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第三章 魔物討伐
3-5 咎
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村人の話によると、魔物を封じた箱はとりあえず村長の家の裏庭に埋めたらしい。後日、術士を呼んで、しかるべき場所にしかるべき結界を張って封印するのだという。
いつまでも魔物の代わりにカイラシュを埋めておくのはさすがに良心の呵責に苛まれる。祝宴が始まる前に救い出すことにした。ナーレンダなどは、一昼夜埋めて悔い改めさせたほうが本人と周囲のためだと言っていたが。
(厳重に扱えって言ったのに、結構雑だな)
サヴィトリが裏庭に行くと、埋めたであろう場所はすぐに見つかった。ご丁寧に「封印の地(仮)」と書かれた立札が立てられている。
「おーい、カイー、少しは反省したー? 反省したならそろそろ出てきてもいいよー」
サヴィトリは封印の地(仮)のそばでしゃがみこみ、地面の下の人物にむかって呼びかける。
が、返事はない。
もう一度、さっきよりも心持ち優しく名前を呼んでみるが、物音一つ聞こえてこなかった。
サヴィトリは小さくため息をつく。
「ごめん、カイ。悪ふざけがすぎた。今すぐ出てきてくれたらなんでも――」
「ではサヴィトリ様! わたくしとねっとりしっぽりお互いのほとばしる愛でどっぷり溺れましょう!!」
釣りあげられた巨大魚のような勢いで、カイラシュが地中から躍り出てきた。心なしか色々と熟成されているような気がする。
「二度も私の呼びかけを無視したから帳消しだ」
サヴィトリは冷淡に、飛びかかってくるカイラシュをひらりとかわす。
カイラシュは勢いあまって転び、地面と熱いくちづけを交わした。
「持ちあげておいて、一気に奈落の底へと突き落す……本当におあずけ上手ですね、サヴィトリ様」
地面に突っ伏したまま、カイラシュはうふうふと気味悪く笑う。
「何を言っているのか、さっぱりわからないんだけれど……」
サヴィトリはそっとカイラシュとの距離を取った。
ナーレンダの言う通り封印したままのほうが良かったかもしれない。
「それはそうとサヴィトリ様。わたくし実は非常にへこんでおりますので、たまには優しくソフトに慰めてください」
へこんでいるとは思えないほど晴れやかな笑顔で、カイラシュがお願いしてきた。
「お断りだ」
サヴィトリは脊髄反射的な速度で却下する。
どういう企みがあるかわからない。取り合わないのが上策だ。
「どうしてもダメですか?」
カイラシュは小首をかしげ、同情を誘うような瞳をむけてきた。
女装した大人の男がやっていると思うと薄ら寒いが、カイラシュの演じ方がうまいのか、だんだんと憐れに思えてくる。
「……事情にもよる。それに、私でうまく慰められるかわからない」
サヴィトリはため息混じりに承諾した。意外と自分は押しに弱い性格だったらしい。
「なんだかんだでお優しいですね。国家元首としては直すべき欠点でしょうが、そうやって簡単に情に流されてしまうところ、好きですよ」
カイラシュはサヴィトリの髪を指でくしけずり、一房すくって自分の口元へ運んだ。
(本当にへこんでいるのか、こいつは?)
早くも、サヴィトリは承諾したことを後悔する。
「サヴィトリ様、ヴァルナ村はお好きですか?」
唐突な問いかけだった。カイラシュの意図がまったく見えない。
「個人的には、静かで良い所だと思う。生えている木の種類とかがハリの森に似ていて、少し懐かしい。まぁ、村人はちょっとおかしいようだけれど」
あたりを見まわしながら、サヴィトリは素直な感想を述べた。
「そうですか」
相槌を打つカイラシュの笑みは微妙なものだった。
「ヴァルナの地に行くことを提案したわたくしが言うのも気が引けるのですが、わたくしにとって、ここはあまり居心地の良い場所ではないのです」
カイラシュはどこか遠くの方を見たあと、自分の内側に意識をむけるように目蓋を伏せた。
その様子を見て、本当に気分が落ちこんでいるのだと、サヴィトリは遅まきながら悟る。
「どうして、って聞いてもいい?」
サヴィトリは遠慮がちに尋ねた。
思えば、カイラシュが自身のことについて喋ってくれたことはほとんどない。
サヴィトリが知っているのは、カイラシュが補佐官という役職に就いているということだけ。好きな物や嫌いな物、趣味、普段の過ごし方、家族構成等々――パーソナルな部分について何も知らない。
カイラシュは笑みを浮かべ、了解の代わりとした。
「ヴァルナの蛮族を滅ぼしたのは、先代の補佐官なのです。その際、戦に加担していない子供や女性、老人なども無差別に虐殺したそうです。無抵抗であったにもかかわらず」
カイラシュは自分の手のひらを見つめる。まるでそこに、かつて流れたヴァルナ族の血の幻でも見ているかのようだった。
「それは、カイに直接関係のあることではないだろう?」
あくまで親兄弟や親戚の仕出かしたことであって、自分にはまるで関係ない――とまでは言わないが、そのことで思い悩みすぎるのもどうかとサヴィトリは思う。
最近わかってきたが、カイラシュは意外に真面目で繊細だ。悪く言えば頭が固くて神経質なきらいがある。
「ですが、ヴァルナ侵攻はとある人物の私利私欲を満たすためのおこない。それを是とした補佐官――ひいてはアースラ家全体の咎でもあります」
赤い瞳に殺意がともったのを、サヴィトリは見逃さなかった。
カイラシュがあれこれ思い悩むのには、一族の汚点という他にも何か理由がありそうだ。
(とある人物とか意味深な単語があるけど、とりあえず今の私のやるべきことはカイを慰める、かな。そういう約束だし)
サヴィトリは深呼吸をし、カイの顔をはさむように両手で叩いた。
「いっ……サヴィトリ様!?」
「うだうだと面倒くさい考え方をするんだな、カイは。一族の咎だとか小難しいことを並べ立てて、罪の意識にひたるのは気持ち良いか?」
図星だったのか、カイラシュの瞳がサヴィトリから逃げる。
サヴィトリは、もう一度カイラシュの頬を叩いた。
「過去を悔やむのは誰にでもできることだ。カイは、戦後のヴァルナのために何かしたか? 過去で立ち止まらず、未来のために自分のできうる最大限のことをするのが、ヴァルナに対して一番の償いではないのか? まずはやることをやってから、うだうだ後悔なりをしろ」
言い放ってから、サヴィトリはカイラシュの頬がうっすらと赤く腫れてきてしまっていることに気付いた。力の加減を間違え、少々強く叩きすぎてしまったようだ。
サヴィトリはおわびの代わりにカイラシュの頬をそっとさする。
「私の補佐官がそんな様子でどうする? カイにはタイクーンとして未熟な私を導いてもらわなければ困る。そのための補佐官カイラシュだろう?」
サヴィトリがまっすぐに見つめると、カイラシュの頬はよりいっそう赤みが強くなり、熱を持ち始めた。間違いない、強く叩きすぎた。
「サヴィトリ様……わたくしが思っている以上に、色々なことをお考えだったのですね」
「脳筋ヴィクラムと同類だとでも思っていたのか?」
サヴィトリは不機嫌な顔を作り、頬を膨らませてみせた。
「まさか」
カイラシュは大袈裟に肩をすくめ、首を横に振った。
「敬い、お慕い申しております、サヴィトリ様」
カイラシュはその場にひざまずき、サヴィトリの手を取った。その手の甲に儀式のように恭しく唇を落とす。
「これで、少しは慰めになったかな?」
「過分なお心遣いをいただき、ありがとうございます。『私の補佐官』とわたくしを所有していることをお認めになってくださっただけで、天にも昇る気分でございます」
カイラシュの息がはぁはぁと荒くなり、サヴィトリの手を自分の頬になすりつけ始める。
通常運転のカイラシュだ。
「それはどうもお粗末様でした」
サヴィトリは慰めの〆として、天に昇らせるのではなく、地中へとカイラシュをうずめてやった。
いつまでも魔物の代わりにカイラシュを埋めておくのはさすがに良心の呵責に苛まれる。祝宴が始まる前に救い出すことにした。ナーレンダなどは、一昼夜埋めて悔い改めさせたほうが本人と周囲のためだと言っていたが。
(厳重に扱えって言ったのに、結構雑だな)
サヴィトリが裏庭に行くと、埋めたであろう場所はすぐに見つかった。ご丁寧に「封印の地(仮)」と書かれた立札が立てられている。
「おーい、カイー、少しは反省したー? 反省したならそろそろ出てきてもいいよー」
サヴィトリは封印の地(仮)のそばでしゃがみこみ、地面の下の人物にむかって呼びかける。
が、返事はない。
もう一度、さっきよりも心持ち優しく名前を呼んでみるが、物音一つ聞こえてこなかった。
サヴィトリは小さくため息をつく。
「ごめん、カイ。悪ふざけがすぎた。今すぐ出てきてくれたらなんでも――」
「ではサヴィトリ様! わたくしとねっとりしっぽりお互いのほとばしる愛でどっぷり溺れましょう!!」
釣りあげられた巨大魚のような勢いで、カイラシュが地中から躍り出てきた。心なしか色々と熟成されているような気がする。
「二度も私の呼びかけを無視したから帳消しだ」
サヴィトリは冷淡に、飛びかかってくるカイラシュをひらりとかわす。
カイラシュは勢いあまって転び、地面と熱いくちづけを交わした。
「持ちあげておいて、一気に奈落の底へと突き落す……本当におあずけ上手ですね、サヴィトリ様」
地面に突っ伏したまま、カイラシュはうふうふと気味悪く笑う。
「何を言っているのか、さっぱりわからないんだけれど……」
サヴィトリはそっとカイラシュとの距離を取った。
ナーレンダの言う通り封印したままのほうが良かったかもしれない。
「それはそうとサヴィトリ様。わたくし実は非常にへこんでおりますので、たまには優しくソフトに慰めてください」
へこんでいるとは思えないほど晴れやかな笑顔で、カイラシュがお願いしてきた。
「お断りだ」
サヴィトリは脊髄反射的な速度で却下する。
どういう企みがあるかわからない。取り合わないのが上策だ。
「どうしてもダメですか?」
カイラシュは小首をかしげ、同情を誘うような瞳をむけてきた。
女装した大人の男がやっていると思うと薄ら寒いが、カイラシュの演じ方がうまいのか、だんだんと憐れに思えてくる。
「……事情にもよる。それに、私でうまく慰められるかわからない」
サヴィトリはため息混じりに承諾した。意外と自分は押しに弱い性格だったらしい。
「なんだかんだでお優しいですね。国家元首としては直すべき欠点でしょうが、そうやって簡単に情に流されてしまうところ、好きですよ」
カイラシュはサヴィトリの髪を指でくしけずり、一房すくって自分の口元へ運んだ。
(本当にへこんでいるのか、こいつは?)
早くも、サヴィトリは承諾したことを後悔する。
「サヴィトリ様、ヴァルナ村はお好きですか?」
唐突な問いかけだった。カイラシュの意図がまったく見えない。
「個人的には、静かで良い所だと思う。生えている木の種類とかがハリの森に似ていて、少し懐かしい。まぁ、村人はちょっとおかしいようだけれど」
あたりを見まわしながら、サヴィトリは素直な感想を述べた。
「そうですか」
相槌を打つカイラシュの笑みは微妙なものだった。
「ヴァルナの地に行くことを提案したわたくしが言うのも気が引けるのですが、わたくしにとって、ここはあまり居心地の良い場所ではないのです」
カイラシュはどこか遠くの方を見たあと、自分の内側に意識をむけるように目蓋を伏せた。
その様子を見て、本当に気分が落ちこんでいるのだと、サヴィトリは遅まきながら悟る。
「どうして、って聞いてもいい?」
サヴィトリは遠慮がちに尋ねた。
思えば、カイラシュが自身のことについて喋ってくれたことはほとんどない。
サヴィトリが知っているのは、カイラシュが補佐官という役職に就いているということだけ。好きな物や嫌いな物、趣味、普段の過ごし方、家族構成等々――パーソナルな部分について何も知らない。
カイラシュは笑みを浮かべ、了解の代わりとした。
「ヴァルナの蛮族を滅ぼしたのは、先代の補佐官なのです。その際、戦に加担していない子供や女性、老人なども無差別に虐殺したそうです。無抵抗であったにもかかわらず」
カイラシュは自分の手のひらを見つめる。まるでそこに、かつて流れたヴァルナ族の血の幻でも見ているかのようだった。
「それは、カイに直接関係のあることではないだろう?」
あくまで親兄弟や親戚の仕出かしたことであって、自分にはまるで関係ない――とまでは言わないが、そのことで思い悩みすぎるのもどうかとサヴィトリは思う。
最近わかってきたが、カイラシュは意外に真面目で繊細だ。悪く言えば頭が固くて神経質なきらいがある。
「ですが、ヴァルナ侵攻はとある人物の私利私欲を満たすためのおこない。それを是とした補佐官――ひいてはアースラ家全体の咎でもあります」
赤い瞳に殺意がともったのを、サヴィトリは見逃さなかった。
カイラシュがあれこれ思い悩むのには、一族の汚点という他にも何か理由がありそうだ。
(とある人物とか意味深な単語があるけど、とりあえず今の私のやるべきことはカイを慰める、かな。そういう約束だし)
サヴィトリは深呼吸をし、カイの顔をはさむように両手で叩いた。
「いっ……サヴィトリ様!?」
「うだうだと面倒くさい考え方をするんだな、カイは。一族の咎だとか小難しいことを並べ立てて、罪の意識にひたるのは気持ち良いか?」
図星だったのか、カイラシュの瞳がサヴィトリから逃げる。
サヴィトリは、もう一度カイラシュの頬を叩いた。
「過去を悔やむのは誰にでもできることだ。カイは、戦後のヴァルナのために何かしたか? 過去で立ち止まらず、未来のために自分のできうる最大限のことをするのが、ヴァルナに対して一番の償いではないのか? まずはやることをやってから、うだうだ後悔なりをしろ」
言い放ってから、サヴィトリはカイラシュの頬がうっすらと赤く腫れてきてしまっていることに気付いた。力の加減を間違え、少々強く叩きすぎてしまったようだ。
サヴィトリはおわびの代わりにカイラシュの頬をそっとさする。
「私の補佐官がそんな様子でどうする? カイにはタイクーンとして未熟な私を導いてもらわなければ困る。そのための補佐官カイラシュだろう?」
サヴィトリがまっすぐに見つめると、カイラシュの頬はよりいっそう赤みが強くなり、熱を持ち始めた。間違いない、強く叩きすぎた。
「サヴィトリ様……わたくしが思っている以上に、色々なことをお考えだったのですね」
「脳筋ヴィクラムと同類だとでも思っていたのか?」
サヴィトリは不機嫌な顔を作り、頬を膨らませてみせた。
「まさか」
カイラシュは大袈裟に肩をすくめ、首を横に振った。
「敬い、お慕い申しております、サヴィトリ様」
カイラシュはその場にひざまずき、サヴィトリの手を取った。その手の甲に儀式のように恭しく唇を落とす。
「これで、少しは慰めになったかな?」
「過分なお心遣いをいただき、ありがとうございます。『私の補佐官』とわたくしを所有していることをお認めになってくださっただけで、天にも昇る気分でございます」
カイラシュの息がはぁはぁと荒くなり、サヴィトリの手を自分の頬になすりつけ始める。
通常運転のカイラシュだ。
「それはどうもお粗末様でした」
サヴィトリは慰めの〆として、天に昇らせるのではなく、地中へとカイラシュをうずめてやった。
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