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9話 暴走
しおりを挟む「おはようございます」
相変わらず、返事のないオフィス。
今日は、出社前に舞ちゃんと悪魔退治をした。大した敵ではなかったから、そんなに時間は取られなかったが、日に日に魔力の低下を感じる。
こんなことでは、俺の夢は叶わない。
危機感はあった。しかし、その反対に、俺には新しい希望ができていた。
舞ちゃんだ。俺にはもともと百合趣味もなかったし、部長のような女装癖もなかった。男として魔法少女を好きになって、応援してきたんだ。
こうなった身だからこそ、今までの人生を変える意味においても、可愛い魔法少女の女の子になることを望んだ。
一時の間違いで、そういう感情も抱いたことはある。が、本当の部分はただの魔法少女が好きなアニメオタクで、1人の男だ。幻覚と思って、安易に契約した、愚かな40歳成人男性だ。
「田中君。少しいいかい?」
部長が後ろから話しかけてきた。
今日も朝から部長室行きだ。
「どうかしましたか?」
当初は部長室に入ると緊張したものだが、今は違う。慣れた俺の態度を見てか、部長は眉をひそめた。
「最近、どうも君の魔力が落ちているな。何かあったのかい?」
「そうですか? あまり、自分には分かりません。特に何もないのですが」
部長に見破られていたことに驚く。
いや、淫獣がまた告げ口をしたに違いない。
「何かあるなら話してくれ。我々は仲間だ。似た者同士、協力し合おう」
俺と部長は似た者同士ではない。俺には女装癖もないし、それでどうにかされたいもない。
部長に親しんでもらえるのは嬉しいし、頼もしい。仕事としても、魔法少女としても、部長は俺よりも能力がある。そんな人に認められて、頼られれば、もっと頑張ろうと思える。俺の自己肯定感も上がる。
ただ、本当の部長を知ってから、部長が何を思って言葉を発しているのかを考えると、途端に薄っぺらさを覚えてならなかった。
「悩みでもあるんじゃないか? んー?」
部長は俺の横に座って、顔をのぞく。
はずらかす俺に、部長はさらに追い討ちをかけてきる。
妙な汗が、背中を流れた。
「い、いえ……」
俺が顔を逸らした、その瞬間。
部長が鬼の形相になった。いつも冷静で、穏やかで、マイナスの感情を表に出さない部長が、声を荒げる。
「嘘だ!! 君は私に隠している! 知っているぞ! 今日も戦ってきたんだろう」
俺の驚いた顔を見て、「ほらね」と部長は続ける。
「女の子と一緒に戦って、君がだいたいフォローしたんだろう。私に隠して」
「隠していたわけでは……」
部長の肩から、猫の淫獣が顔を見せる。
またお前か。こいつは俺を監視でもしているのか。何のために? 部長の命令? だとしたら、部長は何のために?
「なぜ私を呼ばない。私なら一撃だ」
「私で十分倒せると思ったからです。それに、それでは彼女のトレーニングにならない」
「なぜ、私にあの子のことを黙っていた」
部長の眼光が鋭くなる。舞ちゃんの話に触れると、刺すような眼差しになる。
敵視、とは違う。
俺を見る部長の目は、取り調べをする警察のそれだった。
俺が何かを隠している。嘘をついている。それを見破らんとする疑いの目。
「そのうちご紹介しようと思いましたが、彼女はまだ中学生なので、なかなか部長と時間が合わなかったんです」
機会があっても、俺は会わせるつもりはなかった。体のいい言葉だけを並べて逃げようとしたが、部長はそれを許さない。
俺の物言いが気に入らなかったのか、また声を荒げる。
「私のせいか! 私のせいと言いたいのか?」
「いや、そんな風には……」
部長室とはいえ、そこまで防音性は高くない。あまり大声を出せば、オフィスに響いてしまう。
それでも、部長はお構いなしに続けた。
「嘘はやめたまえ、田中君。なら、今から魔法少女同士、顔を見せ合いにいこうではないか。ちょうど敵も現れているようだ。3人で共闘しよう」
「いや、ですので……彼女は学校に――」
「田中君! 我々は魔法少女だ! 宇宙を守る使命があるんだ! そんな意識では困るよ!!」
やはり俺の直感は正しかったんだと思った。この様子では、舞ちゃんと会わせてもいいことにはならない。部長のほうこそ、嘘はやめたほうがいい。その言葉が喉から上がってきて、寸前で止まった。
ここで喧嘩になったら、おそらくオフィス全部が破壊される。
「彼女も覚悟があって魔法少女になったんだろう! 我々と同じ! なら、何も困ることはないはずだ!」
そう言って、部長は立ち上がった。
「君が彼女を呼ばないのなら、私が迎えにいく! どこの学校なのかも分かっているからね!」
「部長!!」
部長は窓を破り、そこから身を乗り出した。
ここは6階。普通の人間なら、飛び降りたら死ぬ高さだ。しかし、部長は違う。
俺の制止を聞かず、部長は窓から飛び降りた。
後に続いて窓から下をのぞくと、部長は落下しながら魔法少女に変身し、杖にまたがって空に消えていった。
変身の際の発光に目がくらんでいる間に、俺は部長を見失った。
「まずい、まずいぞ」
何がまずいかは分からないが、とにかく放っておくわけにはいかなかった。
騒音を聞いて、社員が部長室に流れ込む。
「何事ですか! 窓が割れてるじゃないですか!」
「田中さん! 今度は何ですか!」
皆、俺が部長をどうにかしたと思っているらしい。無理もない。
皆が俺に持っていた溜まりに溜まった不信感が、この状況をみて確信に変わる。
しかし、今更弁明しようとも思わない。俺はこの会社での信頼や地位は、とっくに失っているのだから。
俺は静かに、皆をなだめるように、割れた窓を背にして口を開いた。
「皆さん、部長が窓から出ていってしまったので、私はそれを追いかけます。今日はノンリターンでお願いします」
「何言って――」
そして、俺は魔法少女に変身した。
この会社では2度目だ。今度は自部署の人間の前で、部長室で、俺はやった。
その姿を見て、やはり皆は絶句する。
破れ散った俺のビジネススーツが、窓から入ってくる風のせいで、花びらのように舞った。
「では、いってきます」
外出する際の口調で、俺は皆から背を向け、窓から飛び降りた。
空を飛んだことはない。方法も分からない。が、部長にできたなら、俺にだって――
「田中さんが飛び降りたぞ! 自殺だー!」
地上から聞こえる4階の悲鳴。
俺は飛べなかった。そのまま落下して、顔から地面に落ちてしまった。ただ、魔法少女に変身したおかげで、怪我はなかった。
なぜだ? なぜ飛べない? 杖がないからか? 俺が素手だからか?
言いたいことは山程あったが、今は時間が惜しい。俺は立ち上がって、そのまま部長を追って走った。目的地なら分かる。
それは、舞ちゃんのいる中学校。
今ならまだ間に合うはずだ。
部長を、止めなくては。
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