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第2話
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しおりを挟むその平日の夜、会社から出た菊奈は電話が鳴っているのに気がついて足を止めた。
「はい」
『ああ、俺』
そのハスキーで横柄な声ですぐわかる。涼真だ。
前回の初デートから3日。それ以来の電話である。
『メシでもどうよ』
「今からですか……?」
『ああ。駅前のフレンチレストラン、ルパンで待ってるから』
それだけ言うと、いきなり電話が切れる。
こっちの都合など、おかまいなしだ。まあ、いつだって予定なんかないけど……。
仕方なしに、駅前のルパンへと向かう。
ルパンは有名な高級フレンチの店であり、予約もなかなか取れないと噂だけは知っている。
料金だって、べらぼうに高い。
そんな店に行って、この前みたいに払わされたらどうしよう。
不安な思いで店に入ると、奥のテーブルにいたスーツ姿の涼真が軽く手を上げた。
背が高い上にその風貌は、この店でもかなり目立っている。
「よお」
「どうも」
すかさずボーイが近寄って来て、菊奈のために椅子を引いた。
こんな高級な店に来た経験のない菊奈は、なんだか怖気付いておどおどと席に座る。
お飲み物は?と聞くボーイに対して、涼真は勝手にスパークリングワインを注文した。
「……どうしたんですか、高宮さん。急に」
「いや。この前は邪魔が入ったから、デートの続きをしようと思ってさ」
「はあ」
ワインが届き、無言でグラスをコツンと合わせて乾杯した。
「そうだ、これ」
涼真は上着のポケットから封筒を取り出し、菊奈に差し出す。
受け取って開けてみると、そこには3万円が入っていた。
「な、なんですか、これ?」
「この前のデートで借りた金だよ」
「こんなにお貸ししてません」
「いいから、とっておけ。俺は借りたカネは何倍にしても返す主義なんだ」
その威圧感に、菊奈は仕方なく封筒をバッグにしまった。
おそらく、返すと言っても絶対に受け取らないだろう。
でも、涼真のペースにハマりっぱなしも嫌だから、皮肉でも言いたくなる。
「高宮さん。お仕事されてないからお金ないんじゃないですか?」
「カネなら、今でもそこそこある」
そう言って涼真は、冷ややかな目で菊奈を見つめた。
「俺、昔やっていたホストで結構稼いだんだ。ハリウッドでスターになる夢を叶えるためにね」
ホストだったのか……。
そう言われると、確かにそれっぽい感じもする。その世界は全く知らないけど。
だけどホストって、俺様系でも人気出るのだろうか。いや、稼いだってことは需要はあるのかも。
「はあ。じゃあなんで、俳優をやめて帰って来たんですか?」
「監督と演技論で激しく衝突してね。それで即、ファイヤーってわけさ」
エキストラで演技論って……と言いたいのをぐっと我慢した。
「もう俳優業はうんざりなんだ。だから今度は日本で会社を立ち上げる。この前の邪魔は、急にその打ち合わせが入ったってわけ」
「そうだったんですか。でも、会社と言っても、なんでもいいとおっしゃってましたけど?」
「まあね。それはまだ決めてない。だが、ビジョンはある」
「どんなビジョンですか?」
「そうだな……世の中を笑顔にする会社、だ」
その言葉を聞いた途端、菊奈はぷっと吹き出しそうになってしまった。
すっごくいいかげんで、行き当たりばったりで、俺様で。
だけど、なんか……。あれ、なんだろう、この微かな感情は。
ふと上を見上げると、高宮さんの真上に吊るされたシャンデリアが。
なぜか、ぐらぐらと揺れているような。いや、気のせいかも。
でも、あれがもし落ちてしまったら、高宮さんは……。
だめだだめだ。
自分でもなんだか良くわからないこの感情は、絶対に悪い結果を招くに違いない。
こんな男、絶対に好きじゃない。好きなわけがない……。
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