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三石
#6
しおりを挟む祝日、バイトの子が急遽来れなくなり、店にヘルプに行くことになった。天気は快晴。コンディションは悪くない。
「助かります、戸波さん。ありがとうございます」
「いえいえ。今はお客さんもいないし、できることがあれば教えてください」
「それでしたら残数が少ない品の発注をお願いできますか?」
「はい」
店長の霜沢さんという女性は、物腰が柔らかで優しいひとだった。俺が大学生の時は常に叔父がいて、監視下に置かれた囚人のように緊張と闘っていた。それを考えると今は天国に近い。
でも仕事中は真剣に。パソコンの前に座り、在庫確認を行う。するとカランというベルの音が鳴り、ドアが開いた。
「あ。三澄さん、お疲れ様です」
てっきりお客さんと思ったのだが、現れたのはスーツ姿で、如何にも仕事中の青年だった。
「こんにちは、霜沢さん。こちら今月のご利用明細書です」
「ありがとうございます。……あぁ、戸波さん。こちらはウチの仕入れを担当してくださってる三澄さんです」
店長の方から紹介してくれた為、慌てて席を立った。
「初めまして、戸波宙と申します。宜しくお願いします」
「初めまして、三澄悠斗です。初めてお会いしますね」
三澄という青年は、営業をするだけあってそつがなく、品の良い好青年だった。名刺を渡されたものの、自分は持ってない為お詫びする。
「普段は在宅でサイトの運営をしています。こうして人が足りない時だけ出勤させてもらってまして」
「おや、そうなんですね。せっかくお会いできたのに、次はいらっしゃらないかも」
「えぇ。でもこのスタッフさんは皆素晴らしくて、学生の子達もとてもしっかりしてるから……俺なんかがいなくても全然問題ありません」
自身のスマホに着信があり、店長は申し訳なさそうに席を外した。
俺は封筒を預かり、冷蔵庫にある缶コーヒーを取りに行く。
三澄さんは、目を細めて近くのテーブルに手をついた。
「俺なんか……なんて言い方、しないでください。戸波さんのことはまだ何も知らない身ですが、こうして話しているととても安心できますよ」
「そんな風に言っていただいて光栄です。普段は本当にミスばっかしてるんですよ」
コーヒーを手渡すと、不意に指先が触れた。どきっとして、思わず手を引っ込める。
三澄さんは少し笑った気がした。
「初対面の俺にそう話してくださるところも、好感が持てます」
「え……と」
何か、目のやり場に困るな。
こういう会話に慣れてる人なんだろうけど、褒められるのに慣れてないから気恥ずかしい。
「ありがとうございます。三澄さんて、すごくその……素敵な方ですね」
あれ。何か間違えた。
褒めるにしても他の言い方があったよな。言ってから後悔してると、案の定彼は可笑しそうに吹き出し、コーヒーを置いて微笑んだ。
「あはは、ありがとうございます。男の人にそんなことを言われたのは久しぶりだ」
「と、言うことは……女性からはいつも言われてるんですね」
「おっと、そこはノーコメントで」
彼は自分の唇に人差し指を当て、しー、と呟いた。
動作のひとつひとつに目を奪われる。性別問わず人を惹きつける魅力がある人なんだな、と感じた。
俺はと言うと、一緒にいて安心できる人がいい。
例えば透夜のような……。
「……ん?」
一番に透夜を思い浮かべたことが不思議で、思わず声を出してしまった。そんな俺に、三澄さんも首を傾げる。
「戸波さん、どうされました?」
「あ。いえ、何でもありません」
慌てて手を振ると、彼は一瞬きょとんとして、それから微笑んだ。
「お二人とも、ごめんなさいね」
店長も戻ってきた為、俺は自分の仕事に戻ることにした。最後に三澄さんに頭を下げると、彼は人当たりのいい笑顔で片手を振った。
「また会えたら嬉しいです」
「あ……は、はい。それでは、また」
すごいオーラを放つ人だ。多分年は同じぐらいだと思うのに。
指輪はしてなかったから独身かもしれない。でもモテそうな人だったなぁ。
夜、ハヤシライスとサラダを作ってテーブルに置いた。お腹を空かせていたのか、透夜はあっという間におかわりを求めてきた。
「すっ。…………ごく美味しいです、宙さん」
「ためたなー。ほら、たんと食え」
彼がいると作り過ぎてしまう。でも朝ごはんにも回せるし、ちょうどいいかもしれない。
対面に座り、ふと昼間のことを思い出して透夜に話した。
「……ってことがあってさ。たまにああいう人いるよな。上手く言えないけど、ただそこにいるだけで絵になる人。話し出したら自然と耳が傾いて、引き寄せられる」
「へぇ。宙さんがそんなに言うってことは、相当イケメンだったんですね」
「いや顔の話だけじゃないんだ。でも、そうだな。美形はもう見慣れてるから。お前で」
スプーンを置いて悪戯っぽく笑うと、透夜は目を丸くした。
「宙さん、俺のことイケメンだと思ってたんですか?」
「え? お前イケメンじゃん」
「いや、面と向かって言われたことないので……」
透夜は驚いているけど、誰が見たって彼はイケメンだと思う。実際二人で外を歩いていると、女の子や女性から視線を感じるし。
「自覚ないのかぁ。はー、罪な奴」
「……俺は誰にも見向きされなくても平気ですよ。ただ一人、貴方さえ見てもらえれば」
「は……はいはい」
今のは不意打ちだった。照れくさいのを隠すように、コップの水を飲み干す。
「それに宙さんも罪な人ですよ。俺の前で他の男性を褒めるなんて」
「え? 駄目だった?」
「駄目です。……って言いたいところだけど、宙さんって本当にピュアだからなぁ……」
透夜がしんどそうに天を仰いでため息をついた為、申し訳ないことをした気になる。
「あは、何か悪いな。俺もどうせならお前らみたいなイケメンに生まれたかったと思って、つい」
「…………それ絶対他の人の前で言わない方がいいですよ。嫌味だと思われるので」
「えー?」
よく分からないけど、さっきから失言をしてしまってるっぽい。白飯を頬張り、悩みながら咀嚼する。
「宙さん、俺これでも結構傷ついたので」
「う、うん」
「今度はその人と同じぐらい、俺の良いところ褒めてください」
「…………」
そんなキメ顔で言われても……。
相変わらず変なところで手のかかる奴だ。でも可愛いからいっか。
「透夜は……そうだな。モデルみたい。身長あって髪も綺麗で、睫毛長いし、鼻は高いし」
「見た目ばっかりじゃないですかー」
「中身も良いぞ。真っ直ぐで、実は努力家で、絶対人を傷つけない」
だろ? と言うと、彼は満更でもなさそうに顔を背けた。
「後おばあちゃんっ子に悪い奴はいない、ってのが俺の自論」
「何ですかソレ」
可笑しそうに吹き出し透夜に、胸がぎゅっとなる。隣の空き椅子に手をかけ、静かに微笑んだ。
「お前は優しい。俺なんかに関わろうとしてくれるところが一番の証明だよ」
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