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第1章 指導編 初日
1-9 先輩が、脱がせてください
(無理して食べ過ぎたかも)
リヤーナはいつもよりややせり出た腹部をさすり、肩を落とした。
胃が膨らんでるだけだから時間経過で多少収まるはず、と希望的観測で自分を慰めて気持ちを切り替える。
軽く深呼吸をし、脱衣所に置かれている姿見の前に立った。指紋一つない鏡面には、見慣れた自分の裸体が映っている。
浴室で徹底的に洗ったつもりだが、万が一にでも不備があってはいけない。目の届かない背中側を中心にチェックしていく。
(貧相とか思われたらやだなぁ)
リヤーナは胸の下側の曲線に手を添えた。
身体の凹凸は平均的で、他人に誇れるようなレベルではない。実際フォウに「太れ」と言われたし、まだまだボリュームが足りないのだろう。
(具体的な理想があったわけじゃないけど、こんな形でフォウ先輩と……どんな顔で何を何すればいいんだろう。いや、私がいっさいわからないから先輩が指導役についてるわけだけど。ああもうやだ逃げたい胃が痛い)
肌寒さに身体がぶるりと震える。
春の半ばの比較的温暖な時期とはいえ、風呂上がりにいつまでも裸でいれば体調を崩しかねない。
リヤーナは頬を叩いて強引に不安を追いやり、着替えを手に取った。風呂に入っている間にフォウが置いていったものだ。
一緒にメモが添えてあり、「着替えたら二階右手奥の部屋に来い」と整った文字で書かれている。
「……なにこれ」
着替えを広げたリヤーナは声に出さずにはいられなかった。
用意されていたのは、申し訳程度の布と紐で構成された下着と、匠の技術によって織られたであろう向こう側が透けて見えるレースのネグリジェだった。
どこをどう探しても、それら以外に身につけられそうな物は見つからない。
(これを着ろと? なんのために? 何かの間違いじゃなくて? 間違いだったとしても、先輩がこんな物を私的に所持してるってことになるから嫌だけど。それともこれが世の歴戦の猛者の標準装備? とりあえず形から入れってこと?)
リヤーナの頭の中に疑問が延々と湧いてくる。
とはいえ、いつまでも裸のまま脱衣所にいるわけにはいかない。
呆然としつつ、下着とネグリジェを身につける。特に生地の薄いネグリジェはちょっと引っ張っただけでも破れてしまいそうで、着ること自体に神経を使う。
(この格好で行くの? 本当に???)
痴女にしか見えない装いの自分が姿見に映り、リヤーナは恥ずかしさで鏡を叩き割りたくなった。ぐっと手を握りこんで衝動をなんとか抑え込む。
歩くだけで下着がずれたり食い込んだりして非常に落ち着かない。
(ああもうやだ。もう知らない。指示した先輩が全部悪いんだから!)
リヤーナは口元をきゅっと引き結び、胸元を押さえながら小走りでフォウの待つ部屋へと向かった。
ネグリジェの裾がしつこく足にまとわりつく。生地の肌触りの良さが逆に鬱陶しい。
「――フォウ先輩! これって先輩の趣味ですか!?」
思い切って、リヤーナは壊す勢いでドアを押し開く。ヤケクソにならなければ、こんな格好でフォウの前に立てそうになかった。
出窓に腰をかけて煙草を吸っていたフォウは、顔だけをリヤーナの方へと向ける。
一瞬の間の後、煙草の先端が爆ぜて灰がぽろりとフォウの膝に落ちた。
「……あっづ!」
フォウは情けない悲鳴を上げ、慌てて前のめりになり灰を払い落す。
「熱がってる場合じゃないですよ! こんなの裸と変わらないっていうか、むしろこっちの方が恥ずかしいっていうか……」
リヤーナは唇を噛みしめ、胸と下肢を腕で隠した。できるなら全身を隠したいが腕が足りない。
「間違っても俺の趣味じゃねえよ。ひと月のカリキュラムもその下着も全部組織からの指示だ」
フォウは面倒くさそうに煙草をもみ消し、部屋に置かれた簡素なベッドに腰を下ろした。
「ほんとですかー?」
「家中のクローゼット見てみろよ。いまお前が着てるのはまだマシなほうだからな」
(これがマシなほう……)
リヤーナは自分の身体を見下ろした。
もうすでにギリギリを超えて完全にアウトだが、さらに上があるとするなら、もはやそれはただの紐だろう。
「思ったより似合ってるよ。ガラにもなくどきっとした」
声や言い方こそ優しかったが、ぴくぴくと震える口角からフォウが面白がっているのが見て取れた。
「はーい、ありがとうございまーす。こんな格好までして無反応だったら、さすがにヘコみますけどね」
リヤーナは恥ずかしまぎれに可愛げのない返しをしてしまう。
ほんの少しでも動揺したフォウを見れたのは正直嬉しかった。
「じゃあ早速だけど、そのひらひらで透けてるやつ脱いで。うつ伏せにベッドに寝てくれ」
フォウは事務的に言い、ぱんぱんとシーツを叩いた。
「脱ぐんですか!?」
リヤーナの声が裏返る。
裸と変わらないとは言ったが、いざ脱ぐとなると話は変わってくる。
「脱がなきゃできないからな。あんまり待たせるようだったら脱がすぞ」
尻込みするリヤーナとは対照的に、フォウはこれといって感情が動いていないようだった。
あくまで任務の一つであり、これからひと月も続く行為のうちの一回など、手早く終わらせてしまいたいのかもしれない。
「じゃあ……ください」
リヤーナはベッドの上に、両足とお尻をぺたっとつけるようにして座った。
「ん?」
「……先輩が、脱がせてください」
フォウのシャツの裾を引っ張る。
手間をかけさせて、面倒な奴だと思われてしまうかもしれない。それでも、淡々と進められてしまうのがなんだか悔しかった。
「それで誘ってるつもりか?」
フォウの切れ長の瞳がすっと鋭さを増す。
リヤーナは反射的に手を引いたが、フォウが手首をつかむほうが早かった。
ぐっと体重がかけられ、ベッドに倒れ込む。
フォウがリヤーナにまたがり、マットレスが軋んだ音を立てて沈んだ。
ネグリジェがたくしあげられ、肌に擦れる。フォウの指先の感触とレースのもどかしい刺激に、リヤーナの口から吐息が漏れた
胸が苦しい。頭がじんじんと痛む。
フォウから香る煙草の匂いだけがいつもと一緒だった。
リヤーナはいつもよりややせり出た腹部をさすり、肩を落とした。
胃が膨らんでるだけだから時間経過で多少収まるはず、と希望的観測で自分を慰めて気持ちを切り替える。
軽く深呼吸をし、脱衣所に置かれている姿見の前に立った。指紋一つない鏡面には、見慣れた自分の裸体が映っている。
浴室で徹底的に洗ったつもりだが、万が一にでも不備があってはいけない。目の届かない背中側を中心にチェックしていく。
(貧相とか思われたらやだなぁ)
リヤーナは胸の下側の曲線に手を添えた。
身体の凹凸は平均的で、他人に誇れるようなレベルではない。実際フォウに「太れ」と言われたし、まだまだボリュームが足りないのだろう。
(具体的な理想があったわけじゃないけど、こんな形でフォウ先輩と……どんな顔で何を何すればいいんだろう。いや、私がいっさいわからないから先輩が指導役についてるわけだけど。ああもうやだ逃げたい胃が痛い)
肌寒さに身体がぶるりと震える。
春の半ばの比較的温暖な時期とはいえ、風呂上がりにいつまでも裸でいれば体調を崩しかねない。
リヤーナは頬を叩いて強引に不安を追いやり、着替えを手に取った。風呂に入っている間にフォウが置いていったものだ。
一緒にメモが添えてあり、「着替えたら二階右手奥の部屋に来い」と整った文字で書かれている。
「……なにこれ」
着替えを広げたリヤーナは声に出さずにはいられなかった。
用意されていたのは、申し訳程度の布と紐で構成された下着と、匠の技術によって織られたであろう向こう側が透けて見えるレースのネグリジェだった。
どこをどう探しても、それら以外に身につけられそうな物は見つからない。
(これを着ろと? なんのために? 何かの間違いじゃなくて? 間違いだったとしても、先輩がこんな物を私的に所持してるってことになるから嫌だけど。それともこれが世の歴戦の猛者の標準装備? とりあえず形から入れってこと?)
リヤーナの頭の中に疑問が延々と湧いてくる。
とはいえ、いつまでも裸のまま脱衣所にいるわけにはいかない。
呆然としつつ、下着とネグリジェを身につける。特に生地の薄いネグリジェはちょっと引っ張っただけでも破れてしまいそうで、着ること自体に神経を使う。
(この格好で行くの? 本当に???)
痴女にしか見えない装いの自分が姿見に映り、リヤーナは恥ずかしさで鏡を叩き割りたくなった。ぐっと手を握りこんで衝動をなんとか抑え込む。
歩くだけで下着がずれたり食い込んだりして非常に落ち着かない。
(ああもうやだ。もう知らない。指示した先輩が全部悪いんだから!)
リヤーナは口元をきゅっと引き結び、胸元を押さえながら小走りでフォウの待つ部屋へと向かった。
ネグリジェの裾がしつこく足にまとわりつく。生地の肌触りの良さが逆に鬱陶しい。
「――フォウ先輩! これって先輩の趣味ですか!?」
思い切って、リヤーナは壊す勢いでドアを押し開く。ヤケクソにならなければ、こんな格好でフォウの前に立てそうになかった。
出窓に腰をかけて煙草を吸っていたフォウは、顔だけをリヤーナの方へと向ける。
一瞬の間の後、煙草の先端が爆ぜて灰がぽろりとフォウの膝に落ちた。
「……あっづ!」
フォウは情けない悲鳴を上げ、慌てて前のめりになり灰を払い落す。
「熱がってる場合じゃないですよ! こんなの裸と変わらないっていうか、むしろこっちの方が恥ずかしいっていうか……」
リヤーナは唇を噛みしめ、胸と下肢を腕で隠した。できるなら全身を隠したいが腕が足りない。
「間違っても俺の趣味じゃねえよ。ひと月のカリキュラムもその下着も全部組織からの指示だ」
フォウは面倒くさそうに煙草をもみ消し、部屋に置かれた簡素なベッドに腰を下ろした。
「ほんとですかー?」
「家中のクローゼット見てみろよ。いまお前が着てるのはまだマシなほうだからな」
(これがマシなほう……)
リヤーナは自分の身体を見下ろした。
もうすでにギリギリを超えて完全にアウトだが、さらに上があるとするなら、もはやそれはただの紐だろう。
「思ったより似合ってるよ。ガラにもなくどきっとした」
声や言い方こそ優しかったが、ぴくぴくと震える口角からフォウが面白がっているのが見て取れた。
「はーい、ありがとうございまーす。こんな格好までして無反応だったら、さすがにヘコみますけどね」
リヤーナは恥ずかしまぎれに可愛げのない返しをしてしまう。
ほんの少しでも動揺したフォウを見れたのは正直嬉しかった。
「じゃあ早速だけど、そのひらひらで透けてるやつ脱いで。うつ伏せにベッドに寝てくれ」
フォウは事務的に言い、ぱんぱんとシーツを叩いた。
「脱ぐんですか!?」
リヤーナの声が裏返る。
裸と変わらないとは言ったが、いざ脱ぐとなると話は変わってくる。
「脱がなきゃできないからな。あんまり待たせるようだったら脱がすぞ」
尻込みするリヤーナとは対照的に、フォウはこれといって感情が動いていないようだった。
あくまで任務の一つであり、これからひと月も続く行為のうちの一回など、手早く終わらせてしまいたいのかもしれない。
「じゃあ……ください」
リヤーナはベッドの上に、両足とお尻をぺたっとつけるようにして座った。
「ん?」
「……先輩が、脱がせてください」
フォウのシャツの裾を引っ張る。
手間をかけさせて、面倒な奴だと思われてしまうかもしれない。それでも、淡々と進められてしまうのがなんだか悔しかった。
「それで誘ってるつもりか?」
フォウの切れ長の瞳がすっと鋭さを増す。
リヤーナは反射的に手を引いたが、フォウが手首をつかむほうが早かった。
ぐっと体重がかけられ、ベッドに倒れ込む。
フォウがリヤーナにまたがり、マットレスが軋んだ音を立てて沈んだ。
ネグリジェがたくしあげられ、肌に擦れる。フォウの指先の感触とレースのもどかしい刺激に、リヤーナの口から吐息が漏れた
胸が苦しい。頭がじんじんと痛む。
フォウから香る煙草の匂いだけがいつもと一緒だった。
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