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第3章 翡翠の剣姫
4.求める結果がそれだけだとは限らない!⑪
しおりを挟む近衛騎士の寄宿舎につき、エルシアと共に執務室へ入る。
瞬時、抜き去った剣をエルシアの肩に突きつける。
一瞬、エルシアの体から闘気が上がり消える。
内心、舌打ちしたくなる。
剣聖の名は伊達じゃない。
この男とまともにやり合い、勝てずとも互角な者が、この大陸に果たして何人いることか?
今の今も、全神経を研ぎ澄ませ警戒しているのは俺の方だ。エルシアが闘気を一瞬で霧散させたのは勝てないからじゃない。この男が本気になれば、アウランゼの近衛騎士を一人で全滅させられる。
だが、エルシアはしないだろう。
できないのではない。できるがしない、のだ。
何故なら……
フッと小さく息を吐き剣を鞘にしまう。
「いいのかな?」
「………いいも悪いも、そもそも目的はそれじゃない」
「聖下に無体と無礼を働いたけど?」
「それについては、後でキッチリ処罰と謝罪を要求する!」
誰がうやむやにするかと睨みつけると、エルシアがクスクス笑う。
人畜無害そうな顔をして、こいつの笑みほど胡散臭いものはない。
「マヒロを攫ったのは理由があるのだろう?」
「どうして?私には聖下を攫う理由は……」
「あるな。そもそも、理由や益がなければお前は動かない。逆に、勝算や動くだけの価値が見いだされなければ、理由や益があっても動かんが」
「どうかなぁ?」
「はぐらかすのはやめろ!」
煙に巻かれてやるつもりはない。
話はしっかり聞くつもりだし、マヒロに加えた危害も、きっちり代償を払わせるつもりだ。
睨む俺と、フワリとした笑みを浮かべたままのエルシアとで、無言の睨み合いが続く。
笑みを浮かべたまま、エルシアが息を一つ吐いた。
「本気みたいだね?まぁ、だったらしようがないよね…逃げるのは簡単。近衛騎士たちをすべて薙ぎ払えば済む事だ。だけど、カイザーは別……貴方と闘えば、私とてまったくの無傷とはいかない。お互い重傷…悪くて相討ち、か……」
「……………………」
自分がエルシアに劣っているとは思わない。が、優っているわけでもないので、そう言われたところで複雑だ。
「国事、、、か?」
「さすがだね……まぁ、察しの通り、お国事情というやつだよ」
ふふっと、どこか楽しそうな困ったような笑みを浮かべる。
「ここまで来たなら話すよ。目的は聖獣妃聖下」
ひとまずソファに座り、向かい合わせで話し出す。
翠の皇国の目的がそれなのは分かっている。何故なら、マヒロを狙うのは、その一国だけではないからだ。
聖獣妃はどの国も欲する存在。
蒼の皇国が手に入れたのは周知の事実。ならば、探りに来たり、何なら奪い取りに来るのは火を見るよりも明らかで……
「もっとも……私が我が国の王城から受けた命は、普通とは違うよ?」
「違う?どういう事だ?」
エルシアがそれまでとは打って変わり、苦々しげに深く溜め息をつく。
「存在確認し、本物かどうかを探れ。本物なら力の有無、聖獣妃としての覚醒度、発現の正確性を計り、国にとって有益で、可能ならば奪い去れ……」
「……………………」
聞いて愉快な内容ではない。
ないが、聖獣妃を得られなかった国の取る行動としては至極当然だ。
何が違うのか?
言葉尻が不自然に途切れたこともあり、目で促す。
「奪い去るが不可能ならば………………………殺せ」
「ッッッッッッ!!!!!!」
瞬間的に、俺の体から一気に怒りと、自分でも驚く程の殺気と闘気が溢れ出す。
ビリビリと部屋全体が冷たく震えるような錯覚を起こす。
目の前が真っ赤に染まる感覚に、が、脳裏に浮かんだ姿を思い出しギリギリと唇を噛み締めた。
痛みと錆臭い味に眉を顰める。
「はぁ~……………………貴方にそんなにまでの反応をさせるなんて、、、聖下はそこまでの存在なんだね?」
感心したように言われたが、自分自身、困惑が止まらない。正直、ここまで我を忘れそうになるほどの怒りを感じたのは初めてだ。
ふと、妙な既視感を感じ眉根を寄せた。
初めて………だ、ろうか?
前にもあった、ような?
「どこ、、、でだ?」
「カイザー?」
ポツリと無意識に漏れた声。訝しげにエルシアに名を呼ばれ、ハッと我に返った。
「な、んでも…ない。それで?マヒロをどうしようと?」
「?うん、、まぁ、命には従わないとだからね?だから……」
「エルシア、いい加減にしろ!お前が本気なら、中庭園でのあの時に、すでにそうしている筈だ」
「あぁ、なんだ。分かってたんだ?」
「先にも言ったが、お前がそんな簡単な男じゃないのを知っている!」
エルシアは、命令されたからと言って、ただ素直に従う程、薄っぺらくも、簡単でも、ましてや操りやすくもない。
こいつほど厄介で、計算高く、腹に一物どころか、三も四もある奴はいない。
つくづく関わりたくない男だ。
「ふふ。まぁ、本国の馬鹿どもの命令は受けたけど?実際、聖下がどんな方なのか見るのは私だし?ショートショールの益になるなら連れ帰れ。無理なら、他国の戦力増強にしない為殺せ!なんて、あまりに短絡的すぎるよね?」
「……………………それで?」
「まぁ、聖下の事は計らせていただいたよ?実際、聖獣妃がどんなものなのか知りたかったし?殺すって言ってるのに、聖獣を出さなかったり、力で対抗しないのには焦ったけどねぇ」
「……………………つまり?」
「殺すつもりなんてないよ?最初から!なんで私がそんな面倒くさい事しなきゃならないの?まぁ、聖獣妃を間近に見てみたいって好奇心は満たしたかったから、命令には従うふりしたけど?」
「……………………簡単に言うと?」
「私がただ知りたかっただけ!だね」
「…………………………………」
こういう男だ。
分かっていた。分かってはいたが……
何だか話していてひどく疲れた。
「分かった…もい、いい」
「カイザー」
話を打ち切り溜め息をつく俺に、エルシアが些か表情を改めた。
「聖下の事だけど……………………」
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