暗殺任務失敗したのが組織にバレて、処女なのにハニトラさせられることになりました。密かに思ってた先輩がHの指導役とか聞いてません!

甘酒ぬぬ

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第1章 指導編 初日

1-17 人権侵害

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「こっちのほうがヤバいな……」

 いつの間にかフォウがリヤーナの正面に回り込んでいた。口元を手で覆い、何やら感慨深そうにうなずいている。

「な、なんです? わざわざ見に来るものでもないと思うんですが。ヤバいって、ぶかぶか過ぎてダメ、とかですか?」

 落ち着かないリヤーナは自分の身体に腕をまわした。

 袖丈は手が完全に隠れるほど長く、肩の縫い目は腕に落ちている。第一ボタンを開けているだけで胸元まで見えてしまいそうだ。

(オーバーサイズ過ぎて子供っぽい? それとも単純にだらしない? ベルトとか着けたら多少は違うかな)

 リヤーナはとりあえずウエスト部分をつまんで絞ってみた。だがこれだと着丈が短くなってしまう。

「あー、リィ。ちょっと待て」

 フォウは目元を押さえ、もう片方の手で制止のポーズを取った。

「はい?」
「なんでもいいから、中にもう一枚着とけ。その、言いにくいんだが……透けてる」

 本当に指摘しずらそうな不明瞭な声だった。

「えっ、ぅわっ……た、大変見苦しいものをすみません!」

 取り急ぎリヤーナはシーツで身体を隠す。

「いやその反応は違うだろ」

 フォウは耳をしきりにいじり、息を吐いた。よほど力を入れて触っているのか、耳介が赤くなってしまっている。

「ところで、そこ、赤くなっている所はどうした?」

(先輩の耳の方が赤くて気になるけど)

 覚えのないことを問われたリヤーナは首をかしげ、とりあえず頬に手を当ててみた。焦りと恥ずかしさのせいか少し熱い。

「そっちじゃなくて、これ」

 フォウはリヤーナに近寄り、胸元に手を伸ばした。指先でとん、と突くように触れる。

 リヤーナはどきっと心臓が鋭く痛むのを感じた。動揺のあまり羽織ったシーツがはらりと床に落ちる。
 フォウが触れたのは、さっき爪を立ててしまった場所だった。

「昨日俺がやったのか」

 リヤーナの両肩に手を置き、フォウは険しい表情で尋ねる。

「ち、違いますよ! さっきちょっと爪を引っかけちゃっただけです」
「本当に?」
「本当ですって」
「ちゃんと見せてみろ」
「なんで!?」

 少し赤くなっている程度の些細な引っかき傷に何故そこまでこだわるのか、リヤーナにはわからない。

「確かに昨日つけたにしては真新しい、か」

 リヤーナの困惑などお構いなしにフォウは胸元に顔を近付け、赤い跡に指を這わせる。

「っ……そんなに真剣に見なくても……」

 場所が場所なだけにリヤーナは身体が強張ってしまう。
 息が肌をかすめ、耐えきれなくなったリヤーナは力なくフォウの身体を押した。

「――あ、悪い! やましい気持ちとかじゃなくてだな……!」

 フォウは飛びのく勢いで離れ、せわしなく前髪を掻き上げる。

「わかってます、それくらい」

 リヤーナは恥ずかしまぎれに顔を逸らし、襟元を握りしめた。

「……次からは念のためにギリギリまで削るか」

 フォウは自分の両手を見つめてぶつぶつ呟いている。

「なんの話ですか……」
「こっちの話だ。気にするな」
「はぁ、はい」

 リヤーナは相槌を打つにとどめた。
 フォウがこういう打ち切り方をする時は、追及しても何も教えてくれないのがほとんどだ。

「色々と手間取らせて悪かった。お茶も淹れてきたんだが、ぬるくなってるだろうな」

 部屋の端の方にある小さなテーブルには、二人分のティーセットが用意されていた。

「いえ、用意してくれてありがとうございます。本当は私がやらなきゃいけないのに、すみません」

 リヤーナは折りたたんだシーツを羽織り、小走りで席に着く。
 着替えやお茶の用意をするためにフォウは部屋を出たのだということがわかり、リヤーナは自分の被害妄想が恥ずかしくなった。

「好きでやってるんだ。気にするな。体調は問題ないか?」

 ティーカップにお茶を注ぎながら、フォウは尋ねる。
 薄い琥珀色の液体からはレモンに似た目の覚める爽やかな香りがした。

「はい、問題ありません。久しぶりによく眠れました」

 勢いよくうなずいてから、リヤーナははっと口元を押さえる。

(よく眠れたってダメじゃない? 無神経だと思われない?)

 ちらりとフォウの様子を窺うと、穏やかに微笑んでいた。

「元気そうで何よりだ。『もうこんな任務やめる!』って泣き出されるかと思ってたよ」
「さすがにそこまで聞き分け悪くはないですよ」

 リヤーナは軽く頬を膨らませた。
 泣いたところでどうにもならないのは、孤児院時代から嫌というほど教え込まれている。

「……これからずっと、昨日みたいなこと続けるんですか?」

 フォウが二人分のお茶を注ぎ終わったところで、リヤーナは尋ねた。

「多少バリエーションはあるが、基本的にはそうだ」

 淡々とフォウは答え、カップに口をつける。

「……どれくらいの頻度で?」
「毎日に決まってるだろう」
「週一の間違いじゃなくて?」
「現状を顧みたうえで、週一ごときで足りると思ってるのか」

 フォウの指摘に、リヤーナは言葉を詰まらせた。
 篭絡などほど遠いのはリヤーナ自身も痛感している。誘惑すら無理だ。任務のためには、私情に流されず、標的であるバクラム伯を念頭に置き、彼が好むような女性にならなければならない。

「けど、いくらなんでも毎日は……」

 リヤーナはつい弱音を漏らしてしまった。
 フォウへの思いを伏せたまま、仕事として抱かれるのがどれだけ甘くて苦いものなのか存分に味わった。なまじフォウが優しいのが毒だ。

「風呂と食事以外はベッドで過ごすこともあるかもな」

 フォウは声のトーンを落とし、妖しく目を細める。

「……人権侵害」

 リヤーナはわざと茶化した。フォウの発言をすべて真に受けていたら心臓が持たない。
 実際にやるかどうかは別として、フォウの見立てでは、それくらいリヤーナには経験が足りないということだろう。

「非合法組織に所属しといて人権があると思うのか」
「お給金と福利厚生はわりとしっかりしてるじゃないですか。色んなところにセーフハウスあるし」
「セーフハウスのこと福利厚生って呼ぶな。確かに都市部や要所要所にあるけどあくまで仕事上利用できるだけだ。保養施設じゃねえから」
「はぁ、世知辛いですねえ」

 リヤーナはがっくりと肩を落とし、カップに口をつけた。
 すっかりぬるくなってしまっている。フォウが用意したのは紅茶ではなくハーブティーで、ミントとレモンの清涼感が口の中に広がった。

「……辞めたいか?」

 ぽつりとフォウが投げかける。
 声は感情なく平坦で、目蓋は伏せられていた。問いの意図を読み取ることはできない。

「ここでやめたら、私ただ単に先輩と一晩一緒に過ごしただけじゃないですか」

 リヤーナは率直に事実を述べた。

「ふっ、そりゃそうだ」

 フォウは何かツボに入ったらしく、大きく吹き出す。

「お前が任務に意欲的で嬉しいよ。俺も、真摯に取り組むとするか」

 笑って言うフォウの声が、リヤーナにはどこか空虚なものに聞こえた。
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