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第2章 指導編 一週目
2-3 だったら先輩が色仕掛けすればいいのに
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「んー……いつもの髪色なら、ナチュラルかつ可愛らしさ押し出すようなメイクにするんだが……」
文字通り穴が開くほどフォウに見つめられ、リヤーナは居心地の悪さに手のひらを擦り合わせた。
髪を乾かした後、リヤーナはフォウが私室として使っている部屋へと連れ込まれた。間取りや置いてある家具は、夜の指導の時に使われる二階の部屋とほぼ同じだ。
「今なら寒色も映えそうだな。変装ということも踏まえて、いっそいつもとは違う艶っぽい美人系にするのもアリか……」
フォウは早口で呟きながら様々な角度からリヤーナの顔を観察する。
「か、髪の色ひとつでそんなに変わるんですか?」
リヤーナは自分の髪をつまみあげて横目で見た。
濡れていた時はカラスの羽に似た漆黒だったが、乾いた今は、やや緑っぽさのある濃いオリーブブラウンになっていた。
「あったり前だ! 驚く準備してろよ」
フォウは力強く断言し、テーブルに広げた数多の化粧品の選別を始めた。
化粧をする習慣のないリヤーナには、いつどこにどんな時に使用するのかわからないアイテムが多い。
「これなんですか?」
リヤーナは一番近くにあった小瓶を手に取った。とろりとした赤い液体で満ちている。
「あー、そりゃ血糊だ。この前の偽装に使った時の残りだな」
「偽装……」
「怪我とか病気の振りするのによく使う。仕事以外でもな。赤の染料さえあれば簡単に作れるし結構便利だぞ。それやるよ、持っておくといい」
フォウはリヤーナの手を包むようにして、小瓶を握り直させた。
(今度サボりたい時使おうかな)
「この指導中には使うなよ。俺にはわかるからな」
釘を刺されてしまった。顔にやましさが出てしまっていたのかもしれない。
「さてと、まずはベースだな。リィは顔の皮膚が薄くて赤みが出やすいからグリーン……いや、くすんで顔色悪くなりそうだな。ラベンダーにして、気になるところだけ重ねるか」
フォウは手の甲に薄紫色のクリームを出し、伸ばしてからリヤーナの頬に触れた。塗る、というよりも表面をさっと撫でるくらいの強さだった。塗り残しがないように、顔の凹凸に沿って細やかにフォウの指が動く。
(……なんか恥ずかしい)
リヤーナは膝に置いた手を握りしめ、唇を引き結んだ。
フォウとはすでに「指導」としてキスもそれ以上のこともしている。恥ずかしい思いをするのは毎晩のことだ。
それらに比べれば、見つめられるのも顔に触れられるのもなんてことないはずなのに、妙に緊張する。
「肌は綺麗だから、パウダーでテカりを抑えるくらいでいいか。いっかい目を開けて」
促され、リヤーナは怖々と目蓋を持ちあげた。
視線がぶつかる。
いつになく強いフォウの瞳に、リヤーナは心を貫かれた気がした。
喉がぐっと詰まる。身体の内側から、小さく速く脈打つ音が聞こえてくる。メイク中でなければ、うつむいて手で顔を覆い隠していた。
「ブルーグレーの目の色に合わせてスモーキー感のあるパール系にするか、それともブラウン系で深みと上品さを出すか……悩ましいな。いっそ先にリップを決めるか。シアーで元の色味を生かしつつ艶感を足すとして、ローズカラーにするかモーヴピンクにするか、いやこっちのプラムも良いな――」
リヤーナの心情などお構いなしに、フォウは分析を続けている。
(指摘されないってことは、ほっぺた赤くなってないのよね)
少しだけ安心したリヤーナはこっそりと息をつく。
(それにしても、フォウ先輩楽しそうだなぁ)
あれこれ言いながら化粧品を選ぶフォウの横顔は真剣で格好いいだけでなく、見ていて微笑ましかった。瞳がきらきらと輝いている。
「先輩、なんでそんな詳しいんですか」
リヤーナは素朴な疑問を口にした。
詳しいどころか、何か商売として成り立ちそうなほどフォウは化粧に精通している。
「俺は変装で飯食ってるようなもんだからな。やろうと思えばお前より美女になれるぞ」
ふふんとフォウは挑発的に目を細める。その仕草だけでも女性特有の色っぽさが垣間見え、リヤーナはどきっとした。
フォウが変装を得意としているのは知っているが実際にその手腕が振るわれるところを見たことはない。だが、造詣の深さや、ちょっとした所作だけでも、「お前より美女になれる」という言葉がはったりでないことは肌で感じられた。
「だったら先輩が色仕掛けすればいいのに」
リヤーナはむっとし、小さく呟いた。
フォウに女装の才があることとは別に、女性として下に見られたようでイラっとする。
「俺で代われるなら、代わってやりてえよ」
リヤーナの予想した返答とは、まるで違っていた。
フォウの声も表情もあまりに痛切で、リヤーナは茶化した自分が申し訳なくなった。
「ごめんなさい! 先輩、私」
「――なんて言うと思ったか」
にいぃっと歯を見せて凶悪に笑い、フォウはリヤーナの顔をつかんだ。
頬の肉が押し潰され、リヤーナの唇がくちばしのようにとがる。
「なんで男の俺がおっさんの相手すんだよ」
フォウは眉間に皴を寄せ、口を歪めてリヤーナに詰め寄る。
「うーん、多様性? そういう趣味の人もいるかも」
リヤーナはついさっきいだいた申し訳なさをかなぐり捨てた。
上流階級では、欲望を満たしつつ世継ぎ争いを回避するために男色が流行っている、といったまことしやかな噂も耳にしたことがある。バクラム伯が歴戦の猛者好きかつ性別に目をつむれる人物であれば、付け焼刃のリヤーナよりも、指導役のフォウの方が好まれるかもしれない。
「くだらねぇこと言ってないで、化粧の続きやるぞ、続き。アイシャドウ塗るから目ぇ閉じてろ」
フォウはぴしりとリヤーナの額を指ではたいた。
「はぁい」
リヤーナは叩かれた部分を撫で、間延びした返事をする。
(さっきの本当に冗談だったのかな)
『俺で代われるなら、代わってやりてえよ』
目蓋に指の大きさと温かさを感じながら、リヤーナはフォウの言葉を思い返した。
文字通り穴が開くほどフォウに見つめられ、リヤーナは居心地の悪さに手のひらを擦り合わせた。
髪を乾かした後、リヤーナはフォウが私室として使っている部屋へと連れ込まれた。間取りや置いてある家具は、夜の指導の時に使われる二階の部屋とほぼ同じだ。
「今なら寒色も映えそうだな。変装ということも踏まえて、いっそいつもとは違う艶っぽい美人系にするのもアリか……」
フォウは早口で呟きながら様々な角度からリヤーナの顔を観察する。
「か、髪の色ひとつでそんなに変わるんですか?」
リヤーナは自分の髪をつまみあげて横目で見た。
濡れていた時はカラスの羽に似た漆黒だったが、乾いた今は、やや緑っぽさのある濃いオリーブブラウンになっていた。
「あったり前だ! 驚く準備してろよ」
フォウは力強く断言し、テーブルに広げた数多の化粧品の選別を始めた。
化粧をする習慣のないリヤーナには、いつどこにどんな時に使用するのかわからないアイテムが多い。
「これなんですか?」
リヤーナは一番近くにあった小瓶を手に取った。とろりとした赤い液体で満ちている。
「あー、そりゃ血糊だ。この前の偽装に使った時の残りだな」
「偽装……」
「怪我とか病気の振りするのによく使う。仕事以外でもな。赤の染料さえあれば簡単に作れるし結構便利だぞ。それやるよ、持っておくといい」
フォウはリヤーナの手を包むようにして、小瓶を握り直させた。
(今度サボりたい時使おうかな)
「この指導中には使うなよ。俺にはわかるからな」
釘を刺されてしまった。顔にやましさが出てしまっていたのかもしれない。
「さてと、まずはベースだな。リィは顔の皮膚が薄くて赤みが出やすいからグリーン……いや、くすんで顔色悪くなりそうだな。ラベンダーにして、気になるところだけ重ねるか」
フォウは手の甲に薄紫色のクリームを出し、伸ばしてからリヤーナの頬に触れた。塗る、というよりも表面をさっと撫でるくらいの強さだった。塗り残しがないように、顔の凹凸に沿って細やかにフォウの指が動く。
(……なんか恥ずかしい)
リヤーナは膝に置いた手を握りしめ、唇を引き結んだ。
フォウとはすでに「指導」としてキスもそれ以上のこともしている。恥ずかしい思いをするのは毎晩のことだ。
それらに比べれば、見つめられるのも顔に触れられるのもなんてことないはずなのに、妙に緊張する。
「肌は綺麗だから、パウダーでテカりを抑えるくらいでいいか。いっかい目を開けて」
促され、リヤーナは怖々と目蓋を持ちあげた。
視線がぶつかる。
いつになく強いフォウの瞳に、リヤーナは心を貫かれた気がした。
喉がぐっと詰まる。身体の内側から、小さく速く脈打つ音が聞こえてくる。メイク中でなければ、うつむいて手で顔を覆い隠していた。
「ブルーグレーの目の色に合わせてスモーキー感のあるパール系にするか、それともブラウン系で深みと上品さを出すか……悩ましいな。いっそ先にリップを決めるか。シアーで元の色味を生かしつつ艶感を足すとして、ローズカラーにするかモーヴピンクにするか、いやこっちのプラムも良いな――」
リヤーナの心情などお構いなしに、フォウは分析を続けている。
(指摘されないってことは、ほっぺた赤くなってないのよね)
少しだけ安心したリヤーナはこっそりと息をつく。
(それにしても、フォウ先輩楽しそうだなぁ)
あれこれ言いながら化粧品を選ぶフォウの横顔は真剣で格好いいだけでなく、見ていて微笑ましかった。瞳がきらきらと輝いている。
「先輩、なんでそんな詳しいんですか」
リヤーナは素朴な疑問を口にした。
詳しいどころか、何か商売として成り立ちそうなほどフォウは化粧に精通している。
「俺は変装で飯食ってるようなもんだからな。やろうと思えばお前より美女になれるぞ」
ふふんとフォウは挑発的に目を細める。その仕草だけでも女性特有の色っぽさが垣間見え、リヤーナはどきっとした。
フォウが変装を得意としているのは知っているが実際にその手腕が振るわれるところを見たことはない。だが、造詣の深さや、ちょっとした所作だけでも、「お前より美女になれる」という言葉がはったりでないことは肌で感じられた。
「だったら先輩が色仕掛けすればいいのに」
リヤーナはむっとし、小さく呟いた。
フォウに女装の才があることとは別に、女性として下に見られたようでイラっとする。
「俺で代われるなら、代わってやりてえよ」
リヤーナの予想した返答とは、まるで違っていた。
フォウの声も表情もあまりに痛切で、リヤーナは茶化した自分が申し訳なくなった。
「ごめんなさい! 先輩、私」
「――なんて言うと思ったか」
にいぃっと歯を見せて凶悪に笑い、フォウはリヤーナの顔をつかんだ。
頬の肉が押し潰され、リヤーナの唇がくちばしのようにとがる。
「なんで男の俺がおっさんの相手すんだよ」
フォウは眉間に皴を寄せ、口を歪めてリヤーナに詰め寄る。
「うーん、多様性? そういう趣味の人もいるかも」
リヤーナはついさっきいだいた申し訳なさをかなぐり捨てた。
上流階級では、欲望を満たしつつ世継ぎ争いを回避するために男色が流行っている、といったまことしやかな噂も耳にしたことがある。バクラム伯が歴戦の猛者好きかつ性別に目をつむれる人物であれば、付け焼刃のリヤーナよりも、指導役のフォウの方が好まれるかもしれない。
「くだらねぇこと言ってないで、化粧の続きやるぞ、続き。アイシャドウ塗るから目ぇ閉じてろ」
フォウはぴしりとリヤーナの額を指ではたいた。
「はぁい」
リヤーナは叩かれた部分を撫で、間延びした返事をする。
(さっきの本当に冗談だったのかな)
『俺で代われるなら、代わってやりてえよ』
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