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記憶喪失ですが、夫に復讐いたします 33 剣の鍛錬
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翌日、午後鍛錬場へ行くとシルビオが剣の手入れをして待っていた。
「来たか。」
さも当然だと言わんばかりのシルビオ。白いシャツに黒のトラウザーズ、ひざまであるブーツを身に着けている。いつもより簡素な格好だが、彼のスタイルの良さを際立たせている。
(本当に来るなんて、この人騎士団の人ではないわよね?)
「ど、どうやってここへ?」
通常は騎士団以外の人間は入れない。
しかし、昨日騎士団の詰め所へとって帰って、剣技の家庭教師として城へ入れるよう、ロジェに頼み込んだのだ。
騎士団の団長もシルビオ・ヴェルティエの名前を知っていたため、話は簡単に通った。
「伝手があるって言っただろう」
釈然としないエレオノーラだが、いつもの模擬剣を準備し始めた。
「まて、それは体に合わない。こちらを使え」
シルビオが、彼のそばにあった模擬剣を投げてよこした。慌てて、受け止めると模擬剣のようだが、細身でやや刀身が短い。
「これは…?」
「今までのものでは重すぎて動きに制約ができるだろう。刀身も短めにして抜刀の速さを上げるんだ」
確かに、今までのものは非常に重く、相手の剣を受け止めるときもグラグラとして安定しなかった。これならば、力が逃げず安定しそうだ。
「それから、あまり無茶苦茶素振りをするな。軽く準備をしたら、すぐに実践に入ろう」
そう言って、シルビオも剣の準備を始めた。
「え……?」
(この人と、実践?私、相手になる気がしない…)
冷汗が背中を幾筋も流れた。
「怖がらなくていい。はじめは受け流すだけだ。切りかかる練習をする」
素振りが終わると、さっそくシルビオに切りかかる練習が始まった。
しかし、シルビオはただそこに立っているだけで、どんどんエレオノーラの攻撃を受け流してしまう。どう頑張っても一撃を与えられる気がしない。
エレオノーラは息が上がっているのに、シルビオは汗一つかいていない。
(なんとか一撃だけでも!)
必死になってとびかかる。
「いいぞ、その目!一本とってみろ!」
ははは、と余裕で笑うシルビオに、負けずぎらいのエレオノーラが顔を出す。
シルビオは、なんと両手ではなく片手で構えだした。
(まったく相手にされてない、くやしい!)
しかし、どれだけやっても一撃を与えられなかった。
エレオノーラは肩で息をする。立っているのもつらいぐらいだ。
「よし、この辺で今日は終わろう」
「え?!もう?!」
「……これ以上やると、明日起き上がれないぞ」
鍛錬場の片隅で、二人で休憩をとる。
冷たい飲み物を侍女が準備してくれていた。ひんやりと喉を通る冷たさが、生き返る心地だ。
レモン水だろうか。さわやかな酸味とミントの香りが鼻に抜ける。
「結構負けず嫌いなんだな、驚いた」
「今までは皆さん私にけがをさせないように、ほとんど相手をしてくださらなかったんです。」
(今までの奴らは一体何をやっていたんだ…練習にならないじゃないか)
シルビオは不思議に思ったが、彼女が一人でなんとかしようと奮闘していたことがうかがえた。
「そうだ。昨日話した君の荷物。一部だけ持ってきた」
「これは、君の母上だろう?」
そこには、今の自分とそっくりな流れる金の髪を編み上げ、紫色の大きな瞳で微笑む女性が描かれていた。
「お母さま……」
記憶にある母の顔だった。
「ここを見てくれ」
シルビオが肖像画を裏返し指さした。
「……レーナマリー……」
(そうだ、確かに父は“レーナ”と呼んでいた。レーナマリーがお母さまの名前…)
「シュンドラー男爵夫人については、俺もよくわからない。」
シュンドラー男爵と聞いて、エレオノーラの心臓はドキン、と大きな音を立てた。
脂汗が額を伝う。
(シュンドラー…、エレオノーラ・シュンドラー…)
また、記憶が動き始める。
(そうだ、小さいころは、父について自分も貿易の仕事をするのだと思っていた。世界中を旅してまわることを楽しみにしていたころがあった。)
「大丈夫か、顔が真っ青だぞ」
心配そうに、エレオノーラの顔をシルビオは覗き込んでいる。
「あ…大丈夫です…、私、エレオノーラ・シュンドラーだったのですね」
その時、シルビオは何とも言えない、困ったような、苦笑いのような、妙な表情を浮かべた。
本当は、ヴェルティオになっていたと言いたいところだが、
(彼女が自分で思い出すのを待った方がいいだろう。)
「違う、のですか?」
「いいや、違わない。そうだ、シュンドラー男爵令嬢だった。」
「思い出した記憶の中では、父も母も仲が良くて……私をとてもかわいがっていました。でも、もう亡くなっているように思うのですが……」
「……そうだな。シュンドラー男爵夫人は君が幼い時に亡くなっている。そして、男爵自身も、数年前にお亡くなりになっている。」
エレオノーラは俯いた。
(やっぱり……私の両親はもう……)
記憶が戻ったところで、帰るところがないことがはっきりした。もしかしたら、自分の勘違いで
はないか、と一縷の望みを持っていた。
その様子を、シルビオは気遣う視線で、そっと見守っている。
「父のことはご存じですか?」
「個人的にお会いしたことはない。皆が言っている評判程度の事しか知らない。……力になれなくてすまないな」
「いいえ、いいのです。自分の記憶が正しいことがわかって安心できます。今までは、思い出した記憶が正しいのか、よくわかりませんでしたから……」
突然現れたこの男に、確認するのもおかしな話だが、誘導しようとせず、エレオノーラの記憶に
一つずつ付き合ってくれるのは好感が持てた。
「また、思い出したことがあればいつでも話してくれ。俺でわかることは答えよう。」
シルビオは夕暮れの近づく空を背に、柔らかく微笑む。
その何とも言えない笑顔に、エレオノーラの心はかき乱された。
「また、明日」
そう言い残して、彼は去っていった。
その姿を見送ったが、正体不明の心のざわつきが収まるまで、じっとうずくまるエレオノーラだった。
「来たか。」
さも当然だと言わんばかりのシルビオ。白いシャツに黒のトラウザーズ、ひざまであるブーツを身に着けている。いつもより簡素な格好だが、彼のスタイルの良さを際立たせている。
(本当に来るなんて、この人騎士団の人ではないわよね?)
「ど、どうやってここへ?」
通常は騎士団以外の人間は入れない。
しかし、昨日騎士団の詰め所へとって帰って、剣技の家庭教師として城へ入れるよう、ロジェに頼み込んだのだ。
騎士団の団長もシルビオ・ヴェルティエの名前を知っていたため、話は簡単に通った。
「伝手があるって言っただろう」
釈然としないエレオノーラだが、いつもの模擬剣を準備し始めた。
「まて、それは体に合わない。こちらを使え」
シルビオが、彼のそばにあった模擬剣を投げてよこした。慌てて、受け止めると模擬剣のようだが、細身でやや刀身が短い。
「これは…?」
「今までのものでは重すぎて動きに制約ができるだろう。刀身も短めにして抜刀の速さを上げるんだ」
確かに、今までのものは非常に重く、相手の剣を受け止めるときもグラグラとして安定しなかった。これならば、力が逃げず安定しそうだ。
「それから、あまり無茶苦茶素振りをするな。軽く準備をしたら、すぐに実践に入ろう」
そう言って、シルビオも剣の準備を始めた。
「え……?」
(この人と、実践?私、相手になる気がしない…)
冷汗が背中を幾筋も流れた。
「怖がらなくていい。はじめは受け流すだけだ。切りかかる練習をする」
素振りが終わると、さっそくシルビオに切りかかる練習が始まった。
しかし、シルビオはただそこに立っているだけで、どんどんエレオノーラの攻撃を受け流してしまう。どう頑張っても一撃を与えられる気がしない。
エレオノーラは息が上がっているのに、シルビオは汗一つかいていない。
(なんとか一撃だけでも!)
必死になってとびかかる。
「いいぞ、その目!一本とってみろ!」
ははは、と余裕で笑うシルビオに、負けずぎらいのエレオノーラが顔を出す。
シルビオは、なんと両手ではなく片手で構えだした。
(まったく相手にされてない、くやしい!)
しかし、どれだけやっても一撃を与えられなかった。
エレオノーラは肩で息をする。立っているのもつらいぐらいだ。
「よし、この辺で今日は終わろう」
「え?!もう?!」
「……これ以上やると、明日起き上がれないぞ」
鍛錬場の片隅で、二人で休憩をとる。
冷たい飲み物を侍女が準備してくれていた。ひんやりと喉を通る冷たさが、生き返る心地だ。
レモン水だろうか。さわやかな酸味とミントの香りが鼻に抜ける。
「結構負けず嫌いなんだな、驚いた」
「今までは皆さん私にけがをさせないように、ほとんど相手をしてくださらなかったんです。」
(今までの奴らは一体何をやっていたんだ…練習にならないじゃないか)
シルビオは不思議に思ったが、彼女が一人でなんとかしようと奮闘していたことがうかがえた。
「そうだ。昨日話した君の荷物。一部だけ持ってきた」
「これは、君の母上だろう?」
そこには、今の自分とそっくりな流れる金の髪を編み上げ、紫色の大きな瞳で微笑む女性が描かれていた。
「お母さま……」
記憶にある母の顔だった。
「ここを見てくれ」
シルビオが肖像画を裏返し指さした。
「……レーナマリー……」
(そうだ、確かに父は“レーナ”と呼んでいた。レーナマリーがお母さまの名前…)
「シュンドラー男爵夫人については、俺もよくわからない。」
シュンドラー男爵と聞いて、エレオノーラの心臓はドキン、と大きな音を立てた。
脂汗が額を伝う。
(シュンドラー…、エレオノーラ・シュンドラー…)
また、記憶が動き始める。
(そうだ、小さいころは、父について自分も貿易の仕事をするのだと思っていた。世界中を旅してまわることを楽しみにしていたころがあった。)
「大丈夫か、顔が真っ青だぞ」
心配そうに、エレオノーラの顔をシルビオは覗き込んでいる。
「あ…大丈夫です…、私、エレオノーラ・シュンドラーだったのですね」
その時、シルビオは何とも言えない、困ったような、苦笑いのような、妙な表情を浮かべた。
本当は、ヴェルティオになっていたと言いたいところだが、
(彼女が自分で思い出すのを待った方がいいだろう。)
「違う、のですか?」
「いいや、違わない。そうだ、シュンドラー男爵令嬢だった。」
「思い出した記憶の中では、父も母も仲が良くて……私をとてもかわいがっていました。でも、もう亡くなっているように思うのですが……」
「……そうだな。シュンドラー男爵夫人は君が幼い時に亡くなっている。そして、男爵自身も、数年前にお亡くなりになっている。」
エレオノーラは俯いた。
(やっぱり……私の両親はもう……)
記憶が戻ったところで、帰るところがないことがはっきりした。もしかしたら、自分の勘違いで
はないか、と一縷の望みを持っていた。
その様子を、シルビオは気遣う視線で、そっと見守っている。
「父のことはご存じですか?」
「個人的にお会いしたことはない。皆が言っている評判程度の事しか知らない。……力になれなくてすまないな」
「いいえ、いいのです。自分の記憶が正しいことがわかって安心できます。今までは、思い出した記憶が正しいのか、よくわかりませんでしたから……」
突然現れたこの男に、確認するのもおかしな話だが、誘導しようとせず、エレオノーラの記憶に
一つずつ付き合ってくれるのは好感が持てた。
「また、思い出したことがあればいつでも話してくれ。俺でわかることは答えよう。」
シルビオは夕暮れの近づく空を背に、柔らかく微笑む。
その何とも言えない笑顔に、エレオノーラの心はかき乱された。
「また、明日」
そう言い残して、彼は去っていった。
その姿を見送ったが、正体不明の心のざわつきが収まるまで、じっとうずくまるエレオノーラだった。
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