ヤケクソ結婚相談所

夢 餡子

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第1話

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彩は、慌ただしく席を立った。

「ごめん美希、その人とデートの約束入っちゃった。じゃあ私、行くから」

何か言いたそうに顔を歪める美希を、その場に残し……。
彩が急いで指定されたターミナル駅に行くと、既に東雲は改札の脇に立って待っていた。

すらりとした体型のスーツ姿である。
相変わらずクールな表情で、手に持ったスマホに目を落としていた。

通りすがりの女子たちが皆、その顔をちらちらと見つめているが、彼女たちの気持ちも分からなくはない。
それほど東雲は、ただ立っているだけでも格好が良いのである。

「東雲さん! お待たせしちゃってすみません!」

彩が東雲に声を掛けると、東雲は表情をピクリとも変えずに顔を上げた。

「やあ、彩さん。こちらこそ、いきなり誘ってごめんね」
「いえ、全然ヒマでしたので……東雲さんこそ、お忙しいんじゃないですか?」
「ああ、なんとか一区切りついたから。ところでさ」

ふと東雲は、彩の顔をクールな目でじっと見つめた。

「俺のこと、東雲って呼ぶのはやめようよ」
「えっ?」
「交際してるんだから、かけるって呼んで欲しい」

そう言われた彩は、顔がかあーっと熱くなった。
出会って二回目の男の人を、いきなり下の名前で呼ぶなんて……そんな経験、これまでにないことだ。
まるで、すっかり恋人みたいではないか。

「ほら、呼んでみて」

ううっ、なんだか恥ずかしい。

「か、翔さん……」
「うん、それでいい」

東雲は満足そうに頷くと、子供をあやすかのように、彩の頭をぽんぽんと優しくそっと叩いた。
とたんに彩は、きゅーんとしてしまう。

「じゃあ腹も減ったし、さっそく食いにいくとしようか」
「はい……」
「焼き肉でいいよね?」
「え、あ、はい。もちろんです。でも、なんで焼き肉なんですか?」

焼き肉って、本当に親しいカップルが一緒に行くイメージがある。
その考えは古いのかな。
なにせ、男のひとと付き合うのが久々だから、感覚がよく分からないよ~。

すると東雲は、さも当たり前のように答えた。

「だって、この前のお見合いで、好きな食べ物を聞いたら最初に焼き肉って答えたから。本当に好きな物って、真っ先に挙げるものだよね」

確かに、一番の好物は焼き肉だけど……。
東雲さん、そんなことまで覚えてくれてたんだ。しかも考えも鋭いし。
ああ、もう……ドキドキが止まらないよ……。

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