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第1章 指導編 初日
1-16 嫌われた。絶対嫌われてる。もうダメだ
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腕の中に腕があった。
どういう状況なのかリヤーナ自身にもよくわかっていないが、とにかく、自分のものを含めて腕が三本ある。抱き枕よろしく、第三の腕を抱きしめて眠ってしまっていたようだ。
その腕のおかげ――かどうかは定かではないが、久しぶりによく寝た感じがあった。組織に入ってからというもの寝つきが悪く、夜中に目が覚めてしまうことも少なくない。
のろのろと腕の持ち主の方へと視線を向けると、よく見知った顔があった。
やや冷たい印象のある鋭利な輪郭。不敵に口角が上がった薄い唇。付け根から先端まできっちりと通った鼻筋。濃い睫毛に縁どられた目は伏せられており、その奥には金茶の瞳があることをリヤーナは知っている。
(……っ! フォウ、せん、ぱい!?)
喉が渇いていたため、どうにか悲鳴は音にならずにすんだ。
寝起きで機能が低下していた頭に一気に血が巡る。
(昨日……ああ、私……昨日、先輩と、あんな……ああああああ)
思い出したくもない痴態や失態の数々が脳裏に浮かび、リヤーナは頭を抱えずにはいられない。ボディオイルの甘い残り香が、あれは決して夢ではなかったと告げている。
(どんな顔して、なに喋ればいいの……)
リヤーナは唇を噛みしめ、フォウの横顔を見つめた。
こんな至近距離でフォウの寝顔を見れるのは嬉しい。自分よりも少し高い体温も心地良くて安心する。
でもこんな形で手に入れたくはなかった。
わがままだということは充分理解している。任務がなければ、おそらく一生見ることも感じることもできなかったものたちだ。
リヤーナは無意識のうちに自分の胸元に爪を立てていた。
覚悟を決めたはずなのに、何度も何度も揺らぐ自分が情けない。
そんなリヤーナを慰めるようなタイミングだった。
フォウの手が緩慢な動作でリヤーナの髪を撫でおろす。
リヤーナがびくっと反応すると、フォウの目蓋が緩やかに持ち上がった。
「……ん、なんだ。起きてるのか」
少しかすれたフォウの声は、妙に甘くリヤーナの中に響いた。肌のすぐ下でさざ波が起こっているかのようにそわそわする。
「えと……はい。おはようございます、フォウ先輩」
散々悩んだ挙句、リヤーナはありきたりな朝の挨拶を口にした。
フォウはまばたき一つせずにじっとリヤーナを見つめる。
(な、なんだろう。私変なこと言った? 他に最適解あった?)
焦りを出さないよう、リヤーナもまばたきを我慢してフォウを見つめ返す。
数秒見つめ合った後、先に目を逸らしたのはフォウだった。髪を掻き上げ、ベッドから出る。無造作にシャツを羽織ると、何も言わずに部屋からも出て行ってしまった。
ぱたんと部屋のドアが閉じられ、それと同時にリヤーナの中で張り詰めていたものがぷつんと切れる音がした。
(……昨日の私やっぱりだめだったあああっ!)
リヤーナは掛布を引き寄せて頭まで被り、繊維が舞うほど足をばたつかせる。
(嫌われた。絶対嫌われてる。もうダメだ。あの顔は絶対引いてた。初めてのくせにあんなに声上げて感じて、はしたないって思われてる。つらい。泣きたい。胃が痛い。先輩があんな風にするからあんなことになっちゃったのに、ばか。でも本当に馬鹿なのは、私)
はーっとリヤーナは思いきり息を吐き出し、上体を起こした。
(逆に考えよう。嫌われてるほうが任務に打ち込めるかもしれない。先輩にどう思われるかとか、もう気にしなくていいんだから)
目元を擦り、シーツを身体に巻きつける。昨日のネグリジェはデザイン的にも気分的にも着る気になれなかった。
鼻の奥がつんと痛むのを我慢しながら、何か着るものがないかとクローゼットを漁る。
フォウが言っていた通り、極めて煽情性の高い下着やナイトウェアしか収納されていなかった。布地が多い物を見つけたと思えば、胸元が大きく露出したミニ丈のエプロンドレスや、うさぎの尻尾がついたボディスーツだったりと普段着がいっさいない。
(どういう時に着るものなのこれ……)
リヤーナは訝しく思いつつ、エプロンドレスを自分の身体に当てる。着丈や肩幅など、リヤーナのためにしつらえたかのようにぴったりだった。
(うわ、これ着ると完全に胸が出ちゃうやつだ。でも下に何か着ればいけるかな。丈がすごい短いのも気になるけど……)
「朝からずいぶんと熱心だな」
部屋のドアが開き、揶揄するような声が投げかけられた。
リヤーナがドアの方を向くと、フォウが放り投げた何かによって視界が覆われる。
「わぷっ! なんですか!?」
フォウが投げ渡したのは生成りのシャツだった。おそらく男性用で、リヤーナが着ると膝上丈までありそうだ。
「昼過ぎには服が届くから、それまで俺のでも着とけ。お前が胸丸出しのメイド服を着たいっていうなら止めないけど」
嫌味っぽく笑うフォウの様子はいつもと変わらないように見えた。
「そんな意味のわからない服なんか着ません! っていうかこれどんな時に着るんです?」
「んー……味変したい時?」
「味が変わるんですか? なんの?」
「あーもう、色々だよ。そんなに知りたきゃ指導の一環として教えてやる」
「大丈夫でーす」
リヤーナは急いでエプロンドレスをクローゼットに押し込んだ。
改めて生成りのシャツを見る。
気を付けていないとにやにやしてしまう。フォウが見ていなければ多分シャツをぎゅーっと抱きしめていた。
「先輩。着替えるのであっち向いててください」
リヤーナは嬉しさを出さないようにするあまり、素っ気ない態度になってしまった。
「いまさらだろ」
「気分の問題です!」
「はいはい」
フォウは芝居がかった仕草で肩をすくめ、リヤーナに背を向けた。
リヤーナはクローゼットから取り出した下着を身につけ、生成りのシャツに袖を通す。
洗濯された清潔な匂いと、少しだけ煙草の匂いもした。部屋を出て煙草を吸っていたのかもしれない。香りのせいか、フォウに全身を包まれているようでどきどきする。
(私ってほんとダメかも)
リヤーナは小さくため息をつき、頬を押さえた。
フォウに嫌われたほうが任務に打ち込めると虚勢を張ったくせに、服を貸してもらったくらいで簡単に揺らいでしまっている。こういう浮ついたところが、いつまでもうだつが上がらない原因だろう。
どういう状況なのかリヤーナ自身にもよくわかっていないが、とにかく、自分のものを含めて腕が三本ある。抱き枕よろしく、第三の腕を抱きしめて眠ってしまっていたようだ。
その腕のおかげ――かどうかは定かではないが、久しぶりによく寝た感じがあった。組織に入ってからというもの寝つきが悪く、夜中に目が覚めてしまうことも少なくない。
のろのろと腕の持ち主の方へと視線を向けると、よく見知った顔があった。
やや冷たい印象のある鋭利な輪郭。不敵に口角が上がった薄い唇。付け根から先端まできっちりと通った鼻筋。濃い睫毛に縁どられた目は伏せられており、その奥には金茶の瞳があることをリヤーナは知っている。
(……っ! フォウ、せん、ぱい!?)
喉が渇いていたため、どうにか悲鳴は音にならずにすんだ。
寝起きで機能が低下していた頭に一気に血が巡る。
(昨日……ああ、私……昨日、先輩と、あんな……ああああああ)
思い出したくもない痴態や失態の数々が脳裏に浮かび、リヤーナは頭を抱えずにはいられない。ボディオイルの甘い残り香が、あれは決して夢ではなかったと告げている。
(どんな顔して、なに喋ればいいの……)
リヤーナは唇を噛みしめ、フォウの横顔を見つめた。
こんな至近距離でフォウの寝顔を見れるのは嬉しい。自分よりも少し高い体温も心地良くて安心する。
でもこんな形で手に入れたくはなかった。
わがままだということは充分理解している。任務がなければ、おそらく一生見ることも感じることもできなかったものたちだ。
リヤーナは無意識のうちに自分の胸元に爪を立てていた。
覚悟を決めたはずなのに、何度も何度も揺らぐ自分が情けない。
そんなリヤーナを慰めるようなタイミングだった。
フォウの手が緩慢な動作でリヤーナの髪を撫でおろす。
リヤーナがびくっと反応すると、フォウの目蓋が緩やかに持ち上がった。
「……ん、なんだ。起きてるのか」
少しかすれたフォウの声は、妙に甘くリヤーナの中に響いた。肌のすぐ下でさざ波が起こっているかのようにそわそわする。
「えと……はい。おはようございます、フォウ先輩」
散々悩んだ挙句、リヤーナはありきたりな朝の挨拶を口にした。
フォウはまばたき一つせずにじっとリヤーナを見つめる。
(な、なんだろう。私変なこと言った? 他に最適解あった?)
焦りを出さないよう、リヤーナもまばたきを我慢してフォウを見つめ返す。
数秒見つめ合った後、先に目を逸らしたのはフォウだった。髪を掻き上げ、ベッドから出る。無造作にシャツを羽織ると、何も言わずに部屋からも出て行ってしまった。
ぱたんと部屋のドアが閉じられ、それと同時にリヤーナの中で張り詰めていたものがぷつんと切れる音がした。
(……昨日の私やっぱりだめだったあああっ!)
リヤーナは掛布を引き寄せて頭まで被り、繊維が舞うほど足をばたつかせる。
(嫌われた。絶対嫌われてる。もうダメだ。あの顔は絶対引いてた。初めてのくせにあんなに声上げて感じて、はしたないって思われてる。つらい。泣きたい。胃が痛い。先輩があんな風にするからあんなことになっちゃったのに、ばか。でも本当に馬鹿なのは、私)
はーっとリヤーナは思いきり息を吐き出し、上体を起こした。
(逆に考えよう。嫌われてるほうが任務に打ち込めるかもしれない。先輩にどう思われるかとか、もう気にしなくていいんだから)
目元を擦り、シーツを身体に巻きつける。昨日のネグリジェはデザイン的にも気分的にも着る気になれなかった。
鼻の奥がつんと痛むのを我慢しながら、何か着るものがないかとクローゼットを漁る。
フォウが言っていた通り、極めて煽情性の高い下着やナイトウェアしか収納されていなかった。布地が多い物を見つけたと思えば、胸元が大きく露出したミニ丈のエプロンドレスや、うさぎの尻尾がついたボディスーツだったりと普段着がいっさいない。
(どういう時に着るものなのこれ……)
リヤーナは訝しく思いつつ、エプロンドレスを自分の身体に当てる。着丈や肩幅など、リヤーナのためにしつらえたかのようにぴったりだった。
(うわ、これ着ると完全に胸が出ちゃうやつだ。でも下に何か着ればいけるかな。丈がすごい短いのも気になるけど……)
「朝からずいぶんと熱心だな」
部屋のドアが開き、揶揄するような声が投げかけられた。
リヤーナがドアの方を向くと、フォウが放り投げた何かによって視界が覆われる。
「わぷっ! なんですか!?」
フォウが投げ渡したのは生成りのシャツだった。おそらく男性用で、リヤーナが着ると膝上丈までありそうだ。
「昼過ぎには服が届くから、それまで俺のでも着とけ。お前が胸丸出しのメイド服を着たいっていうなら止めないけど」
嫌味っぽく笑うフォウの様子はいつもと変わらないように見えた。
「そんな意味のわからない服なんか着ません! っていうかこれどんな時に着るんです?」
「んー……味変したい時?」
「味が変わるんですか? なんの?」
「あーもう、色々だよ。そんなに知りたきゃ指導の一環として教えてやる」
「大丈夫でーす」
リヤーナは急いでエプロンドレスをクローゼットに押し込んだ。
改めて生成りのシャツを見る。
気を付けていないとにやにやしてしまう。フォウが見ていなければ多分シャツをぎゅーっと抱きしめていた。
「先輩。着替えるのであっち向いててください」
リヤーナは嬉しさを出さないようにするあまり、素っ気ない態度になってしまった。
「いまさらだろ」
「気分の問題です!」
「はいはい」
フォウは芝居がかった仕草で肩をすくめ、リヤーナに背を向けた。
リヤーナはクローゼットから取り出した下着を身につけ、生成りのシャツに袖を通す。
洗濯された清潔な匂いと、少しだけ煙草の匂いもした。部屋を出て煙草を吸っていたのかもしれない。香りのせいか、フォウに全身を包まれているようでどきどきする。
(私ってほんとダメかも)
リヤーナは小さくため息をつき、頬を押さえた。
フォウに嫌われたほうが任務に打ち込めると虚勢を張ったくせに、服を貸してもらったくらいで簡単に揺らいでしまっている。こういう浮ついたところが、いつまでもうだつが上がらない原因だろう。
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