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脅迫
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とっさに頭に思い付いた言葉が、思いもよらぬ嘘だった。
だけど瑠美子は、全てを察したようにふっと表情を和らげてこう言う。
「優里、アンタって嘘が下手だね」
「えっ」
思わず心臓が跳ね上がった。
「さっきは、旦那が浮気してないことを信用してるって達観したように私に話してたくせに。本当はやっぱり浮気を気にしてたんだ。それで探偵でも雇って、その情報でここに来たと」
瑠美子はすっかり穏やかでどこか小悪魔的表情を浮かべると、つかつかと私に歩み寄って肩をぽんと叩いた。
「正直に言ってくれてれば、いろいろアドバイスしてあげたのに。まあ、アンタにもプライドがあったのよねえ。わかるよ、その気持ち」
「う、うん……」
どこかほっとする思いと、困惑する感情が交錯する。嘘に嘘を上書きする自分が、信じられなくなっていた。
「あの……高橋さん」
瑠美子の後ろから、篠崎が上ずった声を上げる。その顔は、わかりやすくも狼狽に満ちていた。
「私たちの件は、どうか内密にしてもらえるかな。頼む……!」
頭を下げ、必死に両手を合わせ懇願する篠崎に向けて、瑠美子は呆れた顔を向けた。
「あら、私は篠崎さんとの関係がバレたって、どうってことないけど」
「る、瑠美子、おまえな……」
「篠崎さん、恐妻家なんだってねー。なんせ奥さん、大手取引先の社長令嬢だもんねー。浮気がバレたらどうなることやら」
「お、おい。冗談にもほどがあるぞ」
「はいはい、冗談でーす。心配しないで篠崎さん。優里はこれでも口の固い子だから。それに万が一、バラしたらどうなるか優里もわかってるはず」
ふと瑠美子は私に鋭い視線を向ける。顔には笑みを浮かべているがその目だけは違った。まるで獲物を睨むヒョウのようだ。思わずぞくりと体がこわばってしまう。かすれた声で尋ねた。
「……どうなるの?」
「愛する夫が浮気してて、探偵まで雇ってることをみんなに教えるだけ。でも、どうなるかなー、ゲスな噂好きのあの連中が聞いたら。有りもないことまで色んな尾ひれが付いて、あっという間に拡散されちゃう。ひたすら好奇の目で見続けられることに、果たして優里は耐え切れるかなー」
その軽妙な言い方に、ぞっとした。そう、この世界で密やかに生きていくためには、悪い噂を立てないこと。それを信条にしていたからこそ、さっき酷い頭痛で倒れそうになったときも救急車を呼ばなかったのだ。
瑠美子は私の性格を完全に把握して、心を見透かしている。そう思うと激しい動悸に襲われた。
「……心配しないで。浮気をバラそうなんて思ってないから」
やっとのことでそう言うと、瑠美子はとたんに破顔して私に抱きついた。
「ごめんごめん優里。怖がらないで、冗談だよー。私がそんな酷いことするわけないでしょ。だから落ち着いてねー。優里も大変だってことはわかって良かったよ。これから経験豊かなこの私が親身に相談に乗ってあげるから。よしよし」
瑠美子に優しくハグされながらも、私の心はただただ冷え切っていた。
だけど瑠美子は、全てを察したようにふっと表情を和らげてこう言う。
「優里、アンタって嘘が下手だね」
「えっ」
思わず心臓が跳ね上がった。
「さっきは、旦那が浮気してないことを信用してるって達観したように私に話してたくせに。本当はやっぱり浮気を気にしてたんだ。それで探偵でも雇って、その情報でここに来たと」
瑠美子はすっかり穏やかでどこか小悪魔的表情を浮かべると、つかつかと私に歩み寄って肩をぽんと叩いた。
「正直に言ってくれてれば、いろいろアドバイスしてあげたのに。まあ、アンタにもプライドがあったのよねえ。わかるよ、その気持ち」
「う、うん……」
どこかほっとする思いと、困惑する感情が交錯する。嘘に嘘を上書きする自分が、信じられなくなっていた。
「あの……高橋さん」
瑠美子の後ろから、篠崎が上ずった声を上げる。その顔は、わかりやすくも狼狽に満ちていた。
「私たちの件は、どうか内密にしてもらえるかな。頼む……!」
頭を下げ、必死に両手を合わせ懇願する篠崎に向けて、瑠美子は呆れた顔を向けた。
「あら、私は篠崎さんとの関係がバレたって、どうってことないけど」
「る、瑠美子、おまえな……」
「篠崎さん、恐妻家なんだってねー。なんせ奥さん、大手取引先の社長令嬢だもんねー。浮気がバレたらどうなることやら」
「お、おい。冗談にもほどがあるぞ」
「はいはい、冗談でーす。心配しないで篠崎さん。優里はこれでも口の固い子だから。それに万が一、バラしたらどうなるか優里もわかってるはず」
ふと瑠美子は私に鋭い視線を向ける。顔には笑みを浮かべているがその目だけは違った。まるで獲物を睨むヒョウのようだ。思わずぞくりと体がこわばってしまう。かすれた声で尋ねた。
「……どうなるの?」
「愛する夫が浮気してて、探偵まで雇ってることをみんなに教えるだけ。でも、どうなるかなー、ゲスな噂好きのあの連中が聞いたら。有りもないことまで色んな尾ひれが付いて、あっという間に拡散されちゃう。ひたすら好奇の目で見続けられることに、果たして優里は耐え切れるかなー」
その軽妙な言い方に、ぞっとした。そう、この世界で密やかに生きていくためには、悪い噂を立てないこと。それを信条にしていたからこそ、さっき酷い頭痛で倒れそうになったときも救急車を呼ばなかったのだ。
瑠美子は私の性格を完全に把握して、心を見透かしている。そう思うと激しい動悸に襲われた。
「……心配しないで。浮気をバラそうなんて思ってないから」
やっとのことでそう言うと、瑠美子はとたんに破顔して私に抱きついた。
「ごめんごめん優里。怖がらないで、冗談だよー。私がそんな酷いことするわけないでしょ。だから落ち着いてねー。優里も大変だってことはわかって良かったよ。これから経験豊かなこの私が親身に相談に乗ってあげるから。よしよし」
瑠美子に優しくハグされながらも、私の心はただただ冷え切っていた。
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