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記憶喪失ですが、夫に復讐いたします 31 正体
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木々の間から現れたシルビオは、馬を降り、エレオノーラの方へ近づいてきた。
額にはしっとりと汗が浮かび、こめかみから一筋のしずくが落ちた。
よほど急いで馬を駆ってきたのだろう。乗馬服ではない、街へ出かけるようなジャケットにパンツ。ブーツではなく上質な皮の靴だ。
彼は襟もとのタイをかるく緩め、柔らかく微笑んだ。
言いたいことはたくさんあるが、言葉にするのが難しい。
(……何から話せばいいのか……)
そんな彼をエレオノーラはじっと見つめている。
シルビオの身なりは、きちんとしている、というより、かなり上流の貴族だろう。洗練された装いに、やや仏頂面だが、よく見れば顔立ちも美しく、長身で身のこなしも軽やかだ。
馬からひらりと降りる姿は、騎士然としていて見惚れるほどだ。
妙なタイミングで現れるこの男を怪訝に思っていた。
以前、この男を見たときに感じた、胸の底をザラリと撫でられるような不快感も相変わらずだ。エレオノーラはそっと眉を顰め、その不快感に抵抗していた。
(前もこんな表情していたな、俺のことを覚えているのだろうか)
シルビオは声を掛けようとするが、なんといっていいのか、気持ちが大きすぎて言葉にならない。言葉を掛けようとして口を開くが、迷ってまた閉じてしまう。
エレオノーラの目は赤く充血していて目の下もこすったように赤い。疲れたような表情で、座り込んでいた。
「……泣いて、いたのか?」
シルビオは思わず言葉にしてしまう。
エレオノーラは、はっと驚いたように瞳を見開いて、気まずそうに下を向く。
(しまった、つい口をついて出てしまった……)
と思ってももう遅い。軽くため息をつくと、シルビオは手を差し伸べ、
「大丈夫か?」
「……」
エレオノーラはおずおずと手を差し出した。
シルビオはその手をとってそっと握ると、引き寄せてエレオノーラを立ち上がらせた。
二人の距離が急に縮まり、エレオノーラの心臓は軽く跳ねた。
その途端、頭の中によみがえる光景があった。
(……知ってる、この感じ!この人にこうやってどこかへ連れていかれたことがある……?)
しかし、思い出せた風景は、足元で顔はぼんやりとしていた。
また、惜しいところで記憶は散り散りに消えていく。
「どうした、この手。ずいぶん痛そうだな」
握った手をまじまじとみるシルビオ。
剣だこがつぶれ、包帯も巻いているが隠しきれていない。おおよそ、令嬢とは言えない手だ。
「あ……これは……その、剣技を習っているのです……」
「剣技?なぜ?」
「アカデミーの入学試験が迫っているのですが、なかなか上達しなくて…」
「アカデミーに?」
(エレオノーラはアカデミーに入学する気なのか?!)
「私は、事故で記憶がないのです。ここで仕事を見つけて生きていくにはアカデミーに入学する必要があると聞いています」
内心、シルビオは驚いていたが、何とか平静を装って、
「そうか……アカデミーに……。……これはまた、無茶な練習をしているようだな。」
「そうでしょうか……」
「君の師匠は誰だ?」
「各騎士団の団長です。でも、お忙しいのでなかなか……あとは自分で……」
「これだと、手のひらだけでなく、腕まで痛めそうだ。空いている騎士はいないのか?」
「皆さん、それぞれ任務もありますし、私に割く時間はありません。」
「そうか、では君さえよければ俺が教えようか」
「ええ?!でも、私は王宮を勝手に出ることはできません」
「いや、俺が王宮へ行く。」
「はい?」
(見た感じは、悪い人ではなさそうなのに、この理由のない不安感は何だろう。)
得体のしれない不安感にエレオノーラの心はざわつきを押さえきれない。
それとは対照的に、いいことを思いついたとばかりにシルビオはにっこり微笑んだ。
「以前は驚かせたようで申し訳なかったな。」
「夜会の時の事ですか?」
「ああ」
ふう、と息をついて、
「本当に、覚えていないんだな。」
(自分の存在が忘れ去られているとは、こんなにも苦しいのか。まるで知らない男だな。警戒しているのがよくわかる。)
胸の奥が急に締め付けられる自分に、シルビオは戸惑っていた。
「……申し訳ありません……。あなたは、私のことをご存じなのですね。」
「ああ……」
悲しそうに苦笑いすると、こう続けた。
「実は、事故にあう前に、君が残していったものを俺が預かっている。」
エレオノーラは思わずぱっと顔を上げる。
「なぜ、あなたが?」
「俺は……君の家族になり損ねた男だからだ。」
(家族になり損ねた?)
シルビオの言葉が妙に引っかかった。
「君の記憶が戻る助けになるかもしれない。君に渡したいと思っているが、どこに行けば会える?」
孤独感に押しつぶされそうになっていた、エレオノーラにとって喉から手が出るほど欲しいものだ。
「……どこでしょう。」
王宮に自分を訪ねてくる人などいない。どうすれば、会えるのかはエレオノーラ自身もわからないのだ。
「では、鍛錬場にしよう。午後には鍛錬場にいると聞いたが。」
「ええ、でも、鍛錬場には騎士団以外の方は入れないんじゃ……?」
「ちょっとした伝手があってね。」
と、余裕の笑みを向けるシルビオだった。
額にはしっとりと汗が浮かび、こめかみから一筋のしずくが落ちた。
よほど急いで馬を駆ってきたのだろう。乗馬服ではない、街へ出かけるようなジャケットにパンツ。ブーツではなく上質な皮の靴だ。
彼は襟もとのタイをかるく緩め、柔らかく微笑んだ。
言いたいことはたくさんあるが、言葉にするのが難しい。
(……何から話せばいいのか……)
そんな彼をエレオノーラはじっと見つめている。
シルビオの身なりは、きちんとしている、というより、かなり上流の貴族だろう。洗練された装いに、やや仏頂面だが、よく見れば顔立ちも美しく、長身で身のこなしも軽やかだ。
馬からひらりと降りる姿は、騎士然としていて見惚れるほどだ。
妙なタイミングで現れるこの男を怪訝に思っていた。
以前、この男を見たときに感じた、胸の底をザラリと撫でられるような不快感も相変わらずだ。エレオノーラはそっと眉を顰め、その不快感に抵抗していた。
(前もこんな表情していたな、俺のことを覚えているのだろうか)
シルビオは声を掛けようとするが、なんといっていいのか、気持ちが大きすぎて言葉にならない。言葉を掛けようとして口を開くが、迷ってまた閉じてしまう。
エレオノーラの目は赤く充血していて目の下もこすったように赤い。疲れたような表情で、座り込んでいた。
「……泣いて、いたのか?」
シルビオは思わず言葉にしてしまう。
エレオノーラは、はっと驚いたように瞳を見開いて、気まずそうに下を向く。
(しまった、つい口をついて出てしまった……)
と思ってももう遅い。軽くため息をつくと、シルビオは手を差し伸べ、
「大丈夫か?」
「……」
エレオノーラはおずおずと手を差し出した。
シルビオはその手をとってそっと握ると、引き寄せてエレオノーラを立ち上がらせた。
二人の距離が急に縮まり、エレオノーラの心臓は軽く跳ねた。
その途端、頭の中によみがえる光景があった。
(……知ってる、この感じ!この人にこうやってどこかへ連れていかれたことがある……?)
しかし、思い出せた風景は、足元で顔はぼんやりとしていた。
また、惜しいところで記憶は散り散りに消えていく。
「どうした、この手。ずいぶん痛そうだな」
握った手をまじまじとみるシルビオ。
剣だこがつぶれ、包帯も巻いているが隠しきれていない。おおよそ、令嬢とは言えない手だ。
「あ……これは……その、剣技を習っているのです……」
「剣技?なぜ?」
「アカデミーの入学試験が迫っているのですが、なかなか上達しなくて…」
「アカデミーに?」
(エレオノーラはアカデミーに入学する気なのか?!)
「私は、事故で記憶がないのです。ここで仕事を見つけて生きていくにはアカデミーに入学する必要があると聞いています」
内心、シルビオは驚いていたが、何とか平静を装って、
「そうか……アカデミーに……。……これはまた、無茶な練習をしているようだな。」
「そうでしょうか……」
「君の師匠は誰だ?」
「各騎士団の団長です。でも、お忙しいのでなかなか……あとは自分で……」
「これだと、手のひらだけでなく、腕まで痛めそうだ。空いている騎士はいないのか?」
「皆さん、それぞれ任務もありますし、私に割く時間はありません。」
「そうか、では君さえよければ俺が教えようか」
「ええ?!でも、私は王宮を勝手に出ることはできません」
「いや、俺が王宮へ行く。」
「はい?」
(見た感じは、悪い人ではなさそうなのに、この理由のない不安感は何だろう。)
得体のしれない不安感にエレオノーラの心はざわつきを押さえきれない。
それとは対照的に、いいことを思いついたとばかりにシルビオはにっこり微笑んだ。
「以前は驚かせたようで申し訳なかったな。」
「夜会の時の事ですか?」
「ああ」
ふう、と息をついて、
「本当に、覚えていないんだな。」
(自分の存在が忘れ去られているとは、こんなにも苦しいのか。まるで知らない男だな。警戒しているのがよくわかる。)
胸の奥が急に締め付けられる自分に、シルビオは戸惑っていた。
「……申し訳ありません……。あなたは、私のことをご存じなのですね。」
「ああ……」
悲しそうに苦笑いすると、こう続けた。
「実は、事故にあう前に、君が残していったものを俺が預かっている。」
エレオノーラは思わずぱっと顔を上げる。
「なぜ、あなたが?」
「俺は……君の家族になり損ねた男だからだ。」
(家族になり損ねた?)
シルビオの言葉が妙に引っかかった。
「君の記憶が戻る助けになるかもしれない。君に渡したいと思っているが、どこに行けば会える?」
孤独感に押しつぶされそうになっていた、エレオノーラにとって喉から手が出るほど欲しいものだ。
「……どこでしょう。」
王宮に自分を訪ねてくる人などいない。どうすれば、会えるのかはエレオノーラ自身もわからないのだ。
「では、鍛錬場にしよう。午後には鍛錬場にいると聞いたが。」
「ええ、でも、鍛錬場には騎士団以外の方は入れないんじゃ……?」
「ちょっとした伝手があってね。」
と、余裕の笑みを向けるシルビオだった。
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