欠けるほど、光る

七賀ごふん

文字の大きさ
37 / 46
四石

#6

しおりを挟む



俺の言葉を遮るように、透夜は一歩前に出た。

何かちょっと変な感じ。
気まずさから逃げ出したくなるけど、そういうわけにもいかない。それに俺は、まだ透夜から手を離せずにいた。

「あぁ、貴方が……。初めまして、三澄と申します。宙さんとも話していたんですが、もし良ければこれからお食事でもいかがですか?」

三澄さんは屈託のない笑顔で手を差し出した。
「……」
透夜はその手を取り、握りはしたものの、低い声で笑った。
「ありがとうございます。……せっかくですが、今日はご遠慮します。宙さんは体調が良くないみたいなので」
「えっ」
三澄さんは俺の方を見て、心配そうに尋ねてきた。
「そうだったんですか? すみません宙さん、そうとは知らずに……!」
「い、いえいえ。大丈夫ですよ!」
思わず即答して手を振ったが、何故か透夜から凄まじい視線を感じて口を閉じた。

でも確かに、透夜の視線を抜きにしても寒気がする。足元が不安定で、気を抜いたら風が吹いただけで倒れてしまいそうな感じ。
湿度が上がっている。これって、まさか。

「ご心配なく。これでも医療職なので……責任持って、彼は連れ帰ります」
「あ、えぇ……。どうぞ宜しくお願いします。宙さん、それではまた」
「は、はい! 本当にすみません!」

透夜に肩を支えられ、ホームを後にした。だだっ広い駅の中は人混みに酔いそうになる。
透夜はふと足を止めると、俺の方に振り返り、そして手を掴んだ。

「ほんと貴方ってひとは……何が大丈夫なんですか。そんな、今にも倒れそうな顔して!」
「う。透夜、耳元で大声出さないでくれ。マジで倒れそう」

ほんの少しの間に、みるみる具合が悪くなってきてしまった。
壁際に移動し、近くの柱に手をつく。人の話し声に吐き気を覚えるようじゃ終わりだな、と思った。

「今日雨だったっけ……?」
「急に変わったんです。外はそれなりに降ってますよ」

下を向いていると、通りゆく人達の靴と長傘が目に入る。気付かずあのまま三澄さんと出掛けていたら、間違いなく迷惑をかけていた。
「休めるカフェとかあればいいんですけど、どこも混んでてすぐ入れそうにないんですよね。ごめんなさい……」
「お前が謝ることなんか何もないよ。むしろ巻き込んでごめんな。俺はここでちょっと休むから、先に帰ってな」
そう言うと、透夜は拗ねた子どものように頬を膨らました。

「俺が貴方ひとりを置いて帰ると思ってるんですか? そんっ……な無責任な男じゃありません! 見くびらないでください」
「み、見くびってるわけじゃないです……」

反射的に敬語で返し、それでも申し訳なさに彼の胸を押した。

「俺が辛いんだ。俺のせいで、お前を振り回すことが辛くて仕方ないんだよ……!」

たくさんの人が行き交うというのに、声を振り絞って叫んだ。

「お前は優しいから、大丈夫って言ってくれるだろ。絶対俺を責めない。文句ひとつ言わず、当たり前みたいに支えてくれる。その優しさに返せない、報いることができないのが死ぬほど辛いんだ。生きてんのが本気で嫌になる。俺はこんなにも……お前に色んなものを貰ってるのに」

「宙さん……」

顔を見なくても、透夜が戸惑っていることが分かった。
……またこんな風に困らせて。本当の本当に、俺はどうしようもない奴だ。
視界が急激に歪み、霞んだとき、……自分は泣いてるんだと分かった。

「ごめん。ごめん、透夜」
「謝らないでください。……って言っても、宙さんは謝る人ですもんね。だから大丈夫です」

肩を掴まれ、抱き寄せられる。
「透夜、人が……」
「皆、言うほど気にしてませんよ。むしろ耐性をつける良い練習だと思って」
「そんな耐性つけんでいい……っ」
「アハハ。落ち着いたら、俺の手を握ってください。深呼吸して、考えることも全部やめて」
身長差があるせいで、彼の首元しか見えない。音は騒がしいのに、見える範囲は家にいる時と変わらない、彼の姿だけ。
それだけで、怖いぐらい安心する。

「大丈夫です。俺は貴方が思ってるよりずっと強い。……強くなった。安心して、全体重かけてください」
「……っ」

だから、どうして。
俺が欲しい言葉を次々にくれるんだ。

「帰れない時は、無理して帰らなくていいです。今、すぐそこのホテルもとったので」
「え? 嘘だろ?」
「本当です」

ほら、とスマホの画面を見せられる。確かにそこには、ホテルの予約完了画面が映し出されていた。仕事速すぎだ。

「どんな場所にも抜け道があります。抜け道がないなら、進まないで戻ったっていい。安心できる場所が、貴方にとって一番良い環境なんだから」

透夜は俺の頬をつまみ、明るく笑った。
寒いし、頭が痛いし、震えそうになる。それでも目を開けていたいと思える、太陽のような笑顔がそこにある。

彼が動く位置に陽だまりが存在して、同時に動いてるとしか思えない。

あぁ、どうしよう。
今ならこの気持ちの正体が分かるのに。

「お前は俺に甘過ぎ」
「ふふ。だって、それが俺の喜びですもん」

スマホを口元に添え、いたずらっ子のように笑う。
俺も気付いたら笑っていた。何とか動けるようになってから、その日はホテルに泊まった。
透夜は俺が寝るまで、ベッドの傍で手を握ってくれた。

「透夜……」
「はい?」
「俺、我儘ばっか言ってお前を困らせてるよな」
「俺は宙さんに、我儘を言ってほしいんです。誰にもお願いできなかったことを、俺にだけは教えてほしい」

手を握る力がわずかに強まる。

「……あの男の人がどれだけ魅力的か分かりませんけど。俺は五年近く前から、宙さんのことを見ていたんですよ? 宙さんをぐずぐずに甘やかす特権は、世界で俺だけのものです」

何やら透夜は、三澄さんに対抗心を燃やしてるようだ。それも可笑しくて、枕に顔をうずめながら彼の膝に手を乗せた。

「じゃあ、俺もお前を甘やかす特権が欲しい」

恥ずかしいから小声で呟いた。
引かれたかな……と恐る恐る透夜の顔を見上げる。すると彼はいきなり上から抱き着いてきた。
「おい、苦し……っ」
「はー、ほんと宙さんって、不意打ちで可愛いです……」
よく分からないけど、引かれはしなかったみたいだ。そこにホッとしつつ、重なった亀のようにベッドに倒れた。
「俺もこのまま寝ていいですか?」
耳の後ろに透夜の顔があって、息があたる。
普通なら有り得ない距離。なんだろうけど……。

全然嫌じゃない。むしろ、今夜は傍にいてほしいとすら思った。

「……うん」

顔をみられないよう、なるべく枕に沈む。
「ありがとうございます。けど、そんな端にいかないでもっとこっちに来て良いですよ?」
「狭いだろ。大丈夫だよ」
悪あがきに近いけど、透夜に背を向け、シーツを首元まで上げた。

同じベッドに寝る日が来るとは。全く、世の中何が起きるか分からないもんだ。

シーツの中では、透夜の手が触れている。
外は雨が降っているけど、頭痛が和らぎ、身体の痛みもおさまりかけていた。

間違いなく現実なのに、夢の中にいるようだ。
隣にいる青年のことを想いながら眠れるなんて。

迂闊に触れたら溶けて消えてしまいそう。ささやかで、危なっかしくて、怖いぐらい幸せな時間だった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

すみっこぼっちとお日さま後輩のベタ褒め愛

虎ノ威きよひ
BL
「満点とっても、どうせ誰も褒めてくれない」 高校2年生の杉菜幸哉《すぎなゆきや》は、いつも一人で黙々と勉強している。 友だちゼロのすみっこぼっちだ。 どうせ自分なんて、と諦めて、鬱々とした日々を送っていた。 そんなある日、イケメンの後輩・椿海斗《つばきかいと》がいきなり声をかけてくる。 「幸哉先輩、いつも満点ですごいです!」 「努力してる幸哉先輩、かっこいいです!」 「俺、頑張りました! 褒めてください!」 笑顔で名前を呼ばれ、思いっきり抱きつかれ、褒められ、褒めさせられ。 最初は「何だこいつ……」としか思ってなかった幸哉だったが。 「頑張ってるね」「えらいね」と真正面から言われるたびに、心の奥がじんわり熱くなっていく。 ――椿は、太陽みたいなやつだ。 お日さま後輩×すみっこぼっち先輩 褒め合いながら、恋をしていくお話です。

何度でも君と

星川過世
BL
同窓会で再会した初恋の人。雰囲気の変わった彼は当時は興味を示さなかった俺に絡んできて......。 あの頃が忘れられない二人の物語。 完結保証。他サイト様にも掲載。

リスタート・オーバー ~人生詰んだおっさん、愛を知る~

中岡 始
BL
「人生詰んだおっさん、拾われた先で年下に愛される話」 仕事を失い、妻にも捨てられ、酒に溺れる日々を送る倉持修一(42)。 「俺の人生、もう終わったな」――そう思いながら泥酔し、公園のベンチで寝落ちした夜、声をかけてきたのはかつての後輩・高坂蓮(29)だった。 「久しぶりですね、倉持さん」 涼しげな顔でそう告げた蓮は、今ではカフェ『Lotus』のオーナーとなり、修一を半ば強引にバイトへと誘う。仕方なく働き始める修一だったが、店の女性客から「ダンディで素敵」と予想外の人気を得る。 だが、問題は別のところにあった。 蓮が、妙に距離が近い。 じっと見つめる、手を握る、さらには嫉妬までしてくる。 「倉持さんは、俺以外の人にそんなに優しくしないでください」 ……待て、こいつ、本気で俺に惚れてるのか? 冗談だと思いたい修一だったが、蓮の想いは一切揺らがない。 「俺は、ずっと前から倉持さんが好きでした」 過去の傷と、自分への自信のなさから逃げ続ける修一。 けれど、蓮はどこまでも追いかけてくる。 「もう逃げないでください」 その手を取ったとき、修一はようやく気づく。 この先も、蓮のそばにいる未来が――悪くないと思えるようになっていたことに。 執着系年下×人生詰んだおっさんの、不器用で甘いラブストーリー。

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。 そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー ------------------------------- 松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳 カフェ・ルーシェのオーナー 横家大輝(よこやだいき) 27歳 サッカー選手 吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳 ファッションデザイナー ------------------------------- 2024.12.21~

恋をあきらめた美人上司、年下部下に“推し”認定されて逃げ場がない~「主任が笑うと、世界が綺麗になるんです」…やめて、好きになっちゃうから!

中岡 始
BL
30歳、広告代理店の主任・安藤理玖。 仕事は真面目に、私生活は質素に。美人系と言われても、恋愛はもう卒業した。 ──そう、あの過去の失恋以来、自分の心は二度と動かないと決めていた。 そんな理玖の前に現れたのは、地方支社から異動してきた新入部下、中村大樹(25)。 高身長、高スペック、爽やかイケメン……だけど妙に距離が近い。 「主任って、本当に綺麗ですね」 「僕だけが気づいてるって、ちょっと嬉しいんです」 冗談でしょ。部下だし、年下だし── なのに、毎日まっすぐに“推し活”みたいな視線で見つめられて、 いつの間にか平穏だったはずの心がざわつきはじめる。 手が触れたとき、雨の日の相合い傘、 ふと見せる優しい笑顔── 「安藤主任が笑ってくれれば、それでいいんです」 「でも…もし、少しでも僕を見てくれるなら──もっと、近づきたい」 これは恋?それともただの憧れ? 諦めたはずの心が、また熱を持ちはじめる。

【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>

はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ② 人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。 そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。 そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。 友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。 人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

処理中です...