ヤケクソ結婚相談所

夢 餡子

文字の大きさ
99 / 114
第2話

しおりを挟む

その平日の夜、会社から出た菊奈は電話が鳴っているのに気がついて足を止めた。

「はい」
『ああ、俺』

そのハスキーで横柄な声ですぐわかる。涼真だ。
前回の初デートから3日。それ以来の電話である。

『メシでもどうよ』
「今からですか……?」
『ああ。駅前のフレンチレストラン、ルパンで待ってるから』

それだけ言うと、いきなり電話が切れる。
こっちの都合など、おかまいなしだ。まあ、いつだって予定なんかないけど……。

仕方なしに、駅前のルパンへと向かう。
ルパンは有名な高級フレンチの店であり、予約もなかなか取れないと噂だけは知っている。
料金だって、べらぼうに高い。
そんな店に行って、この前みたいに払わされたらどうしよう。

不安な思いで店に入ると、奥のテーブルにいたスーツ姿の涼真が軽く手を上げた。
背が高い上にその風貌は、この店でもかなり目立っている。

「よお」
「どうも」

すかさずボーイが近寄って来て、菊奈のために椅子を引いた。
こんな高級な店に来た経験のない菊奈は、なんだか怖気付いておどおどと席に座る。

お飲み物は?と聞くボーイに対して、涼真は勝手にスパークリングワインを注文した。

「……どうしたんですか、高宮さん。急に」
「いや。この前は邪魔が入ったから、デートの続きをしようと思ってさ」
「はあ」

ワインが届き、無言でグラスをコツンと合わせて乾杯した。

「そうだ、これ」

涼真は上着のポケットから封筒を取り出し、菊奈に差し出す。
受け取って開けてみると、そこには3万円が入っていた。

「な、なんですか、これ?」
「この前のデートで借りた金だよ」
「こんなにお貸ししてません」
「いいから、とっておけ。俺は借りたカネは何倍にしても返す主義なんだ」

その威圧感に、菊奈は仕方なく封筒をバッグにしまった。
おそらく、返すと言っても絶対に受け取らないだろう。
でも、涼真のペースにハマりっぱなしも嫌だから、皮肉でも言いたくなる。

「高宮さん。お仕事されてないからお金ないんじゃないですか?」
「カネなら、今でもそこそこある」

そう言って涼真は、冷ややかな目で菊奈を見つめた。

「俺、昔やっていたホストで結構稼いだんだ。ハリウッドでスターになる夢を叶えるためにね」

ホストだったのか……。
そう言われると、確かにそれっぽい感じもする。その世界は全く知らないけど。
だけどホストって、俺様系でも人気出るのだろうか。いや、稼いだってことは需要はあるのかも。

「はあ。じゃあなんで、俳優をやめて帰って来たんですか?」
「監督と演技論で激しく衝突してね。それで即、ファイヤーってわけさ」

エキストラで演技論って……と言いたいのをぐっと我慢した。

「もう俳優業はうんざりなんだ。だから今度は日本で会社を立ち上げる。この前の邪魔は、急にその打ち合わせが入ったってわけ」
「そうだったんですか。でも、会社と言っても、なんでもいいとおっしゃってましたけど?」
「まあね。それはまだ決めてない。だが、ビジョンはある」
「どんなビジョンですか?」
「そうだな……世の中を笑顔にする会社、だ」

その言葉を聞いた途端、菊奈はぷっと吹き出しそうになってしまった。
すっごくいいかげんで、行き当たりばったりで、俺様で。
だけど、なんか……。あれ、なんだろう、この微かな感情は。

ふと上を見上げると、高宮さんの真上に吊るされたシャンデリアが。
なぜか、ぐらぐらと揺れているような。いや、気のせいかも。
でも、あれがもし落ちてしまったら、高宮さんは……。

だめだだめだ。
自分でもなんだか良くわからないこの感情は、絶対に悪い結果を招くに違いない。
こんな男、絶対に好きじゃない。好きなわけがない……。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...