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11話 部長の果てに
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こんな肝心なときに限って、淫獣がいない。
最近あいつと話をしていないと思っていたが、別段、いてもいなくてもいいと思って気にしていなかった。
ただ、あいつこそ、魔法少女がピンチのときに助けになるのがセオリーのキャラクターだろうに。俺はともかく、未熟な魔法少女である舞ちゃんの横にはついているべき存在だ。
とは言え、あいつは舞ちゃんと契約して以降、舞ちゃんから離れて俺の傍にいたんだっけ。
いったい何を考えているのか、相変わらず分からなかった。
「やぁ、大二郎。大変なことになったね」
宙に浮かびながら、そいつは走る俺に並んだ。
「どこに行ってたんだ」
「僕も多忙でね。ちょっとね」
またどこかで勧誘活動でもしていたのか。被害者を増やすのはやめろ、と言いたい所だったが、今は舞ちゃんの安全が一番だ。
「おい、舞ちゃんが部長に拐われた。お前、何か知らないか」
「生憎、僕は街を離れていたからね。何が起きているかさっぱりなんだ」
部長の淫獣はいつも部長のそばにいるのに、貴様ときたら……。
「あ、僕を責めてもどうにもならないよ。今は舞を助けるために、お互い協力しなきゃ」
「まだ何も言ってないが」
俺の考えが言外に伝わったのだろうか。
こいつの弁明に耳を貸すつもりはないが、今は緊急事態だ。何か力になるのなら、この地球外生命体の手も借りたい。
「で、どう力を貸してくれるんだ?」
「とりあえず、舞の居場所をより具体的に把握できるように、舞の今の状況を知る必要がある」
「ほう」
「大二郎の脳に、舞の視覚や聴覚の情報を送る。部長の魔力を辿りつつ、これで場所を特定してくれ」
「そんなことができるなら、お前がさっさとそこに連れて行ってくれれば――」
反論の途中、今までにない感覚が頭に入り込む。
部外の情報が、直接脳に流れてくる感覚。記憶想起とは違う、リアルな他人の視覚情報。処理しきれないはずの情報量に、しかし順応するのは早かった。
これは舞ちゃんの視点。
黄色い魔法少女のコスプレをしたおっさんが、目前に迫る。それを必死に拒絶しようと手を払うが、か弱い女子の力ではどうにもならない。
振り払う手を掴まれ、何かを囁かれる。
それは生理的嫌悪を与えるもので、男の身としてはとてつもない拒絶反応を生む光景だった。
●
埃っぽい外気。電気はなく、少しばかり差し込む日光が室内を照らしている。薄暗いその空間は、何かの倉庫と思われた。
「さぁ。魔法少女に変身したまえ」
座り込んでいる舞ちゃんの前に、部長が仁王立ちで迫る。黄色いドレスを着た中年男性。女子中学生の視点から見れば、かなり異様なものだった。
「そして、私を指導してくれ」
「えぇ? な、なんです?」
舞ちゃんの表情は見えないが、困惑した声色が響く。部長の言う指導とやらが、何を意味しているのか、俺にも分からなかった。しかし、部長が何やら自分の趣味を遂行しようとしていることは理解した。
舞ちゃんと部長と合わせることの懸念。それは、俺の舞ちゃんが部長に“そういう目”で見られること。想像すると、俺にはそれが耐えられなかった。
「まぁ、制服姿でもいいな。私は中学生でも大丈夫だ」
「いやっ!」
押し返そうとする抵抗も虚しく、舞ちゃんは部長に肩をつかまれる。圧倒的な力差を前に、それはあまりに無抵抗だった。
「魔法少女同士! 女の子同士! 深め合おう! 対話だ!」
「さっきから意味分からない――っ!」
「本当はこんな手は使いたくなかった。もっと任意でいきたかったが、私には時間がない! 分かってくれ!」
そのまま押し倒され、背中を強打した舞ちゃんは嗚咽する。
「魔法があれば何だってできるんだろ! そうだろザビエル!!」
部長の視線の先には、いつも部長の近くにいたあの淫獣がいた。ザビエル、と部長は呼んでいるのか。
舞ちゃんの上にまたがる形となった部長は、どこか普段の様子とは違う。最近はいつも変だったが、今は錯乱状態に見えた。
「人生をこんな形で捨てた身として、せめてこれくらいはあってもいいよね!!」
「やだやだ! やめてください!!」
「普通じゃ駄目なんだ。魔法少女じゃないと、特別じゃないと! ほら、変身してもいいんだぞ! 変身したら、脱ぎなさい!」
「なんなんですか! 本当――うわっ!」
舞ちゃんの身体にペタペタ触りながら、顔を首元に近づける部長。そのまま深呼吸をし、白目を剥く。
「感謝……」
コスプレ姿の中年男性に押し倒され、触れられ、顔を近づけられる光景は、とくに被害側から見ると、あまりに強烈で、あまりに絶望的だった。
●
「舞ちゃん!!」
倉庫の重い鉄の扉を蹴り破って、薄暗い空間へ叫んだ。
そこには、魔法を解いて全裸の部長が佇み、その足元でうずくまり、すすり泣く舞ちゃんがいた。
「早かったね。でも、少し遅かった」
「部長――ッ!!」
衝動的に掴みかかっていた。倉庫に入る前はもう少し警戒心があったが、舞ちゃんの視覚情報と合わせて、いざ悲惨な状況を目の当たりにすると、それまでの作戦や思考は吹き飛んだ。
「何してんだ!! あんたはっ!」
「まだ志半ばだよ! 田中大二郎君!」
「もう既遂だろ! 何言ってる!」
変身し直した部長と取っ組み合いになり、ロックアップの形となる。
今まで武器もなく素手でやってきた俺にとって、力勝負は自信があった。が、部長の膂力はすさまじく、拮抗状況になってしまう。
「私は今まで君を庇ってきた! 守ってきた! なのに何故、仲間と思ってくれないんだ! 私は、こんなに君のことを――」
「黙れ! この変態野郎!」
自分のことは棚に上げても、そう叫ばずにはいられなかった。それ以上は聞きたくない。
「私のおかげで君はまだ会社にいられた! 私おかげで、あの日、会社のエントランスで死なずにすんだ! 私のおかげで、君は強くなった!!」
徐々に押され、背中が仰け反っていく。
部長は杖で戦うタイプだったろう。なんで近接戦闘も強いんだ。不公平じゃないか。
悔しさと理不尽に、俺は歯がゆさを感じた。
「全部、全部私のおかげだ! なのにどうして、約束を破るんだぁぁー!!」
「部長が勝手にそう思ってるだけでしょう! 上司が部下に押し付けるんですか!」
俺が課長になったとき、部長は教えてくれた。
最近は色々なことがパワハラになる。俺が若手だった頃に当たり前だった教育は、今は犯罪になりかねない。その1つが、上から下への押しつけだ。例えその必要があっても、相手にそれを感じさせてはいけないのだと、部長が俺にお手本を見せてくれたんだ。それなのに、今の部長は……。
「しかも女子中学生で、魔法少女で! 1人だけ良い思いをしようだなんて!! けしからんぞ田中君!! 君だけ想いを叶えて、私にはお預けか!!」
なんだ、その言い分は。まるで部長は俺に嫉妬し、羨んでいるようじゃないか。
それよりも、俺だけ良い思いをしてるって何のことだ?
「俺はあなたとは違う! 一緒にするな!」
「同じだよ、君も! 私と! 男のくせに、何のイヤらしい気持ちがなかったのか! 君はロリコンで、アニメオタクで! この社会のゴミみたいな人間だろう!」
ついに俺が膝を着けたところで、部長の強烈な下段蹴りが飛んでくる。ガードもできず、部長のつま先が腹にめり込む。
いとも簡単に、俺は入ってきた倉庫入り口まで飛ばされた。
そして、部長は政治家の演説のように、悠々と語り始める。両手を広げ、演劇のように、声に抑揚をつけて。
「部長は知っています。君は女児用アニメを見て、主人公キャラで致していることを。部長は知っています。君がスーツの下に、いつもキャラクターパンツを履いて、スポブラつけて、実は満更でもないことを」
「やめろ!!」
舞ちゃんの前でそんなこと言うな!
舞ちゃんの俺への信頼と尊敬が損なわれる!
「部長は全部知っています。田中君は、アニメの舞ちゃんと魔法少女になって、戦いたかったことを!」
「やめてくれ――っ!」
なんで知っているんだよ部長!!
俺は、目を瞑って精一杯叫んだ。少しでも、それが舞ちゃんに聞かれないように。せめて全部は知られないように。
しかし、部長はやめてくれない。部長の演説が、倉庫内に響き渡る。
「た、田中さん……」
うずくまる舞ちゃんの顔が、俺の方を向く。
その目を、俺は直視することができなかった。
彼女は、どんな表情で俺を見ているか。考えるのも知るのも怖かった。
「君も、私と同じなんだ。でも、基本ワン・オー・ワンがいいに決まってる。他の男が混ざるなんて、別に求めてない。見たくないしね。だから……今回は、許すつもりでいる」
「俺は部長を許しませんよ!!」
「君はそこのニコライから何も聞いてないのか!」
部長は俺の声に被せて、さらに怒鳴る。
「私はザビエルから全部聞いたんだ!!」
部長の気迫に押されそうになったが、かつての日本に到来した宣教師たちの名に困惑を覚えた。
「ニコライ……? ザビエル?」
「そうだよ! 彼らは互いにそう呼び合っている! 君のその白いリスはニコライ。こっちはザビエル」
そういえば、俺は淫獣らの名前を知らなかった。興味がなかったから、考えてもこなかった。
確か、舞ちゃんは淫獣をモキュと呼んでいたか。
こいつは何個名前があるんだ。
「魔法少女は……いや、この胸のマジカル・ストーンは、戦う度に消耗していく。魔法を使うたび、変身するたびに、力を失い、脆くなる。そして、これは私達の魂の結晶。それがいつか力を失い、割れた時、私達は死ぬんだ!」
「え……? そうなの?」
俺は淫獣のほうを見た。
そんな設定、知らない。
「せいぜい1年前後の寿命らしい」
「そうなの? ねえ?」
淫獣は答えない。
どこ向いてんだ。こっち見ろよ、おい。
「こんな一時の性欲でよぉ! 人生踏み外すなんて! この畜生があ!! 俺を騙しやがったて!!」
部長の情緒が乱れる。
無理もない。そんな事を知ったら、普通ではいられない。
部長らやり場のない怒りに、地団駄を踏む。魔法少女の怪力で、地面がえぐれていく。
「自暴自棄にならないでください部長!」
「私を元に戻せ!! できないなら邪魔をするな!!」
部長を宥めようと思った。が、無理だった。
もう誰も部長を止められない。
部長は、再び舞ちゃんへ手を伸ばし、飛びかかった。
その本気が、もう俺に迷う時間を与えてくれなかった。
「部長おおお――ッ!!」
部長には感謝している。昇進させてくれて、職場の居場所を守ってくれて、助けてくれて、仕事を教えてくれて、ありがとう。
ただ、舞ちゃんを守るためには、もうこうするしか無かった。許してください。
「な、なんだこの光!!」
部長の油断が、驕りが、俺に隙を与えた。
狙いを絞った俺の渾身の魔法。最高密度の魔力を、最大速度で放った。
躊躇は、なかった。
「田中君! 君は、私のぉぉ――!!」
部長の声が木霊する。
魔力の光が止んだ頃、そこに部長の姿はなかった。
部長は俺の魔法に焼かれ、蒸発したのだ。悪魔と同じように、この世から、塵も残さずに消えた。
「部長……」
俺は泣いていたらしい。
言葉を失った舞ちゃんが、目を見開いたまま、俺を見ていた。
「舞ちゃん……」
最近あいつと話をしていないと思っていたが、別段、いてもいなくてもいいと思って気にしていなかった。
ただ、あいつこそ、魔法少女がピンチのときに助けになるのがセオリーのキャラクターだろうに。俺はともかく、未熟な魔法少女である舞ちゃんの横にはついているべき存在だ。
とは言え、あいつは舞ちゃんと契約して以降、舞ちゃんから離れて俺の傍にいたんだっけ。
いったい何を考えているのか、相変わらず分からなかった。
「やぁ、大二郎。大変なことになったね」
宙に浮かびながら、そいつは走る俺に並んだ。
「どこに行ってたんだ」
「僕も多忙でね。ちょっとね」
またどこかで勧誘活動でもしていたのか。被害者を増やすのはやめろ、と言いたい所だったが、今は舞ちゃんの安全が一番だ。
「おい、舞ちゃんが部長に拐われた。お前、何か知らないか」
「生憎、僕は街を離れていたからね。何が起きているかさっぱりなんだ」
部長の淫獣はいつも部長のそばにいるのに、貴様ときたら……。
「あ、僕を責めてもどうにもならないよ。今は舞を助けるために、お互い協力しなきゃ」
「まだ何も言ってないが」
俺の考えが言外に伝わったのだろうか。
こいつの弁明に耳を貸すつもりはないが、今は緊急事態だ。何か力になるのなら、この地球外生命体の手も借りたい。
「で、どう力を貸してくれるんだ?」
「とりあえず、舞の居場所をより具体的に把握できるように、舞の今の状況を知る必要がある」
「ほう」
「大二郎の脳に、舞の視覚や聴覚の情報を送る。部長の魔力を辿りつつ、これで場所を特定してくれ」
「そんなことができるなら、お前がさっさとそこに連れて行ってくれれば――」
反論の途中、今までにない感覚が頭に入り込む。
部外の情報が、直接脳に流れてくる感覚。記憶想起とは違う、リアルな他人の視覚情報。処理しきれないはずの情報量に、しかし順応するのは早かった。
これは舞ちゃんの視点。
黄色い魔法少女のコスプレをしたおっさんが、目前に迫る。それを必死に拒絶しようと手を払うが、か弱い女子の力ではどうにもならない。
振り払う手を掴まれ、何かを囁かれる。
それは生理的嫌悪を与えるもので、男の身としてはとてつもない拒絶反応を生む光景だった。
●
埃っぽい外気。電気はなく、少しばかり差し込む日光が室内を照らしている。薄暗いその空間は、何かの倉庫と思われた。
「さぁ。魔法少女に変身したまえ」
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「そして、私を指導してくれ」
「えぇ? な、なんです?」
舞ちゃんの表情は見えないが、困惑した声色が響く。部長の言う指導とやらが、何を意味しているのか、俺にも分からなかった。しかし、部長が何やら自分の趣味を遂行しようとしていることは理解した。
舞ちゃんと部長と合わせることの懸念。それは、俺の舞ちゃんが部長に“そういう目”で見られること。想像すると、俺にはそれが耐えられなかった。
「まぁ、制服姿でもいいな。私は中学生でも大丈夫だ」
「いやっ!」
押し返そうとする抵抗も虚しく、舞ちゃんは部長に肩をつかまれる。圧倒的な力差を前に、それはあまりに無抵抗だった。
「魔法少女同士! 女の子同士! 深め合おう! 対話だ!」
「さっきから意味分からない――っ!」
「本当はこんな手は使いたくなかった。もっと任意でいきたかったが、私には時間がない! 分かってくれ!」
そのまま押し倒され、背中を強打した舞ちゃんは嗚咽する。
「魔法があれば何だってできるんだろ! そうだろザビエル!!」
部長の視線の先には、いつも部長の近くにいたあの淫獣がいた。ザビエル、と部長は呼んでいるのか。
舞ちゃんの上にまたがる形となった部長は、どこか普段の様子とは違う。最近はいつも変だったが、今は錯乱状態に見えた。
「人生をこんな形で捨てた身として、せめてこれくらいはあってもいいよね!!」
「やだやだ! やめてください!!」
「普通じゃ駄目なんだ。魔法少女じゃないと、特別じゃないと! ほら、変身してもいいんだぞ! 変身したら、脱ぎなさい!」
「なんなんですか! 本当――うわっ!」
舞ちゃんの身体にペタペタ触りながら、顔を首元に近づける部長。そのまま深呼吸をし、白目を剥く。
「感謝……」
コスプレ姿の中年男性に押し倒され、触れられ、顔を近づけられる光景は、とくに被害側から見ると、あまりに強烈で、あまりに絶望的だった。
●
「舞ちゃん!!」
倉庫の重い鉄の扉を蹴り破って、薄暗い空間へ叫んだ。
そこには、魔法を解いて全裸の部長が佇み、その足元でうずくまり、すすり泣く舞ちゃんがいた。
「早かったね。でも、少し遅かった」
「部長――ッ!!」
衝動的に掴みかかっていた。倉庫に入る前はもう少し警戒心があったが、舞ちゃんの視覚情報と合わせて、いざ悲惨な状況を目の当たりにすると、それまでの作戦や思考は吹き飛んだ。
「何してんだ!! あんたはっ!」
「まだ志半ばだよ! 田中大二郎君!」
「もう既遂だろ! 何言ってる!」
変身し直した部長と取っ組み合いになり、ロックアップの形となる。
今まで武器もなく素手でやってきた俺にとって、力勝負は自信があった。が、部長の膂力はすさまじく、拮抗状況になってしまう。
「私は今まで君を庇ってきた! 守ってきた! なのに何故、仲間と思ってくれないんだ! 私は、こんなに君のことを――」
「黙れ! この変態野郎!」
自分のことは棚に上げても、そう叫ばずにはいられなかった。それ以上は聞きたくない。
「私のおかげで君はまだ会社にいられた! 私おかげで、あの日、会社のエントランスで死なずにすんだ! 私のおかげで、君は強くなった!!」
徐々に押され、背中が仰け反っていく。
部長は杖で戦うタイプだったろう。なんで近接戦闘も強いんだ。不公平じゃないか。
悔しさと理不尽に、俺は歯がゆさを感じた。
「全部、全部私のおかげだ! なのにどうして、約束を破るんだぁぁー!!」
「部長が勝手にそう思ってるだけでしょう! 上司が部下に押し付けるんですか!」
俺が課長になったとき、部長は教えてくれた。
最近は色々なことがパワハラになる。俺が若手だった頃に当たり前だった教育は、今は犯罪になりかねない。その1つが、上から下への押しつけだ。例えその必要があっても、相手にそれを感じさせてはいけないのだと、部長が俺にお手本を見せてくれたんだ。それなのに、今の部長は……。
「しかも女子中学生で、魔法少女で! 1人だけ良い思いをしようだなんて!! けしからんぞ田中君!! 君だけ想いを叶えて、私にはお預けか!!」
なんだ、その言い分は。まるで部長は俺に嫉妬し、羨んでいるようじゃないか。
それよりも、俺だけ良い思いをしてるって何のことだ?
「俺はあなたとは違う! 一緒にするな!」
「同じだよ、君も! 私と! 男のくせに、何のイヤらしい気持ちがなかったのか! 君はロリコンで、アニメオタクで! この社会のゴミみたいな人間だろう!」
ついに俺が膝を着けたところで、部長の強烈な下段蹴りが飛んでくる。ガードもできず、部長のつま先が腹にめり込む。
いとも簡単に、俺は入ってきた倉庫入り口まで飛ばされた。
そして、部長は政治家の演説のように、悠々と語り始める。両手を広げ、演劇のように、声に抑揚をつけて。
「部長は知っています。君は女児用アニメを見て、主人公キャラで致していることを。部長は知っています。君がスーツの下に、いつもキャラクターパンツを履いて、スポブラつけて、実は満更でもないことを」
「やめろ!!」
舞ちゃんの前でそんなこと言うな!
舞ちゃんの俺への信頼と尊敬が損なわれる!
「部長は全部知っています。田中君は、アニメの舞ちゃんと魔法少女になって、戦いたかったことを!」
「やめてくれ――っ!」
なんで知っているんだよ部長!!
俺は、目を瞑って精一杯叫んだ。少しでも、それが舞ちゃんに聞かれないように。せめて全部は知られないように。
しかし、部長はやめてくれない。部長の演説が、倉庫内に響き渡る。
「た、田中さん……」
うずくまる舞ちゃんの顔が、俺の方を向く。
その目を、俺は直視することができなかった。
彼女は、どんな表情で俺を見ているか。考えるのも知るのも怖かった。
「君も、私と同じなんだ。でも、基本ワン・オー・ワンがいいに決まってる。他の男が混ざるなんて、別に求めてない。見たくないしね。だから……今回は、許すつもりでいる」
「俺は部長を許しませんよ!!」
「君はそこのニコライから何も聞いてないのか!」
部長は俺の声に被せて、さらに怒鳴る。
「私はザビエルから全部聞いたんだ!!」
部長の気迫に押されそうになったが、かつての日本に到来した宣教師たちの名に困惑を覚えた。
「ニコライ……? ザビエル?」
「そうだよ! 彼らは互いにそう呼び合っている! 君のその白いリスはニコライ。こっちはザビエル」
そういえば、俺は淫獣らの名前を知らなかった。興味がなかったから、考えてもこなかった。
確か、舞ちゃんは淫獣をモキュと呼んでいたか。
こいつは何個名前があるんだ。
「魔法少女は……いや、この胸のマジカル・ストーンは、戦う度に消耗していく。魔法を使うたび、変身するたびに、力を失い、脆くなる。そして、これは私達の魂の結晶。それがいつか力を失い、割れた時、私達は死ぬんだ!」
「え……? そうなの?」
俺は淫獣のほうを見た。
そんな設定、知らない。
「せいぜい1年前後の寿命らしい」
「そうなの? ねえ?」
淫獣は答えない。
どこ向いてんだ。こっち見ろよ、おい。
「こんな一時の性欲でよぉ! 人生踏み外すなんて! この畜生があ!! 俺を騙しやがったて!!」
部長の情緒が乱れる。
無理もない。そんな事を知ったら、普通ではいられない。
部長らやり場のない怒りに、地団駄を踏む。魔法少女の怪力で、地面がえぐれていく。
「自暴自棄にならないでください部長!」
「私を元に戻せ!! できないなら邪魔をするな!!」
部長を宥めようと思った。が、無理だった。
もう誰も部長を止められない。
部長は、再び舞ちゃんへ手を伸ばし、飛びかかった。
その本気が、もう俺に迷う時間を与えてくれなかった。
「部長おおお――ッ!!」
部長には感謝している。昇進させてくれて、職場の居場所を守ってくれて、助けてくれて、仕事を教えてくれて、ありがとう。
ただ、舞ちゃんを守るためには、もうこうするしか無かった。許してください。
「な、なんだこの光!!」
部長の油断が、驕りが、俺に隙を与えた。
狙いを絞った俺の渾身の魔法。最高密度の魔力を、最大速度で放った。
躊躇は、なかった。
「田中君! 君は、私のぉぉ――!!」
部長の声が木霊する。
魔力の光が止んだ頃、そこに部長の姿はなかった。
部長は俺の魔法に焼かれ、蒸発したのだ。悪魔と同じように、この世から、塵も残さずに消えた。
「部長……」
俺は泣いていたらしい。
言葉を失った舞ちゃんが、目を見開いたまま、俺を見ていた。
「舞ちゃん……」
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