欠けるほど、光る

七賀ごふん

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三石

#8

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雨と同じぐらい、優しい人が苦手だ。

優しい人の気持ちに応えることができない。今まで何回も、何十回も裏切ってきた。
また明日、という言葉が怖かった。学校も習い事も、かかりつけの病院ですら。雨が降って、休みの連絡を入れる度、自分の中の何かが音を立てて壊れた。

「は……っ……あ……!」

最初は皆優しい。それを変えてしまうのは自分自身。
同期も、先輩も、上司も、時間が経てば経つほど俺の至らなさに頭を抱える。
俺が休んだ日の仕事を自分で片付けられるならいいけど、現実はそうじゃない。必ず誰かに皺寄せがいく。そして俺のせいで残業をして、取引先から怒鳴られて。

嫌われるのは当たり前なんだ。弱い俺が一番悪い。

書類がデスクに山積みになってる。返せてないメールがたまっている。伝えられてない予定を当日聞かされて、外を走るのはザラだった。
終電を逃しても埋め合わせることができないんだから、体調云々の前に俺が仕事をできないだけだ。とうとう、晴れの日でも出勤途中に吐き気を覚え、駅のトイレに駆け込むことが増えた。

何でこんなにも駄目な人間なんだろう。

お守りとして持っていた石を握り締め、唇を噛み締める日々が続いた。

“彼”には絶対、こんな姿は見せられない。弱音なんて吐かず、独りで生きなきゃ。

胸を押さえ、鏡に映った自分を睨んだ。周りに迷惑ばかりかけて、すぐに塞ぎ込む弱い男を。

何百回謝ったって許されない。それでも謝らないといられない。

ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……。

「……宙さん!」
「……あ」

真っ暗な視界に一本の光が伸び、開いていく。
呼吸をして、“現実”に戻っていく。

瞼を擦ると、遠い天井の下に心配そうな透夜の顔が映った。
「ん……どした……?」
今は深夜。薄暗い部屋のベッドで体を起こす。すると透夜は息をつき、安堵の声を上げた。

「宙さん、すごく魘されてたんですよ。たまたまトイレで部屋の前を通ったんですけど、最初は起きてるのかと思いました」

そうか。寝言を言ってしまっていたみたいだ。汗も相当かいていたらしく、額も首元もびっしょりだ。

「勝手に部屋に入ってすみませんでした」
「んーん。むしろ起こしてくれてありがと」

脚を下ろし、ゆっくり立ち上がる。
「ちょっと汗すごいから、シャワー浴びる」
「……はい」
まただ。俺は現実を恐れてる。

浴室から出ると、ダイニングの方に明かりがついていた。そっと覗いてみると、透夜がぼうっとしながら雑誌を読んでいた。
「透夜、寝ないのか?」
「あ。すみません、何か目が冴えちゃって」
彼は困ったように笑い、頬を掻いた。俺のせいで眠れなくなったに違いない。申し訳なくて、俯き加減に相槌を打つ。
「透夜、明日休みだよな。何か予定ある?」
「いえ、特に。どうしたんですか?」
棚の引き出しからキーを取り、指で回して見せる。俺ができるのはこれぐらいしかなかった。


「深夜のドライブとか、どう」


大橋を抜けると、煌びやかな工場地帯が見えた。時間が遅いから道も空いていて、ドライブを楽しむには打ってつけだ。
透夜を助手席に乗せて、白のシャトルで高速を走る。
ひとりだとあまり走る気しないのに、不思議なもんだ。
深夜二時。
全てが寝静まっている。この車内は、俺と彼だけの世界。

「透夜。眠かったら寝ていいからな」
「ありがとうございます。でも全然、もっと眠気覚めました」
「そっか。連れ出しておいてごめんな。明日は一日爆睡しそうだな」
「良いですって。一緒のベッドで寝ましょ」
「狭いから断る」

海沿いのサービスエリアに入り、車を停める。透夜はお疲れ様です、とにこやかに言った。
「走りやすそうで良い車ですね」
「あぁ。中古だけど気に入ってる。でももう手放そうと思うんだ。収入も減ったし、節制していかないと」
暖かいものが売ってる自販機でミルクティーを二つ買い、透夜に手渡した。
「コーヒーは眠れなくなるからな」
「ふふ、そうですね」
解放されている二階のテラスへ出て、真っ暗な港湾を眺めた。人は自分達以外に誰もいない為、貸切状態。風の音しか聞こえない場所で、海の向こうに灯る光が印象的だった。

「宙さん、いつも悪夢を見てるんですか?」

壊れやすい宝石を取り出すように……周りの静寂を破らない声量で、透夜は問いかけた。
「たまーに、な。いつもじゃないんだけど、うるさくしてごめん」
「そんなのは大丈夫です。そうではなくて、……景さんが辛い想いをしてることが、辛い」
彼は俯き、張り裂けそうな声で零した。前髪のせいで表情は窺えないが、まるで泣いてるようだった。

俺のことなのに、自分のことみたいに痛みを感じている。




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