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宝飾店

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なんと、シルビオが現れたではないか。

照れくさそうに、頭をかきながら長身をかがめてエレオノーラの隣に座るシルビオ。

「ええ!どうしたのですか?!」

「……たまたまだ」

「はあ……」
納得いかない、という顔を向けるエレオノーラに、気まずそうに目を逸らすシルビオ。

エレオノーラは、ただでさえ緊張しているのに、シルビオのことまで気持ちが追い付かない。当然のように、隣に座るシルビオに居心地の悪さを覚える。

(だからと言って、ここで追い返すのは上品なふるまいとは言えないわよね)

そう思って、ぐっとこらえるエレオノーラ。

実は、シルビオのもとにリュシアンから一緒に選んでやってほしいと連絡が来たのだ。
嫌がられたら、帰ろうと考えていたシルビオは、内心は恐る恐る隣に座ったのだ、緊張でぶっきらぼうになってしまう。

女性と来たことがないわけではないが、どうやって選んでいたのか思い出せない。

(今までの経験など、塵のようなものだな……)

「こういうところは、初めてなんだろう、手伝うから選んでしまおう」

「ええ……」
釈然としないままのエレオノーラだが、シルビオに主導権はどんどん握られていく。

「彼女に似合いそうなもの、何点か見繕ってくれるか?そうだな、あまり派手でなく、品があるものの方がいい」

慣れた態度で、シルビオは話を進めていく。

「かしこまりました」

すぐに、数人の店員によって運ばれてきたのは、どれも素晴らしい装飾のネックレスが数点。
使われている宝石が違うようで、シンプルなものからゴージャスな物まで様々だ。

「気に入ったものがあれば、それに合わせて他の小物を選んでいこう」

さすがシルビオ、手慣れている。今まで女性たちと何度も来たことがあるのだろう。
エレオノーラは、胸にチクリと痛みを感じた。

(チクリって何?!慣れていて当然よ、それだけシルビオ様は今までいろんな女性とここに来ているはずですものね)

実際にネックレスとつけると、宝石の重みがずっしりと肩にかかる。

「うーん、やはりダイヤを入れたものがよさそうだな」

勝手にシルビオは決めていく。

「ちょ、ちょっと!」

ダイヤは他のものに比べて桁違いだ。思わずエレオノーラは止めた。

「なんだ、一番顔映りがよかったぞ?」

「いや、その……」
値段のことをここで言うのも失礼かと思い、シルビオに耳打ちする。

「シルビオ様、ちょっと高級すぎます!もうちょっと、かわいいのでお願いします」
急に耳元に、エレオノーラの吐息交じりの声を感じて、シルビオは飛び上がるかと思うほど驚いた。耳がほんのり赤くなる。

「一生に一度なんだ、遠慮するな。というより、他の令嬢と見劣りするようなものを選んだら、それこそリュシアン様に恥をかかせる。そこも考えてくれ」

「……すみません」

「ああ、すまない、怒っているわけではないんだ、せっかくだから気に入るものを選ぼう」

「でも、つけ慣れていないので、あまり大きなものは……」

「それではこちらはいかがでしょう?」

店主が出してきたのは、エメラルドの大きな一つ石に、流れるようなダイヤの装飾がある。しか
し、縁取りはされておらず、宝石が目立つようなデザインになっている。金属部分が少ないので重さも今までのものよりは軽い。

夜会ではほとんどの女性がエメラルドを身に着けている。どれだけ大きなエメラルドを身に着けられるかはその家の家格にも関わるため、皆大きさを競っているのだ。

「これぐらいの大きさなら、大丈夫でしょうか」

そう言って、シルビオに身に着けた姿を見せるように向いた。
少し不安そうに自分の方をまっすぐ見るエレオノーラ。

宝石を身に着けた姿は、美しい貴婦人そのものだ。手を触れることも許されない宝石のような彼女。

「ああ……とてもよく似合っている」
照れも何もなく、つい本音が口からこぼれ出た。

まっすぐ褒められたことに、エレオノーラは恥ずかしさがぐっとこみ上げた。

「では、こちらにお決まりですね!」

店主がすかさず話を勧め、なんとか決めることが出来た。


店を出た途端、一気に力が抜ける。緊張で張りつめていた分、疲労感も大きい。

「この後、まだ何か見に行くのか?」

「いいえ、宝石店をいくつか見てくるように言われたのですが、もう決めることができましたし、帰ろうかと」

「他のところは見ないのか?」
(宝石に興味がないのか?年頃の娘なのに?)

シルビオはとても驚いた顔を見せた。

「はい、必要ないでしょう?」
何を言っているのか、と怪訝な顔をするエレオノーラ。

「あの、私一人では、決められなかったと思います。ありがとうございました」

一応、お礼だけは伝えないと、と形式的にお礼だけして、馬車に乗り込もうとするエレオノーラの腕をつかんで、慌てて引き留めた。

「?!な、なんですか?」

「いや、その、もう一つおすすめの店があるんだ、行ってみないか?」
真剣なシルビオのまなざしに、ことわることができなかった。
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