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第1章
公爵令嬢、騎士見習いになる
しおりを挟む前世の記憶を思い出した数日が経った。目を覚ましたクロエは退屈していた。お見舞いと言って人はたくさん来たから話し相手には困らなかった。
しかし、勉強や読書が主だったクロエの生活は俺にとっては退屈そのものだった。
「お散歩をなさるのはどうですか?」
アンの提案でクロエは温室、馬小屋を巡った。
「お嬢様、お体は大丈夫ですか!?」
庭師、馬屋番に会うたびに青ざめた彼らは私を過保護な程心配した。それはもう異常なほど。それほどクロエは屋敷の人間に愛されていた。
前世で馬なんて触れたことがなかったから、クロエに懐く馬を撫で回していると公爵家の騎士団長・シリウスと遭遇。
「お嬢様!!外に出てもよろしいのですか?お部屋まで護衛いたします。」
彼もまた青ざめ、そして真剣な面持ちで私に跪いて手を差し出す。大袈裟な。
折角外に出たのに、部屋に戻ったらまた退屈になってしまう。次は退屈で死んでしまう。
『シリウス様、騎士様たちの訓練を見学させていただいてもよろしいですか?お邪魔はいたしません。』
「なんとっ……お嬢様が……是非!是非顔を見せてやってください。彼らも励みになりましょう。」
『あ、ありがとう』
大袈裟な。ここの人間は大袈裟すぎる。
シリウスにエスコートされ、クロエは訓練所に辿り着いた。訓練中の騎士たちは、木製の剣で一対一をしている。
……いいなぁ。俺もやりたいな。
小中の頃は剣道をしていた。交ざりたくて目を輝かせていたクロエにシリウスは椅子を用意してくれた。
「「「お嬢様だぞっ!!!」」」
ああ、訓練していたはずの騎士たちがシリウスを辿って私を見つけてしまった。案の定、騎士たちは訓練を中断して集まってきた。
『ごきげんよう。』
「ごっ、ごきげんよっ!」
「ああ、癒される~!」
「お前らっ!お嬢様に群がるな!訓練に戻らないか!」
騎士たちを叱咤するシリウスに、上司にも関わらず騎士たちは異を唱えた。「団長だけズルい」「頭でっかち」「ムッツリ」「ロリコン」と言いたい放題だ。
『あの、私お邪魔してしまってごめんなさい。部屋に戻るわ。』
「そんなっ!もっといてください!」
「いつまでもいてください!!」
膝をつき、両手を擦り合わせる騎士たちに『新手の宗教か』とツッコミそうになったのをぐっと堪える。
『いても、良いのですか?』
コテンッと小首を傾げて瞳を潤ませるクロエに騎士たちはあかべこのように首を上下に振りながら鼻血を流した。
その光景にはさすがにクロエだけでなく、アンとシリウスも引いていた。
『シリウス様、お願いがあるのです。とても図々しいのですが』
「お嬢様のお願いでしたらなんなりと仰ってください。」
『私も交ぜてください!』
「「「ダメです!!」」」
心の中でついつい舌打ちをしてしまった。シリウスにもアンにも止められた。
この日からクロエは勉強の合間の休憩時間に訓練所を覗き見るのが日課になったのだった。
クロエが訓練所に通うようになって一週間後、初めて親父エドガー、継母ミーナ、異母弟メイソンと朝食を共にすることとなった。
ひたすら黙々と料理を口に放り込むだけの時間。ロナウドの絶品料理も、憂鬱な気分は晴らしてくれない。
「メイソン、欲しいものはないか。」
「えっと……本がほしい、です」
メイソンの声は尻すぼみに小さくなっていく。知らない家、周りに控える使用人に緊張しているらしい。
クロエを横目で見るメイソンの視線を感じて、見ると慌てたようにクロエから視線を泳がせて料理に夢中のフリをした。
「お前は欲しいものはないのか。」
『……わ、たしですか?』
エドガーがクロエにそんなことを聞いたのは今まで一度としてなかった。だからクロエにこの問いの答えはなかった。
俺はこの数日、ずっとクロエがヒロインにならない方法を考えていた。
人伝にしか聞いたことのないゲームの内容。幸いなことに、俺の周りの人間は推し被りはなかった。そのため、人にって聞かされる内容は違った。
しかし残念なことに、俺はそれを左から右へ聞き流していたせいで脳みそを雑巾のように振り絞って思い出していた。
ゲームの舞台となるのは15歳で入学する魔法学園。だが、その前から出会っている攻略対象もいるから油断はできない。
そもそも魔法学園に入学しなければいいのではないか、と思ったが魔力のある貴族と魔力持ちの成績優秀な平民はこぞってこの学園に入学する。
俺を転生させた女神が言った言葉を思い出す。
「膨大な魔力と8つの属性、スキル【怪力】を授けます」
魔法学園に入学するのが強制だと仮定して、俺はひとつの作戦を思い付いた。名づけて『ヒロインが嫌なら、悪役令嬢をヒロインにすればいいじゃない』作戦だ。
そもそもこんなチート能力いらなかった。俺はチート無双したいんじゃない。出来ることなら長生きして、世界を見て回ったりしてスローライフを歩みたいのだ。一生独身で構わない。むしろそれを望む。
でも正直、魔法ってのはワクワクする。だって前世にそれは架空のものだったのだから。魔法ってどうやって使えるようになるのかな。
「おい」
考えに耽り、すっかり忘れていた。黙ったクロエを氷のような冷たい瞳で凝視するエドガーに現実に引き戻される。
エドガーは若くしてルキドアナ王国の宰相をしている。そして剣の腕は王国で一、二を争うらしい。
『剣を学びたいです。』
「……なんと言った?」
『剣を学びたいです。』
エドガーは耳が悪いらしい。クロエは微笑を浮かべ、同じ言葉を繰り返した。
「クロエちゃんは女の子なのだし、剣は……危ないのではないかしら。心配よ。」
「ドレスや宝石ではないのか。」
『……騎士様たちと訓練に参加したいです。』
「騎士は遊びではない。」
『“重々”承知しております。』
エドガーは何も言わずに食堂を出ていった。翌日、執事長エイダン伝いに許可をもらい、クロエは正式に騎士見習いとして訓練に参加させてもらえることになったのだった。
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クロエの年齢を5歳→8歳に変更しました。
応援ありがとうございます!
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