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記憶喪失ですが、夫に復讐いたします 38 養女2

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王宮調合室の室長に国王陛下が最近のことを訪ねる。







王妃もアンナマリーも、親しげな様子で、街の事や、観光客のことなどをお尋ねになっていた。







エレオノーラはというと、王宮料理の豪華さに面食らい、一人、目を白黒させていた。







(前菜だけで、どれだけあるの?というか、王族の皆さまはどれだけ食べるつもりなの?)







後から、後から運ばれてくる料理は贅を尽くしたものだ。食器も金の縁取りがあって、フルーツが盛られている皿などは細工も凝っている。職人が丁寧に作り上げたものだと一目でわかった。







しかし、エレオノーラは豪華な食事であっても、緊張でなかなかのどを通らない。







自分のマナーも気になる上に、会話などできようはずもない。







一言も話せないエレオノーラに気遣ってか、国王陛下がエレオノーラに言葉を掛けた。







「そう、緊張せずともよい。だんだんと記憶が戻ってきたそうだな」







「はい、その節はご心配をおかけしました。」







答えるのがやっと。王宮に滞在させてもらっていても、エレオノーラが国王陛下と話す機会はほとんどなかった。







「じゃあ、お家に帰るのかしら?」







アンナマリーがエレオノーラをかなり気に入っていることを知っている王妃殿下は、優し気に微笑みながら、寂しくなるわね、と言葉を掛けた。







「ええと、家には帰れない事情がありまして。アカデミーへの入学を考えています」







「準備の方はどうかね」







「どうでしょうか、実技はちょっと苦手です。なんとか合格して、将来につなげたいと考えています」







どんどん運ばれてくる料理を、上品に平らげながらアンナマリーはエレオノーラの代わりに答えた。







「エレオノーラは奨学生を狙っているのよ」







「それは、また、難関だな」







国王陛下は軽やかに笑って、エレオノーラとアンナマリーを見た。







奨学生とは、それだけ荒唐無稽なことなのだろう。







「そうでしょう?どうにかならないかと思ってるのよ」







確かに国内外から優秀な生徒が集まってくるアカデミーだ。エレオノーラ自身も付け焼刃で何とかなるとは思えず、悩んでいたところだった。







「そこで、提案なんだが」







咳払いをして、改まった国王陛下は続けた。







「貴族の養女になるつもりはないかね」







「養女、ですか?」







突然の申し出だった。エレオノーラにとっては願ったりかなったりなわけだが、そんな親切な貴族がいるのだろうか。







(もしかして、国王陛下の命令で養女に取れと言われていたりして?)







それでは申し訳ない。この国での国王陛下がどれくらいの力を持っているのかわからないが、強制されて受け入れる家に歓迎されるとは思えない。







「この国では頼るところもないと聞いている。最近社交界で妙なうわさも流れているのも、耳にしたことがあるだろう。そのままアカデミーに入学しても、その噂に振り回されるのではないかと考えてね」







(確かに。国王の隠し子疑惑は困るわ。アンナマリー様にも迷惑をかけてしまう)







「で、でも、ただの隣国の男爵令嬢が留学という形で入学するのではいけませんか?」







「確かに、それでも入学できないことはない。しかし、君が王宮に滞在していたことを知っている貴族の子弟も多いようだ。それならば、貴族のもとへ養女に行き、身元を確かな物にしておいてもいいのではないかな。将来のこともあるしなあ。」







(おそらく、国王陛下は将来的に婚姻を考える場合、貴族の肩書があった方がよいのではないか、という親切心もあっておっしゃってくださっているのね。でも、もう結婚はこりごりだわ。)







しかし、帰るところも後ろ盾もないエレオノーラには、ありがたい話である。よりどころのない身だったが、仮にでも家族ができるなら心強い。







「君さえよければ、君を養女にしたいという家があるので、考えてみてほしいと思っている」







エレオノーラは迷っていた。通常養子は、跡継ぎになってほしいということが大半だ。







「でも、私を養女にされるその家のメリットがあまりないのではないでしょうか。ご迷惑をおかけすることになるのではないかと、心配してしまいます。」







「もちろん、無理強いするつもりはないのよ、あなたが納得したうえで進めたいとおもっているわ。」



と、王妃殿下。







「養女になるにあたって、なにか条件や要望などはあるのですか?」







つい、養女にするからには何か裏があるのでは、勘ぐってしまうエレオノーラだった。







「いや、とくにはないと……」







と国王陛下が言いかけたところで、







「じつはね、エレオノーラさん。養女にと希望したのは私なのですよ。」







そこで、口を開いたのは、今まで沈黙を守っていた王宮調合室の室長であるリュシアンだった。







「ええ?!リュシアン様?!なぜですか?」







思わず、口に出してしまった。







エレオノーラの頭の中は?でいっぱいだ。







「実は、私は国王陛下の弟で、王位継承権はありませんが、一応公爵位にあります。エレオノーラさんが頑張っている姿をみて、私が応援できることがあるのではと、申し出たんです。もちろん、養女になるにあたって、条件や要望はありません。気楽なやもめ暮らしをしていたのですが、いつか子育てはしてみたいと思っていたのです。ちょっとおじさんですが、お父さんにならせてくれませんか?」







「それはありがたいですが……」



(そんな風に言われたら、断りづらい。お父さんになりたいだなんて)







エレオノーラは口をつぐんでしまった。シルビオのこともあり、今すぐに決断できることではない。







「じゃあ、決まりだな!」







「よかったわ~、エレオノーラも安心してアカデミーの入学準備できるわね!」







アンナマリーと国王陛下はもう決まったとばかりに喜んでいるようだ。







「あ、あの……」







ちょっと、まって、と口を挟もうとおもったが、まったくエレオノーラの言葉は聞いてもらえそうにない。







「正直、今の感じじゃ奨学生は難しいかもって心配していたのよ、一緒に通えそうでよかったわ!」







(そうなんだ、そんなに難しかったんだ、奨学生って。私の出来が悪いから、アンナマリー様が手を回してくださったのかしら)







申し訳ないやら恥ずかしいやら、だ。しかし、そうなるとエレオノーラは、この流れに乗っていくのが最適に思えてきた。







しかし、シルビオと婚姻関係にあることはリュシアンに伝えておかなければならない。







「リュシアン様、もしよければ後ほど、ちょっと相談が……」







「おお、よいよい、親子水入らずで、存分に話すがよいぞ。」







と嬉しそうな国王陛下。







「あ、いえ、その……」







国王陛下はよっぽどこの話を押していたのだろう。エレオノーラには断れる隙がなかった。



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