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最終章:その声だけ、まっすぐ届いた
しおりを挟む文化祭の準備は、校舎中を騒がせていた。
体育館ではダンスの練習、廊下には段ボールの山、教室では飾りつけのリハーサル。
ざわざわした熱気の中、日向もクラスの出し物の準備に参加していた。
「日向さん、リボンの在庫、見てくれる?」
「うん、わかった」
気づけば、人との会話も、笑顔も増えていた。
誰かと一緒にいる時間が、前より少しだけ心地よく感じられるようになっていた。
そんな日向に、ふいに声をかけてきたのは、桐ヶ谷蒼だった。
「ちょっと、手伝ってほしいことがあるんだけど。いい?」
「なに?」
「屋上、ついてきて」
「……また屋上?」
日向は微笑みながらうなずいた。
*
風が吹いていた。あのときと同じ、夕暮れ前の屋上。
オレンジ色の空に、白い雲がゆっくりと流れていた。
蒼はフェンスにもたれながら、ぽつりとつぶやいた。
「日向ってさ、本当は強いよね」
「……そうかな」
「うん。自分のこと、ちゃんとわかってるっていうか。俺なんか、いつも“誰かの期待”に応えようとしてばっか
で、ほんとは怖がりなのにさ」
蒼の声は、少しだけ震えていた。
それは、今まで誰にも見せたことのない、本音だった。
「君と話してると、自分の言葉がちゃんと“届いてる”気がするんだよね。……誰かに、ちゃんと届くって、すごい
ことなんだなって思った」
日向は、黙ってその横顔を見つめていた。
その目には、強がりでも余裕でもない、ひとりの男の子の真っすぐな想いがあった。
「俺さ――君のこと、ちゃんと好きになったかもしれない」
その言葉は、風に流されることなく、はっきりと日向の胸に届いた。
しばらくの沈黙のあと、日向は静かに言った。
「“かもしれない”じゃなくて、ちゃんと“好き”って言ってよ」
蒼は驚いて、そして照れたように笑った。
「……うん、好き。ちゃんと、好き」
日向はふっと微笑んだ。
その笑顔はこれまででいちばん自然で、優しいものだった。
その瞬間、蒼のスマホが震えた。
画面には「佐伯 涼真」の名前が光っていた。
メッセージは、たったひと言だった。
『君が笑ってるなら、それでいい。』
蒼はそれを日向に見せると、ふっと息を吐いて言った。
「……やっぱり、すごいな。あいつ」
日向は小さくうなずいた。
「うん。……ちゃんと、まっすぐだったよ」
──誰かの優しさは、気づかれなくても、確かにそこにある。
──誰かの言葉は、たとえ届くまでに時間がかかっても、ちゃんと心に残る。
日向は思った。
「届く」って、きっと、そういうことなんだと。
──そして今、ようやく日向は、自分の想いを選ぶことができた。
それは、誰のものでもない、自分自身の気持ち。
「……これからも、屋上、つきあってくれる?」
蒼が照れくさそうに言った。
日向はほんの少しだけ顔を赤らめて、静かにうなずいた。
「……うん。話したいこと、まだたくさんあるから」
風がまた吹いた。
その声だけが、まっすぐに、ふたりの間を通り抜けていった。
⸻
完
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