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遺産
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突然、焦った様子のリュシアンが医務室の扉を開けた。
「エレオノーラが倒れたと聞いたのですが……」
ロジェは、すかさず騎士の礼の姿勢をとる。楽にするよう、手でそれを制したリュシアンの目に、横たわるエレオノーラの姿が入った。その途端、リュシアンの方が倒れそうな顔色になる。
「リュシアン様!」
ふらつくリュシアンをロジェとシルビオがとっさに支えた。
「ああ。二人とも済まない。驚いてしまって……」
ロジェがリュシアンを椅子に座らせ、医務局長の見立てを伝える。
「大丈夫ですか?ただの貧血だそうです。寝不足もあったのでしょう。休ませれば特に問題はないそうですよ」
「そうか、よかった」
あからさまにほっとして、リュシアンは椅子に掛けた。
(この方がエレオノーラの義父となられる方だよな)
とっさにシルビオはロジェに目配せをする。ロジェも何か言いたそうな顔だ。
騎士の心得があるシルビオとロジェは、驚いてふらつく貴族の男性に初めて接したといっても過言ではない。珍獣を見るような心持ちの二人だ。
少し落ち着いたのか、リュシアンは二人に意識を向けた。
「君たちは?」
「ロジェ・ドルレアン、王立騎士団に所属しています。」
「シルビオ・ヴェルティエ、王立騎士団、臨時講師です。」
左胸に拳をあて、騎士の礼をする。
「そうか、二人ともご苦労様でした。あとは私に任せて業務に戻ってください。ああ、シルビオだけは残るように」
ロジェは何か言いたげだが、仮にも王族に異を唱えることもできず、黙って部屋を後にした。
「ところで、シルビオ」
「はい」
「エレオノーラを教えていたのは君かな?」
優し気な口調とは別に、リュシアンのヘーゼルブラウンの瞳の奥が厳しい光を帯びた気がした。
「はい」
シルビオは叱責されるのを覚悟で、長身を小さくする。
「状況を説明してもらおうか」
リュシアンは笑顔を絶やさないが、どこか油断のならない雰囲気のある男だ。
「申し訳ありません。自分の認識不足でした。安全管理を怠った結果です」
立ったまま、シルビオは申し訳なさそうに頭をさげた。
「ああ、責任を取れと言っているわけではないのだよ。本当に、どうして倒れてしまったのかと、ね」
シルビオは責任を感じていた。自分の対応にも間違いはない、しかし、相手の体調を見誤ったのは大きい。
「彼女は、鍛錬場に来た時から顔色が悪く、少し休んでから訓練を始めたのですが、すぐに倒れてしまいました」
「そうか、君がここへ?」
「はい、医師の診察を受けたほうがよいと思いましたので」
「怪我ではなくてよかったね」
リュシアンが優し気に、ふと微笑む。
「ええ、ほっとしました」
シルビオも併せて表情を少し崩す。しかし、心中には疑念がわいてしようがない。
(どういう意味だ、怪我などさせるわけはないが……この方は何か意味深だな)
リュシアンは椅子に腰かけたまま足を組んで、まじまじとシルビオを見た。
「君、君がシルビオ・ヴェルティエか」
「え?はい、そうです」
不意に、名前を確認されて虚を突かれたように返事をするシルビオ。
「エレオノーラの夫、だね」
「はい、今のところは。まあ、いえ、どうでしょう、もう離婚が成立するので」
何と答えたものか、しどろもどろになってしまう。
すると、リュシアンは間をおくことなく鋭く質問してくる。
「離婚しようと思っている?」
「ええ、彼女が強く望んでいますので」
「君自身の気持ちは?」
リュシアンの様子がいつもの雰囲気とは違い、有無を言わさず答えを引き出そうとしているようだ。
(え?ここでそれを言うのか?)
シルビオはその圧に押され、そこまで自分の気持ちを確認することを不思議に思いつつも仕方なく答える。
「いや、自分としては、離婚を考えたくありませんが……」
と言葉を濁す。
「なぜ?もう年数がたっているのだろう?」
離婚したい、と言わせようとしているかのように挑発的にリュシアンは続ける。
挑発に乗るつもりはないが、リュシアンには自分の気持ちをはっきり伝えたほうが良いだろうとシルビオは考えた。
「年数は関係ありません。そもそも、自分は、今からもう一度結婚生活をやり直したいと思っていたところです。ただ、彼女の気持ちはそうではないようですから、離婚に応じようかと」
シルビオはきっぱりと言い切った。お互いに知らないまま離婚はしたくないと思っていたところだ。
リュシアンは、少し思案した後、こう続けた。
「これは一つ提案なんだが、エレオノーラはもうすぐアカデミーに入学する。卒業まで離婚を待つのはどうかな?」
「え?なぜですか?」
意外な提案に驚くシルビオ。妙な提案に勘ぐってしまう。
(俺に何をさせたいんだ?)
ヒントが少なすぎて見当もつかない。
「それは……今は言えない」
リュシアンは、優しげな瞳を細くし、眉を下げて困ったように微笑む。
(今は言えない?)
今は、ということはいつか話せる日が来るということだろうか。シルビオに期待する何かがリュシアンにはあるらしい。
「しかし、彼女が何というか……」
シルビオはぎこちなく目を泳がせる。
(自分が承諾したところで、エレオノーラは嫌がるだろう。リュシアン様はエレオノーラも説得するつもりなのだろか)
シルビオの頭の中には、浮かんでは消える思考が渦となって描かれる。
「では、少しだけ種明かしをしようか」
(種明かし?)
その言葉に、シルビオの神経が一気にもっていかれる。
「彼女が引き継いだ遺産があるね、それも莫大な」
シュンドラー男爵から引き継いだものを、今はシルビオが匿名で管理している。
「不思議だと思わなかったかい?彼女の遺産のほとんどがこの国にあることを」
(そういわれていればそうだな)
エレオノーラの持つ資産は、鉱山や商会、輸送関連などこの国に関するものが多く存在する。しかし、シルビオはシュンドラー男爵がこの国によく来ていたからだと特に考えもしなかった。
「君は、エレオノーラの引き継いだ事業を管理して、収益は匿名で管理しているね?君自身は収益を受け取っていない、違うか?」
いつか、エレオノーラに返そうと、シルビオ自身が手を出している事業とエレオノーラの引き継いだものは別で管理しており、管理者もそれぞれにつけていた。
「よくご存じですね」
シルビオは、落ち着いた様子を装うが、内心は驚き、焦ってもいた。
(なぜ、そんなことまで知っている?!)
このことは、シルビオとエレオノーラの財産を管理しているごく少数の者しか知らない事実だ。しかも、シルビオの立ち上げた商会を通しているから誰の、何、というのは巧妙に隠されている。エレオノーラが遺産を狙った事故や事件に巻き込まれることを懸念して、厳重な管理をすることにしたのだ。
「できれば、そのまま続けてほしい。」
「なぜですか?」
離婚の際は、エレオノーラの財産は彼女にと考えていたところだったのだ。
「その遺産を狙っている者がたくさんいるからだよ。君が管理している限り、おそらく、この国の者は手を出せない」
「誰が管理しているのかわからないようにしてあるのに、よく調べられましたね」
「そこはちょっと、反則技をつかってね」
と、軽くウィンクをしてリュシアンは答えた。
(ここまで調べられているのなら、ほとんどの情報を掴まれているのだろう。恐ろしい方だ)
リュシアンが恐ろしいのか、リュトヴィッツ王家が恐ろしいのか、どちらにしろ背筋が寒くなるシルビオだった。
「ああ、それから、このことは私しか知らない。国王陛下や騎士団など誰にも話していないから、他の人にしゃべっちゃダメだよ」
「承知しています」
ぐっと唇を引きむすんでこたえた。
「エレオノーラが倒れたと聞いたのですが……」
ロジェは、すかさず騎士の礼の姿勢をとる。楽にするよう、手でそれを制したリュシアンの目に、横たわるエレオノーラの姿が入った。その途端、リュシアンの方が倒れそうな顔色になる。
「リュシアン様!」
ふらつくリュシアンをロジェとシルビオがとっさに支えた。
「ああ。二人とも済まない。驚いてしまって……」
ロジェがリュシアンを椅子に座らせ、医務局長の見立てを伝える。
「大丈夫ですか?ただの貧血だそうです。寝不足もあったのでしょう。休ませれば特に問題はないそうですよ」
「そうか、よかった」
あからさまにほっとして、リュシアンは椅子に掛けた。
(この方がエレオノーラの義父となられる方だよな)
とっさにシルビオはロジェに目配せをする。ロジェも何か言いたそうな顔だ。
騎士の心得があるシルビオとロジェは、驚いてふらつく貴族の男性に初めて接したといっても過言ではない。珍獣を見るような心持ちの二人だ。
少し落ち着いたのか、リュシアンは二人に意識を向けた。
「君たちは?」
「ロジェ・ドルレアン、王立騎士団に所属しています。」
「シルビオ・ヴェルティエ、王立騎士団、臨時講師です。」
左胸に拳をあて、騎士の礼をする。
「そうか、二人ともご苦労様でした。あとは私に任せて業務に戻ってください。ああ、シルビオだけは残るように」
ロジェは何か言いたげだが、仮にも王族に異を唱えることもできず、黙って部屋を後にした。
「ところで、シルビオ」
「はい」
「エレオノーラを教えていたのは君かな?」
優し気な口調とは別に、リュシアンのヘーゼルブラウンの瞳の奥が厳しい光を帯びた気がした。
「はい」
シルビオは叱責されるのを覚悟で、長身を小さくする。
「状況を説明してもらおうか」
リュシアンは笑顔を絶やさないが、どこか油断のならない雰囲気のある男だ。
「申し訳ありません。自分の認識不足でした。安全管理を怠った結果です」
立ったまま、シルビオは申し訳なさそうに頭をさげた。
「ああ、責任を取れと言っているわけではないのだよ。本当に、どうして倒れてしまったのかと、ね」
シルビオは責任を感じていた。自分の対応にも間違いはない、しかし、相手の体調を見誤ったのは大きい。
「彼女は、鍛錬場に来た時から顔色が悪く、少し休んでから訓練を始めたのですが、すぐに倒れてしまいました」
「そうか、君がここへ?」
「はい、医師の診察を受けたほうがよいと思いましたので」
「怪我ではなくてよかったね」
リュシアンが優し気に、ふと微笑む。
「ええ、ほっとしました」
シルビオも併せて表情を少し崩す。しかし、心中には疑念がわいてしようがない。
(どういう意味だ、怪我などさせるわけはないが……この方は何か意味深だな)
リュシアンは椅子に腰かけたまま足を組んで、まじまじとシルビオを見た。
「君、君がシルビオ・ヴェルティエか」
「え?はい、そうです」
不意に、名前を確認されて虚を突かれたように返事をするシルビオ。
「エレオノーラの夫、だね」
「はい、今のところは。まあ、いえ、どうでしょう、もう離婚が成立するので」
何と答えたものか、しどろもどろになってしまう。
すると、リュシアンは間をおくことなく鋭く質問してくる。
「離婚しようと思っている?」
「ええ、彼女が強く望んでいますので」
「君自身の気持ちは?」
リュシアンの様子がいつもの雰囲気とは違い、有無を言わさず答えを引き出そうとしているようだ。
(え?ここでそれを言うのか?)
シルビオはその圧に押され、そこまで自分の気持ちを確認することを不思議に思いつつも仕方なく答える。
「いや、自分としては、離婚を考えたくありませんが……」
と言葉を濁す。
「なぜ?もう年数がたっているのだろう?」
離婚したい、と言わせようとしているかのように挑発的にリュシアンは続ける。
挑発に乗るつもりはないが、リュシアンには自分の気持ちをはっきり伝えたほうが良いだろうとシルビオは考えた。
「年数は関係ありません。そもそも、自分は、今からもう一度結婚生活をやり直したいと思っていたところです。ただ、彼女の気持ちはそうではないようですから、離婚に応じようかと」
シルビオはきっぱりと言い切った。お互いに知らないまま離婚はしたくないと思っていたところだ。
リュシアンは、少し思案した後、こう続けた。
「これは一つ提案なんだが、エレオノーラはもうすぐアカデミーに入学する。卒業まで離婚を待つのはどうかな?」
「え?なぜですか?」
意外な提案に驚くシルビオ。妙な提案に勘ぐってしまう。
(俺に何をさせたいんだ?)
ヒントが少なすぎて見当もつかない。
「それは……今は言えない」
リュシアンは、優しげな瞳を細くし、眉を下げて困ったように微笑む。
(今は言えない?)
今は、ということはいつか話せる日が来るということだろうか。シルビオに期待する何かがリュシアンにはあるらしい。
「しかし、彼女が何というか……」
シルビオはぎこちなく目を泳がせる。
(自分が承諾したところで、エレオノーラは嫌がるだろう。リュシアン様はエレオノーラも説得するつもりなのだろか)
シルビオの頭の中には、浮かんでは消える思考が渦となって描かれる。
「では、少しだけ種明かしをしようか」
(種明かし?)
その言葉に、シルビオの神経が一気にもっていかれる。
「彼女が引き継いだ遺産があるね、それも莫大な」
シュンドラー男爵から引き継いだものを、今はシルビオが匿名で管理している。
「不思議だと思わなかったかい?彼女の遺産のほとんどがこの国にあることを」
(そういわれていればそうだな)
エレオノーラの持つ資産は、鉱山や商会、輸送関連などこの国に関するものが多く存在する。しかし、シルビオはシュンドラー男爵がこの国によく来ていたからだと特に考えもしなかった。
「君は、エレオノーラの引き継いだ事業を管理して、収益は匿名で管理しているね?君自身は収益を受け取っていない、違うか?」
いつか、エレオノーラに返そうと、シルビオ自身が手を出している事業とエレオノーラの引き継いだものは別で管理しており、管理者もそれぞれにつけていた。
「よくご存じですね」
シルビオは、落ち着いた様子を装うが、内心は驚き、焦ってもいた。
(なぜ、そんなことまで知っている?!)
このことは、シルビオとエレオノーラの財産を管理しているごく少数の者しか知らない事実だ。しかも、シルビオの立ち上げた商会を通しているから誰の、何、というのは巧妙に隠されている。エレオノーラが遺産を狙った事故や事件に巻き込まれることを懸念して、厳重な管理をすることにしたのだ。
「できれば、そのまま続けてほしい。」
「なぜですか?」
離婚の際は、エレオノーラの財産は彼女にと考えていたところだったのだ。
「その遺産を狙っている者がたくさんいるからだよ。君が管理している限り、おそらく、この国の者は手を出せない」
「誰が管理しているのかわからないようにしてあるのに、よく調べられましたね」
「そこはちょっと、反則技をつかってね」
と、軽くウィンクをしてリュシアンは答えた。
(ここまで調べられているのなら、ほとんどの情報を掴まれているのだろう。恐ろしい方だ)
リュシアンが恐ろしいのか、リュトヴィッツ王家が恐ろしいのか、どちらにしろ背筋が寒くなるシルビオだった。
「ああ、それから、このことは私しか知らない。国王陛下や騎士団など誰にも話していないから、他の人にしゃべっちゃダメだよ」
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