ヤケクソ結婚相談所

夢 餡子

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第1話

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「彩さん、遠慮せずになんでも注文して」

これまでの人生において経験のない、超高級寿司屋のカウンターで隣に座る東雲がさらっと言う。
お見合いの時に話した、好きな食べ物のふたつ目が寿司だったので、今夜は寿司屋らしい。

東雲はこの寿司屋の常連で、今日は貸し切りにしたらしく客は彩と東雲のふたりっきり。
寿司と言えば回転寿司にしか行ったことがない彩としては(行けば最低50皿は食べるが)、さすがに緊張してしまう。

それに今日は、あまりばくばく食べずに翔さんとお話しようと決めたんだ。

「私は……翔さんと同じものでいいです」
「じゃあ、俺はそうだな……大将、鯛をふたつ」

見るからに寿司道を極めたようなオーラを放つ老大将が、へい、鯛を二巻ね!と渋い声を上げる。

「翔さんって、いつもこういうところで食事されてるんですか?」

すると東雲は、ふっと相好を崩した。

「まさか。仕事が忙しくてカイシャに泊まり込むことが多いから、ふだんはコンビニの弁当で済ますことが多いんだ」
「えっ、カイシャって……官庁にお勤めだと聞きましたが?」
「ああ、ごめん……俺、言ってなかったけど警察庁に勤めてる。職員は通例上、カイシャって呼ぶんだ」

なんと!
警察庁の職員だったなんて、かっこよすぎではないか!
どんなときでも、守ってもらえそうだし。

でも……えーと私、なんか法に触れたりすることしてないだろうか。
昔、食べ放題の店で制限時間内に10人前を食べきったことがあるけど、それは食い逃げに該当しないよね?
店主からドロボー呼ばわりされて、以来入店禁止になったけど。

「はい、鯛。お待ち!」

威勢ののよい声とともに、大将が寿司皿をカウンターに置いた。
ネタがとても大きくて身が白くみずみずしい輝きを放ち、いかにも新鮮そうだ。
東雲は、それをつまむと口に放り込む。

「うん、旨い。さあ、彩さんも遠慮しないで」

本能が待ってましたとばかりに、彩も鯛を口に入れる。
なにこれ、美味しすぎる!!
さっぱりしつつも、噛むほどに深い旨みがじわっと口の中に広がっていく。
こんなの食べちゃったら、もう、回転寿司屋は行けないよ~。

彩の食べ物に関する信条は、質より量、ではなく、量より量、である。
それが、量より量と質、となった瞬間であった。

「翔さん、おいしすぎますう~」
「あれ、なんで泣いてるの、彩さん」

彩の胃袋は涙腺と直結しており、胃袋で幸せを感じると涙が止めどもなく溢れるのである。

「こんな美味しもの食べれて、幸せなんです~」
「そうか。じゃあ、どんどん頼もうか」

じゃあ、お言葉に甘えて……いやいや、今日こそは自重して、翔さんといっぱいお話するって決めたじゃない。
がんばれ、わたし!

「翔さんって、結婚しようと思ったきっかけってなんですか?」
「ああ……ずっと仕事ばかりしてたら、この歳になってしまってね。上司からおまえもいい加減に嫁さんをもらえと命じられたんだ。でも、こんな仕事してると出会いもないし」
「だからと言って……あんな胡散臭うさんくさいヤケクソ結婚相談所なんて選ばなくても……」

そう言うと、東雲は顔を曇らせた。

「うん……最初は有名な結婚相談所に入会したけど、そういうところにいる女の子って、高い入会金や月会費のもとを取ろうとしてるのか、みんながつがつしててね。なんか、嫌になってしまったんだ。それでそこを辞めて、あまり繁盛してなさそうな結婚相談所を探したら、あそこを見つけた」
「そうだったんですか……」
「でも、結果的に良かったよ。だって彩さんと出会えたから」

その言葉で、彩はかーっと顔が赤くなってしまった。
心がきゅんきゅんしてしまって、もうなにも考えられない。
無意識に、目の前に出された大きなノドグロを、一口で食べきってしまった。

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