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外伝
光を知らぬ王子
しおりを挟む王族に生まれた時から、私の人生には選択肢などなかった。
「お前は未来の王になるのだから」
それが、誰もが私に向ける言葉だった。
父王も、母王妃も、臣下たちも。
時に優しく、時に冷たく、彼らは一様に“役目”を私の上に積み上げていった。
私は、「誰かに愛される子ども」である前に、「国の未来」だった。
そうして成長する中で、私は感情をしまい込む術を身につけた。
微笑み方も、言葉の選び方も、完璧に整えた。
そうすれば誰も傷つけず、誰からも責められない。
それが“王子”として、正しい在り方だと教えられていたからだ。
でも――夜、ひとりになると、私は時々息ができなくなることがあった。
感情を押し殺しているはずなのに、胸が締めつけられる。
孤独なのだと気づくには、私はまだ幼すぎた。
ただ、心のどこかで「何かが足りない」と思いながら、それを口にすることさえ許されないと知っていた。
***
そんな私にとって、イリーナは特別だった。
彼女は王城に通い、私と同じように厳しい教育を受けながらも、よく笑い、よく怒る少女だった。
「レオナルド様って、ほんとうにいつも静かよね。時には声を荒げるのも大事よ?」
ふいにそんなことを言う彼女が、少し羨ましかった。
感情を素直に表せること。誰かを本気で叱れること。
それは、私には持てなかった力だった。
イリーナは私に気持ちを向けてくれていたと、今なら分かる。
けれど、当時の私はその想いに応えることが怖かった。
誰かを大切に思えば思うほど、もし失ったときにどうなってしまうのか分からなかったから。
私は、誰よりも人を遠ざける王子だった。
***
そして――舞踏会の夜。
私は彼女に出会った。
クラリス・ド・ラフィーネ。
はじめて見る少女。けれど、目が合った瞬間、なぜか懐かしいとさえ思った。
彼女は控えめで、場に馴染んでいるとは言い難かった。
けれど、まるで一輪の白い花のように、そこに静かに、確かに咲いていた。
(この人は、仮面をつけていない)
それが最初の印象だった。
警戒も恐れもあったはずなのに、彼女の瞳には「本当の自分」をさらけ出すことを怖れていないような――そんな
まっすぐさがあった。
私は、思わず言葉をこぼしていた。
「……あなたは、風の匂いがする」
誰にも言ったことのない、心の底の声だった。
彼女が風ならば、私はずっと閉ざされた部屋にいたのだろう。
そのあと、すべてが変わった。
クラリスが私の命を救おうと動いていたこと。
陰謀の兆しを察知し、恐れながらも真実に立ち向かったこと。
イリーナと手を取り合い、過去も立場も乗り越えて共に戦ったこと。
すべてを知ったとき、私は初めて、自分が“人として”誰かに救われたのだと知った。
“王子”ではなく、“レオナルド”として、守られたのだ。
***
事件が収まった後、私は城の高台で夜を迎えていた。
クラリスと並んで見た夜空は、これまで見てきたどの風景よりも深く、美しかった。
その手を取り、私は伝えた。
「君となら、この国を歩いていける気がする」
かつて誰にも言えなかった想いを、ようやく言葉にできた。
胸に灯った光は、静かだけれど、確かに温かい。
これからは、“王子”としてだけではなく、“私自身”としてこの国を見つめたい。
誰かに愛され、愛することを恐れずに。
そして、支えてくれる人たちに、真の意味で感謝を伝えられる人間になりたい。
***
私は、ようやく檻の扉を開いたのだ。
暗闇の中で、ほんの少しの勇気があれば――
風は吹き、光は差す。
クラリス。
君が差し出してくれた手は、私の世界を変えた。
これからの私は、その手を離さずに生きていこう。
未来へ歩く王としてではなく、
光を知った一人の人間として。
【完】
このあと、また続き書くのでお楽しみ
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