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記憶喪失ですが、夫に復讐いたします 29 王家の森 2
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王家の森。
王宮の東、王宮広場から向かって右側に広がる森。
一般には公開されておらず、王宮が建てられるずっと前からある森をそのまま保存している。
最小限の管理のみで、端に行けば行くほど、木々が濃く鬱蒼うっそうとして、原生林に近い。馬で行けるのは、王宮近くにある泉までだ。その先は、木々の枝が広がっており、馬で進むには危険を伴う。
「この辺で、一休みしましょうか。」
歩いて王家の森を散策したのはほんの端の方だけだったことをエレオノーラは初めて知った。
「王家の森って広いのね。」
「そうですね、これでもまだ中央まで入っていないはずです。」
「フレデリックは端まで行ったことあるの?」
「一度だけ。」
「端には何があるの?」
「端には壊れた城壁があります。」
「壊れた?」
「そうです。ずっと昔の戦争の名残です。今は、苔むしてただの緑の壁ですけどね。」
この平和な国にもかつては戦場になった歴史がある。
「今は、平和なもんです。平和を守るために自分たち騎士はいると思っています。」
隣国ローゼンダールとは条約があり、お互いに戦う必要はない。
しかし、周辺諸国とは危ういバランスの上に成り立っているリュトヴィッツの平和だ。武力を持つことで戦わない道を選ぶのだと、フレデリックは理解している。
「そうね、リュトヴィッツの騎士は優秀だって有名だものね。アカデミーにも、騎士科に留学する他国の貴族は多いでしょう?」
「よくご存じですね」
その通り、と言わんばかりにフレデリックは頷く。
「……なんで、知っているのかしら…」
不思議とすらすらと、言葉が出てきた。
二人の沈黙を埋めるよう、泉の湧き水が静かに、さらさらと優しい音を奏でる。
泉に映る顔。
はっきりした紫色の瞳に、白銀に近い金の髪。
記憶にある母によく似た顔が自分を見つめている。
(……お母さま……)
胸の中で母を呼ぶ。エレオノーラはぎゅっと心の底をつかまれたように苦しくなった。
「……っ」
突然、エレオノーラは座り込んで、顔を伏せた。
「ど、どうされたんですか?」
急なことで慌てふためくフレデリックが近寄ろうとすると、エレオノーラは手でそれを静止して、
「……なんでもない。ちょっとだけ、一人にして!」
(ここで優しい言葉を掛けられたら、寂しい気持ちがあふれ出そう)
フレデリックに心配をかけたくない一心で、顔を伏せてぐっと堪える。
「……わかりました。離れた場所にいますので、何かあれば大声で呼んでくださいね」
そう言って、フレデリックは森の奥へと歩いて行った。
フレデリックの足音がしばらくすると聞こえなくなった。
やっと顔を上げたエレオノーラの目は、涙をこらえていたため充血している。
「これじゃあ、泣いたみたいね」そう言ってクシャっと笑った泉にうつる顔は、まぎれもなく自分の顔だった。
じっと見ていると、水の流れでどんどん歪んでいってしまう。
――寂しい――
母の顔を思い出すと、この世界にもう自分を愛してくれる人は誰もいない寂しさ、よりどころのない寂しさ、どこにも行けないような不安、いろんな気持ちが押し寄せてきた。
(思い出したい。寂しくてたまらない……だれも私のことを知らない、私でさえも)
涙があふれる。拭っても拭っても、後から後から湧き出る。仕方なく流れるまま、嗚咽も水音に溶けるように下を向いていた。
(涙を流しきったら、少しすっきりした。)
腕で、乱暴に目元をぬぐうと大きなため息をついて、泉から目をそらして、座ったまま空を見上げた。
(ダメだ、ここにいると、落ち込みそう)
その時だった、近くの木につながれておとなしくしていたエメリー号がしきりに耳を動かし落ち着かない様子だ。
(フレデリック?)
かさかさと、落ち葉を踏み分け馬が歩いてくる音が近づいてくる。
(馬の足音?)
フレデリックであるはずがない。馬に乗って、他の誰かがやってきているのだ。
エレオノーラは思わず緊張で身構えた。
王宮の東、王宮広場から向かって右側に広がる森。
一般には公開されておらず、王宮が建てられるずっと前からある森をそのまま保存している。
最小限の管理のみで、端に行けば行くほど、木々が濃く鬱蒼うっそうとして、原生林に近い。馬で行けるのは、王宮近くにある泉までだ。その先は、木々の枝が広がっており、馬で進むには危険を伴う。
「この辺で、一休みしましょうか。」
歩いて王家の森を散策したのはほんの端の方だけだったことをエレオノーラは初めて知った。
「王家の森って広いのね。」
「そうですね、これでもまだ中央まで入っていないはずです。」
「フレデリックは端まで行ったことあるの?」
「一度だけ。」
「端には何があるの?」
「端には壊れた城壁があります。」
「壊れた?」
「そうです。ずっと昔の戦争の名残です。今は、苔むしてただの緑の壁ですけどね。」
この平和な国にもかつては戦場になった歴史がある。
「今は、平和なもんです。平和を守るために自分たち騎士はいると思っています。」
隣国ローゼンダールとは条約があり、お互いに戦う必要はない。
しかし、周辺諸国とは危ういバランスの上に成り立っているリュトヴィッツの平和だ。武力を持つことで戦わない道を選ぶのだと、フレデリックは理解している。
「そうね、リュトヴィッツの騎士は優秀だって有名だものね。アカデミーにも、騎士科に留学する他国の貴族は多いでしょう?」
「よくご存じですね」
その通り、と言わんばかりにフレデリックは頷く。
「……なんで、知っているのかしら…」
不思議とすらすらと、言葉が出てきた。
二人の沈黙を埋めるよう、泉の湧き水が静かに、さらさらと優しい音を奏でる。
泉に映る顔。
はっきりした紫色の瞳に、白銀に近い金の髪。
記憶にある母によく似た顔が自分を見つめている。
(……お母さま……)
胸の中で母を呼ぶ。エレオノーラはぎゅっと心の底をつかまれたように苦しくなった。
「……っ」
突然、エレオノーラは座り込んで、顔を伏せた。
「ど、どうされたんですか?」
急なことで慌てふためくフレデリックが近寄ろうとすると、エレオノーラは手でそれを静止して、
「……なんでもない。ちょっとだけ、一人にして!」
(ここで優しい言葉を掛けられたら、寂しい気持ちがあふれ出そう)
フレデリックに心配をかけたくない一心で、顔を伏せてぐっと堪える。
「……わかりました。離れた場所にいますので、何かあれば大声で呼んでくださいね」
そう言って、フレデリックは森の奥へと歩いて行った。
フレデリックの足音がしばらくすると聞こえなくなった。
やっと顔を上げたエレオノーラの目は、涙をこらえていたため充血している。
「これじゃあ、泣いたみたいね」そう言ってクシャっと笑った泉にうつる顔は、まぎれもなく自分の顔だった。
じっと見ていると、水の流れでどんどん歪んでいってしまう。
――寂しい――
母の顔を思い出すと、この世界にもう自分を愛してくれる人は誰もいない寂しさ、よりどころのない寂しさ、どこにも行けないような不安、いろんな気持ちが押し寄せてきた。
(思い出したい。寂しくてたまらない……だれも私のことを知らない、私でさえも)
涙があふれる。拭っても拭っても、後から後から湧き出る。仕方なく流れるまま、嗚咽も水音に溶けるように下を向いていた。
(涙を流しきったら、少しすっきりした。)
腕で、乱暴に目元をぬぐうと大きなため息をついて、泉から目をそらして、座ったまま空を見上げた。
(ダメだ、ここにいると、落ち込みそう)
その時だった、近くの木につながれておとなしくしていたエメリー号がしきりに耳を動かし落ち着かない様子だ。
(フレデリック?)
かさかさと、落ち葉を踏み分け馬が歩いてくる音が近づいてくる。
(馬の足音?)
フレデリックであるはずがない。馬に乗って、他の誰かがやってきているのだ。
エレオノーラは思わず緊張で身構えた。
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