかれるのだ。彼女の心中は推してしるべしだろう。



ふと、彼女の小さな肩が小刻みに震え、小さな嗚咽に気づいた。





エレオノーラの胸中に、複雑な思いが、一気に押し寄せる。

(泣いてはだめ!)



きっと今頃継母は、屋敷の窓からのぞいて出発を今か今かとまっているはずだ。

そんな女に涙なんか見せたくない。



そう思って必死にこらえていた。でも、涙が一滴こぼれたら、もう止められなかった。





シルビオは何も言わず、自分の来ていた上着を、やや乱暴にエレオノーラの頭からかぶせた。



不器用な優しさに、エレオノーラの涙は余計に止まらなくなった。
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