暗殺任務失敗したのが組織にバレて、処女なのにハニトラさせられることになりました。密かに思ってた先輩がHの指導役とか聞いてません!

甘酒ぬぬ

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第1章 指導編 初日

1-6 先輩は最終日に腹上死しちゃうんですか……?

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「……ちなみに、俺の話、聞いてたのか」

 フォウは声のトーンを落とし、気まずそうに目線を下げた。

「どの話ですか?」

 リヤーナは首をかしげる。問いの範囲が広すぎて思い当たらない。

「いや、いい。ただの俺の思い過ごしだ」

 フォウは自分の後頭部を掻く。
 間違いなく奥歯に物がはさまっている言い方だった。

「体調さえ大丈夫なら、少し早いが夕飯でも食わないか。今日だけは免除してやるが、テーブルマナーも必須技能の一つだからな。明日からは厳しくやるぞ」

 リヤーナが追及するよりも先に、フォウはやや早口で話題を変えてしまった。

(まぁ、無理に聞き出すようなことでもないか。どうせ先輩には口じゃ勝てないし。っていうか口だけじゃなくて勝てたためし自体ないけど)

 フォウが何を詮索されたくなかったのか気になるところだが、リヤーナは素直に話に乗ることにした。

「テーブルマナー?」
「ハニートラップとはいえ、この一ヵ月でお前が習得しなきゃならないのは色事だけじゃない。元子爵夫人『リオノーラ』として標的に近付くんだからな」
「それが今回のカバーストーリーですか」
「ああ。立ち居振る舞いだけじゃなく肉体改造もするぞ。筋肉を落として脂肪をつけろ。端的に言えば太れ」

 フォウはリヤーナの鼻先にぴっと指を突きつけた。

「えー」

 リヤーナは声と表情のすべてに不満をにじませる。

「どの世界に腹筋の割れた貴族夫人がいるんだよ」

 フォウは皮肉っぽく口元を歪め、リヤーナの腹部に視線を向けた。

「変態! なんで知ってるんですか!」

 リヤーナは慌てて両腕で腹部を覆い隠す。
 今着ているのは簡素なワンピースだ。もちろん腹部を露出するようなデザインではない。

「そんなもん、ちょっと触りゃあわかるだろ」

 言ってから、フォウはあきらかに「あ、ヤバい」という顔をした。

「なんでちょっと触ってるんですか! しかもいつ!?」
「近いうちに触る以上のことしなきゃならないんだから、そんなに騒ぐなよ」

 フォウは面倒くさそうにそっぽを向く。口を割る気がないという意思表示か、少し離れて煙草を吸い始めてしまった。

(そうだけど、そういうことじゃないのに)

 リヤーナは眉間にしわを寄せ、ソファに置いてあったクッションを潰すくらい抱きしめる。

「でも先輩、今は多様性が重んじられる時代ですよ? もしかしたらどこかしらに腹筋割れた貴族夫人がいるかもしれないじゃないですか」
「中身のない言葉を無闇に振りまわすな。仮にそんな貴族夫人がいたとしてもいいが、今回の任務には求められてない」

 フォウの意見は至極まっとうだった。

 リヤーナは押し黙る。
 論点をずらしてしまったが、任務に必要であるなら身体作りも受け入れなければならない。

「とはいえ一番大事なのはやっぱり色事だ。男を腹上死させるくらいの寝技を習得してもらう」
「ふくじょうし?」

 リヤーナが任務について飲み込もうとしているところに、さらに飲み込めないサイズの事柄が追加された。

「お前に演じてもらうのは、夫を腹上死させてしまい未亡人になった元子爵夫人という設定らしい」

 フォウはどこからか取り出した冊子をひらひらと振ってみせた。

「腹筋割れてる夫人より、そっちのほうがフィクションにしか存在してないと思うんですが」

 リヤーナは冷ややかな視線をフォウに送る。

「そんなこと俺が知るか。上からの命令だ。ターゲットは処女よりも|閨事〈ねやごと〉に長けた歴戦の猛者がお好みらしい」

 フォウは顔を上げ、天井に向かって煙を吐きつけた。

(嫌がらせにもほどがあるんだけど)

 リヤーナはため息を禁じ得ない。
 罰であるとはいえ、一応は任務だ。組織としては成功したほうが良いに決まっている。にもかかわらず、どうしてそんな無茶苦茶なカバーストーリーを押し付けてくるのだろう。

(そんなの考えても仕方ない、か。やらない以外に道はないんだし)

 組織から抜けようとした者の末路は何度も見ている。間違っても反抗しようなどとは思わなるくらい、凄惨なものだった。
 リヤーナは頭を振り、嫌な記憶を意識的に遠ざける。

「どうした、リィ」

 いつの間にかフォウが隣に座り、リヤーナの顔を覗き込んでいた。
 さっき意識を失ったせいなのか、フォウはリヤーナの顔色にやたらと敏感だ。

「いえ、その……」

 リヤーナはわざと不安げに眉をひそめてうつむく。

「ん?」
「ひと月で私を歴戦の猛者に育て上げるってことは、先輩は最終日に腹上死しちゃうんですか……?」
「おー、大層なことを吹いたなぁリィちゃん。やれるもんならやってみろよ」

 フォウは眉を吊りあげて微笑み、リヤーナの頬の肉をつまんだ。

「絞め上げるのと絞め落とすのは得意です」

 証明してみせようと、リヤーナはフォウに向かって手を伸ばす。
 唯一格闘には適性があり、体格差を埋められる「正規の意味での寝技」ならフォウにも勝てる自信はある。

「それはやめろ本当に死ぬ」

 フォウは即座に飛びのき、両手を顔の高さに挙げた。
 リヤーナは警戒を解くようににこっと笑ってみせる。

「ったく、調子はもう良いみたいだな。飯食うぞ、飯」

 フォウは気だるげに前髪を掻き上げ、リヤーナに手を差し伸べた。

(……形はどうあれ、ひと月の間、先輩と一緒にいられる)

 完全に心の整理がついたわけではなかったが、リヤーナはフォウの手を取り、立ち上がった。
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