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第三部3章 思惑の全能神と真白き光の眠り姫 編
9.終焉の秤⑧
しおりを挟む体が落下する。一瞬の浮遊感のあと、足がどこかに着いた。
目を開けた俺の目に、空が映る。
見渡してみても、抜けるような青一色。
「浮いて、る?」
ー土の選択は終えたようだね?ー
「……誰?土の選択って…」
ー私の事は教えられないかな。なにせ、今この瞬間が掟破りだからね。土の選択は正しきものを選んでいるから大丈夫だよ。まぁ、正しいって言っても、其方的にはどうか分からないけどねー
ふふっと、たいして悪いとも思ってないように笑う。
「ゲルグの草原に居たはずなのに…急に空って」
ー風の選択の場に移ったからだよー
「風………」
ー過去を捨て、先に進むを選びし光よ。ここ、風の魔導は記憶ー
「記、憶?」
ーそう。捨てるか、享受するか?ー
記憶って…
そんなの、捨てようが持ってようが……
ー捨てるならば、記憶は其方より失われていく…この先、永遠に。享受するなら、どんな辛く過酷なものであろうと忘れる事はできぬー
「失われていくってのは、記憶を留めておけないって事か?」
ーそうなるね。大切なものを、大事な人との記憶もそう…
いいも悪いもすべて…其方の中に残るものはなくなるー
大切なもの。大事な人との記憶……
俺の大切で、大事な人って?
頭の中に靄がかかる。
俺、何してるんだっけ?
ー享受するならば、記憶は全て其方の中に残る。どんなに辛く悲しく過酷で苦しくとも、忘れる事はできぬ。其方の記憶全てを…ー
「俺の、記憶、全て?」
ーそうだ。其方の記憶…即ち、其方がここまで生きた記憶全てー
俺が生きた記憶全て。
それって…
ー分かったかな?今の其方以外…姿を変え、生きた其方の記憶……転生者の記憶も全て受け持つ事となる。ともすれば、記憶の混濁、記憶の退行、フラッシュバックも起こり得る。並な精神力では、気が触れてしまうかもしれぬー
俺が、今の俺として生きている時間以外の記憶。俺の転生者の記憶全て。
どんなものが、どれだけの量があるかも知れない。
それを、全て?
言葉が出てこない。
簡単に捨てるなんて、受け入れるとも……
ー怖いね……でも、選んで貰わねばならないー
無意識に震える体が、フワリと温かいものに包み込まれた。
姿は見えないけど、何かに優しく抱き込まれている。
震え…止まった。
そっと目を閉じる。
また、脳裏に影が浮かぶ。
優しく包まれ、抱き込まれる記憶。
時に強く、痛いほどに。優しく、壊れ物を扱うように…痛みを癒されるかのような。
閉じていた目を開けた。
一雫。頬を流れる。
「忘れ、たくない……苦しくても、悲しくても。痛みも全部、覚えていたい。だって……忘れたら、痛みは全部、俺の大切な人にいく…だから」
また一雫流れた。
ふわっと空気が揺れ、雫が頬から拭われた。
「俺は大丈夫だ…どんなに辛くても、俺の大切な人が…できたキズは癒してくれる筈だから」
真っ直ぐ、前を見据える。
一言一言、ゆっくり噛みしめるように言った。
「だから、記憶は全て受け止める」
額にそっと何かが触れた。
ーよくできました。ほんとは、答え教えちゃ駄目なんだけどね。其方が選んだものは正解だよー
柔らかい気配が消え、ハッとして顔を上げた俺の視界が、一気に真っ赤な真紅に燃え上がった。
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