見捨てられた令嬢は、王宮でかえり咲く

堂夏千聖

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アンナマリーの立太子

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エレオノーラがシルビオの剣技の授業を受けている頃、アンナマリーは国王陛下への謁見を願い出ていた。



普段なら、夕食の時にでも父である国王陛下に話せばよいことだが、アンナマリーにはそうはできない事情があった。



(アカデミー入学まで、もう二か月もないというのに、立太子の儀式をしていただかないと困るわ。あの噂も本当なのか確かめないと……!)



必ず真相をあきらかにしようと、アンナマリーは覚悟を決めていた。



現在、王位継承権のあるのはアンナマリーとリュシアンの二人だけ。

しかも、リュシアンは王位継承権を放棄しているので実質アンナマリーだけということになる。通常であれば、アカデミーに入学する前に立太子の儀式を行って入学、というのが流れだ。しかし、父である国王陛下からは何も立太子についての話はない。





半年ほど前だろうか、アンナマリーの誕生日直前、国王陛下に直接聞いてみたことがある。



「お父様、立太子の儀式はいつ行いますか?」

期待に満ちた目で、アンナマリーは父を見つめた。



「ああ、立太子か。王位継承者はお前しかいないのだからそう焦らずともよいではないか」



「でも、アカデミーの入学もありますし、それまでに行うのが通例では?」



「そうでもないぞ、アカデミーに入学してからでもよい。いかようにもなろう」



「でも……!」



言いかけたアンナマリーを制して、国王陛下は表情を硬くした。

「これ以上の話は無用だ」



そういわれると、アンナマリーもそれ以上何も言えなかった。



いつも、娘のアンナマリーにはとろけるように優しく、なんでも言うことを聞いてくれる父なのに、立太子のことについて尋ねると、昔からなぜか機嫌が悪くなるのだ。



(どうして、立太子の話を出すと、機嫌がわるくなるのかしら?)



アンナマリーにはその理由はわからなかった。



しかし最近、かたくなに立太子の儀式を行わない理由に見当がついたのだ。





ある日の午後、王宮の奥深く王宮の禁書がしまわれている区域に足を踏み入れた時、普段はひと気がないのに今日は誰かがいるようだ。



見慣れない侍従が二人、話をしながら作業をしていた。



どうやら宝物庫の換気を行っているようだ。



何か月かに一回、天候がいい日に換気を行うという通例がある。



おそらく、今日がその日なのだろう。



「アンナマリー様の立太子、どうするのでしょうね」

声を掛けようとしたアンナマリーだが、自分の名前が聞こえたためとっさに扉の後ろに身を隠す。

「しっ!滅多なことを言うな!」

年は40過ぎだろうか、ややがっちりした体形の眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の侍従が周りをみわたし人差し指を口に当てて厳しい口調で言った。



「でも……まだ見つからないのでしょう?」

若い侍従は、まだ少年のようだ。十代後半といったところか、短い黒髪に幼さが残る顔で心配そうに言った。

「ああ。必死で探されているが、なかなか見つからないらしい」

眼鏡の侍従は作業をしながら、仕方なく答える。



「いつから無いのでしょう?」

黒髪の若い侍従は、不思議そうに聞いた。

「なんでも、今の国王陛下が即位されるときにはなかったと聞いている」



「ええ!?でも、立太子の儀式にはあったんですよね?」



「いや……今の国王陛下は立太子されず、即位なさっている」



「それって……」

若い侍従は驚いて手を止めてしまう。





「昔、王位継承についてはひと悶着あってな」



「ああ、それでリュシアン様は継承権を放棄されたのですか」

納得したように、手に持った杯を磨き始める。



「まあ、それもあるが……ほかにも継承権を持つ方がいらっしゃったからいろいろあったようだな」



眼鏡の侍従は、ほこりをかぶった紙類を広げながら、ほこりを吸わないように顔を背けて答えた。



「え、そうなんですか?」



「まあ、それも十年、いや二十年近く昔の話だ」



「その時から、フラワーエメラルドは紛失したままだ」



「それは……」





(フラワーエメラルドが紛失?!)



こっそりと耳をそばだてていたアンナマリーは思わず声をあげそうになった。



フラワーエメラルドとは、リュトヴィッツ王国に代々伝わる宝石で、大人の拳と同じぐらいの大きさをしている。



一つの結晶から柱状になったエメラルドが何本も生えていて、花のような形状をしたエメラルドだ。他に類を見ない形状で、この国が作られた時に神から賜ったといわれている。



そのエメラルドには神の祝福が宿っており、国を導く力があると創国神話にも書かれている。国民皆が知っている話だ。そして、受け取ったのが初代の国王と言われていて、代々国王には受け継がれている大切なものだ。





「他の王位継承者が持ち去ったのでは?と当時ずいぶん噂になったものだ」



「その、他の王位継承者の方は、どうなったのですか?」



「それがな、忽然と姿を消したんだ」



「え!それは……」



「生きているかどうかさえ分からない」



「そんな……」



「でも、もし、亡くなっているならフラワーエメラルドは戻ってくるはずだろう?でもここにはない」



「じゃあ、殺されてないんですかね」



「わからない。とにかくフラワーエメラルドがないことには儀式が行えないというだけだ」



「でも、我が国はエメラルド鉱山があるでしょう?同じような物つくれないのですか?」



「お前……口は災いのもと、って知ってるか?」

あきれたように、若い侍従をじっとりとした目で見る。



「すみません」



「国王陛下も考えたのだろう、似たようなエメラルドがあればいいと。当時秘密裏に職人を探していたようだしな。」



「まあ、そうですよね、僕でも考えます」



「だが、そのフラワーエメラルドは、結晶が蓮の花のように一つの大きなエメラルドから出ているんだ。細工師が作ることもできなかったし、新たに採掘もされていないらしい」



「へええ、珍しいものなんですね」



「そうだな、それもあって神から賜った、なんて神話が出来たのだろう」



「そうかあ、フラワーエメラルドが似られるのかと思って内心ドキドキしてたんですけど、残念だな」



「あったところで、見られないだろう。まあ、さっきの話も噂の域を過ぎないけどな」



「なんだあ、本気にしちゃいましたよ」







(そ、そんな……)

ふたりの侍従は、まだ他愛おないおしゃべりを続けながら作業をしている。





アンナマリーは、現実がなかなか受け入れられずフラフラとした足取りで自室まで戻った。



(今までそんな話は誰からも聞いたことがないわ。)

侍従たちが言ううわさ話の域を出ていないとはいえ、アンナマリーの中で疑惑は広がるばかりだ。





立太子の儀式は、各国の王族を招いてお披露目もかねて行われる。



アカデミーには他国からの留学生も多いため、アカデミーでの人脈作りも考えているアンナマリーにとっては儀式は重要な意味を持つ。



アカデミー入学前に立太子されていないということは、まだ半人前だと言われているも同然だ。一人前の王位継承者ではないとみなされ、相手にされない可能性だってあるのだ。





(きっと、フラワーエメラルドはないんだわ……通りで立太子の儀式をしたがらないはずね。



立太子の儀式をしなかった場合、国王陛下が崩御したときのみ即位という形で国を治めることになる。その時にもフラワーエメラルドは必要ではあるが……





(その時にはお父様はこの世にいない。誰もフラワーエメラルドの行方が分からないまま、とい

うことを狙っているのかしら)





あの優しい父の裏の顔を見た気がした。



アンナマリーに見せる顔と違う残酷な一面があるとは薄々感じていたが、それが目の前の現実となって現れると受け入れがたい。



(お父様……!)
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