暗殺任務失敗したのが組織にバレて、処女なのにハニトラさせられることになりました。密かに思ってた先輩がHの指導役とか聞いてません!

甘酒ぬぬ

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第2章 指導編 一週目

2-5 案外ちょろいんですね!

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(こんな白昼夢を見るなんて、相当精神的にきてるかも……)

 覚えのある唇の感触と、遠くにわずかに感じられる煙草の匂いに、リヤーナの胸が高鳴る。

 フォウが理由なく自分にキスするわけがない。だからこれは妄想だ。
 そう結論付けてはみたものの、感触も温度も匂いもいやにリアルで、リヤーナの鼓動がどんどん速くなる。

 どれくらい経った後か、ゆっくりと唇が離れた。
 フォウの唇にうっすらと口紅が移っており、
(最中だけじゃなくて事後まできっちり再現するなんて、余韻のある妄想だなぁ)
 とリヤーナはぼんやり思う。

(……口紅が移ってる?)

 違和感を覚えたリヤーナは、自分の唇に軽く指を当てた。指の腹にローズピンクの口紅が薄く付着する。フォウの唇についているのと同じ色だ。
 何度まばたきしてみても、フォウの唇にはローズピンク――キスの痕跡が残っている。

(白昼夢でも、妄想でも、ない……?)

 意識した途端、リヤーナは顔がかっと熱くなった。痛いくらいに心臓がバクバクし、全身に過剰に血液を送り出している。

「な……なん、で……」

 リヤーナはやっとの思いで声を絞り出す。

 理解が追い付かなかった。
 フォウとキスをしたのが自分の妄想であったなら「フォウ先輩のこと好きすぎてうっかりそんな想像しちゃうなんて、私ってほんと馬鹿」で済む。

 でもそうじゃない。
 感触も匂いも本当に本物で、理由はわからないけれどフォウの方から唇を重ねてきて……。

「色が濃かったから、調節しただけだ」

 フォウは落ち着き払った様子で答えた。

(イロガコカッタカラ、チョウセツシタダケダ)

 リヤーナは頭の中で反芻する。
 ただの音の羅列。意味のある文章になってくれない。

 理解しようと何度も繰り返し反芻するうちに、リヤーナの腹の底からとある感情が湧きあがってきた。

「リップの色が濃かったからキスして調節しただけ、ってことですか……?」

 声が震える。
 眉間に皴が寄り、唇が歪む。
 強く拳を握りすぎて手の甲が色を亡くす。手のひらに爪が食い込んだ。

 フォウにとってはなんの感情もない行為だった。
 ひとりで浮かれて動揺して、期待して。馬鹿みたいだ。

「じゃあ先輩は、リップが濃い人を見たら誰にでもキスするんですか?」
「わけのわからない極論を振りかざすな」
「わけわかんないのは先輩じゃないですか!」

 自分でも思いがけないほど、リヤーナは高く癇に障る声を上げてしまっていた。フォウの落ち着きぶりにイライラする。

「これくらいでうろたえるな。ターゲットから不意にキスされることもあるだろう。その時もお前はこんな風に怒るのか」
「話をすり替えないでください!」
「実際の現場では号令があるわけじゃない。急な出来事にも対応できるようにしろ。訓練中でも気を抜くな――孤児院でそう習ったろ。暗殺も色仕掛けも任務には変わりない」
「抜き打ちテストだったとでも言いたいんですか」

 リヤーナは苛立ちが抑えられない。
 フォウの言い分はわかる。
 だがなにもこんな形で、こんなタイミングでやることはない。ひとの気も知らないで。

「俺は指導役だ。そのことを忘れるな」

 フォウの表情は仮面でも被っているかのように、いっそ不自然なほど変わらない。

「任務や指導を持ちだすなんて、ずるいですよ……」

 リヤーナは奥歯をぐっと噛みしめた。

 目の奥がじわじわと痛む。鼻の付け根がつんと痛い。まばたきを抑えられない。
 ここで泣いたらせっかくのメイクが台無しになってしまう。涙以外にも、気持ちがあふれてしまうかもしれない。

「――いま言ったのが、理由の半分だ」

 リヤーナの瞳に溜まった涙がこぼれ落ちる寸前、フォウの仮面にひびが入った。
 フォウの顔がくしゃっと歪み、頬に赤みが差す。

「本当は、こんなこと言うべきじゃないってわかってる」

 両手で髪をぐしゃっと掻き上げ、頭の後ろで手を組んだ。頭を抱えているようにも見える。

「もう半分は……正直、リィに見惚れて……ただ、したくなった」

 視線をさまよわせ、たどたどしく言葉を紡ぐ姿は気弱で、普段のフォウとはかけ離れていた。

(……え? え? ちょっと待って。待って! フォウ先輩が、照れてる!?)

 先ほどとは違った理由で、リヤーナはフォウの言っていることが理解できなかった。あまりに見慣れない光景に、涙は完全に引っ込んだ。

(『リィに見惚れて』……って、リィって私? 私しかいないよね? ただしたくなった、ってことは、ただしたくなったってこと? 指導じゃないの? でも半分って言ってた? 何それもうっ、どういうこと!?)

 リヤーナの脳が処理能力の限界を超えて悲鳴を上げた。

 照れてるフォウが尊い。このままずっと眺めていたい。
 それはそれとして、フォウの真意も気になる。だがそれを尋ねたらいつものフォウに戻ってしまう可能性もある。
 二つの感情がせめぎ合い、リヤーナは身動きが取れないでいた。

「気分を悪くさせてすまない」

 リヤーナが無言でいる意味を誤解したのか、フォウは深々と頭を下げる。

「い、いえ……顔を上げてください。私こそ、大げさに騒いじゃってすみません」

 リヤーナはどさくさに紛れて、フォウの顔にそっと触れた。
 見た目通りに熱い。本当に照れているようだった。

(少なくとも気持ちのうちの半分は、本当に、私に見惚れて……キス、したくなったんだよね。九割くらいはメイクしてくれた先輩のおかげだけど、少しは女の人として見てもらえた……!)

 リヤーナは目蓋を閉じて喜びを噛みしめる。
 ついさっきまで泣きそうだったのが嘘のようだ。我ながら単純だと思う。

 しかし、浮き立つ内心とは裏腹に、

「でも、その……先輩って……案外ちょろいんですね!」

 リヤーナは恥ずかしまぎれにおどけてしまった。にっこり笑顔で煽る。

 これも自覚している悪い癖のうちの一つだ。「妹」としての防衛機能が、フォウに対して素直な態度を取らせてくれない。
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