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第1章 指導編 初日
1-5 先輩だからこんなんなんです!
嗅ぎ覚えのある甘い香りがリヤーナの鼻腔をくすぐる。
(先輩が吸ってる煙草の匂いだ)
と、まどろみの中でリヤーナは思った。
他に吸っている人を見たことがないため、フォウの匂いとしてインプットされている。
なんでも、香りと同様に味も独特な煙草であるらしい。フォウから聞いた話だ。
リヤーナも吸ってみようとフォウにお願いしたが「身体に悪い」と止められたため、実際にどんな味がするのかは知らない。
夢と現の間でとりとめのないことを考えていると、突然、リヤーナは浮遊感に襲われた。反射的に目蓋が開く。
一番最初に目に飛び込んできたのは、きょとんとしたフォウの顔だった。
ちょっと間が抜けた表情をしていても格好良さはまるで損なわれることがなく、むしろ愛嬌があってこれはこれでありだ。
(――何考えてんの私? ありとかなしじゃなくて、なんか、近くない?)
リヤーナとフォウは頭一つ半くらい身長差がある。見上げるとどうしてもあざとい上目遣いになるのが嫌だった。
しかし今は、手を伸ばさずとも触れられる距離にフォウの顔がある。高いヒールを履いたとしてもこんなには近付けない。
違和感はそれだけにとどまらず、膝裏と背中のあたりに何か硬いものが触れている感触があった。
これらの要素から、リヤーナが「フォウに抱きかかえられている」という結論に達するまで、実に十秒かかった。
「……きゃああああああっ!?」
暗殺者としてあるまじき声量の悲鳴がリヤーナの喉からほとばしる。
もしもこれが任務中だったら死んでいた。訓練中だったら死ぬほど怒られていただろう。
「思ったより元気だな。目を開けたはいいが全然喋らないから気絶してるのかと思ったぞ」
フォウはにやっと口の端を持ちあげた。
(黙って見てないで声かけてくれればいいのに。っていうか顔が近い!)
リヤーナは文句の一つも言いたかったが、叫び慣れていないせいか喉がひりひりと痛んだ。
「起きたならちょうどいい。首に手をまわせ」
フォウは顎をしゃくって指図する。
「……んっ、なんでですか」
リヤーナは慌てて唾を飲み込み、どうにか声を発した。
「そのほうが抱えやすい」
フォウは事もなさげに言う。実際に他意はないのだろう。
「抱えなくていいのでとりあえず降ろしてください!」
リヤーナはやや怒ったような語調になってしまう。自分だけが慌てふためいているのが情けないし恥ずかしい。
「俺相手にそんなんじゃ先が思いやられるぞ」
「先輩だからこんなんなんです!」
「なんで?」
「ぅ……なんでもです!」
即座に真顔で切り返され、リヤーナは強引に押し返すほかなかった。
フォウは察しが良い時と悪い時の差が激しい。いっそ全部筒抜けだったら良かったのにと何度思ったことか。
(もしかして、本当は全部知っててやってるとか? 私の気持ちが迷惑だからわざとはぐらかして……)
嫌な予感がじわじわとリヤーナの心を侵食していく。
最近はこんなことを考えてばかりだ。以前は一緒にいられるだけで楽しかったのに、今はありもしない想像をして思い悩むことが増えた。
「それだけ受け答えができればもう大丈夫か」
フォウはふっと笑い、リヤーナの身体をソファに降ろした。
「すぐ起きると思ってとりあえずソファに運んだんだが、意外と目を覚まさなくてな。ベッドに寝かそうかと思ってたんだ」
しゃがみこんでリヤーナと目線を合わせる。
「騒いだりしてごめんなさい、先輩……」
リヤーナは両手を固く握りしめ、うつむいた。もっと早く説明してくれれば良かったのにと思わないでもないが、自分が悲鳴を上げたせいでタイミングを逸したのかもしれない。
「あともう一つ、ごめんなさい」
意識を失った原因を思い出し、リヤーナは身体を折り曲げるように深く頭を下げる。
「リィ?」
「私、先輩のことが嫌で倒れたわけじゃないです!」
これだけは絶対に明言しておかなければならなかった。意識を失ったタイミング的に「フォウとアレな訓練をするのが嫌で、ショックのあまり卒倒した」と取られてしまうかもしれない。
「……それくらいわかってるよ。具合悪かったんだろ」
やや間があってから、フォウは優しい声音でリヤーナを気遣う。
リヤーナがおそるおそる顔を上げると、フォウは何故か晴れやかな笑顔でこちらを見ていた。逆に怖い。
(もっとちゃんと理由話さなきゃダメかな……?)
フォウの笑顔に威圧感を覚えたリヤーナは、あの時の状況の言語化を試みるが、
「あんな任務、どうしたらいいかわからなくて。色々考えてたら頭痛くなって、それで……」
頭を抱えたくなるほどしどろもどろになってしまった。フォウに伝えられない気持ちが多すぎる。
「そんなに気負うな。ひと月俺がついてる」
憐れに思ったのか、フォウは落ち着かせるようにリヤーナの肩を撫でた。
「……はい。頼りにしてます、フォウ先輩」
リヤーナは笑顔を作って元気よくうなずいた。
これ以上フォウに余計な心配や迷惑をかけるわけにはいかない。自分の気持ちには自分で折り合いをつけなくては。
うまく笑えたか自信がなかったが、フォウの安堵した顔を見る限り、ちゃんとやれたようだった。
(先輩が吸ってる煙草の匂いだ)
と、まどろみの中でリヤーナは思った。
他に吸っている人を見たことがないため、フォウの匂いとしてインプットされている。
なんでも、香りと同様に味も独特な煙草であるらしい。フォウから聞いた話だ。
リヤーナも吸ってみようとフォウにお願いしたが「身体に悪い」と止められたため、実際にどんな味がするのかは知らない。
夢と現の間でとりとめのないことを考えていると、突然、リヤーナは浮遊感に襲われた。反射的に目蓋が開く。
一番最初に目に飛び込んできたのは、きょとんとしたフォウの顔だった。
ちょっと間が抜けた表情をしていても格好良さはまるで損なわれることがなく、むしろ愛嬌があってこれはこれでありだ。
(――何考えてんの私? ありとかなしじゃなくて、なんか、近くない?)
リヤーナとフォウは頭一つ半くらい身長差がある。見上げるとどうしてもあざとい上目遣いになるのが嫌だった。
しかし今は、手を伸ばさずとも触れられる距離にフォウの顔がある。高いヒールを履いたとしてもこんなには近付けない。
違和感はそれだけにとどまらず、膝裏と背中のあたりに何か硬いものが触れている感触があった。
これらの要素から、リヤーナが「フォウに抱きかかえられている」という結論に達するまで、実に十秒かかった。
「……きゃああああああっ!?」
暗殺者としてあるまじき声量の悲鳴がリヤーナの喉からほとばしる。
もしもこれが任務中だったら死んでいた。訓練中だったら死ぬほど怒られていただろう。
「思ったより元気だな。目を開けたはいいが全然喋らないから気絶してるのかと思ったぞ」
フォウはにやっと口の端を持ちあげた。
(黙って見てないで声かけてくれればいいのに。っていうか顔が近い!)
リヤーナは文句の一つも言いたかったが、叫び慣れていないせいか喉がひりひりと痛んだ。
「起きたならちょうどいい。首に手をまわせ」
フォウは顎をしゃくって指図する。
「……んっ、なんでですか」
リヤーナは慌てて唾を飲み込み、どうにか声を発した。
「そのほうが抱えやすい」
フォウは事もなさげに言う。実際に他意はないのだろう。
「抱えなくていいのでとりあえず降ろしてください!」
リヤーナはやや怒ったような語調になってしまう。自分だけが慌てふためいているのが情けないし恥ずかしい。
「俺相手にそんなんじゃ先が思いやられるぞ」
「先輩だからこんなんなんです!」
「なんで?」
「ぅ……なんでもです!」
即座に真顔で切り返され、リヤーナは強引に押し返すほかなかった。
フォウは察しが良い時と悪い時の差が激しい。いっそ全部筒抜けだったら良かったのにと何度思ったことか。
(もしかして、本当は全部知っててやってるとか? 私の気持ちが迷惑だからわざとはぐらかして……)
嫌な予感がじわじわとリヤーナの心を侵食していく。
最近はこんなことを考えてばかりだ。以前は一緒にいられるだけで楽しかったのに、今はありもしない想像をして思い悩むことが増えた。
「それだけ受け答えができればもう大丈夫か」
フォウはふっと笑い、リヤーナの身体をソファに降ろした。
「すぐ起きると思ってとりあえずソファに運んだんだが、意外と目を覚まさなくてな。ベッドに寝かそうかと思ってたんだ」
しゃがみこんでリヤーナと目線を合わせる。
「騒いだりしてごめんなさい、先輩……」
リヤーナは両手を固く握りしめ、うつむいた。もっと早く説明してくれれば良かったのにと思わないでもないが、自分が悲鳴を上げたせいでタイミングを逸したのかもしれない。
「あともう一つ、ごめんなさい」
意識を失った原因を思い出し、リヤーナは身体を折り曲げるように深く頭を下げる。
「リィ?」
「私、先輩のことが嫌で倒れたわけじゃないです!」
これだけは絶対に明言しておかなければならなかった。意識を失ったタイミング的に「フォウとアレな訓練をするのが嫌で、ショックのあまり卒倒した」と取られてしまうかもしれない。
「……それくらいわかってるよ。具合悪かったんだろ」
やや間があってから、フォウは優しい声音でリヤーナを気遣う。
リヤーナがおそるおそる顔を上げると、フォウは何故か晴れやかな笑顔でこちらを見ていた。逆に怖い。
(もっとちゃんと理由話さなきゃダメかな……?)
フォウの笑顔に威圧感を覚えたリヤーナは、あの時の状況の言語化を試みるが、
「あんな任務、どうしたらいいかわからなくて。色々考えてたら頭痛くなって、それで……」
頭を抱えたくなるほどしどろもどろになってしまった。フォウに伝えられない気持ちが多すぎる。
「そんなに気負うな。ひと月俺がついてる」
憐れに思ったのか、フォウは落ち着かせるようにリヤーナの肩を撫でた。
「……はい。頼りにしてます、フォウ先輩」
リヤーナは笑顔を作って元気よくうなずいた。
これ以上フォウに余計な心配や迷惑をかけるわけにはいかない。自分の気持ちには自分で折り合いをつけなくては。
うまく笑えたか自信がなかったが、フォウの安堵した顔を見る限り、ちゃんとやれたようだった。
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でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?