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王宮の薔薇園2
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シルビオは長身をかがめ、エレオノーラの隣に座った。
「……大丈夫です、私のことは放っておいてください」
先ほどの医務室での一件を思い出し眉間にしわを寄せる。
うずくまって膝を抱え、顔を隠した。
(なんでこのタイミングでくるの?!)
エレオノーラは恥ずかしさから、妙な汗が一気に噴き出るような気がした。
シルビオに泣き顔をみられ、ばつが悪い。
「その……悪かった。先ほどは」
ぼそり、とシルビオは静かに言った。
(この人わざわざ謝りに来たのかしら?)
驚きから、エレオノーラは思わず伏せていた顔を上げた、しかし、素直な言葉は出てこない。
「いいえ、シルビオ様から見たら、子供ですものね」
つい嫌味が口からこぼれ出る。シルビオを前にするとどうもすねた気持ちになる。
「以前はな。今は、違う」
シルビオはなおも、落ち着いた声で、エレオノーラの方をまっすぐ見て言った。
「いいんです、無理しなくても。何とも思っていません。」
「じゃあ、なぜ泣いているんだ」
「これは……関係ないでしょう!」
やや乱暴に、袖口で流れっぱなしにしていた涙をぬぐい、怒ったように言った。
(見ていた?!いつから?)
「関係あるだろ」
「この涙はあなたには関係ないことですから、安心してください!」
「できない」
「どうして?!」
話が通じず苛立つエレオノーラ。
(なんなの、もう!なんかイライラする!責任感から来ただけでしょう?興味もないくせに構わないで!)
「泣いているのに、放っておけないだろう?」
シルビオは、眉尻をさげ、深いグレーの瞳で優しく見つめる。
優し気なその雰囲気に流されるまいと、必死でエレオノーラは抵抗する。
「自分のせいじゃないんだから、責任感じなくていいんです!」
必死な姿が、小さな子猫が癇癪を起しているようにしか見えず、つい、シルビオは微笑んでしまう。
「俺以外の誰かが、お前を泣かせているのなら、それこそ冷静でいられないな」
優しく、落ち着いた声が耳元で聞こえる。
シルビオがゆっくりと距離を詰め、抱え込むように腕を伸ばしてくる。
(え?)
エレオノーラは、どうしていいかわからず、固まってしまう。
戸惑っている間に、シルビオに抱え込まれるようにして抱きしめられていた。
その感触に、エレオノーラの心臓は大きく音を立てて跳ねる。
シルビオの着ている上質なリネンの感触が頬に触れた。
鼻腔にふわりと陽の光と石鹸のようなさわやかな香りが一気に広がる。
「……ちょ、ちょっと……あの……」
緊張と混乱で、エレオノーラは自分が何を言っているのかわからなくなってきてしまった。こんな風に誰かに優しくされることも、抱きしめられることも今までなかったのだから。
(な、何?何が起こってるの?!やめてって言ったらいい?失礼かしら?いや、でも?どういうこと?)
シルビオの行動に戸惑いながら、必死で落ち着かせようとするが、焦れば焦るほど、恥ずかしさがこみあげてきて、頭に血が上っていくようだ。
シルビオが、優し気な深いグレーの瞳で、じっとエレオノーラを見つめた。エレオノーラは羞恥のためか首筋までほんのり赤くしている。緊張しているのか、体はこわばっているようだ。その姿も愛らしく、シルビオの口元がつい緩んでしまう。
「……今までよく頑張ったな」
ふっと微笑む気配と、漏れる吐息。
自分を見捨てた夫が一番欲しい言葉をくれたのが、ただ、ただ腹立たしかった。
(どうして、この人が一番欲しい言葉をくれるのよ……!)
記憶を失って、足元が崩れていくような感覚が何度もあった。孤独で不安で叫び出したいような夜も、たった一人耐えてきた。
(出会ったときに、こうしてくれればどれだけよかったか……今さら何なの)
「今さら、こんなことしないでください」
「嫌か?」
「私をずっと置き去りにしていたじゃないですか」
「すまなかった」
「あの日だって……」
エレオノーラはあの雪の日の夜を思い出していた。
「あの日?」
シルビオはどの日のことか、さっぱり見当がつかない。
「あの雪の日、あなたは私を置いて、恋人のところへ行っていたじゃない」
「恋人なんていない」
(雪の日?)
シルビオにはまったく記憶がなかった。恋人、と言われても、借金が発覚してからそんな余裕はなかったし、そもそもエレオノーラと婚姻を結んでいるのだ、義理堅いシルビオは外に恋人を作るという発想すらなかった。
「私、見たんです。あの夜、私あなたを追いかけて、後をつけて行ったの」
エレオノーラはシルビオの返答を待たずに続けた。
「あの夜、厨房の扉が開く音で目が覚めたの。何かと思ったら、あなたが出ていく姿があったのよ。使用人の噂が本当か確かめようと思ってついていったの。そうしたら、黒髪の豊かな毛皮の女性とあなたが腕を組んで建物の中へ消えていくのを見たわ」
一体誰の事なのか、見当もつかない。必死で記憶をたどる。そのころ、社交界へ顔を出すこともなく、女性と時間を共にするということがまずなかったはずだ。
もしかしたら人違いではないか、とシルビオは考え始めていた。
「そのあと……」
シルビオから目線を逸らしうつむいた。
「そのあと?」
促すように、答えると、
「馬車に轢かれたわ」
妙にはっきりとした声が、シルビオの耳に響いた。
「……大丈夫です、私のことは放っておいてください」
先ほどの医務室での一件を思い出し眉間にしわを寄せる。
うずくまって膝を抱え、顔を隠した。
(なんでこのタイミングでくるの?!)
エレオノーラは恥ずかしさから、妙な汗が一気に噴き出るような気がした。
シルビオに泣き顔をみられ、ばつが悪い。
「その……悪かった。先ほどは」
ぼそり、とシルビオは静かに言った。
(この人わざわざ謝りに来たのかしら?)
驚きから、エレオノーラは思わず伏せていた顔を上げた、しかし、素直な言葉は出てこない。
「いいえ、シルビオ様から見たら、子供ですものね」
つい嫌味が口からこぼれ出る。シルビオを前にするとどうもすねた気持ちになる。
「以前はな。今は、違う」
シルビオはなおも、落ち着いた声で、エレオノーラの方をまっすぐ見て言った。
「いいんです、無理しなくても。何とも思っていません。」
「じゃあ、なぜ泣いているんだ」
「これは……関係ないでしょう!」
やや乱暴に、袖口で流れっぱなしにしていた涙をぬぐい、怒ったように言った。
(見ていた?!いつから?)
「関係あるだろ」
「この涙はあなたには関係ないことですから、安心してください!」
「できない」
「どうして?!」
話が通じず苛立つエレオノーラ。
(なんなの、もう!なんかイライラする!責任感から来ただけでしょう?興味もないくせに構わないで!)
「泣いているのに、放っておけないだろう?」
シルビオは、眉尻をさげ、深いグレーの瞳で優しく見つめる。
優し気なその雰囲気に流されるまいと、必死でエレオノーラは抵抗する。
「自分のせいじゃないんだから、責任感じなくていいんです!」
必死な姿が、小さな子猫が癇癪を起しているようにしか見えず、つい、シルビオは微笑んでしまう。
「俺以外の誰かが、お前を泣かせているのなら、それこそ冷静でいられないな」
優しく、落ち着いた声が耳元で聞こえる。
シルビオがゆっくりと距離を詰め、抱え込むように腕を伸ばしてくる。
(え?)
エレオノーラは、どうしていいかわからず、固まってしまう。
戸惑っている間に、シルビオに抱え込まれるようにして抱きしめられていた。
その感触に、エレオノーラの心臓は大きく音を立てて跳ねる。
シルビオの着ている上質なリネンの感触が頬に触れた。
鼻腔にふわりと陽の光と石鹸のようなさわやかな香りが一気に広がる。
「……ちょ、ちょっと……あの……」
緊張と混乱で、エレオノーラは自分が何を言っているのかわからなくなってきてしまった。こんな風に誰かに優しくされることも、抱きしめられることも今までなかったのだから。
(な、何?何が起こってるの?!やめてって言ったらいい?失礼かしら?いや、でも?どういうこと?)
シルビオの行動に戸惑いながら、必死で落ち着かせようとするが、焦れば焦るほど、恥ずかしさがこみあげてきて、頭に血が上っていくようだ。
シルビオが、優し気な深いグレーの瞳で、じっとエレオノーラを見つめた。エレオノーラは羞恥のためか首筋までほんのり赤くしている。緊張しているのか、体はこわばっているようだ。その姿も愛らしく、シルビオの口元がつい緩んでしまう。
「……今までよく頑張ったな」
ふっと微笑む気配と、漏れる吐息。
自分を見捨てた夫が一番欲しい言葉をくれたのが、ただ、ただ腹立たしかった。
(どうして、この人が一番欲しい言葉をくれるのよ……!)
記憶を失って、足元が崩れていくような感覚が何度もあった。孤独で不安で叫び出したいような夜も、たった一人耐えてきた。
(出会ったときに、こうしてくれればどれだけよかったか……今さら何なの)
「今さら、こんなことしないでください」
「嫌か?」
「私をずっと置き去りにしていたじゃないですか」
「すまなかった」
「あの日だって……」
エレオノーラはあの雪の日の夜を思い出していた。
「あの日?」
シルビオはどの日のことか、さっぱり見当がつかない。
「あの雪の日、あなたは私を置いて、恋人のところへ行っていたじゃない」
「恋人なんていない」
(雪の日?)
シルビオにはまったく記憶がなかった。恋人、と言われても、借金が発覚してからそんな余裕はなかったし、そもそもエレオノーラと婚姻を結んでいるのだ、義理堅いシルビオは外に恋人を作るという発想すらなかった。
「私、見たんです。あの夜、私あなたを追いかけて、後をつけて行ったの」
エレオノーラはシルビオの返答を待たずに続けた。
「あの夜、厨房の扉が開く音で目が覚めたの。何かと思ったら、あなたが出ていく姿があったのよ。使用人の噂が本当か確かめようと思ってついていったの。そうしたら、黒髪の豊かな毛皮の女性とあなたが腕を組んで建物の中へ消えていくのを見たわ」
一体誰の事なのか、見当もつかない。必死で記憶をたどる。そのころ、社交界へ顔を出すこともなく、女性と時間を共にするということがまずなかったはずだ。
もしかしたら人違いではないか、とシルビオは考え始めていた。
「そのあと……」
シルビオから目線を逸らしうつむいた。
「そのあと?」
促すように、答えると、
「馬車に轢かれたわ」
妙にはっきりとした声が、シルビオの耳に響いた。
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