見捨てられた令嬢は、王宮でかえり咲く

堂夏千聖

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特別番外編 バレンタイン

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*本編の流れとは関係のない番外編です。


昼過ぎ、急にリュシアンが王宮から帰ってきた。







「どうしたのですか?」







「いやあ、忘れ物をしちゃってね」







「忘れ物?」







「フレンセン侯爵に頼まれていた香水を調合したんだけど、今日欲しいって言われていたの、忘れていたんだよね」







ガサガサとそのあたりを探したり、自室へ行ったり来たりをしているリュシアン。







「あ、あった!」







ふう、と安心したように息を吐くと、ふと、リュシアンは屋敷中に優しい、甘い香りがしていることに気づいた。







「リュシアン様、甘いものって大丈夫ですか?」







「うん、大好きだよ」



リュシアンは、期待したまなざしでエレオノーラを見る。







「よかったー!実はバレンタインなので、チョコブラウニーを焼いてみたんです!よかったら召し上がってからにしませんか?戻るの」







「どおりで、屋敷中が甘いいい香りなわけだ、さっそくいただこう」







王宮から帰ってきたリュシアンは、食堂につながるリビングで、さっそくお茶を入れる。



リュシアン邸は、食堂だけでなくお茶や軽食がくつろいでとれるように、リビングゴア設けられている。そこは使用人もめ滅多に入れないところらしい。







10畳ほどの部屋に、ソファーのセットと、ガラス細工の机が置かれているだけの簡単な部屋だ。しかし、窓は大きく、庭園が見えるようになっており、陽の光もたくさん入ってきて気持ちがいい。







リュシアンだけのプライベートスペースだったが、今はエレオノーラも使うことを許されている。







「実はさ、さっき執事たちが嬉しそうに話していたのを聞いたんだよね。使用人みんなに配ったんだって?」







「はい、うまくできたのが嬉しくて。皆さんにお世話になってますから」







「すごく喜んでたよ、今頃、お茶してるんじゃないかな?」







「だったら嬉しいです」







リュシアンもさっそくエレオノーラの作った、チョコブラウニーを口へ運ぶ。



その途端、口の中にほんのりと香ばしいチョコレートの香りが広がり、サクサクとナッツの歯ごたえが快い。







「お、おいしい~!!!エレオノーラは料理も上手なんだね」



こころなしか、リュシアンの瞳は潤んでいる。







「そんなことないです、これしか作れません」







褒められて、まんざらでもないエレオノーラ。はにかみながらも、しっかりとリュシアンに笑顔を見せている。







(こんな日が来るなんて、嬉しいなあ)



リュシアンは、この空間の甘さをかみしめていた。







二人で、チョコブラウニーを堪能した後、リュシアンが思いついたようにこんなことを言い出した。







「あ、そうだ!今からもし時間があったら、この香水、フレンセン邸へ届けてくれないかな?」







「え?私がですか?」







「そう、もう王宮からは帰っているはずなんだ。私が寄ってから王宮に行こうかと思ったんだけど、もし頼めたら助かるなあ」







「……わ、わかりました」



エレオノーラの顔に緊張が走る。







(フレンセン邸にはシルビオ様がいるじゃない……!)







今日はバレンタイン。他の日ならまだしも、もし顔を合わせたら気まずい。









(仕方ない、明日に取っておこうと思ったブラウニーを包んで持っていこう)







渋々準備をして、念のためかわいくラッピングも施す。







(ついでよ、ついで。お使いのついでよ。それ以外の意味はないわ。日ごろ剣を教えていただいているわけだし、お世話になってるからね、うん)







馬車の中でも自分の心の中で言い訳をしながらフレンセン邸へ向かうエレオノーラだった。







フレンセン邸へ到着するとあいにくフレンセン侯爵は不在だという。



確認する間、しばらく待ってほしいと言われ、通された部屋で待っていると、外の方から剣が空を切る音がしている。







(素振りの音……?)







気になって窓から見てみると、







(し、シルビオ様!)







慌てて、カーテンの陰に隠れるが、シルビオには見つかってしまったみたいだ。



目が合った途端に嬉しそうな顔をして、客間まで走ってくる足音がする。







(なんか、犬みたい……ちょっとカワイイ)



走ってくる姿は、しっぽが見えるようで、いつものクールなシルビオと違ってかわいらしい。







「どうしたんだ、エレオノーラ」



シルビオは、鍛錬中ということもあり、白いシャツの前ははだけ、汗が光る。



目のやり場に困ったエレオノーラは、真っ赤になって目を逸らした。







「ふ、フレンセン侯爵にお渡ししたいものがあって。リュシアン様からのお使いです」







「そうか、ありがとう、叔父はまだ帰ってきていないようだが、待つか?」







「そ、そうですね、直接お渡しするようにと言われています」







「じゃあ、少し、待っていてくれ」



そういって、シルビオは慌ててどこかへ行ってしまった。







すると、使用人が入ってきて、客間ではない部屋へ案内された。







「ここは?」







「俺の借りている部屋だ」







奥から現れたのは、湯あみをしたのか、さっぱりとした恰好で、髪はまだ少し濡れているシルビオだった。







「せっかくだから、ここでお茶でも飲んでいってくれ」







「でも、シルビオ様、まだ髪が……」







「ああ。急いだからな」



ソファに座ったシルビオはエレオノーラを手招きする。







「え?」



言われるまま、近くに行くと、







「ここに座ってくれ」



隣を指さした。







少し間をあけ、ちょこんと遠慮がちに座ると、タオルを渡される。







「ちょっと手伝ってくれ」







(え?拭くってこと?)







「あ、の、拭くのですか?」



「ああ」



そう言ってシルビオは拭かれるのをじっと待っているようだ。







恐る恐る、背の高いシルビオの頭に届くように手をあげて、髪の水分をタオルに吸わせ、軽く抑える。







(シルビオ様の髪の毛って、意外と柔らかいのね)







やや筋肉質で、引き締まった背中が、エレオノーラの手が届くように小さくなっているのをみると、おとなしく拭かれているシルビオがなんだか、ちょっとかわいらしい。







「こういうこと、してくれる侍女とかいないんですか?」



エレオノーラは照れて、ついよけいなことを言ってしまう。







「あいにく、こういうことしてほしいと思う人は一人しかいなくいてね」







「……っ!」



言われた瞬間、顔にさっと熱が差して、ほんの一瞬動揺で手が止まってしまう。







「ふふ、どうした、いつもの元気は。今日はやけにおとなしいな」







そういって、シルビオはエレオノーラの膝にごろんと横になった。



「わあぁぁ!何するんですか?!」



「たまにはいいだろう、ここ、拭いてくれ」



耳の上あたりを指さすシルビオ。







(ああぁわわわわ、ど、どうしよう)







シルビオにチョコブラウニーを渡さなければ!という緊張はどこかへ飛び去り、いまは、太ももの上にシルビオの頭の感覚が直に伝わってきて、恥ずかしさで固まってしまう。







何かを考えられる余裕もなく、言われるまま、黙って髪を拭く。







「誰かに、こうやって拭いてもらうのは、初めてかもしれない。心地いいな」



シルビオはすっかりリラックスして、目を閉じている。







「え?小さい頃、お母さまとかにはされなかったんですか?」







「母上はそういったタイプの方ではなかったからな……乳母も同じく、うちは厳しくてね」







エレオノーラは勝手に、シルビオは公爵家の一人息子で、それはそれは大切に甘やかされ、愛情いっぱいに育っていると思い込んでいた。







(もしかしたら、この人は私が思っているより、寂しい育ち方をしているのかもしれない)



そうおもったら、なんだか急にいつものように突き放した言い方が出来なくなってしまった。







「シルビオ様、あのね……今日、お使いだけじゃないんです。実は、渡したいものがあってもってきたんです」







「何?」



シルビオは、いつもと違い甘さのこもる声できいた。







「お菓子を作ったんです。甘いもの食べられますか?」







「なんだって?!」



急にシルビオが飛び起きるから、エレオノーラはびっくりしてタオルを落としてしまった。







「つ、作ったって……手作り?」







「そうです」







右手で顔を覆い、ああ、と大きな息を吐いたシルビオ。耳から首筋まで真っ赤だ。







(え?シルビオ様、照れてる?)







「例え食べられなくても、エレオノーラが持ってきてくれたものなら、なんでも食べる」







(怖い、怖い、勢いがすごい)







エレオノーラは、少し怯えながら、きれいにラッピングされたチョコブラウニーをとりだした。その様子をわくわくしながら見ているシルビオは、いつもの格好のよさはなく、ロジェの言う“残念シルビオ”の方になってしまっている。







「さっそくいただこう、あけてくれ」







エレオノーラに開けさせ、袋から一切れ取り出そうとした、エレオノーラの手そっとつかみ、そのままチョコブラウニーを口へ運んだ。







「うん、うまい!」







満足したような顔で微笑むシルビオ。







シルビオに手を掴まれているとはいえ、エレオノーラが手ずから食べさせたようになっている。







とっさのことで、何が起きたかわからないエレオノーラ。もう一口そのままシルビオが食べようとして、ようやく事態を把握した。







「わ、わー!や、やめてください!」



びっくりして、食べかけのブラウニーを離してしまった。







「あーあ、だめだろう、離しては」



とっさに受け取って、一口でシルビオは食べてしまった。







胸の鼓動が収まらないエレオノーラは、驚いて立ち上がる。







「おいしかったよ、エレオノーラ」



嫣然と微笑むシルビオを前に、エレオノーラは、唇をわななかせ、立ち尽くす。怒りなのか恥ずかしさなのか、興奮した気持ちをおさめることが難しかった。







(絶対からかってる!何なのもう!)







そこへ、タイミングよく侯爵が帰宅したとの知らせが入り、慌てて香水を渡して逃げるようにリュシアン邸へ帰って行った。







慌てふためきながら必死で帰ろうとするエレオノーラの後ろ姿を満足そうに見送り、







(ホワイトデーが楽しみだね、エレオノーラ)







こっそり、心の中でつぶやくシルビオだった。
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