暗殺任務失敗したのが組織にバレて、処女なのにハニトラさせられることになりました。密かに思ってた先輩がHの指導役とか聞いてません!

甘酒ぬぬ

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第2章 指導編 一週目

2-6 私、本当はどうしたいんだろう╱本当はただ俺がしたかっただけだ

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「お、まっ……このっ、調子に乗んなよ!」

 フォウの切れ長の目が見る見るうちに吊り上がった。

「お前も自分で鏡見てみろよ。俺がちょろいんじゃなくて、俺の化粧の腕がすごいんだ!」

 むきになったフォウは、リヤーナに手鏡を突きつける。

 鏡には見知らぬ女性が映っていた。

 内に輝きのある濃いオリーブブラウンの髪。
 儚げで、どこか憂いを感じさせる光沢をたたえた目元。
 女性らしい優美な曲線を描く頬。
 花びらで染めあげたようなじゅわっと瑞々しい唇。

 ブルーグレイの瞳だけがリヤーナと同じだ。

「わぁっ、誰ですかこれ? 目の大きさ倍くらい違う! でもなんか大人っぽい! えー、きらきらでつやつやー」

 リヤーナはフォウから手鏡を奪い取り、色々な角度から自分の顔を眺めた。
 笑ったり、すましたり、怒ってみたり――リヤーナが表情を作ると、鏡に映る女性も同じ喜怒哀楽を返してくれる。見慣れた自分の顔であるはずなのに、フォウのおかげで見ていて飽きない。

「もうちょっと語彙力どうにかならないか……」

 フォウは心底呆れたように息を吐いた。

「こんなに綺麗にしてくれてありがとうございます、フォウ先輩」

 心の底からの笑顔で、リヤーナは礼を述べる。

 鏡に映る自分の姿を見て、不意にキスしたくなる気持ちが少しだけわかった。特に唇は色艶が絶妙で、見つめているとくらっと来る。口紅以外これといった補正はしていないはずなのに、自分の唇ではないようだった。

「ん、おう。じゃあ着替えて玄関で待ってろ。俺も片付けと用意が終わったら行くから」

 顔の赤みがだいぶ引いたフォウは、テーブルの上の化粧品を片付け始めた。

「はーい」

 いつも通りの返事をして、リヤーナは部屋を後にした。

(いま気づいたけど、二人で出かけるってもしかしなくてもデート、だよね)

 ぱっと浮かんだメロディをハミングし、スキップで着替えのある二階へと向かう。
 普段着から貴族階級が着るものまで、様々な服をフォウが取り寄せてくれたため、二階の一室がほぼウォークインクローゼットになっている。

(もしかして、先輩も私のこと思ってくれてるのかな)

 淡い期待がそよ風のようにリヤーナの胸によぎった。

(――ううん。そんなわけない)

 即座に否定が浮かんでくる。

(もしも思ってくれているなら、こんな任務止めてくれるはず。それが無理でも、任務の協力をする指導役なんか受けない、きっと)

 二階へと上がる階段に差しかかった。

 足が重くてなかなか持ちあがらない。一段一段がとても高く思える。
 無理矢理のぼろうとすると、爪先が踏み板の先端に引っかかった。体勢を大きく崩すことはなかったが胸のあたりがひやっとする。

(さっきのキスだって、気持ちは半分だった。私にとっては大きな進歩だけど、本気で思ってくれてるわけじゃない。衝動的にしてしまっただけ)

 答えを求めるように手すりにすがる。そうでもしなければ、とても階段をのぼれそうになかった。

(私、本当はどうしたいんだろう。フォウ先輩に好きになってもらいたいのか、そういう気持ち全部振り切って、任務に集中できるようになりたいのか)

 リヤーナは自分の唇に指先を当てた。
 感触もぬくもりも香りも、唇は全部知っているのに、気持ちだけがわからない。

「……ばか」

 リヤーナは深く息を吐き、二段飛ばしで階段を駆け上がった。





「何やってんだ、もう……」

 床に落として粉々になったアイシャドウを見て、フォウは額を押さえた。

 まだ午前中だが、今日はここ最近でもっとも調子が悪い。ハサンから気色悪いメッセージが届いたせいかもしれなかった。

(半分ってなんだよ。しょうもない後付けの言い訳なんかして)

 散らばったアイシャドウを片付けながら、フォウは内省を再開する。

(本当はただ俺がしたかっただけだ。我慢できなかった)

 リヤーナに口紅を塗っている時、伏し目がちの瞳と薄く開いた唇に誘われた気がした。色づいていくリヤーナの唇から目が離せなくなり、気が付いた時には唇を重ねた後だった。

(俺にとって都合の良い妄想だな。リヤーナが誘うわけがない)

 アイシャドウを片付け終えたフォウは、椅子に座ってひと息ついた。

 できる限り拾ったつもりだが、粉末状のアイシャドウが床の隙間にはさまって無意味にきらきら輝いている。取り除くには時間がかかりそうだ。あまりリヤーナを待たせるわけにはいかない。引き払う時にしっかりと掃除すればいいだろう。

(こんなんで残り三週間もやっていけるのか?)

 条件反射的に煙草へと手が伸びる。
 いつものように咥えて火をつけた。煙を吐き出す。

 注意深く見なければ気付かないほど薄く、煙草の吸い口に色がついていた。

 ローズピンク。

 あれこれ悩んだ結果、これが今のリヤーナに一番似合うだろうとフォウが選びぬいた色だ。事実、似合い過ぎていて羽目を外すことになった。

『先輩が色仕掛けすればいいのに』

 何気なくリヤーナが漏らした言葉が胸に刺さっている。
 本気でフォウに代わらせるつもりではなく、おそらく任務を厭う気持ちから出たものだ。

(指導でなく私情で触れていることを知れば、きっとリヤーナは俺のことを軽蔑する。それだけでなく、任務をやめさせない俺を恨むだろう)

 保身のために伏せている、というのがなんとも情けない。
 立ち昇る煙が目に染みた。

(こんなみっともなくうじうじするんだったら、もっと早くに振られとくんだったな)

 無条件に慕ってくれるリヤーナが可愛くて、兄でいる自分も手放せなかった。
 あれもこれもと欲張ったせいで、抱えきれない思いとともに沈みかけている。

 いつからこんなにも「好き」が言いづらい言葉になったのか。

(いや、好意の押し付けなんて最悪だ。こんなもん自分でどうにかしなきゃいけない問題だろ)

 フォウは煙を深く吸い、肺まで落とし込んだ。
 煙草の葉に混ざったクローブがぱちぱちと爆ぜる。

 煙草を吸うと頭が冴えるだとか、任務のストレスが軽減されるといった触れ込みで、一番最初の任務で組んだ奴に分けてもらったのが吸い始めたきっかけだ。その組んだ奴は、ストレスで潰れてもういない。

 何度煙を吸い込んでも、深呼吸以上の効果は得られなかった。それでも吸い続けているのは、立ち止まって物事を考える時間を捻出できるのと、煙草らしからぬ甘い香りが気に入ったからだった。

「はぁ、可愛いよなぁ……」

 しみじみとフォウは呟く。

 悩んだ挙句に行きつくのは、いつもこれだった。
 感情豊かで表情がくるくると変わる。素直かと思えば生意気なところもあって見飽きない。リヤーナがただ愛おしい。

 こんな状態で、あんなリヤーナと二人で出かけて、理性を保てるだろうか。
 何か仕出かさない自信がない。何か仕出かす自信しかない。

「どうしたもんかな……」

 煙草の吸い口に付いたキスの名残を見つめ、フォウは息だけを吐き出した。
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